深夜の海戦 その三
「おーおー、戦っておるのぅ」
「ハッハァ!血が滾るぜェ!」
空を飛んで海賊の島へと近付くにつれて、我々の耳には男達の怒号と悲鳴、そして何かが壊れる音が聞こえてくる。船は無事なようだが桟橋は放火された部分もあるようで夜中であるのに島は明るい。海賊を焼く炎を見ながら、カルの背中にいる二人は戦いの予感からか楽しそうに笑っている。私が目指すものとは別のベクトルだが、二人も着実に悪役になりつつあるようだ。
しかしなぁ…余りにも楽しそうなので、勢い余って海賊もまとめて殺してしまわないか心配になってしまう。流石にないとは思うが、作戦を台無しにされたらたまったものではないので一応釘を指しておかねばなるまい。
「おい、兄弟。海賊は殺すなよ。後から利用するんだからな」
「わかってンよォ…おおっ!あのデケェ奴!野獣みてェな動きしてるなァ!」
「うむ、生来の勘で戦っておるような印象を受けるのぅ。素晴らしい反応の速さよな」
「あの~、その大きい人って多分海賊ですよね?」
エイジが恐る恐る確認すると二人は明らかに落胆していた。もしもここで確認していなかったら我先にと襲い掛かっていたんじゃないのか…勘弁してくれ、頼むから。この作戦は私達だけではなくてコンラート達とアン達という共謀者がいるんだから。失敗したら彼らに面目が立たなくなるから!
遠目ではあるが戦いの様子は海賊側が若干不利と言ったところか。海賊の巨漢が一人で数人の刺客を相手に奮戦している一方、残りの海賊達が不甲斐なくもボコボコにされている。人数は海賊側が勝っているので戦線が崩壊していないが、このままでは殲滅されるのも時間の問題だ。
「上様!拙者としてはあの髭面の海賊が良い味を出していると思いますぞ!学生の頃に見たエドワード・ティーチのイメージ画像にそっくりでござる!」
「えっと、誰だ?」
「おお、何と!黒髭サッチを!某国民的海賊アニメで敵役の元ネタにされた超有名な海賊をご存じない!?」
興奮しながらネナーシが蔓を向けたのは、雄叫びを上げながら二本のサーベルによって刺客の一人と互角に渡り合っている男だった。アンも被っていた三角帽に暗褐色のコートを纏い、黒く長い顎髭を生やした強面を怒りに歪めて戦っている。遠くから見ているだけでもかなり迫力があって、何と言うかカリブ海で暴れていた海賊のステレオタイプのような外見をしていた。
ただ、私はネナーシのように海賊についてそこまで詳しくないからよくわからない。流石に某国民的海賊アニメは知っているし『黒髭』と言う通り名は樽から人形が飛び出す玩具で見たことがあるから聞き覚えがある。しかし、その元ネタの人物については全く知らなかった。
嘆くネナーシは放っておくとして、他の海賊に比べて装備の質が明らかに良いのであの黒髭が船長かそれに類する人物に違いない。他には魔術師と思われるイケメンの海賊も装備が良さそうなので副官か何かだと思う。魔術を放ちながら全体の指揮をとっているからだ。
海賊の中で見る価値のある実力者はそれくらいだろう。あの三人は絶対に助けなければならないとして、その他大勢は…七割くらい生きてれば上々ってところか。操船に支障をきたさない人数が残っていればそれで十分だ。
「最終確認をしておこう。強そうな海賊は生かしつつ、刺客を皆殺しにするのが今日の目的だ。海賊から襲われても無視するか、それが出来なきゃ適当にあしらってくれ」
「へーい」
「うむ」
「わかりました!」
「委細承知!」
「グオオッ!」
明らかにテンションが下がっている二名が我がクランの最高戦力であることに一抹の不安を抱えつつ、我々は戦場に向かって急降下していく。奇襲するのが自分達の専売特許だと思っていそうな刺客の度肝を抜いてやろうか!
◆◇◆◇◆◇
「ぬぐっ…クソッタレめ!気張れよ、テメェら!数ならこっちが上だ!囲んでグチャグチャにしてやれ!」
黒髭こと『オースティン一味』の首領であるジェームズ・オースティンは刺客の一人と斬り結びながら配下を鼓舞するべく声を張り上げる。それが嘘だとわかっていても、首領として士気を下げさせないためには鼓舞するしかないのだ。
(こいつら、軍人並みに強ぇ!しかも俺達の戦い方を知っていやがるな!?こっち側ってことかよ、チクショウめ!)
ジェームズが戦っているのは刺客の一人であってリーダー格ではないが、それでも三男エドワードの次に強い自分よりもレベルが上なのだと理解していた。それ故にこのままでは全滅してしまうことも理解してしまっていた。
彼らも歴戦の海賊なので、レベルが上の敵と戦って勝つ方法も心得ている。数で囲んだり死んだふりをしても良いし、降伏を装って背後から腓腹を刺したって良い。彼らは海賊であって、正々堂々と戦う必要などないからだ。
しかし相手もまた正々堂々と戦う戦士ではなく、彼らと同じく卑怯卑劣な手段を用いることに躊躇のない刺客である。むしろそんな戦いのために訓練を積んでいる分、海賊達よりも上手であった。毒を仕込んだ短剣や投擲武器、体術に至るまで使いこなす刺客に勝てる訳がない。ジェームズは絶望しつつも死にたくない一心で戦っていた。
(リチャードの指揮でどうにかなってるが、エドワードが数で潰されりゃ俺達はもう終わりだ!どうしたらいい!?)
ジェームズにとって最優先するべきは自分と兄弟の命である。必要とあらば配下の海賊を見捨てて逃げる選択肢もあったのだが、今の状況では逃げることすらかなわない。必死に考えながら目の前の刺客に食い下がるが、じきに抵抗虚しく斬り捨てられると覚悟していた。
死を目前にしたジェームズは歯を食い縛りながら久しく存在すら気にしていなかった女神に祈る。どうか自分を助けてくれと。どの女神でもいいからこの理不尽から救ってくれと。
理不尽にも他者から多くのモノを奪って生きてきた、信心の薄い男の願いを聞き届ける女神など存在しない。一柱だけは面白そうだと思ったならば気紛れにチャンスを与えたかもしれないが、その必要はないと静観するだけである。だが、祈りを聞いてもいないのにやって来る魔王はいた。
「とうっ!」
「っ!」
「…は?」
ジェームズの目の前に落ちてきたのは、金属の甲冑を着込んだ猪の頭をした巨漢であった。右肩に大斧を担ぎ、左手に長方形の大盾を持った重戦士はエイジであり、奇襲の一番槍として運搬していたカルの手から飛び降りたのだ。
本来は落下の勢いを乗せた大盾による殴打でジェームズを守りつつ刺客の一人を片付けるつもりだったのだが、当たる直前に感付かれて回避されてしまった。奇襲による大ダメージは外したものの、彼は全く気にしていない。何故ならエイジは特にそうだが、そもそも島に乗り込んだ者達の中で奇襲をよく用いるのはイザームとネナーシだけだからだ。
「ハハハハハァ!よォ、遊ぼうぜェ?」
「はしゃぎ過ぎぬようにな、ジゴロウよ」
特に強者と本気で戦うことを楽しんでいるジゴロウと源十郎は奇襲を仕掛けようともせず、堂々と戦場に舞い降りてからゆっくりと歩き出す。余りにも隙だらけな二人に最も近かった刺客が毒をたっぷりと塗られた短剣を構えて襲い掛かった。
しかし流石は『夜行衆』の双璧と言うべきか、ジゴロウと源十郎はそれぞれの角で短剣を軽く弾くと手刀と大太刀を無造作に振るう。ジゴロウの爪は刺客の首を貫き、源十郎の大太刀は刺客の脳天から股下までを両断して即死させた。
これだけでも彼我の実力差は歴然と言えるだろう。突如として魔物がやって来ただけでも衝撃的であるのに、身体能力に頼るだけではなく技量にも優れた個体が現れるなど誰が予想出来るだろうか。海賊達も刺客達も頭の中が真っ白になるほどの衝撃であった。
「カル、好きに暴れろ」
「グオオオオオン!」
それに加えて静かな男の声がしたかと思えば腹の底まで震わせる重低音で咆哮が海側から襲い掛かる。振り返ると刺客達が乗り込んで来た船の船首に立つ背中から蝙蝠のような翼を生やした人型の何かに見えるイザームとネナーシ、そして二人を守るように地面に降り立った一頭の龍がいるではないか。
ジゴロウ達と離れた場所にいる刺客は反射的にイザームに向かって矢を放つが、カルナグトゥールの尻尾とネナーシの翼に擬態した蔓によって弾かれてしまう。あくまでも翼のふりを続けるネナーシはともかく、イザームを狙われたカルナグトゥールは露骨に不機嫌となって唸り声を大きくしていく。
イザームは銀色の仮面を撫でてから、ふわりと浮き上がると空中に魔法陣を展開して魔術を発動し始める。広範囲に渡る攻撃魔術が放たれるかと誰もが思ったものの、予想に反して発動したのは聖域というドーム状の防壁を作り出すものだった。それが三重に張られた理由を彼らはすぐに思い知ることとなる。
「ちったァ楽しませろよォ!?」
「技の参考になると良いのじゃがな」
「行きますよ!ブオオオオオオッ!」
「グオアアアアアッ!」
イザーム以外の三人と一頭の戦いぶりはそれはもう激しいものだったからだ。ジゴロウの拳が短剣ごと刺客の頭を殴り砕き、源十郎が剣で容易く矢を斬って見せ、エイジが大盾によって海賊達を守りながら戦う。離れた場所で戦っているのに何故か連携が機能しているのは彼らがそれぞれの癖や行動を予測することが出来るからだ。
ただ、それ以上に恐ろしいのはカルナグトゥールである。彼は刺客の攻撃を堅固な鱗で受け止めながら突撃し、一人を頭から踊り食いしてみせたのである。それには海賊も刺客も、そしてエイジまでも震え上がった。捕食されることへの根源的な恐怖を嫌でも思い知らされたのだから。
「おいおい、カル坊!拾い食いすると腹ァ壊すぞ?」
「毒やら何やら持っておる連中じゃ。噛み付くのはともかく、食べるのは止めておくのが良かろう」
「グオォゥ…」
ただ、ジゴロウと源十郎は保護者のような視点からカルナグトゥールを諭している。説得は功を奏したようで彼が踊り食いをしたのはその一回切りだった。カルナグトゥールには牙以外にも爪と尻尾を初めとした業物に匹敵する武器があるので刺客達を安心させることはなかったが。
三人と一頭の戦力は凄まじく、組織の刺客を次々と薙ぎ倒していった。ここに来てようやくイザームが聖域によって防御を固めた理由が他の者達にもわかった。それは万が一にも戦いの余波が刺客の船を傷付けないようにするためだったのである。
海賊と刺客の戦いを目にして自分が参戦する必要がないと断じたのだ、と彼らは思ったことだろう。自分達が勝てる相手ではないと知りつつも、刺客達は組織のために最期の一人が死ぬまで戦い続けるのだった。
次回は1月20日に投稿予定です。




