トゥエンティノ沖の海戦 前哨戦
その日のフラーマ・ルクスレシア間の海域は雲一つない快晴であり、風と波も穏やかで絶好の航海日和であった。紺碧の海を船が走り、港は活気に満ち溢れている。
だが、その活気は最高の状態からはかけ離れていた。海賊に脅かされる海路、明らかになった新興商会の陰謀とその変死、街に潜んでいた怪しい組織の痕跡。大事件と言って良い出来事が立て続けに起きたのだから、住民が不安に駆られるのも当然だろう。
「錨を上げろ!帆を張れ!出港するぞ!」
「「「おう!」」」
その日、住民達の希望を乗せた四隻の船が出港した。『フェニクス商会』から没収した船を改造した武装商船であり、船を操るのは海賊との戦いになると知っていても怖れなかった勇気ある水夫達だ。指示を飛ばすのは幾つもの海賊団を撃退した武装商船の船長として名を馳せた武闘派の男達。その風格と覇気からは現役を引退しているとは思えないだろう。
そして海兵として海賊と戦うのは高レベルのプレイヤーが五十人以上。中にはレベル90を超える猛者までおり、過剰とも言える戦力によって海賊は海の藻屑と消えることを誰一人として疑っていなかった。
「潮風が気持ちいい。船旅は久し振りだな」
その内の一隻に乗っているプレイヤーの一人、『勇者』とも呼ばれるルークは甲板に出て海の風に当たっていた。今は主にテラストール大陸で活動している彼だが、コンラートからトゥエンティノの話を聞いて参戦を決意した。彼も『コントラ商会』の顧客の一人なのである。
彼は善人ではあるが、トゥエンティノの平和のためにと言うよりは報酬の額に惹かれてここにいる。無論、街の平和を守ることに興味がない訳ではないが、それよりも今は先立つモノが必要なのだ。
「よう、ルーク!こんなところで何を黄昏れてんだ?」
「海を見てただけだよ、アカツキ」
ルークに声を掛けたのは、アカツキというプレイヤーだった。攻略組とも呼ばれる未踏破地域を探索し、未発見のアイテムやフィールドを持ち帰るプレイヤーの一人である。第一回の闘技大会では個人の部でルークと決勝戦で戦った、対人戦も巧みな双剣使いだ。
二人は個人的に仲が良く、時々アイテムを融通し合ったり自分のパーティーだけでは困難なクエストを共にこなしたりしている。互いに友人として信頼しており、それ故に同じ船に乗っているのだ。
「海なぁ…聞いたか?『青鱗海賊団』って連中の話」
「ああ。確かプレイヤーの海賊団だったっけ?」
「そうそう。今回の標的じゃないけど、現れたら討伐推奨ってことになってる。少し前まではプレイヤーのいない船ばっかり狙われてて、戦い方とかが謎だったんだよな」
アカツキは船縁に両肘を着いて背中から寄り掛かりながらそう言った。ルークはほとんど掲示板を見ないので、仲間や友人から聞いた話しか知らない。ただ、アカツキの言い方が気になった。
「少し前まで?」
「そうだ。ついこの間、プレイヤーの乗った船が襲われたんだってさ。結構エグい手口だったらしいぜ?」
「どんな方法だったんだい?」
「何でもイルカかシャチの魔物に乗って海の中から現れて、船底に穴を開けたり鍵縄を船縁に引っ掛けて船を傾けたりしたみたいだ。初見殺し…って思ったけど知ってたとしても防ぐ方法がパッと思い付かねぇ戦法だよな」
アカツキは自分の肘を掛けている船縁をペシペシ叩きながら海賊団の戦法を語った。それを聞いたルークはその戦法を聞いて感心してしまった。多数の住民とプレイヤーが被害に遭っているので不謹慎ではあるのだが、それよりもゲームであることを最大限に活かした戦術を編み出す柔軟な思考に驚かされたのだ。
「それは凄いけど…エグいって言うほどかな?」
「エグいのは海に落ちた後さ。連中が何に乗ってるか言っただろ」
「イルカかシャチの魔物…まさか」
「そう!そのまさかさ。バクッとやられたらしいぜ?」
アカツキは両手を合わせて口のようにしてパクパクと動かしてみせる。ルークは顔を引き攣らせながら、確かにそれはエグいと言われて当然だと思った。もしも自分が被害者になったら軽くトラウマになる気がする、と。しばらく海を見るのも嫌になるだろう。
「海で戦う時は落ちないことを最優先にしないと。野生の魔物もいる訳だし…そもそも【水泳】の能力がないから泳げないし」
「他の武術系と同じで練習すれば勝手に生えてくるらしいけど、今さらビート板持ってバシャバシャばた足ってのもなぁ。かと言ってポイントで取るには結構重い。そして普段は役に立たないと来れば、一回だけのクエストのために取る奴はいないだろ」
困ったもんだよな、と二人は苦笑し合った。その時、ルークはふと気が付いた。アカツキが腰から下げている二本の武器が、前に会った時とは異なるものだったことに。二人は親しい間柄であるので、その理由にルークは心当たりがあった。
「アカツキ…また武器を買い替えたのか?この前に浪費はしないって言ってたじゃないか」
「ああ、これな!いいだろ?海の剣って言えばやっぱりカトラスだ」
アカツキには武器のコレクター的な面があって、クエストや素材の売却で得たお金をほとんど武器に、即ち彼が使う双剣に注ぎ込んでしまうのだ。彼にそんな悪癖が身に付いてしまったのには理由がある。それは市場に出回る双剣の数が圧倒的に少ないからだった。
双剣使いに憧れる者は多いものの、使いこなすのは困難だ。それ故か住民でも双剣使いは数が少なく、一対でセットになっている双剣も中々売っていない。別々の剣を一本ずつ使うことも可能だが、一対で使うことを前提とした双剣の方が職業と能力の補正が強く出るのだ。
よって双剣使いは自分で素材を集め、職人に依頼して作製してもらうのが一般的である。しかしだからこそ、武器屋で売られている双剣は希少であり、特殊な素材で作られていたり店主の技術が詰まった逸品であったりする。そのせいで次に訪れた時には使いもしない金持ちの住民が買ってしまっていることが多く、後悔した経験から目に入ったら買っておくようになってしまったのだ。
彼もトップ層のプレイヤーなので、各種ポーションなど冒険の準備は怠っていない。しかし、その残りを貯蓄せずに全て武器に使うのはやり過ぎだろう。前に彼が所属するクラン全体で何かを購入しようとした時、全員で割り勘しようとして彼だけ金額が足りずにルークに泣き付いたのは記憶に新しい。
ちなみにルークはアカツキとは逆に二、三本しか剣を持っていない。と言うのも彼は『蒼月の試練』をクリアした者達の例に漏れず、レベルに応じて強化されていく武具を使い続けているからだ。時折武器と相性の悪い相手と遭遇することもあったが、その時のためだけに武器を用意しなければならなかったことはない。よって持っているのは探索で手に入れた中でも強力なものだけだったのだ。
「また散財して…何時かルージュさんに爆殺されるぞ?」
「いやいや、状況に応じて武器を切り替えるのはゲームの醍醐味でもあるだろ?そういうことだ」
「説明になってないよ。で、その双剣はどんな性能なんだい?」
「おっ、気になるか?なら聞かせてやろう!コイツには面白い性能があってな、飛斬系の武技の威力を強化出来るんだ!」
「へぇ!そんな効果の武器って初めて聞いたよ」
ルークはアカツキが自慢したくなる気持ちが理解出来た。彼も色々な武器や防具を見てきたが、特定の武技を強化する武器を見るのは初めてだった。どこでこんな珍しい武器を見付けたのか気になった。
「それ、どこで買ったんだ?」
「トゥエンティノの裏路地の露店。店主のしょぼくれた爺さんが言うには隠居するから要らないモノを売り払って現金にしてたんだってさ」
「へぇ。じゃあそのお爺さんは双剣使いの元船乗りとかかもしれないね」
「伝説の船乗り的な?この船の船長みたいに」
アカツキが視線を向けたのは操舵手の隣で腕を組む白髪に長い白髭を蓄えた船長であった。三角帽を被り、肩に掛けるようにしてコートを羽織った逞しい隻眼の老人は、優しい微笑みを浮かべながら葉巻を吹かしている。昔は武闘派の船乗りだったと聞いているが、とてもそうは思えない穏やかさである。
船長の顔のように穏やかな航海が続くと良いなと思っていたルークだったが、そう思うようには行かないらしい。マストの上にいる見張りが大声で報告したからだ。
「北西に船影!数は三!その内二隻は海賊だ!商船が襲われてるぞ!」
「例の海賊団か?」
「ちょっと待って…いや、違います!多分、流れの海賊だ!」
目的の海賊とは違うものの、商船を見殺しにする訳にはいかない。船長はその顔を戦士のそれへ変貌させると即座に葉巻を握り潰してから船乗り達に的確な指示を始めた。他の船も同じ判断をしたようで、隊列を維持しつつ速度を上げて戦場へと走った。
船の速度が上がったことで、船内にいたプレイヤー達が何事かとゾロゾロ甲板に上がってくる。甲板にいて状況を把握している者達が説明することで目的とは別の海賊ではあるが、討伐するという流れを説明した。すると本命ではないと聞いてやる気が殺がれるかと思えば、戦う前の予行演習だと言って張り切る者ばかりであった。
「そろそろ弓の射程内に入る!入り次第、矢の雨を降らせろ!商船に当てるなよ…放て!」
集まっているのは高レベルのプレイヤーだが、未だにプレイヤーの間で弓の人気は低いままだ。ここには弓が使えるプレイヤーはほとんどおらず、射手はほぼ船乗りである。彼らは船長の号令で海賊船目掛けて矢を放った。
しかし、プレイヤーの中にも弓が使える者がいない訳ではない。しかもレベルが高いので能力のレベルも弓の質も船乗りとは段違いだ。その数少ないプレイヤーの中にはルークの仲間、メグもいた。
「遠いけど、狙える」
山なりの軌道を描いて上から落ちてくる船乗りの矢とは違い、プレイヤーの射手は真っ直ぐに、そして的確に海賊を貫いた。まさか横槍が入るとは思っていなかったのか、海賊達は混乱しているようだった。
だが、海賊達も混乱してばかりではない。弓が使える者達をかき集めると反撃を開始した。だが弓とは逆に盾を持つプレイヤーはとても多い。海賊の矢は頑丈な盾によって軽く防がれて誰かを傷付けることは出来なかった。
「接舷するぞ!鍵縄を用意しろ!」
「投げろ!引き寄せるんだ!」
「切り込めぇ!海賊共を皆殺しだ!掛かれぇ!」
海賊船に近付いた船長達は船乗りに指示して船同士を固定する。そしてプレイヤー達は一気呵成に切り込んだ。海賊も迎撃すべく剣を抜いたが、悲しいことにプレイヤー達とはレベルがかけ離れていた。彼らは容易く蹂躙され、海賊達は瞬く間に一人残らず殲滅されるのだった。
次回は2月17日に投稿予定です。




