蝕魂の錆砂海
イベントで育てた植物による食べ比べ勝負。イベントそのものが競技性のないものだったこともあって、結局は全員が参加することになった。ものは試しと思ってコンラートとアン、あとウスバにも食べ比べ勝負を開くから都に来てみるかと聞いている。
コンラートは来る気満々で、アンに至っては是非とも参加したいと言ってくれた。ウスバはとある組織と対立中らしく、それをどうにかするまでは移動出来ないらしい。イベント終了時までに片が付いたら参加したいと返答があった。
ウスバと彼の仲間達が早々に決着をつけられない組織があるのか。住民にも恐ろしい集団がいるらしい。うーん、関わりたいような関わりたくないような。複雑な気持ちである。
「我が友にして魔王イザームよ、聞きたいこととは何かな?」
イベントのことは始まってから考えるとして、今は都の再建のために動くべき時だ。その一環として『誘惑の闇森』の向こう側に広がる紫色の砂漠について情報収集を行うべく、私は闇森人のキリルズと話をすることにした。彼は既に都に移住しているので、彼の自宅を訪ねたのである。キリルズは快く私とアイリスを迎え入れてくれた。
「質問とは君達が住む森の向こう側にあるはずの砂漠についてだ。行く方法やどんな場所なのか、知っていることがあれば教えて欲しい」
「友よ…正気か?彼処に…『蝕魂の錆砂海』へ行くと言うことは即ち死を意味する。生きて帰るのはほぼ不可能だ。それでも聞きたいのか?」
私の質問に対してキリルズは大きく目を見開いてそう言った。フィールドの名前は『蝕魂の錆砂海』と言うようだ。字面だけでも危険極まりない場所だと思われるが、実際にはどんな場所なのだろうか?怖じ気づくどころか好奇心がより刺激されてしまうじゃないか!
「ああ。我々は風来者であり、死を恐れる必要がない存在だ。止めておけと言われても向かうことになる。だから教えてくれ。その方が我々の探索の効率が良くなるからな」
「全く度し難いな、風来者とは!そこまでの覚悟があるのなら、知っていることは全て話して差し上げよう」
それからしばらくの間、キリルズから『蝕魂の錆砂海』について彼が知る限りの情報を聞き出すことに成功した。その内容を聞いた私が思ったことは一つ。専用の準備もせずにぶっつけ本番で行ったら間違いなく死ぬ場所だと言うことだ。
『蝕魂の錆砂海』は我々が上空から観察したように、紫色の砂漠であることは間違いない。ただし、そこはゲームの砂漠。リアルの砂漠にも砂砂漠や礫砂漠など幾つか種類があるのだが、ここは言うなれば錆砂漠…錆びた金属片に満ち溢れた場所なのだ。
針山を歩くようなものなので、半端な靴では歩くだけですぐに壊れてしまう。しかも防具越しでも金属片に触れるだけでダメージを負うせいで回復アイテムは普段の数倍用意しておかなければ帰ることも難しい。
そこら中で発生している砂嵐は金属片を巻き上げているのでミキサーのようになっていて、もしも巻き込まれてしまえばどれだけ防御力に優れていたとしても一瞬でミンチにされてしまう。想像以上に過酷な環境であるようだ。
「想定よりも随分と酷い場所のようだ。しかしまるで見てきたかのような感想だな」
「ああ、友よ。若さ故の無謀を発揮して森の端まで行って見たことがあるのさ。今話したのは全て実体験だよ」
「そ、そうだったのか。どんな魔物がいたのか聞いてもいいか?話しぶりから察するにあまり探索は出来なかったようだが…」
「遠くから観察しただけで全ての魔物は知らないが、それでも良ければ話してあげよう」
キリルズが見た魔物は二種類。六本の節足が生えた球体の昆虫らしき魔物の群れと、それを襲う何本もの頭を持つ蜥蜴らしい。何でも蜥蜴は鳴き声で昆虫を追い立てて凶悪な砂嵐へと誘導し、巻き込まれてミンチになったところを補食していたと彼は語った。環境を利用する知能を持つのは非常に厄介だ。戦う時には注意しなければなるない。
それよりも半端な防具では生きていくことも難しい環境で暮らしている魔物から取れる素材に興味がある。きっと優れた防具になることだろう。いや、見渡す限り金属片が広がっているのなら、それを持って帰ることが出来るのならそこは潤沢な鉱山にも等しい。是非とも詳しく調査しなければ!
「ええと、一つ質問してもいいですか?」
「何なりと」
「『蝕魂の錆砂界』が危険な場所だということはわかりました。でもそこと『誘惑の闇森』の境界ってどうなっているんでしょうか?森のすぐ隣にあるってことですか?」
「ああ、そうだよ。ただし、二つの領域を隔てているのは両方の環境で育つことが出来る特別な木…喰鋼樹だ。境界に近付くと足元の地面に金属片が混ざりはじめるのだけど、その辺りに生える木は大体がこれだね」
「喰鋼樹?」
「土ではなく金属を糧に成長する木だよ。全体が金属と同じような性質をしていて、葉っぱは鏃になるし折れた枝を研げば剣にも槍にもなる。闇森人が武器に使う素材の一つだ」
もちろん、これだけではないけどねとキリルズは続けた。自然に成長する武器の素材ということか。普通の土では育たないことから、森と砂界の境界でなければ育たないのだろう。完全なるファンタジー植物である。
森での生存競争に敗れた結果、生き残るために金属を吸収するようになったのかもしれない。ひょっとしてイベント用の鉢植えに金属片を詰め、そこに種を植えれば似たような植物を作れるのではないだろうか?
「その木が侵食することで、森は徐々に広がっている。数万年後には『蝕魂の錆砂界』がなくなっているかもしれないね」
キリルズはそう締めくくった。彼の話は『蝕魂の錆砂界』が危険な場所であり、無策で突っ込んでも無駄死にするだけだとわかった。やはり今進行している建築と陰謀の手伝いの片手間に攻略しようと考えて良いフィールドではないのだ。
そのことがわかっただけでも上々だろう。もうすぐ陰謀の仕上げに入ると聞いており、それは我々の出陣も近いということを意味する。久々に悪役っぽいことをやるのは楽しみだ!
◆◇◆◇◆◇
トゥエンティノの商業ギルドに集められたのは、二十人ほどの商人達だった。彼らに共通しているのは海運に用いる船を持っていること。その中には『メディル商会』のトマスに『コントラ商会』のコンラート、それに『フェニキス商会』のレオンもいた。
コンラートはともかく、不倶戴天の敵同士であるトマスとレオンが大人しく同席しているのには理由がある。それはこの会合の進行を商業ギルドの職員が行っていること、そしてこの会合の発起人が『メディル商会』と『コントラ商会』を含めない複数の商会によるものだったからだ。
しかも発起人の多くがレオンとも取り引きがある商人で、ここで騒動を起こすことは彼らの顔を潰そうとすることに等しい。それにこのような会合は確実に根回しが終わっていて、議論が交わされるとしても結論ありきのものであることが常だ。会合が開かれるという報せがあった時に動かなかったことを、レオンは心の底から後悔していた。
(忌々しい親父と甥め。俺が強く出られん状況を作ったのだろうが何を決議させるつもりだ?)
発起人こそ別であるが、レオンはこの会合を行うきっかけを作ったのは『メディル商会』だと確信していた。怒りを抑えてポーカーフェイスを保ちつつ、レオンはこの会合の目的を推測する。そうでなければ自分に話が回ってこないはずがないからだ。
まさか自分を告発でもするつもりなのだろうか?いや、海賊との繋がりを仲介しているのは組織の人間だ。証拠は何一つないのだから言い掛かりだと言い返すだけでいい。そこまで愚かであれば『メディル商会』はもう潰れていただろう。では真の狙いは何なのか。それは一向にわからなかった。
レオンが納得の行く答えを得る前に商業ギルドの職員が会合の開始を宣言する。発起人達の挨拶が終わると、彼らは本題を切り出した。その内容は『ルクスレシア・フラーマ間に出没する海賊の討滅計画』というものであったから、レオンの顔が凍り付いたのも無理はないだろう。
「ルクスレシア・フラーマ間の航路に出没する海賊がもたらす被害は軽視出来るものではなく、その問題についてはかねてより議題に上がることは多かった。しかし今、看過できない事態に陥っている」
「看過できない事態とは例の海賊についてですかな?」
「その通り。新たな海賊、それも風来者の海賊が現れたことだ」
レオンは必死にポーカーフェイスを保ちながら、周囲から見えない机の下で血が滲むほど拳を握り締めていた。その原因は気が狂いそうなほどの激怒からである。
レオンが組織の協力を得ながら心血を注いで来た、海賊との密約による航路を実質的に支配する計画。彼が絶妙なバランス感覚を発揮して続けていたこの計画が、ふらりとやって来た余所者が暴れすぎたせいで崩れてしまったことが確定してしまった。これを怒らずしていられるだろうか?
しかし、怒ってばかりはいられない。議題に上がった時点でほぼ決定事項であり、後手に回り過ぎたレオンは敗北した。ならば敗戦の傷を少しでも小さくするために次善の策を練る必要があるのだ。
それは自分と組織が海賊と与していたという証拠を完全に抹消するための時間を稼ぐこと。彼は他の商人達の力を決して侮っておらず、彼らが協力して資金を集めれば少し強いだけの海賊など叩き潰せる戦力が揃う。そうさせないように割りに合わない頻度でしか襲撃をさせていなかったのだ。
「新たな海賊による被害は甚大であり、この海域から海賊を一掃するべきだと我々は考えている。そのために協力して資金を供出し、海賊討滅を速やかに実行したい。何か質問は?」
「『フェニキス商会』のレオンだ。海賊の討伐に賛成するのは当然のことだが、その時期についてどのように考えておられるのかをお聞きしたい。聞けば風来者の海賊は中々の手練れ。半端な戦力では太刀打ち出来ますまい」
レオンは海賊の討伐には賛同しつつ、言外に十分な戦力を集めるべく時間をかけるべきだと主張した。そうして証拠の隠滅にかけるための時間を稼ぐのが彼の狙いだった。しかし、彼の発言は否定されてしまった。
「いいえ、大丈夫ですよ。そうなると思いまして、腕利きの風来者と連絡をとって既に呼び寄せております。報酬の見積り額は既に商業ギルドの方に提示して、相場より多少高額という程度だと確認をいただいております。迅速な対処のためならば妥当な金額かと」
海賊をのさばらせておくよりは良いでしょう、と締めくくったのはコンラートだった。彼はプレイヤーとしての人脈を使って何人ものプレイヤーを呼び寄せている。人手を集めるための時間で何かをすることは出来なくなってしまった。
「風来者にしておくには勿体ないですな、コンラート殿は!それでは集まってくれた諸君、採決を取ろうと思う。この計画に共同出資する者は起立を、しない者はそのまま着席してくれたまえ」
発起人の一人である恰幅の良い商人が言うが早いか、その場にいた全ての商人が即座に立ち上がった。ここに集まった商人は全て海賊の被害に遭っている。海賊を討伐するための依頼を自分一人で出すのは難しいが、複数の商会で分割するのなら負担は少なくなる。拒否する理由がほとんどないのだ。
逆に拒否してしまうと『他の商会が払った金で安全を確保した航路を使う卑怯者』というレッテルを張られてしまう。ケチで知られた商人であっても、ここで拒否したことはたちまち噂になって商船の乗組員にも知られることになる。腕利きの水夫ほど義理堅い傾向があり、その話を知られた時に彼らの心を繋ぎ止めるのは難しいだろう。
その全てを理解しているからこそ、レオンも迷わずに立ち上がった。彼の頭の中では怒りなどとっくに消え去っており、そこを代わりに満たしているのは焦燥感である。今すぐにディオスと連絡を取り、証拠隠滅のために動き出さねばならない。
彼の崩れかけたポーカーフェイスを、コンラートは何時もの微笑みを浮かべながら観察している。その微笑みに含まれる邪悪さを感じ取る者は誰一人いなかったが。
次回は12月31日に投稿予定です。




