魔王の民とその始まり
土木工事に加わるべく宮殿から外に出た私は、空をフワフワと浮遊して作業の指揮をしているアイリスのもとへ向かった。彼女は何やら金属製の土台のようなものに乗っている。恐らくはミケロが乗っていた魔導人形をアイリス用に改造したものだろう。
「あ!イザーム!やっと来てくれましたね!」
空中に浮かぶ私を発見したアイリスは触手をくねらせてこちらに来いと催促する。随分と慌てているが、何か問題でも起こったのだろうか?
「あ、アイリス?どうしたんだ、そんなに騒ぐのは珍し…」
「どうしたんだじゃありませんよ!一体何をしたんですか?皆さんが困惑してるんです!」
「皆が…?」
アイリスの剣幕に狼狽えていると、もう見慣れつつある立派な鬣と体躯を誇る一人の四脚人の男性がノシノシと歩み寄って来た。四脚人のまとめ役、レグドゥス殿だ。
今は戦時ではないから武装はしておらず、代わりに獅子の背部には仕留めた魔物を括り付けている。どうやら狩りに向かっていたようだ。
そんな彼に少し遅れて疵人と闇森人、そして鉱人が搭乗した工事用の戦術殻までこちらに来るではないか。只事ではない様子に私は思わず杖を握る手に力が入ってしまった。
「イザーム殿、一つだけ問いたい。つい数分前、我ら全員に『不死魔王の民』という聞いたことのない称号を得たのである。この不死魔王とはイザーム殿のことと推測するが、如何か?」
うげっ!?そっちに影響が出ていたのかよ!誰がどう考えても私のせいだ。仲間達に影響があることは想定していたが、レグドゥス殿達が既に私の民として扱われているとは思わなかった。
それにこの都の中に住むことになった四脚人と疵人はともかく、闇森人と鉱人にまで例の称号があるのも驚きだ。進化の時にも思ったが、システム上は闇森人の里と鉱人の街まで私の影響下にある判定になっているっぽい。流石にないとは思うが…一応彼らの実家がどうなっているのか調べなければならないだろう。
「ちなみに私にも出てますよ、同じ称号」
「うむ…隠すことでもない。先ほど進化して私は混沌深淵龍骨不死魔王になった。だから称号にある『不死魔王』とは私のことだろう。不愉快かもしれないが、これは不可抗力で…」
「おお!遂にこの地にようやく魔王が現れた!しかも我らは既にその民と認められておる!何と光栄なことか!」
私の意図したことではない、と伝える前にレグドゥス殿達は快哉を上げる。魔王の民となることは光栄なことなのか…?彼らがどうしてそう考えるのか全くわからん。
興奮して口々に話す彼らの言う内容をまとめると、四つの種族は共通した言い伝えがあった。それが自分達を繁栄へ導く魔王という存在が何時か現れる、というものだ。そして魔王が現れた時には伏して忠誠を誓えと伝わっているらしい。
それが私だと?ううむ…忠誠を誓うと言われても正直に言って重い。それに図らずも彼ら四つの種族の発祥を知ってしまった私としては、そんな口伝がどうして生まれたのか察しが付いてしまうから微妙な気分である。
「あー…君達の気持ちは良くわかった。我々としてはこれまで通りの関係を続けてくれるならそれでいい」
「それがイザーム殿、いえイザーム様のお望みとあらばそうするのである」
「様付けはいらないのに…そ、それよりも工事の進捗はどうだ?」
忠誠やら何やらよりも先に都の改修が重要だ。ただ単に生産的な話がしたいだけであって、決して私が過剰に持ち上げられて羞恥心の限界が来ているわけではない。
「話を反らしましたね?えっと、工事ですけど使っていない建物の解体は半分ほど終わりました。それを使って道を整備していますよ。けど問題もあります。追加の石材についてですね」
「石材?河原に行けば腐るほどあるだろう?」
「あそこの石だけだと色々と不便なんですよ。だから『槍岩の福鉱山』で石材を調達したいんですけど、『メペの街』の周囲で取れるのって鉱石ばっかりでしょう?そのままだと使えませんし、『メペの街』みたいに全部金属の箱物ばっかりにするのはちょっと…」
「ああ、言いたいことはわかる」
鉱人達の住む『メペの街』は訪れてみて楽しい場所だった。だが、じゃあ彼処と同じスタイルで作った場所を自分の拠点としたいかと問われればそれは否である。観光地は楽しめても住みたいと思えない理論だ。
「ならどうする?」
「ですから『槍岩の福鉱山』の地上部分で採掘したいんです。調度いい採掘ポイントがあるかどうか不明ですけど、そこは調査も兼ねるという形で。私達のレベルも上がりましたし、あの飛龍にも注意を払えば逃げられると思うんですけど…どうですか?」
「ふむ…」
『槍岩の福鉱山』を初めて訪れた時のことは良く覚えている。カルの背中に乗って悠々と飛んでいると、巨大な飛龍に撃墜されて危うく死にかけ…いや、一度死んだんだっけ?そこはどうでもいいか。
とにかく、あの山には凶暴な存在が住んでいるのは紛れもない事実だ。その目を盗んで採掘するのは危険だろう。それに脅威が飛龍だけだとは限らない。他にも危険な魔物がウジャウジャといる可能性もあるのだ。
普段ならば新たな冒険に繰り出すだけとばかりに快諾し、メンバーを募って向かっただろう。しかし、今はコンラート達と悪巧みをしている最中である。事前に連絡をしてくるのは間違いないが、その時にすぐに出発出来るようにしておかねばならない。
遅刻は作戦に響くだろうし、何より窮地に援軍として駆け付けてくれた恩を仇で返す真似は一人のプレイヤーとしてしたくない。恩は恩で返すべきなのだ。
「わかった、『槍岩の福鉱山』に行ってみよう。ただし、今回はあくまでも様子見にして欲しい。向かう人数も最低限が好ましいな。同行者は発案者のアイリスが選んでくれ」
「わかりました!」
「では、私も作業に加わろう。どんなものがある?」
だが、あくまでも我がクランとしての目標は都の改修だ。どちらが優先かと問われれば、こちらを優先するべきである。それにこの大陸を拠点にする以上、どこでどんなアイテムがどのようにして採取や採掘出来るのかを把握しておくのは大切だ。だから『槍岩の福鉱山』の調査は行うのである。
アイリスはウキウキしながら誰を選ぶかを考えているようだ。触手を蠢かせている彼女に私が参加出来る作業について聞く。すると我に返ったアイリスがカルを手伝って欲しいと言われた。特に断る理由もないので、私はカルと合流して作業を開始した。
「グオン」
「おお、カルよ。力加減がわかってきたようだな?偉いぞ」
「グルルルル」
我々が加わったのは、使っていない家屋の解体作業だった。ただし、強力な攻撃で破壊してしまうと再利用出来ないらしく、慎重に作業を行っていた。
家を何軒か解体して、再利用可能な素材を改修する。地味だが大切な作業を黙々と熟していると、一通のメッセージが届いた。私はてっきりもうコンラートの仕込みが終わったのかと思ったが、送り主は彼ではなくしいたけであった。
「…例の装置が遂に動かせるようになったか。カル、私は少しだけ席を外す。すぐに戻ってくるから、作業は続けておいてくれ」
「グオッ」
カルが頷くのを確認すると、私は宮殿の地下へ向かう。そこには元々あの不完全人造人類を作っていた工場があったのだが、現在ではしいたけの研究所となっていた。
今ではこの施設を拡張しており、シラツキに積んであった設備を移転させたので彼女は大体ここに籠って色々とやっている。ただし、研究所の扉にはアイリス製の鍵を着けて関係者以外立ち入り禁止としていた。その理由はある意味宝物庫に眠っているアイテムよりも稀少で、しかも危険極まりない代物があるからだ。
「来たぞ、しいたけ。使い方がわかったんだな?」
「おうおう、そうだぜ魔王様~」
研究所に入ると薬品の入ったビーカーと三角フラスコを両手に持ったしいたけが出迎える。その呼び方は勘弁して欲しいが、今はスルーしておこう。それよりも大切なことがあるのだから。
「どうすればいいんだ?」
「んん、聞かせてしんぜよう。こっち来て~」
しいたけに案内された場所にあったのは、高さ三メートルほどの複雑な形状の機械だった。幾つものボタンと計器が並ぶ土台からは太い一本の円柱が伸び、それを囲むようにして淡い青色の液体が入った透明な十二本の円筒が円形の金具によって円柱に装着されている。
これまで私が見てきた【錬金術】に用いる器具が小学校の理科の実験に使うものだとすれば、これは大手の製薬会社が新薬開発に用いるものというほどにかけ離れた装置である。これこそがフェルフェニール様より頂いた古代兵器、コードネームは『純潔』だった。
「古代兵器『純潔』…強制種族変異薬、か」
この『純潔』という兵器はこの機械そのものではなく、円筒に入っている液体であった。これを摂取すると進化を伴うことなく強制的に種族を変異させられるのだ。
この薬を用いて変異させられた者達の末裔が、疵人や四脚人など『人類モドキ』と呼ばれる者達なのだ。フェルフェニール様によると、彼らの祖先はこの薬によって戦闘向きに変異させられてこの大陸で戦わされたらしい。
その戦いぶりは凶暴と言わざるを得なかったようで、戦争が終わった後に彼の龍帝は龍神アルマーデルクス様からこの機械を封じるように命令されたのだ。壊せばよいのではないかとフェルフェニール様は具申したが、アルマーデルクス様は封印しろと言う命令を覆さなかった。それどころか場合によっては封印を解けと命じたという。
解放の条件は『永い時を経て理性と良識ある種族に変わっているとフェルフェニール様本人が確認すること』。それを協力し合って獄獣という脅威に立ち向かった彼らを見て確信し、我々に託したのである。
「もう動くのか?」
「動くよ。材料は必要だけど。で、どうするの?」
しいたけの質問の意図。それはこの薬の存在がプレイヤーに与える影響を考えたものだった。現在、人類を選んだプレイヤーはレベルを上げて進化しても『高位』が付く種族にしかなれない。一本道の進化が嫌だと言うのならミケロが発見した転生を行って、種族ごと変更させるしかないのである。
そこへ新たな選択肢を与える古代の技術によって作られたこの装置の価値は計り知れない。存在を公にしてオークションでも開けば、薬だけでもその値段は天文学的な数値になるだろう。そして今はコンラートという販路まである。目先の利益だけを考えれば売却一択とも言えた。
「当然、秘匿する。皆で話し合って決めただろう」
しかし、我々が出した結論は公にせず隠し持つことだった。売ってしまうのはフェルフェニール様へ不義理であるし、何よりもそれでは他人に悪用される気がする。悪用するならば我々がするべきだ!
幸いにも我々にはしいたけという研究することを苦にしない仲間がいるのだから、時間をかければ必ず解明してくれる。どう使うのかは機械と薬そのものを熟知してからでも遅くはない。それまでは我々だけの秘密にしておくのだ。
それにしても『純潔』というコードネームは引っ掛かる。これはウスバの持っていた剣の『暴食』が含まれる七大罪とは逆の七元徳や七美徳などと呼ばれる概念だ。これが無関係だと考える方が難しいだろう。
この角度から古代の歴史が明らかになるかもしれない。淡い期待を抱きながら、私は工事に戻るべく研究所を後にするのだった。
次回は11月29日に投稿予定です。




