海に棲む者達 その二
すぐにでも海から現れるだろう巨大魚とどう戦えば良いのか。我々は夜目が利くと言っても海に潜っているせいで姿は見えず、そのせいでこちらは先手を取ることが難しい。悔しいが先手は譲るしかないだろう。
問題はそれだけではない。海中というこちらから見えない場所にいるということは、巨大魚がどこから飛び掛かって誰が最初に襲われるのかわからないのだ。唯一の救いは海から飛び出す時の音が聞こえることと、ルビーの索敵によって接近には気付けるので完全な不意打ちはされにくいことだろうか。不利なことに変わりはないので救いになっているのか微妙なのが悲しいところだ。
「ルビー、敵の正確な位置はわかるか?」
「ごめん、無理。ボクの能力の効果範囲からもう出てる」
「逃げた可能性は?」
「ないね。自分達が敵に狙われてることは能力でわかるから」
ルビーのような斥候や暗殺者にのみ習得可能な能力に【敵意察知】というものがある。自分と仲間が何者かに狙われていることを察知する能力で、これが反応しているということは巨大魚が逃走ではなく戦闘を継続するつもりであることを意味しているのだ。
【敵意察知】は範囲が広いので便利であり、かつ姿を隠す手段を持たない相手には絶大な効果がある。しかし優れた隠形術があれば簡単に防がれてしまうという欠点があった。ルビー自身も【敵意察知】だけでは彼女よりも少しレベルが低い暗殺者の奇襲は防げないと言っている。故に奇襲される前に同格以上の敵を見付けるには別の能力が必要となるのだ。汎用性は高いがその道の専門家には通用しないのである。
ともあれ隠形をしようともしない巨大魚が逃げたかどうかを判断するためには十二分に有効な能力ではある。逃げたのではないのなら、じきに襲い掛かってくるはずだ。
「ど、どうしますか!?」
「取りあえず、四方を固めるしかあるまい。エイジは盾で、私は魔術で、ジゴロウと源十郎は自力でどうにかしてくれ。飛べる者達は空中で、飛べない者達は四人の内側で反撃の準備だ。ルビーはどこから来るのかわかったらすぐに言って欲しい」
「責任重大だけど、任せてよ!」
受け身になるしかない以上、防御を固めて上手く受け止めた上で反撃するのが勝ち筋だ。そこで鉄壁の防御を誇るエイジと強化した魔術の防壁、又はジゴロウと源十郎の技量によって四方を固める。四人の内の誰かが受け止めることで無防備になった魚を一気に仕留める。これが今の私が思い付く戦術だ。
その時、重要となってくるのがルビーの索敵である。彼女がどの方向から来るのかを一刻一秒でも早く判断してくれれば作戦の成功率が上がるからだ。それを理解しているからか、ルビーはツルツルの表面を変形させて腕を象るとサムズアップをして見せている。大船に乗った気持ちで任せよう。
ただし、ルビーの索敵に頼りきるのも問題だ。我々はすぐに陣形を成して敵がどこから来てもいいように気を抜かずに身構えておく。そうやって緊張しながら待っていたが、一向に魚が現れる気配はない。待っている間は気が抜けないので精神的にキツいものがある。早く来い!
「げっ!?皆、下だよっ!」
「何ぉおおおおお!?」
ルビーが叫んだ直後、我々が乗っている船がガクンと大きく揺れた。更に足からガリガリという振動が伝わってくる。何をされているのかはわからないが、船底の方から来た時点で何となくだが大惨事になりそうな気がする。
そんなことを考えていると船底からバキバキという破砕音と共に一際大きな揺れが船と我々を襲った。あ、何をされていたのかようやくわかった。これはヤバい!
「あの野郎ォ、船に穴ァ開けやがったなァ!?」
ジゴロウの怒号と共に巨大魚は甲板を貫いて空へと舞い上がった。ネナーシの蔓を切り裂いた時のように回転することで自分の尖った頭を錐のように使って船底から突っ込んだのだ。
元々沈めるつもりだったとは言え、現状は最悪に近い。船が沈むまでというタイムリミットが追加されてしまったからだ。一刻も早く巨大魚を倒して撤退しなければ、飛べない仲間達は海の藻屑になってしまう。そのためにも先ずは【鑑定】だ!
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種族:鋸鰭太刀魔魚 Lv81
職業:空剣士 Lv1
能力:【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【敏捷超強化】
【鋭牙】
【柔刃術】
【鱗鎧術】
【鞭尾撃】
【水氷魔術】
【高速飛行】
【連携】
【斬撃耐性】
【刺突耐性】
【水属性耐性】
【雷属性脆弱】
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鋸鰭太刀魔魚…なるほど、太刀魚の魔物だったのか。鰭の形状はあれとは違った気がするが、魔物だからそんなものだろう。能力の構成は物理よりで、斬撃と刺突を防ぐ鱗による物理防御と海に棲むからか水属性への耐性を持つようだ。
ただし物理攻撃なら打撃に耐性を持たず、また【雷属性脆弱】という明確な弱点を抱えているのはありがたい。その両方を突くことが出来る者がここにはいるのだから。
「打撃と雷属性で攻めるぞ!ジゴロウ、出番だ!」
「よっしゃァ!任せろォ!」
ジゴロウは両拳と角、そして髪の毛から目を焼くような激しい放電しながら空へと飛び上がる。その速度はまさに紫電の如しであり、私の動体視力では目で追うのがやっとであった。
その速度のままジゴロウは空中で回転しつつ踵落としを叩き込もうとする。しかし鋸鰭太刀魔魚は胸鰭を羽ばたかせてこれをギリギリで回避してしまう。更に空中で身動きが取れない兄弟に向かって全身を撓らせて鞭のように尾で殴りかかった。
「舐めんなァ!カアアッ!」
「ギョエェェ!?」
確かにジゴロウには空中を自由に動き回ることは出来ないが、空中で攻撃する方法がない訳ではない。彼は口を大きく開けると他の部位と同じく放電している舌を伸ばして薙ぎ払う。ジゴロウによる渾身の不意打ちは実を結び、伸びた舌が鋸鰭太刀魔魚の胴体を強かに打ち据えた。鋭く振るわれた鞭のような舌による打撃が自慢の鱗を砕き、全身を駆け巡った電撃に絶叫をあげる。今更ながら魚って鳴くものだっけ?
「今度は逃がしませぬぞ!」
「私もやります!」
空中で悶絶する鋸鰭太刀魔魚を襲ったのはネナーシの蔓とアイリスの触手だった。ネナーシは蔓で直接頭部から胸鰭にかけての部分を雁字搦めにし、アイリスは触手に持っていた何らかの黄色い薬品を尾鰭のあたりに掛けている。
アイリスも縛り上げると思っていたのだが、違うのか。そう思っていると掛けた薬品がみるみる内に固まっていくではないか!鋸鰭太刀魔魚の後ろ半分はまるで琥珀に包まれた虫のようになった。薬品はしいたけの新作に違いないが、どんなアイテムからどうやって作ったのか気になるところだ。
「ぬおりゃあっ!」
「ふんっ!」
完全に動きを止められた鋸鰭太刀魔魚の頭部をエイジが上から大きな鉄槌で、それと同時にいつの間にか槍に持ち代えていた源十郎が掬い上げるようにして石突きで殴り倒す。上下から鈍器で挟まれたことで頭部から鈍い音が響いたと思えばそのまま動かなくなった。
「仕留めたか…焦ったが何とかなったな」
「それはいいけど、さっさと逃げましょ?もうかなり浸水が進んでるわ」
兎路の言う通り、我々には安堵する暇すらない。船底に穴を空けられた沈みかけの船の上で悠長にしている時間などないからだ。鋸鰭太刀魔魚の剥ぎ取りは後回しにして、我々はさっさと撤収するとしよう。
シラツキに戻るために集団転移を使いたいのだが、未だに激しく揺れる甲板の上では座標を定めるのが難しい。それ故に仕方なく飛べる仲間達に一人ずつ運んでもらうという原始的な方法をとるしかなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えますね」
「お先~」
「気を付けてよ、お祖父ちゃん」
まず最初に帰還させるのはアイリス、兎路、そしてルビーの三人だった。それぞれ七甲と彼の召喚獣、モッさん、シオによって運ばれていく。この三人が選ばれたのは何もレディーファーストという訳ではない。戦闘が得意ではないアイリスと防御力が低い兎路、そして軽さ故に運んでからすぐに戻ってこられるルビーが選ばれたのだ。
飛行出来る者の中で私とミケロは万が一に備えて残っている。特に私は魔力探知による索敵も兼ねていた。気配を消すタイプの敵がいたら危険だが、そうなっても反撃出来るか耐えられる者だけが残っているので大丈夫だ。
上空へと昇っていく三組のペアを見送りながら、私は魔力探知を連発して周辺を安全を確かめ続ける。何か異変が起きてもすぐに対応するためには必要なことだ。
「どうだァ、兄弟?何かいたかァ?」
「アクシデントを期待するような言い方は止めてくれ。今のところは何もいな…いぃ!?」
ジゴロウの何かいて欲しいという思いが伝わってくる質問を否定しようとした直後、私の索敵に反応があった。大きさと速度から考えて鋸鰭太刀魔魚だと思う。ただし、私の声が上擦ったのはその数があまりにも多かったからである。
索敵範囲へと全方位から同時に百近い反応が入ってくることなど誰が想像出来ようか。百だぞ、百!こんなもの、どうすればいいと言うんだ!?
「敵の群れだ!一気に来るぞ!」
「うげぇ!?包囲されておりますぞぉ!?」
今はミケロにくっついているネナーシが悲鳴を上げた。我々が乗っている船をグルリと囲むようにして海面から鋸鰭太刀魔魚の特徴的な背鰭が出ているのだ。下手なホラーよりも遥かに恐ろしい光景である。
鋸鰭太刀魔魚の群れは船にある程度近付いたところでトビウオのように跳ねると、やはり回転しながら突撃してきた。くっ!防ぎきれるか!?
「星魔陣、呪文調整、聖域!」
私はありったけの魔力を込めて聖域を発動させる。五枚も張られた輝く球状の防御壁は、一瞬で三枚目まで割られたものの四枚目で防いでくれた。進化と転職したお陰である。
これで仲間達が戻ってくるまで耐えられる。そんな希望を嘲笑うかのように鋸鰭太刀魔魚は次の一手を打ってきた。
「何を…?まさか!」
「身体を丸めて背鰭を使うとはの。器用なものよ」
鋸鰭太刀魔魚はこれまで尖った頭部を錐のようにすべく、人間に例えるならバレエのように回転していた。しかし今は前転するように回転し、まるで丸鋸のように聖域を削り始めたのだ。後続の鋸鰭太刀魔魚も同じように回転しながら突っ込んでくる。これは無理だ!防ぎきれん!
残った聖域は抵抗虚しく切り裂かれ、鋸鰭太刀魔魚の背鰭が船に食い込む。木材が丸鋸によって加工される時の音を立てながら船が解体されていく。沈む前に船体が耐えられなかったのか、バキバキメキメキと断末魔の叫びのような破砕音と共に船は八分割されてしまった。
「ハッハァ!ヤベェなァ、こりゃあよォ!」
「それにしては楽しそうじゃの」
「うっ、うおおおお!?助けて下さいっ!」
バラバラになった船だが、ただちに沈む訳ではない。ジゴロウと源十郎はまだ浮かんでいる残骸を足場にして飛び回りながら迎撃している。お前達は牛若丸か何かか?身軽過ぎるだろう!
逆に重量級のエイジは助けてくれと叫んでいた。あんな軽やかな動きが出来るアバターではないことは誰もが理解している。我々に彼を持ち上げるほどの筋力はないが、彼をフォローすることは出来るだろう。私は急いでエイジの近くへ飛ぼうとした。
その時、まだ効果が残っていた魔力探知に一つの反応があった。これが鋸鰭太刀魔魚に似たり寄ったりのものならば今は非常時なので無視しただろう。だが、私が捉えた反応は奴等よりも遥かに巨大だった。
「うわあああああ!?」
「こいつァすげェ!」
「鯨か?しかしまた面妖な…」
海中から現れたのは、貝の殻を思わせる外殻を持つ鯨だった。口を大きく開けたまま海中から飛び出した鯨は、船の残骸の一部と何十匹もの鋸鰭太刀魔魚を丸呑みにして再び海に潜っていく。
狩る側から狩られる側になった鋸鰭太刀魔魚達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。私が慌てて魔力探知を使ったところ、鯨は逃げた鋸鰭太刀魔魚を追っている。
どうやら助かったらしい。あの鯨はきっと助けたのではなく、餌が集まっていたから来ただけに過ぎない。しかし、結果的に我々を救ったのは事実なので心の中で感謝しておこう。
「し、沈むうぅ!」
「魔力盾!エイジ、これに掴まれ!」
エイジは私が発動した魔力盾にしがみついて渦巻く海に飲み込まれないように耐えている。彼の筋力であれば落ちることはあるまい。アイリス達は海上での異変に気付いているはずなので、助けはすぐに来るだろう。
ドバアアアアアン!!!
安心するのも束の間、鋸鰭太刀魔魚とそれを追う鯨の向かった方向から耳鳴りがしそうなほどの轟音が耳朶を叩く。今度は何だと振り向けば、先程の鯨が海中から銛によって貫かれているではないか!
色々と考察したいことはあるが、確かなことが一つある。それは天空と同じかそれ以上に海中は過酷な場所だということだ。
次回は2月1日に投稿予定です。




