海賊の暴虐
後半に少し残酷な表現があります。御注意下さい。
現在、海の恐ろしさを骨の髄まで味わった我々はシラツキに乗って一目散に帰還している。行きの時のように夜空を見上げてその美しさを楽しむのではなく、私はアイリスと共に艦橋の椅子に背中を預けてシラツキが録画した映像を食い入るように見ていた。
「最後のところ、やはり気のせいではなかったようだ」
私達が見ているのはあの鯨が貫かれたワンシーンだ。貫かれた瞬間で静止して拡大すると、金属らしき三ツ又の穂先が映っている。やはり私の見間違いではなくあれは銛だったのだ。
あんなに巨大な銛を誰がどうやって作ったのか?何があれを使っているのか?それは全くわからない。わかるのは海中は危険であることと探索するのならば銛を使う存在と戦う覚悟が必要だということだ。
「あの銛、造りがしっかりしてますね!ちゃんとした職人の作だと思いますよ」
「巨大な銛を造る職人か。普通に考えれば巨人の作品だろう。最もあり得そうなのは天巨人のリュサンドロス殿下から聞いた海巨人だ」
空の旅をしていた時に出会った白い羽の頭髪をくれた天巨人の二人から聞いたことを思い出す。彼らの話の中には海に住む海巨人という巨人の一種が出てきた。その連中ならばあの銛も使えるのではないかと思うのだ。
そもそも武器というのは狩猟や戦闘に用いる道具である。道具を使うにはそれを使える身体的形質と使いこなす知能が必要なのだ。野生の魔物には武術系の能力を複数持つ個体がいるものの、大体は爪や尻尾など己の身体に元から備わった部位を武器に見立てて使っているに過ぎず道具を用いているわけではない。
武具を纏って羊を駆る天巨人達と同じく海巨人も高度な文明を築いていてもおかしくない。その推測に固執するのも問題だが、第一候補だと思って良いだろう。
「個人的にはあの銛がどこで製造されたのか気になります。地上にいる他の巨人と交流があって譲ってもらったのか、それとも海中で鍛冶を行う方法があるのか…もし後者ならその製法を知りたいですね!」
ほほう、その発想はなかった。海の中で金属を鍛える技術か。それが実在するのならとても面白い。我々の拠点で使えるかどうかは別として何かのヒントになるかもしれない。
「むっ、朝日が昇ったか」
「まっ、眩しい…でも綺麗ですね」
映像を何度も見返しているうちに夜が明けたらしい。プレイヤーである我々はそろそろログアウトの時間だが、支援した海賊達は動き始める頃合いだろう。ふふふ、次にログインするまでに何が起こるのか。今から楽しみだ!
◆◇◆◇◆◇
イザーム達が無事に拠点へ帰還してログアウトした後、『オースティン一味』は久々に船を全て出航させていた。船は四隻あって、その内の一隻は兎路達が制圧した黒い船だ。船を譲られた彼らは迅速に持ち帰ると艤装を整えて船団の一隻として利用出来るようにしてある。
船の数が増えた上に刺客によって海賊の一部は死亡したので、一隻あたりの船員の数は随分と減っている。しかし操船と海戦には十分な人数は確保出来ていた。元々の構成員の数が多かったからこそ出来ることだ。
「お頭ぁ!前方に船影!商船だ!数は四!」
「どこの船かわかるか?」
「ええと…当たりだ!『フェニクス商会』ですぜ!」
『フェニクス商会』と聞いた海賊達は瞳を爛々と輝かせて獰猛な笑みを浮かべた。特に一味の首領であるジェームズはもう愛用のサーベルを抜いている。彼らの戦意がこれ以上ないほどに高まっているのは『フェニクス商会』への怒りが原因だった。
『フェニクス商会』はトゥエンティノの経済を牛耳るべく『オースティン一味』を利用していた。それが自分にとって都合が悪くなった途端に裏切られ、組織の刺客を送られて殲滅されかけたのだ。到底許せる話ではないが、ただ生き延びただけならばこれ以上関わりたくない一心で逃げていたことだろう。
だが、彼らは十分な人数が残っている上にイザームから支援までされている。彼らには復讐するだけの力が残っていて、しかも目の前には復讐の相手がいるのだ。無視するという選択肢はなかった。
「行くぞ野郎共!『フェニクス商会』の連中は皆殺しだ!積み荷は全部奪うか海に捨てろ!俺達の怒りを見せ付けやれ!」
「「「うおおおおおっ!」」」
「全ての帆を張れ!風を起こして速度を上げろ!一隻ずつ仕留める!射手は火矢の用意!残りは乗り込む準備をしておけ!」
海賊達は喚声を上げながらリチャードの指示に従って動き始める。歴戦の海賊というだけあってその動きに淀みはなく、彼らの船は速度を上げて商船団に近付いていく。商船の方も海賊の接近に気付いたようで慌てて速度を上げたようだが、積み荷を一杯に乗せた輸送船が戦艦から逃げ切れるわけがない。お互いの距離はグングンと縮まっていった。
戦闘は避けられないと踏んだのか、商船の側も弓の射手を船尾に集めて海賊船が射程距離に入るのを待ち始めた。大型の商船なこともあって射手の人数は商船の方が多い。戦闘とは無縁の水夫達だが、基本的な弓の使い方は知っている。狙いを定めずに矢の雨を降らせるだけなら十分なのだ。
「撃てぇ!」
ただ、彼らの不運は量産品とは言え海賊達に与えられたのは四脚人が作った狩猟用の射程が長い優秀な弓だったことだろう。ジェームズの号令と共に放たれた矢は商船に乗っている射手の射程距離の外から真っ直ぐに飛んで来たのだ。直撃したことで死傷者が多数出た上に松脂が塗られた鏃には火が点いている。外れた矢も帆と船体に火災という形で大きな被害をもたらした。
特に帆が燃えた影響は大きく、ただでさえ負けている速度に更なる差を作ってしまった。また燃える炎から上がる黒煙は視界を遮ってしまい、反撃どころの騒ぎではなくなっている。急いで魔術を使ったり高価な消火用の薬剤を掛けたりして懸命に働いたことでどの船も燃え尽きる前に火を消すことに成功した。
だが、そうこうしている間に海賊船と商船はお互いの船員の顔を区別出来るほどの距離にまで接近している。本当の地獄はここから始まるのだ。
「鉤縄を投げて引き寄せろ!渡し板の準備!射手は邪魔させないように援護しろ!エド!」
「任せて、兄ちゃん!とおぅ!」
次兄リチャードの指示に従ってエドワードは甲板を走って勢いをつけると、手斧を片手に一本ずつ握った状態で船の縁を足場にして跳躍する。エドワードは海に落ちることなく商船の横腹に斧を叩き込んで身体を固定すると、腕力と身体のバネによって上へ跳び上がって商船の甲板に登ってみせた。
「かっ、海賊が来やがった!迎撃しろ!」
「エドを援護しながら接舷!斬り込め!」
「殺す!敵は殺すぅぅぅぅぅ!」
商船の護衛がエドワードを迎撃するものの、戦闘用の籠手を着けた彼は異常なほどに強い。他の商会に自分も警戒しているのだと示すためにだけに雇った護衛に止められるものではなく、次々と撲殺されていった。
もしも腕利きのプレイヤーが乗っていればこれほど一方的な殺戮が行われることもなかっただろう。しかし、レベルの高いプレイヤーは海賊討伐のために集まっている段階だ。街にいたとしても出撃するタイミングを揃えるために護衛のクエストを受けることは自重する者が多い。そしてその状況を作り上げたのはコンラート達である。つまり、この殺戮は起こされるべくして起こったのだ。
「死ねやああああっ!」
「ぎゃあああ!」
「こいつら、何でこんなに良い武器を持ってんだ!?」
エドワードの強さも凄まじいが、他の海賊達もイザームがもたらした武具によって強化されている。安物の剣ならば易々と折る頑丈で切れ味も鋭いカットラスが護衛や水夫を斬り裂き、甲板を血で真っ赤に染め上げた。
反撃されたとしても豊富にあるポーションによって回復するのだから商船の乗組員からすれば堪ったものではない。彼等の士気は早々に崩壊し、狭い船上を逃げ惑うばかりとなった。
「ひいぃ!もうダメだぁぁ!」
「たっ、助けてくれ!死にたくねぇ!」
「死にたくなけりゃあ船長を連れてこい!連れてきた奴だけは殺さずにおいてやる!さっさとしろ!」
ジェームズの威圧的な怒声は水夫達の心胆を寒からしめたが、同時に僅かな希望を抱かせた。船長を連れてくることが出来ればこの地獄から抜け出せる。彼らは我先にと指揮を執っていた船長に飛び掛かった。
船長と一部の水夫は脅しに屈した味方と戦わざるを得なくなり、護衛達は数で勝る海賊を一手に引き受けるしかなくなった。こうなってしまえばもうどうにもならない。護衛は全員殺害され、裏切った者達の手によって船長と数人の水夫が生け捕りにされてしまった。
「よぉ、船長さん方!ご機嫌いかがかな?」
「卑劣な海賊め!殺すならさっさとしろっ!」
四人の船長は後ろ手に縛られたままジェームズの前に引っ立てられた。嗜虐心を隠そうともしないジェームズに三人は怯え切って震え、一人は威勢良く喚き散らす。そんな姿を見るだけでジェームズや海賊達は自尊心が満たされるのを感じている。やはり自分達は奪う側であると再認識させてくれるからだ。
「おいおい、質問に答えてくれねぇのかよ。心が狭ぇ野郎だ…ああ、だから手下に裏切られたんだな?みっともねぇ奴だぜ!」
「「「ギャハハハハ!」」」
「くっ…!」
ジェームズに侮辱され海賊に嘲笑された船長は自分を捕らえた裏切り者達を鬼の形相で睨み付ける。裏切り者達は海賊に監視されながら代わりに船の積み荷を海賊船へと運ぶ作業をさせられているが、船長達とは違って拘束はされていない。今のところ殺さないという約束は守られていた。
ひとしきり笑ったところで、ジェームズは顎をしゃくって配下に合図を送る。すると四人の海賊がそれぞれ一本ずつ短剣を持って来て、それを拘束された船長達の前に突き刺した。
「俺ぁ今、機嫌が良いんだ。だからお前らに生き残るチャンスをやる」
「…チャンスだと?」
「目の前に短剣があるだろ?そいつを使って自分で縄を切ってお前ら同士で殺し合え。生き残った一人だけは生かしてやる」
「なっ!?」
ジェームズが示した生き残る唯一の道。それは仲間との命を懸けたバトル・ロワイアルを制することだった。絶句する四人を尻目に海賊達はどの船長が勝つかで賭博を始めている。四人は冗談や脅しの類いではないと嫌でもわからされた。
状況を理解した四人の中で最初に行動を起こしたのは、最も怯えていた船長だった。彼は自分の目の前の短剣に飛び付くと拘束する縄を切ろうと必死に腕を動かす。慌てて他の船長も同じように動くが初動の遅れを取り戻すことは出来ない。最初に動いた船長は一人だけ拘束から逃れることに成功した。
「ううう…うあああああああっ!」
「なっ!止めっ、ギャアアアアアアアア!?」
血走った目で声にならない叫び声を上げながら自由になった船長は隣でもがく同僚にのし掛かるとその身体を滅多刺しにする。最初にバトル・ロワイアルから脱落したのは、最も威勢の良い船長であった。
真っ先に脱落した船長に賭けていた海賊が罵声を飛ばし、逆に最初に殺した船長に賭けていた者達は拍手喝采で褒め称える。その間に残りの二人も拘束から逃れたことでバトル・ロワイアルは三つ巴の戦いに移っていく。海賊にとっての見世物はまだまだ始まったばかりであった。
次回は2月5日に投稿予定です。




