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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十六章 海に咲く華
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ある商人の最期

 翌日、トゥエンティノは戻ってきた一隻の船が齎した情報の爆弾よって騒然としていた。最近は鳴りを潜めていた『オースティン一味』の犯行だったこと、そのやり方が余りにも残酷だったこと、そして何よりも彼らが襲われた理由が人々にとって衝撃的だったのだ。


 『フェニキス商会』が狙われた理由。それは裏切りだ。海賊達は『フェニキス商会』に雇われてフラーマ・ルクスレシア間で略奪を働いており、そして他の海賊がやって来たことで討伐隊が編成されると知って万が一にも海賊達と繋がっていることが発覚しないように刺客を送り込んできたからだと言うのだ。


 船と共に帰還した生き残りの水夫達は涙ながらに伝えろと言われた話と証拠の一つだと言って一冊の本を衛兵に差し出している。それは海賊が『フェニキス商会』へと流した略奪品のリストであり、日時とその日に襲われた船の積み荷を確認したところピッタリと一致していた。


「違うと何度言ったらわかるんだ!私は関係ない!海賊が言ったことを鵜呑みにするのか!?私は太守様とも懇意にしているのだぞ!?」


 『フェニキス商会』の会長、レオン・フェニキスはその日の内に逮捕された後に投獄された。海賊が跋扈するようになってから業績を伸ばしていた唯一と言っていい商会だったことから元より疑われていたレオンだったが、決定的な証拠がなかったこと、そして街の太守に多額の賄賂を送りつつ被害が出過ぎないように調整していたことで捜査の手を逃れていた。


 だが、海賊の帳簿は流石に太守であっても庇いきれないほどの証拠であったらしい。レオンは逮捕されてから即座に独房に放り込まれた。レオンは太守に助けを求めるが、その声を聞く者は一人しかいなかった。


「クソッ、どうなっている!?考えろ…私はまだ終わっていない!終わってたまるか!」

「この状況でも諦めねぇのかぁ…すげぇなぁ」

「デ、ディオス!?どうやってここに…!?」


 独房で踞ったままレオンが思案を巡らしていると、頭上から不意に声を掛けられた。驚いて見上げるとそこには『泥鼠』のディオスが天井に両足は着けて立っているではないか。


 どうやって天井に立っているのか、そしてどうやって忍び込んだのか。それはレオンにはわからないし無理に知ろうとも思っていない。ただ一つ、レオンが抱いたのはディオスの協力さえあればここから脱出出来るのではないかという希望であった。


「ディオス、助けてくれ!ここから出たいのだ!」

「はあ、そりゃあそうでしょうなぁ」

「太守様に伝えてくれ!あれだけ賄賂を渡しているんだ!きっと力になって下さるだろう!」

「そりゃあどうでしょうなぁ…あ、それよりも先に旦那に言っておかなきゃならんことがあるんですわ」

「何だ!?早く言え!」

「ウチの組織、ほとぼりが冷めるまでトゥエンティノから撤収させてもらいまさぁ」

「…は?」


 それまで取り乱していたレオンは理解が追い付かなかったのか口を開けたまま呆然としてしまう。だがものの十秒もすれば何を言われたのか、それが自分にとって何を意味するのかを理解して血の気が引いていく。彼は青を通り越して白くなった顔色のまま、考えを上手く纏めることも出来ずにただ尋ねることしか出来なかった。


「ど、どうして…?」

「どうしてもクソもねぇよ。俺達は旦那に雇われて手を貸した。旦那はそれで大儲けをした。けどトチって悪さがバレた。だからこっちに飛び火する前にトンズラするってだけでさぁ」

「そんな…!しっ、失敗したのはお前の組織の者だろう!?私はそのせいで捕まっているんだっ!だったら助けるのが道理じゃないのか!?」

「確かにトチったのはウチのアホ共だ。やった奴には必ず報復もする。けどそのために余計なリスクを背負う気は更々ねぇよ。何も不思議に思うこたぁねぇでしょう?旦那が海賊にやったことと同じでさぁ」


 ディオスの言い分はこれ以上ないほどに理不尽であった。彼らの犯行が明るみに出たのは組織の放った刺客が返り討ちに遭ったという最悪の不手際が原因である。にもかかわらず、組織はそのせいで捕まったレオンを助けるどころか夜逃げをすると言っているのだ。レオンが怒るのも当然の仕打ちである。


 だが、これとほぼ同じことをレオンは『オースティン一味』にやっている。海賊達もレオンの指示通りに動いていたにもかかわらず、アン達というイレギュラーを制御出来なかったツケを払わせる形で彼らを始末しようとしたのだ。これまで他者を切り捨てていた者が切り捨てられる側に回っただけである。


 だが、レオンはそれを認めなかった。否、認められる訳がなかったのだ。誰であっても認めたくはないだろう。成り上がることと復讐することに全てを懸けてここまでたどり着いたのに、こうも簡単に切り捨てられることなど。


「…助けが望めないのは、わかった。なら太守様に力になってもらえるように頼んでくれ!」

「無駄だと思いますぜ?だってご立派な太守様は旦那が逮捕されてすぐに商会の会長代理ってことで自分の甥を派遣したんだなぁこれが。十中八九、乗っとるつもりでしょうなぁ。今頃あの垂れ下がった脂身を揺らしながら旦那との繋がりを暖炉に焚べてる頃でしょうよぉ」

「なん…だと…」


 組織にだけではなく太守にも切り捨てられた。その事実をまざまざと見せ付けられたレオンは糸の切れた人形のようにその場で倒れた。虚ろな目でブツブツと何かを呟く野心家の成れの果てを見てディオスは珍しく哀れに思った。


 だが個人の感情としては哀れんでいても組織の一員として仕事はこなさなければならない。横たわる脱け殻のような男はこのまま無気力なままだろうが、万が一にも組織について口にされては敵わない。本来の目的のため、彼は懐から灰白色の短剣を抜き放った。


「こいつは溶骨灰毒蛙ヨウコツハイドクガエルの毒腺が仕込まれた腐肉龍(ドラゴンゾンビ)の牙剣だぁ。旦那みてぇに毒の耐性がない人なら、ちょいとでも刺されただけで骨と魂まで溶けて灰になっちまう。霊になって余計なことを口走る心配はないし、痛みを感じることもねぇからどっちにとっても安心だぁ。さぁて…最期に言い残すことはあるかい、旦那?」

「何で…どうして…ああ、悪かった…兄さん…親父…」

「それが遺言かぁ?どうにか伝えといてやらぁ。ま、サービスってことだ」


 その一時間後、尋問を行うべく独房を訪れた衛兵が見たものはレオンの衣服と彼だったと思しき灰だけだった。そこで何が起こったのか詳細な捜査が行われたものの、ディオスが用いた特殊な毒のせいで衛兵達では死因を特定することすら出来ない。それからトゥエンティノの一部では『独房に入った者は溶けて死ぬ』という噂が囁かれるようになるのだった。



◆◇◆◇◆◇



「海賊が報復に来るとは思ってたけど、破滅させるために証拠を送り付けてくるとはね…面白い。セバスチャンはどう思う?」

「予想とは多少異なる展開となりましたが、大筋に変化はありません。問題はないかと愚考いたします」

「イザームは余程上手に焚き付けたんだろうねぇ。まあ破滅する順番が変わっただけだからどうでもいいけど」


 『コントラ商会』の遊戯室にて、コンラートはダーツに興じながらセバスチャンから報告を受けていた。状況は自分の予測していた未来とは少し異なっており、完全に先を読みきるのは難しいことを痛感していた。


 しかし、全知全能の神ではないののだから誤差が生じるのは想定内である。大切なのは予想外の事態を上手く処理しつつ自分の利益に繋げることだ。コンラートにとってはそのイレギュラーまでも娯楽の一つであった。


「レオンの逮捕で『フェニクス商会』は機能不全に陥るよね。あそこは会長のワンマンだったから。後釜は誰かな?」

「どうやら太守が自分の甥を捩じ込んだようです。出来が良いとは言えない人物ですが、補佐する人員がいればどうにでもなりましょう」

「じゃあ有能な相談役が来るまでが勝負だね。連中と取引があった中小の小売店とプレイヤーを取り込もうか。『フェニクス商会』に売るはずだった品物を契約の三割…いや、赤字覚悟で五割増しで買い取ろう。継続的な取引をしてくれるのなら、だけど」

「手配して参ります」


 恭しく頭を下げたセバスチャンは音を立てることなく退出していった。セバスチャンを筆頭にコンラートの下には優秀な人材が揃っている。任せられる場所は任せた方が効率が良いのだ。


 コンラートはダーツを投げながらトゥエンティノがこれからどうなっていくのかを考える。今回の事件で混乱するのは確実だが、それも直に終息するだろう。まだ報せはないものの、コンラートはレオンが遅かれ早かれ獄中で死ぬと見ている。太守にせよ組織にせよ、余計なことを口にされたら困るからだ。


「それにしても獄中で口封じって、リアルもゲームも変わらないね。電子の異世界だろうが、それが後ろめたいことをする人の考えることは同じってことか」


 終息した後もトゥエンティノはこれまでと同じ活気のある貿易港としてあり続けるのは間違いない。だがレオンのもたらした混乱によって商人同士のパワーバランスは確実に崩れる。コンラートも混乱に乗じて『フェニクス商会』の取引相手を取り込もうとしているし、『メディル商会』もレオンに奪われていた利権を取り戻さんと動いているらしい。水面下では商人同士で激しい攻防が繰り広げられるのだ。


 しかし、その戦いも長引くこともなく終わる。新たなパワーバランスが築かれ、それからはこれまでと同じ牽制をし合う地味な戦いに戻ってしまう。堅実な商売も良いが、せっかくプレイヤーとして世間に縛られない立場なのだ。無謀とも思える挑戦に出た方が面白い。今回の陰謀を企んでその思いは一層強くなっていた。


「例の計画は予定よりも早めて進めよう。了承してくれるとは思うけど、一応はプレゼンの準備はしておこうか…な!」


 コンラートが最後に投げたダーツは見事に的の中央に突き刺さる。満足げにそれを眺めた彼は自分も仕事に戻るべく遊戯室を去るのだった。

 次回は2月9日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 翌日、トゥエンティノは戻ってきた一隻の船が齎した情報の爆弾よって騒然としていた。 爆弾の後ろに接続詞「に」が必要かと思います。
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