調査進まず、海賊怒る
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【樹木魔術】レベルが上昇しました。
新たに樹木操作の呪文を習得しました。
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闇森人と合流した私は彼らと共に森を作り上げた。『誘惑の闇森』から持ってきた苗木と確保しておいた霧吐き灰樫の苗を【樹木魔術】によって成長させ、彼らにとって住みやすい環境を整えたのである。
その際に役立ったのが新たな呪文である樹木操作だ。これは魔物ではない生きた樹木の形状を操作するという一風変わった呪文である。
あくまでも形状を変えるだけという特性上、直接的な攻撃力はほぼないに等しい。しかし、侵入者を迷わせる森を作るには持ってこいの魔術だ。私と闇森人達は協力して複雑極まりない森を設計し、さらに罠も仕掛けることで森そのものを外敵から都を守る砦として完成させたのである。しかもただの迷路ではなく、霧が掛かるのだから密かに通過するのは難しいだろう。
ちなみに闇森人の居住区は黒壁の内側に作ることにした。彼らの要望通り、里とそっくりな生きた樹木の家だ。城壁に囲まれた内側に樹木の家があるのは奇妙かもしれないが、街中にある公園のようなものだと思えばいいだろう。
「イザーム、そろそろ出発の時間ですよ」
「ん?ああ、すぐに行く」
安らかに眠るカルの背中の上で寛いでいた私を呼びに来たのはアイリスだった。彼女と私は今から少し遠出する予定がある。惚けている間にその時間が来ていたらしい。私はふわりと浮遊して彼女の横に降り立った。
「物資は十分に用意出来たのかい?」
「はい!みんなのお陰です」
「そうか。じゃあ早速出発するとしようか」
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レオンはディオスへ海賊の対処を依頼したことで安心し切っていた。流石に依頼の翌日には難しいだろうが、近い内に海賊団は壊滅したという報告が上がってくると確信していたほどだ。
これはディオスのことを信頼しているからではなく、彼の所属する組織の力と自分が支払っている組織への貢納金に依るところが大きい。実態が不明なまま百年以上存続しているらしい組織を疑う理由など彼にはないし、組織が手を抜かないくらいには金を納めている。兄を謀殺した時に雇った半端者とは次元が違うのだ。
「手掛かりがない…だと…?」
しかし数日後にディオスが持ってきた情報は、『青鱗海賊団』が陸地に上がった痕跡すら見付からなかったという期待を裏切るものだった。依頼を受けたディオスも服装こそこれまで通りだが今日は素面で苦々しげに顔を歪めている。組織の一員としてあるまじき失態を報告をしなければならないことが悔しいのだとレオンは理解していた。
ただ、ディオスの感情は理解出来ても依頼を失敗したのは事実である。大粒の宝石は決して安物ではない。そのことはディオスも重々承知していた。
「言い訳に聞こえるだろうが、俺達も手を抜いちゃいませんぜ。俺達はこの大陸どころか、人が住んでる大陸にある悪党の塒になりそうな場所は全部把握してんだからよぉ…もちろん、港に使える場所もなぁ」
「出る杭を打つために、か」
組織は長く裏社会に君臨し続けるための努力を惜しんだことはない。将来的に頭角を表しそうな悪党を配下とし、拒絶すれば抹殺し、人類の住む全ての街に根を張る組織を傘下に加え、権力者に賄賂を送って捜査の手を向かわせない。傲慢にならず、徹底して自分達の地位を守るため真面目に活動を行っていた。
そうした活動の一環として、悪党と呼ばれる者達が拠点とし得る場所はほぼ全て網羅している。それは人類の住む街の内側だけでなく、城壁の外にある場所も当てはまっていた。彼らの調査から漏れている場所があるとすれば、相当な実力者でも足を運ぶことすら難しい秘境か秘密主義の個人が拵えた隠れ家くらいのものである。
ちなみにイザームが最初に使っていた研究室はその後者に当たる。あの研究室を作ったのは狂気に囚われた魔術師だ。単純な物欲によって動く者達ならともかく、狂人の執着が作り出した部屋まで察知しておけという方が酷というものだ。
「だからこそ逆にわかったこともあるぜぇ」
「それは?」
「連中は陸に戻ってねぇってことだぁ。海上で補給する方法があるってことだぜぇ。つまりぃ、どっかの誰かが後ろにいるってことだぁ」
「…まさかこちらと同じことを考えている商人がいると?」
「商人だけじゃねぇよぉ。船を持ってりゃいいんだからなぁ」
陸地に降りていないということは、逆説的に海上で補給を受けられることを意味している。このことからレオンとディオスは自分達がやっているように『青鱗海賊団』を支援する商人、もしくは貴族や国家がいると判断したのだ。
実際に『青鱗海賊団』の背後にはコンラートというプレイヤーの商人がいる。よって彼らの推理は正鵠を射ていたのだが…それに加えて人類の影響が及ばない大陸で王となったプレイヤー達もいるなどと考えもしなかった。
「まあ、国ってこたぁねぇなぁ。トゥエンティノをどうこうしようって話を組織が聞き逃す訳がねぇからよぉ」
「ならば『メディル商会』か?いや、あそこにそんな余裕はないはず…ならどこか別の商会か。だとしたらどこが…?例の風来者の商会という線も…」
「今のところ、どこが関わってるのかはわからねぇ。けどそれも時間の問題だぁ。港の船は全部監視してるからなぁ」
様々な可能性について考えを巡らせるレオンだったが、ディオスはそのくらいのことは既に考慮して手配済みだ。どの船が何処へ向かうのか、不審な航路を選んでいないかをチェックしている。監視し続ければ必ず尻尾を掴める自信があった。
「旦那にちょっかい掛けてんのがどこの誰かさんなのか、わかったら教えてやるよぉ。報復にもロハで手ぇ貸すぜぇ。俺達を虚仮にしやがったことをたっぷり後悔させてやらにゃ、組織の面子が立たねぇからなぁ」
「追加の金は必要か?」
「要らねぇよぉ。こっちの不手際だからなぁ…ほんじゃ、ここらでお暇するわぁ。良い報告を待っといてくれぇ」
ディオスはそれだけ言って立ち上がるとしっかりとした足取りで執務室から出て行った。レオンは組織の窓口であるディオスと会ったことは幾度もあるが、酔っていない状態を見たのは初めてだ。どうやら本気になったようで、手掛かりを掴めなかったことへレオンが抱いていた不満は払拭されていた。
ディオスが去ってから通常の業務に移ったレオンだったが、商業ギルドから集会を開くから出席するようにという通知を秘書が持って来たのは昼過ぎのことであった。商業ギルドは個人から大店まで、全ての商人が登録している集まりだ。
商業ギルドは全ての商人を保護することを目的にしており、公明正大で決して賄賂が通用しない機関だ。影響力は強大で、裏で抱えている武力も相当なものだと噂されている。集会の呼び出しを無視することはレオンにも出来ない。今は忙しいが、欠席する訳には行かなかった。
「いかがなさいますか?」
「どうせ何時もの退屈な会合だろう。面倒だが行くしかあるまい。出席すると伝えておけ」
「かしこまりました。では、そのようにスケジュールを組んでおきます」
「任せる」
この時、レオンは安心していたこともあって油断していた。普段の彼であれば予め会合の内容や参加者について詳細に調べ上げていたはずだ。
しかし、今日に限って彼はそれを怠った。度重なる予想外のことによって余裕を失っていたのだろう。そのことを後悔するのは会合に出席する三日後のことである。
レオンとディオスが話し合っている頃、二人の頭痛の種となっている『青鱗海賊団』のことを最も憎たらしく思っている者は別にいた。それは『オーティス一味』というレオンと協力関係にある海賊だった。
「クソッタレの風来者め!俺達の庭を荒らしやがって!」
彼らのアジトがある孤島にて、一味の頭目であるオーティス兄弟の長男ジェームズは声を荒げて机に八つ当たりをしていた。伸ばし放題の無精髭とその隙間から覗く虫歯まみれの乱杭歯、欲望でギラギラと濁った輝きを放つ瞳は見る者全てを恐怖させることだろう。
ジェームズの拳は一撃で机を叩き割る。海の男らしい日に焼けた太く逞しい腕とそこに刻まれた無数の傷跡は伊達ではない。海賊として幾つもの修羅場を潜り抜けているのである。
彼が怒り狂っている理由はもちろん、アンの率いる『青鱗海賊団』が『オーティス一味』の縄張りと化したルクスレシア・フラーマ間の航路で海賊行為を繰り返しているからだ。これは縄張りを荒らされたことへの不快感だけではなく、彼らとレオンの契約に関係していた。
『オーティス一味』とレオンの契約には一ヶ月に襲撃しても良い商船の数が定められている。これは街の太守からの指示でもあり、見逃せる最大限の数である。その数を上回る被害を出してしまえば、流石に海賊の討伐を命令せざるを得なくなってしまうからだ。
つまり、『青鱗海賊団』が略奪すればするほど『オーティス一味』が割りを食う形になるのだ。自分達を守るために自分の縄張りで同業者が好き勝手をするのを見逃さなければならない。これで怒るなと言う方が難しいだろう。
彼らも指を咥えて見ていた訳ではない。海域を巡回して『青鱗海賊団』を見つけ出し、縄張りを荒らす不届き者を血祭りにあげてやろうと躍起になっていた。幾度か発見したものの、鯱を駆る彼らは素早い上に海中へと逃げられる。よって一度たりとも戦闘すら出来ず、嘲笑うように逃げられてばかりであったことも怒りの炎に油を注いでいた。
「落ちつけ、兄ちゃん。気持ちは皆一緒だけど、雇い主の意向に逆らっちゃ楽な商売が出来なくなっちまう。今だけは大人しくしておこうよ。な?」
「クソッ…ああ、そうだな」
怒り狂うジェームズを宥めたのは次男のリチャードだった。兄よりも細身だが引き締まった体躯の優男で、一味のブレーンでもある。レオンと協力関係をまとめたのは彼の手腕であり、安定した襲撃を可能にしたのだ。
リチャードは頭の出来では自分の方が優れていると自負しているものの、常に兄を立てていた。それは海賊という荒くれ者をまとめあげるには自分ではなく兄の方が適任だと理解しているからだ。ジェームズもそれを理解しており、どれだけ頭に血が上っていても弟の助言には耳を傾けるのだ。
「兄貴、早く暴れてぇよぉ!もう我慢が限界だよぉ!」
逆に駄々をこねているのは三男のエドワードである。髪の毛剃り上げた二メートルを超える大男で、暴れることしか知らない男だった。リチャードとは正反対の彼はジェームズを困らせてばかりであるが、二人の兄がそれを黙認していた。
その理由は弟が可愛いというだけではない。最大の理由はエドワードの強さである。戦うためだけに産まれてきたと言っても過言ではない彼は一味の最大戦力であり、襲撃する時の要なのだ。
「うるせぇぞ、エド!昨日も仲間を殴りやがって!仲間に手を出すなって何回言わせりゃ気が済むんだ!?」
「うぅ…ご、ごめんよぉ兄ちゃん…」
「もう少しの辛抱さ、エド。雇い主が本気になって同業者の居場所を探りだしてるらしい。そこで風来者を相手に大暴れすればいいよ」
「うん!わかったよ、兄ちゃん!」
暴力を振るうことしか出来ないものの、エドワードは二人の兄の言うことにだけは素直に従う。もうすぐ暴れてもいい相手が現れると知った彼は上機嫌になっていた。
住民に雇われた住民の海賊と風来者の支援を受けた風来者の海賊団。二つの海賊団が激突する日はすぐそこにまで迫っている。
次回は12月23日に投稿予定です。




