二つの商会
アンが略奪を行っている頃、コンラートは港町であるトゥエンティノに新しく設けた支店でこの町の有力者の一人と会談していた。招かれた人物はトマス・メディルと言って、トゥエンティノにある老舗の大店、『メディル商会』の会長の孫である。
孫と言ってもこのリヒテスブルク王国でも有数の『メディル商会』の若旦那だ。既に事業の大部分は彼が掌握しており、実質的な会長は彼と言える。この町の商人でそのことを知らない者など一人もいなかった。
「やあ、トマスさん。いらっしゃい」
「歓迎に感謝するよ、コンラート君」
応接室で顔を会わせた二人は満面の笑みを浮かべて固い握手を交わす。二人が会うのはこれが初めてではない。プレイヤーの商人として最大の資本を持つコンラートだが、すでにNPCの商人がいる場所で新しい店舗を構えるのは難しかった。
前時代的なゲームならともかく、高度なAIを搭載された彼らが作った社会は現実のものに酷似している。小さな店舗を構えるだけならともかく、新参者がその中で大きな力を持つためには様々な手練手管を用いなければならない。柔らかな笑みを絶やさないコンラートだが、並々ならぬ苦労があったのだ。本人は交渉なども含めて楽しんでいたが。
コンラートはトマスを歓待しつつ、最初は世間話に興じていた。この時点から腹の探りあいは始まっている。友好的な関係であっても、致命的な隙を見せたりはしない。商人として当然のことだった。
「それで、ご友人には会われたのですね?」
「ええ。トマスさんには我が『ブラックカンパニー号』を造る時にお世話になりましたよ」
「はっはっは!お役にたてたのなら幸いです…さて、そろそろお話を聞かせていただきましょうか」
「お察しのことかとは存じますが、光と火を繋ぐ海原に蔓延る頭痛の種についてですよ」
迂遠な言い方をしたコンラートだったが、トマスは真面目そうな顔で頷いた。彼が予想した通り、コンラートの用件とはルクスレシア・フラーマ間に出没する海賊に関することだったからだ。
「確かに頭痛の種ですね。それも我が商会にとっては特にそうだ」
「事情は存じ上げておりますよ。心中お察しします」
『メディル商会』は大店と言うこともあって所有する船舶の数も多く、それに比例する形で海賊による被害もかなりの額に及ぶ。それで潰れなかったのは流石と言いたいところだが、コンラートが自分の武装商船を持ちたいから仲介してほしいという話がなければ危うかったかもしれない。
コンラートが造船を決意した時に『メディル商会』が困窮していたのは本当に偶然だが、両者の利害は一致していた。コンラートは念願の船を、トマスはまとまった現金を入手出来たのだから。
ただ、新造船によって目的地であったティンブリカ大陸を目指したコンラートはともかく、問題は未だに海賊に悩まされるトマスだ。彼らの事業は海運による貿易だけではないが、他の大陸でなければ得られない品物を顧客に売ることが難しいのは非常に痛かった。
「コンラート君もすまない。叔父上と私達の確執に巻き込んでしまった」
トマスが申し訳なさそうにする理由は、ただ一つ。トマスの叔父、つまり彼の父の弟こそが海賊を操って他の商人を妨害している黒幕であるからだ。このようなその男が凶行に走るようになったのには根深い理由があった。
『メディル商会』は老舗であるがここまで大きな商会にまで成り上がったのはトマスの祖父、アルベルト・メディルの才覚があったからだ。その商才は彼の二人の息子に受け継がれていたが、その方針と性格はまさに正反対だった。
長男であるトマスの父、ルイスは堅実な男だった。父が広げた取引先との関係をより深くし、磐石な状態にしてからでも事業の拡大は遅くないと主張した。
一方でルイスの弟であるレオナルドは常に挑戦したがる性分だった。父のコネクションを使って自分の名前と顔を売り、増やした知己とも取引をして積極的な事業の拡大を狙うのだ。
二人とも商人として優秀であり、両方ともそれぞれのやり方で利益を上げていた。よってアルベルトは後継者を二人の内のどちらにするのかを明言しておらず、これが不幸の始まりだった。兄弟の対立は徐々に高まっていく。ルイスは弟に取引先を無闇に増やすべきではないと諌め、レオナルドは兄を新しいことに挑戦出来ない保守的で臆病な軟弱者罵った。
特にレオナルドは行く先々で兄のことを貶めるような流言を吹聴して回った。その中には事実無根の侮辱まであったらしく、兄弟が対立しつつも利益を上げているのだからと見逃していたアルベルトは二人を呼び出した。
アルベルトの前にやって来た兄弟の態度は、やはり真逆であった。弟による誹謗中傷を受けながらもその苦悩を無表情によって見せないルイスと、自分より早くアルベルトの執務室にいる兄を見た途端に嘲るように鼻を鳴らしたレオナルド。この瞬間、アルベルトはどちらに自分の大きくした商会の跡取りにするかを決めた。
アルベルトの答えはルイスであった。それを聞いた兄ルイスは無表情のまま小さく黙礼し、弟レオナルドは激怒して父に詰め寄った。自分の何が不満なのかと。自分のどこがこの兄に劣っているのか、と。
アルベルトは言った。ルイスとレオナルドの内、レオナルドは若かりし頃の自分に似ている。しかし、だからこそこの大きくなった『メディル商会』を任せる訳には行かない、と。『メディル商会』の歴史は古くとも、大店と呼ばれるようになってからはまだ日が浅い。際限なく膨張しても限界が訪れ、泡のように弾けてしまうのだ。
そうならないためには膨らんだ泡を固い石のように固める必要がある。その役割にルイスは最適だ。ルイスが泡を石に変えた後にこそ、レオナルドの手腕が遺憾なく発揮出来る。だからしばらくは兄の方針に従え。アルベルトは淡々とその決定を下したのである。
自分が跡取りだと言われたルイスは自分の役割を弁えていたので、黙礼しながらもこの先のことを考えていた。それと同時にレオナルドはどのような部署で働いてもらえば良いのか、いや、いっそのこと弟のための部署を新設するべきか。考慮すべきことは多々あるが、協力してくれるのなら彼が自由に事業を拡大出来るようになるのも早くなるだろう。
優しい兄は、やんちゃな弟と協力しようと思っていた。
自分が跡取りではないと言われたレオナルドは奥歯が軋むほどに悔しがりつつ、節穴な目玉しか持たない父を翻意させられるのかを計算し始めた。レオナルドは悪し様に罵った自分をルイスが許してくれるとは思っておらず、このままでは間違いなく閑職へ追いやられると確信していた。いや、頑固な父は一度決断したことを変えることはまずあり得ない。ならばどうするか?物理的に排除するしかない。
強欲で傲慢な弟は、目障りな兄を亡き者にしようと決意した。
それからレオナルドは表向きは大人しく兄に協力的な姿勢を見せつつ、裏ではそのコネクションを活かして汚れ仕事を生業とする集団とコンタクトを取った。そして兄の暗殺を依頼したのである。
依頼を受けた者達は注文通り、商談からの帰還中に流れの盗賊に襲われたように見せ掛けてルイスを殺害した。ただ、彼らにとって不運だったのはルイスと彼の護衛が襲われている現場を偶然にも目撃してしまった狩人がいたことだった。
その狩人は引退した兵士だったのだが、そんな彼の証言によれば、盗賊にしてはあまりにも腕が立つ者達だったのである。しかもわざわざ盗賊の仕業に見せ掛けるため、あらかじめ用意しておいた死体まで用意して返り討ちにあった工作までする徹底ぶりだった。
どう考えてプロの暗殺者の仕事である。目撃者が斥候を得意とする元兵士でなければ殺されてしまっていて、ありふれた悲劇の一つとして処理されていただろう。
だが、そうはならなかった。ルイスが何者かに暗殺されたことは火を見るより明らかであり、当然のように疑いの矛先はレオナルドに向かった。実行犯が物的証拠を残さなかったお陰で逮捕こそされなかったものの、誰もが依頼主が彼だと知っていた。
特にアルベルトはレオナルドの犯行だと確信しており、激怒した彼は息子を『メディル商会』から放逐した。そしてまだ幼かったルイスの息子であるトマスを後継者として育て始めたのだ。
放逐されたレオナルドは全てを失ったものの、それで諦めるどころか追い出した父親を憎悪した。何時か復讐してやるという逆恨みと隠していた僅かな財産を糧に、他の町で商売を始めたのだ。高価な薬によって顔を変え、父の目から逃れるためにレオン・フェニキスと名を変えて人脈と財産を蓄えていった。
こうして急成長した『フェニキス商会』はついにトゥエンティノに帰ってきた。そして『メディル商会』へ攻勢に出たのだ。新たに築き上げた人脈によって海賊を従え、この街の太守に賄賂を送って黙認させ、海運を独占しようと企んだのである。
『フェニキス商会』の会長がレオナルドと同一人物だと気付いた時にはもう手遅れであった。海賊と組んだ彼は唯一海路の安全を約束されていて、瞬く間にトゥエンティノで頭角を表したのである。海を完全に独占した後は陸路も支配して、今度は自分を追い出した『メディル商会』を完全に潰す。それでようやくレオンの復讐は終わるのだ。
「謝る必要などありませんよ、トマスさん。それを知った上で貴方を頼らせてもらったのですから」
コンラートは彼らの確執について知っていた。『フェニキス商会』が『メディル商会』と対立していることも、レオン・フェニキスの正体も、彼が阿漕な商売を行っていることも、全てきちんと事前に調べていた。調べた上でトマスを頼ったのである。
「しかし、案の定あの粗暴な男に脅されましてね。例の航路には関わるなとのことでした」
「それは…」
「ですが、我々は自分達を阻む者を全て排除する。これは我が商会の基本方針です。その対象には勿論、『フェニキス商会』も入っている」
悲痛そうな顔を浮かべたトマスが何か言う前に、コンラートは珍しく真顔でそう言った。それを見たトマスは理解した。コンラートは脅迫に屈せず、それどころか障害となるのなら戦うつもりなのだ、と。
「トマスさん。貴方は我々と共に奴等と戦う覚悟はお有りですか?あるのなら、この手を取って下さい。何、損だけはさせませんとも」
コンラートは再び微笑みを浮かべながら右手を差し出した。トマスは一瞬だけ目の前の男が怪物であるかのように錯覚したが、何も言わずに彼の右手と握手を交わす。コンラートの計画はまた一歩前進したのだった。
次回は12月11日に投稿予定です。




