悪魔の囁き
刺客は思っていたよりもアッサリと片付いてしまった。シオ達が合流するのを待つまでもなかった…そのせいでジゴロウと源十郎は歯応えがなかったと少し不服そうだ。むしろあの四人が苦戦しているらしい黒い船の敵はどんな相手なのだろうか?非常に気になるところだ。
ジゴロウ達に戦いを任せたお陰で、私はじっくりとこの透明になれる船の中身を見せてもらった。どうやら船底に水晶玉が嵌め込まれた台座のような形状の魔道具があって、それに魔力を送ることで起動させると船の全体が透明にさせるようだ。その装置を【鑑定】した結果がこれだった。
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身隠しの紅玉台 品質:良 レア度:T
密林迷彩蜥蜴の血液を結晶化させた物体を核とする魔道具。
台座から延びる紐も魔道具の一部であり、魔力を通わせることで結合させた物体も透明化させることが可能。
目には見えなくなるが、幽霊のように物体をすり抜けられる訳ではないので注意が必要。
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密林迷彩蜥蜴、恐らくはカメレオンに似た存在だと思われる魔物の素材によって作ることの出来るアイテムらしい。レア度が高いのでそう簡単に作り出せるものではないのだろうが、もっと小型化させられるのなら昔話にもある天狗の隠れ蓑のように透明化する衣服が実現するかもしれない。是非ともこの船は持ち帰らなくては!
船のことも大事だが、それ以上にネナーシと共に船を調べると色々と面白いものが出て来た。海賊の首領と思われる三人の写真かと見紛うほど精密な似顔絵、この拠点を焼き払うためだと思われる大量の油と火薬、暗号で書かれた指令書に何と刺客の一人の日記まで見付けたのである。
船の調査はネナーシが居てくれてとても助かった。彼は蔓を四方八方に伸ばして隙間という隙間を片っ端から浚ったのだ。埃が巻き上がったものの、そのお陰で隙間に落ちていた指令書と隠していた日記を発見した。本人はルビーならもっとスマートに見付けていただろうと謙遜していたが。
暗号文を解読するなど出来るわけがないが、こんなものを用いてやり取りをする危険な者達に海賊達が狙われたことのわかりやすい証拠になる。それに日記の内容は…クックック!これからの説得で役に立ちそうだなぁ!
「兄弟の予想より弱かったなァ…物足りねェ」
「高名な戦士や剣客ならばともかく、多少腕が立つ程度のならず者を相手にそこまで優秀な刺客は送らんというところじゃろう。しかし、あれだけの人数を即座に派遣出来るのは人材が豊富な証拠。組織の方を侮っては足元をすくわれるであろうよ」
我々が船から降りると、ジゴロウが折り重なるようにして倒れている刺客達の山に腰掛けている。源十郎は刺客達が使っていたであろう短剣を掌で遊ばせながら返事をしていた。
二人とも味方とは言えない者達に囲まれた状態で自宅のように寛げる胆の太さは羨ましい。見ろ、エイジを。武器こそ構えていないものの、こちらを露骨に警戒する海賊達から決して目を反らさないようにしているではないか。これがまともな対応なのである。
「そう警戒するな、海賊の諸君。我々は君達の味方…とは言えないが、敵ではない。ついさっき君達を助けたことからもそれはわかるだろう?」
探索が終わったらお待ちかねの交渉タイムだ。再び翼に擬態したネナーシを背負った状態で浮かんだ私は安心させるように柔らかな口調で警戒を解くように促してみる。すると数人の海賊は戸惑うような仕草を見せていた。
だが、大多数の海賊はむしろ警戒の色を濃くしたままだ。見るからに怪しい魔物の集団を相手に、それをすぐに信じる者などいるわけがない。しかも私は様々な要因から人類に恐れられてしまうのだから尚更だ。
荒くれ者も恐怖には勝てなかったのか、誰かが自主的に口を開いて会話をしてくれることはなかった。このままでは話が進まないし、不毛な睨み合いを続けるのは疲れる。まずは発破をかけてみるとしようか。
「返事すらなし、か。集まり、縮こまって威嚇するばかりとは…海賊とは腰抜けという意味だったとは知らなかった」
「「「何だと!?」」」
「グルルルル?」
「「「ヒッ!?」」」
私の挑発に海賊達は面白いように乗ったようで、ほとんどが眉を吊り上げて腰の武器に手を伸ばした。しかし、彼らがこちらに向かってくることはない。何故ならカルが私の横にやって来て甘えるように頭を擦り付けたからだ。
カルは海賊の前で最もショッキングな殺戮を繰り広げた張本人だ。自分達では手も足も出なかった相手を頭から丸呑みにしたカルに攻撃するのは無謀である。彼らの中で膨れ上がった戦意は一瞬で萎んでしまった。
私はカルを撫でながら悩んでいた。カルのお陰で海賊は再びおとなしくなってしまったからだ。罵倒でも何でもいいから言葉を発してもらわないと交渉を始められないではないか!ううむ、どうしようか…?
「君達の首領は誰かね?少しばかり話をしようじゃないか」
「…俺だ」
そう言って一歩前に出たのはネナーシが感動していた黒髭の海賊だった。興奮からか背中に張り付いているネナーシが蠢くのが伝わってくる。おい、モゾモゾ動くのを止めろ!ゾワゾワするだろうが!
私の骨身に走る感覚を必死に我慢しつつ、私は前に出て来た海賊を見下ろしながら鷹揚に頷いてみせる。伸び放題の無精髭を生やした強面の男なんて、リアルなら目が合わないように注意を払うであろう強面の男が相手だろう。しかし、ゲーム内ならこちらの方が圧倒的に強い。怖じ気づく必要は全くなかった。
「私の名はイザーム。君は?」
「『オースティン一味』の長男、ジェームズ・オースティンだ。こっちの魔術師が次男のリチャードで、あっちで寝てるデカいのが三男のエドワードだ」
「長男の方がエドワードに相応しい顔付きなのでござるが…」
おい、ネナーシ!私にしか聞こえない声量で意味不明なことを言うな!そもそも、お前の言う顔付きだって写真とかで残ってる訳じゃないんだろう?それに名前がイメージと違うとか信じられないレベルで酷い発言だ…相手に聞かれていたら怒らせていたかもしれない。
魔術師の方は指揮を執っていたイケメンで、寝ているのは数人の刺客を相手に奮戦していた大男か。戦いの様子からも察していたけれど、似顔絵とも同じだから海賊の幹部は彼らで間違いないだろう。私は懐に入れていた似顔絵を取り出してわざとらしく何度も見比べる。それから似顔絵の書かれた紙をジェームズ達にも見えるように地面へと落とした。
「これは奴等の船にあったものだ。どうやら君達を狙っていたようだが…狙われる心当たりはあるかな?」
「ヘッ!こちとら海賊だぜ?恨まれてナンボの稼業、心当たりなんざ売るほどあるわ!」
ジェームズは吐き捨てるように海賊らしいことを言った。略奪によって稼いでいるのに襲った者達のことを一々覚えていないと言うことか。おお、まさに悪党っぽい台詞だ!
ならばそのヒントをやろうじゃないか。私は船で回収した日記に指令書を挟んでジェームズの足下へと放り投げる。ジェームズは警戒するようにこちらを睨みながら日記を拾うと、それを開いてざっと目を通す。するとみるみる内にその顔色が真っ赤になっていった。
「裏切りやがったな、あの野郎共!ぶっ殺してやる!」
「に、兄ちゃん!?何が書いてあったんだ!?」
「読んでみろ!」
投げ付けるように渡された日記を読み進めるにつれて、リチャードの表情は険しいものへと変わっていった。きっと持ち主がどんな人物であったのかがよくわかるからだろう。
私も読ませてもらったが、日記には暗殺者である持ち主がこれまで行ってきた仕事の時にどんな感情を抱いたのか、仕事の結果はどうだったかが多く、時々自分の上役への愚痴がつらつらと認められている。どうやら殺害することを楽しんでいたようで、楽しかったとか興奮したとかばかり書かれていた。何とも胸糞の悪い日記である。
ただ、今重要なのは最後の部分だ。そこには海賊の暗殺と島からその痕跡を完全に焼却する仕事について事細かに綴られていたのだ。日記は『奪う側が奪われる側になって焼き殺される時に見せる表情を早く見たい』という歪んだ願望で締め括られていた。
「この日記からもわかる通り、連中はその道のプロフェッショナルだ。そんな刺客をこの人数用意出来る組織が君達に死んで欲しいと願っている。喧嘩を売る相手を間違えたのか?」
「違うっ!喧嘩なんざ売ってねぇっ!俺達は雇われたんだ!」
それからジェームズは捲し立てるようにして自分達の所業について話した。彼らの事情はコンラートから既に聞いているから知っているものの、私は初めて知ったかのような反応を心がける。その演技が結構重要なのだ。
「なるほど…君達の事情は理解した。そこでどうだろう?君達を騙した組織に一泡吹かせたいとは思わないかい?」
私の提案に対しての海賊達の反応は二種類に分かれた。片方は怯えだ。相手は自分達を一晩で壊滅させかけた組織である。これと戦うことを仄めかされたのだから荒くれ者であったとしても恐怖を抱いても仕方がない。
だが、怯えているのは少数派である。多数派であるもう片方が抱いたのは狂喜だ。彼らに理性が残っていれば怪しすぎる私の提案など即座に蹴るだろう。しかし死の恐怖が過ぎ去ったことと仲間が殺された怒りによって暴力的な衝動が爆発しているのだ。
例外的にジェームズとリチャードには理性が残っているのか、雰囲気に流されつつある配下を苦々しい顔で見回している。気持ちはわかるが、私はこの熱狂に乗らせてもらおう。
「実は我々もこの組織には手を焼かされていてね。連中が慌ただしく作戦を行うという情報を得たからここにいる。君達は復讐が出来るし、我々は敵が減る。お互いに損はないと思うが?」
「都合のいい話じゃねぇか。確かにこの稼業、舐められたら終わりだ。けどな、まともに戦っても勝てねぇ相手と俺達だけで戦えってか?」
「一理あるな、ジェームズ。だが、我々が君達を支援するとしたらどうだ?」
「は…?浮かぶ…船!?」
私は杖によって上空を指し示す。そこには闇夜に浮かぶシラツキがゆっくりと島の上空から降下していく。あまりのことに呆然とするジェームズ達を見て、私は仮面の下でニヤリと笑うのだった。
悪役ムーヴが出来て主人公は内心でウキウキ。
次回は1月24日に投稿予定です。




