深夜の海戦 その二
黒い船を狙う五人は降下する前から作戦を決めていた。それは即ち、奇襲攻撃によって一気呵成に攻め立てるというものである。
「じゃ、自分が見張りを仕留めるっす」
シオは装着しているゴーグルの横にあるスイッチを押すと、肩に掛けていた長大なライフルを構える。この明らかな現代兵器は先日入手したコンテナに入っていた立派な魔道具で、ゴーグルは『パーリ式戦術照準器』、ライフルは『88型対魔可変魔力銃』という名称であった。
ゴーグルとライフルはセットになっていて、一本のコードで繋げることが出来る。『パーリ式戦術照準器』には自分で形状を選べるレティクルだけではなく、彼女のいる場所の風向きと風速、温度と湿度、レティクルの中央に当たっている物体までの距離まで表示されていた。また、壁越しでも熱源を表示させられるサーマルスコープと暗闇を見通すノクトビジョン機能まで搭載されていた。
更に対応する銃にコードで繋げると、これらの条件で発射した時に銃弾の軌道を予測するラインが表示される。ただ、余りにも正確過ぎてほんの少し条件が変わるだけでラインが変動するのが煩わしいのでシオはその機能はオフにしていた。
『88型対魔可変魔力銃』は持ち主の魔力を弾丸に変えて発射する武器だ。弾丸の威力や発射する速度も自由に設定出来るが、威力も速度も上昇させるには魔力を消費する。また可変なのは弾丸だけではない。銃身を長くしてライフルとしても使えるし短くしてマシンガンとして使うことも出来る。銃口にサプレッサー機能をつけて静かに狙撃することさえも自由自在なのだ。
シオはゴーグルによって黒装束に身を包んだ船員の姿をハッキリと視認している。素早く照準を合わせると迷わずライフルの引き金を引いた。
「自分の魔力は少ないっすけど…弾代がかからないのって最高っすねぇ~。それにヘッショ当てれば問題なしっす!」
パスッという気の抜けた音と共に飛んでいった魔力の弾丸は、黒い船のマストで周囲を警戒していた見張りの頭部を正確に貫いた。三本のマストにいた三人の見張りを、誰にも気付かれることなくシオは葬り去ったのだ。
しかし、運が悪いことに最後に射殺した見張りの死体が海に落下してしまった。そのせいで大きな音が鳴ってしまい、乗組員達が異変を察知してしまったのである。シオのミスではなくただの偶然なのだが、彼女は悔しそうに舌打ちをした。
「やらかしたっす…皆さん、出番っすよ!」
「ええ。では、手筈通りに行きましょう。先鋒はミケロさんと兎路さんですよ」
「はいはい、わかってるわよ」
「お任せを」
ミケロの触手、その中でも眼のついていない一本にしがみついている兎路は気怠げに手を振って応えた。面倒臭げな態度ではあるが、彼女が手を抜いたりはしない性格だと皆が知っている。だから誰も何も言わなかった。
ミケロと兎路は船尾の方向から接近し、黒い船に奇襲を仕掛けた。兎路は不意打ちで数人の船員を斬り捨て、ミケロは複数の魔眼を同時に使って混乱を起こしている。奇襲作戦は一先ず成功と言って差し支えないだろう。
「次はワイらの出番やな、モッさん!気張りや!」
「はい。そっちも気を抜かないで下さいよ?」
気安い掛け合いをしてから七甲は【召喚術】によって大量のカラスを召喚し、そのカラスと共にモッさんが船首側から突撃していく。船尾からの襲撃の対応に追われていた彼らにとって、背後から飛んで来たモッさんに素早く対応するのは難しかった。
二段構えの奇襲が綺麗に成功したことで、あっという間に見張りを含めて二十人弱の敵を倒すことが出来た。しかし、透明な船に比べて黒い船は大きめだ。船員の数は倍以上おり、船の中からゾロゾロと黒装束の船員が現れる。
それを見た兎路達は数の上で負けているのに、誰もが気にしていない。それは初手の攻撃で敵のレベルが自分達よりも低いことを確信しており、且つこの場にいる全員が数的不利をある程度ならば覆すことが出来る者ばかりだったからだ。
兎路は分身、ミケロは幾つもある魔眼、そしてモッさんは超音波による広範囲攻撃、七甲の召喚獣による飽和攻撃。シオだけは多数と戦うのが苦手だが、決して敵の攻撃が届かない場所からの正確な射撃によって着実に敵を仕留めていた。
「隠密性のための黒服に覆面はわかりますが、武器まで全員同じとは…まるで軍隊のようです。今までついでに倒してきた悪党とは一味違うということですか」
「つべこべ言わずに目玉を動かしなさいよ」
敵の考察を始めるミケロに向かって兎路は戦いに集中しろと言ったが、彼の耳には届いていないようでずっと考え事をしながらブツブツと呟いている。何かを呟きながら目玉から謎の光線を放つ魔物は余りにも不気味であり、近くにいる兎路としては早く戦いが終わって欲しいと心の底から願っていたいることにミケロは気付いていない。
船員達もやられっぱなしではない。腰から剣を抜いて迎え撃っている。個々人の種族と能力のレベルで劣っていても、彼らは格上との戦い方を心得ていた。常に数を活かすように立ち回り、誰かが大きなダメージを負えば即座に誰かが入れ替わって素早く回復するのだ。
集団が一つの生き物であるかのような動きからは、明らかに高度な訓練を受けたことが伺える。ただ、誰か指揮官となる者がいるようでもないことがミケロは気になった。攻撃されても動揺しないのはまだわかるが、呻き声一つ上げないのは流石に奇妙だ。
「よいしょ…何でしょうかね、これは?」
嫌な予感がしたミケロは触手の一本で倒れている敵の覆面を捲ってみると、そこには継ぎ接ぎだらけの顔があった。裂傷を治療のために縫ったのではないことは、質感や色が違うせいでパッチワークのようになった肌を見れば明白だ。
彼が見たのは覆面の下だけだが、全身が同じようになっていることは想像に難くない。事実、黒い船に乗っている者達は全員が組織によって改造された人類だった。彼らはまだ生きているのだが、改造によって自我を奪われている。頭部に埋め込まれた魔道具によって命令を下すことによってのみ動くことが出来る人形なのだ。
元凶である魔道具を摘出しなければ自我を取り戻すことはかなわないのだが、改造されているのは頭の中だけではない。全身に魔物の一部などが移植されており、頭部の魔道具が生命維持装置の役目を果たしている。つまり、彼らを救うことはミケロ達には不可能であった。
フランケンシュタインの怪物のような容姿に驚いたミケロだったが、驚いてばかりはいられない。レベルが下とは言え、敵は確実に息の根を止めるまで戦いを止めない戦闘機械のような者達だ。決して油断して良い相手ではないのである。彼らの事情を知っていれば同情もしたことだろうが、知らないからこそ容赦なく戦うことが出来た。
「ミケロ、どうかしましたか?」
「いえ、敵は想像以上に異常な方々だと考えを改めただけですよ」
乗組員の全てが同様の存在だとすれば、イザーム様に合流するのは少し遅れるかもしれない。口に出すことこそなかったものの、ミケロは自分の予想がきっと間違っていないことを何となく確信しているのだった。
ミケロが敵の異常さを知った頃、海賊の拠点である島は襲撃されていた。『オースティン一味』はそれなりに場数を踏んで来た名のある海賊だったが、流石に透明な船に接近された経験はなかったらしい。港として使っている入り江に何もない場所から一隻の船が現れたかと思うと、そこから四十人ほどの黒いフードで顔を隠した黒装束が飛び出して来た。
彼らは黒い船に乗っていた者達とは違い、ハッキリとした自我を持つ組織の刺客である。自我が残っているせいで最初から自分の命を省みない動きこそしないものの、一人一人のレベルは彼らの方が上だった。組織の抱える最高戦力とは言えないが、精鋭部隊であるのは間違いない。ただの海賊を抹殺するには過剰とも言える者達だ。
見張りの海賊は襲撃だと叫ぼうとしたものの、その前に喉を矢で射られたせいで断末魔を上げることすら許されずにその場で倒れた。黒い船の船員とは違ってフードを被った者達はハンドサインで意思の疎通を図りつつ、機械的に海賊達を始末していく。暗殺者として彼らの技量は非常に優れていた。
「何だぁ?血の匂いが…あれぇ?矢で死んでらぁ」
ただ誤算だったのは『オースティン一味』の三男、エドワードだった。彼は腕っ節の強さだけが取り柄だと言われているが、五感が優れていて血の匂いを嗅ぎ取ったのである。海賊達がいるキャンプから一人でやって来た彼は、匂いを辿って仲間の死体を発見した。
エドワードは少しだけ驚いた後、二人の兄にこのことを伝えようと引き返す。ここで慌てて走らない性格であるからいつも長兄に怒られ、その度に困った次兄が優しく諭すのだが…彼は未だにそれを自覚していなかった。
「痛ぇ!誰だぁ!?ぶっ殺してやらぁ!」
「「「!?」」」
侵入者達はここに来て初めて狼狽を露にした。弓によって狙撃した矢は確かにエドワードの頭部に当たった。見張りを始末した時と同じように音を消しつつ貫通力を強化する特殊な武技を用いて放った必殺の一矢だったのに、兜も何もないエドワードの頭部に弾かれたのである。
これこそエドワードの強さの秘密であった。彼は生まれながらに人類とは思えない防御力を持っていて、成長するに連れてその防御力は加速度的に増していった。今では一流の鍛冶が仕上げた金属鎧を超えるほどの防御力に達しており、刺客が放った気取られないことを重視した武技では貫くことが出来なかったのだ。
むしろ中途半端な攻撃はエドワードを怒らせてしまった。物騒なことは口にするものの、普段の彼はおっとりとしている。だが一度怒れば敵を全て殺すまで戦うことを止めない狂戦士と化す。血の匂いをかぎ分ける嗅覚はより鋭敏になり、匂いのしない場所を嗅ぎ当てた。
「そこかぁ!死ねやぁ!」
刺客を見つけ出したエドワードは拳を握り締めて殴りかかった。彼は防御力と同じく、人類とは思えぬほどの筋力がある。鋼の如き拳と合わされば、ただのパンチは鈍器にも勝る破壊力を見せるのだ。
エドワードの怒号と拳が地面を穿つ音を聞いた海賊達は何事かと入り江に続々と現れる。そして暴れるエドワードと戦う怪しい者達と見たことがない不審な船を発見したのだ。
「しっ、侵入者だ!」
「お頭達を呼んでこい!ぶっ殺せ!」
静かに、そして速やかに抹殺する当初の計画は脆くも崩れ去った。しかし刺客が慌てることはない。発覚したとしても海賊程度ならば然程時間をかけることもなく全滅させられる実力があるからだ。
しかし、彼らは知らない。両方の陣営にとって想定外の一団が空からやって来つつあることを。
次回は1月16日に投稿予定です。




