イレヴス防衛戦 その五
いやぁ、下界では魔物と人類が激しく戦っていらっしゃるなぁ。ご苦労様、と言わせていただこう。我々は優雅に空から侵入させてもらうとしましょうかね。
「下での戦いに夢中で、私たちに気付いていないみたいですね」
「っつーか、上を見る余裕が無いだけちゃう?目の前の敵に対処するだけで精一杯なんやろ」
「ああ。普段なら彼らも飛べる魔物を警戒しているだろうしな」
もしも兵士達がいつも通りに警戒していたなら、上空にも気を配っていただろう。そして魔物の軍勢に空を飛べる部隊がいたなら、むしろ上空にはいつも以上に警戒していただろう。しかしそれはたらればの話であり、現実として今は素通り出来るのだ。利用させて貰うのは当然の事である。
「目的地は…見えてきたな」
私が杖で指したのは白亜の神殿だった。その神殿の壁は全て白一色で、屋根は光沢のあまりないくすんだ金色で塗られており、敷地の中央にある本殿の頂点を始めとした様々な箇所に太陽を模した円環の内側に天秤の入ったシンボルマークが描かれていたり彫刻されていたりしていた。
このマークは『光と秩序の女神』アールルの聖印である。つまり、ここはこのルクスレシア大陸における人類文化圏で広く信仰されている『光と秩序の女神』アールルの神殿であった。
「うひゃあ!デッカイなぁ!」
「ほほぅ、流石はWSS。ゲームの中でも宗教が儲かっているとは驚きですね」
神殿の大きさを見て素直に感嘆する七甲と、捻くれた感想を述べるモッさん。これが個性…か?いや、単なる性格の違いだな。うん。
「大きいからこそ、意味があるのさ。それにこれだけ大きければ壊し甲斐があるというものだろう?」
「せやな」
「確かにそうですね」
そう。私の目的はここ『光と秩序の女神』アールルの神殿を破壊することである。何故そんな事を…テロを働こうとしているのかと問われれば、『光と秩序の女神』アールルのやり方が単純に気に入らないからである。
WSSで構築されているゲームの世界は、ある意味異世界のようなものである。女神達はその世界その物を管理するAIではあるものの、ギリシャや日本の神々のようにそれぞれに性格が設定されている。それはそれで面白いし、だからこそ私のような凡夫が『死と混沌の女神』イーファ様から加護を賜ることが出来たのだ。
しかし、それでもFSWがゲームである事に変わりは無い。ならば管理AIはユーザーに配慮すべきであり、プレイヤーのアバターが魔物であるからと言って街に入る事すら出来ないというのは間違っている。少なくともMobと同じ扱いを止めるくらいはしてほしいものだ。
だから私は戦争のどさくさに紛れて神殿を急襲してこれを破壊し、我々魔物プレイヤーを弾圧する『光と秩序の女神』アールルへの宣戦布告とするのだ。…と言うのは半分の理由である。ぶっちゃけた話、イベントそっちのけで大事件を起こすくらいの事をしでかさないとジゴロウの期待に応えられないというのも理由の残り半分であった。仲間の期待に応えねばならないだろう?
「ウスバの手紙によれば、一般市民は各所にあるシェルター的な建物…『守護塔』に避難しているらしい。戦う力がある神官戦士や回復系の魔術を使える神官共は城壁に集まっているから、今神殿の防衛はザルだ。精々派手に吹き飛ばしてやろう」
「…ここまで来て今更言うのもアレやけど、少なくともこの国のNPCにエライ恨まれるやろなぁ」
「どちらにせよ、狙われてるのは同じでしょう?だったら開き直ってやりたい放題にやってしまえばいいんですよ」
「モッさんは喋り方は丁寧やのに、相変わらず言う事は過激やでホンマ」
下らない事を話している間に、我々は神殿の上空へ到達した。よし、じゃあお邪魔するとしますかね。
「ふん!」
「ちょおおお!?」
私は杖で神殿にある『光と秩序の女神』アールルがモチーフであると思われるステンドグラスを叩き割った。七甲が驚いて大きな声を出すが、今からここを廃墟にしてやろうとしているのに、このくらいで動揺してどうするのだ?
「風通しが良くなっていいじゃないですか」
「そうだろう?では、押し入るとしようか」
「はぁ~…」
我々三人はステンドグラスが割れた場所から神殿の内部に侵入した。神殿に入った第一印象は『豪華』であった。床にはふかふかの赤絨毯が敷かれ、私が割ったステンドグラスの真下には貴金属や宝石が惜しみ無く散りばめられた祭壇がある。説教などを聞くのであろう信者が座る椅子は重厚な木材と肌触りの良い布地が使われており、神殿を支える石柱には細緻な彫刻が施されていた。
モッさんではないが、本当に随分と儲かっているらしい。素直な視点から見れば、それだけ『光と秩序の女神』アールルが深く信仰されていると言えるだろう。
「中に人は…誰もおらんな。留守やんけ」
「都合がいいではないですか。使えそうなモノを拝借し―」
『何してんのよ!』
「「「!?」」」
破壊する前に色々と物色していこうかと思った矢先、神殿の中で最も大きな石像の眼が白い光を放ち始める。それと同時になんと石像が喋り始めたではないか!一体これはどういうことだ!?
『穢らわしい魔物が、私の神殿に土足で入るなんて!信じらんない!』
「私の…?なるほど、お前が『光と秩序の女神』アールルか」
これは驚いた。石像の中に宿っているのは『光と秩序の女神』アールル本人であるらしい。女神直々に出張って来るとは…これは想定外だ。
『お前ですって!?不敬にもほどが…って!アンタ!プレイヤーじゃない!しかも私の勇者を殺した奴じゃないの!』
「おいおい、私がプレイヤーだと今知ったのか?管理AIなのに?」
『う、うるさいわね!プレイヤーの情報の管理は女神全員で分担して…って!そんなことはどうでもいいのよ!』
へぇ、分担なんてしていたのか。確かにこのゲームの情報量は膨大だろうし、管理を分担するのは賢い選択だと思う。その代わりに誰がプレイヤーなのかを全て把握出来ない、という弊害が生まれたようだが。しかし、本当に人間臭い女神なことで。
『私の神殿から直ぐに出ていきなさい!プレイヤーだからって、ここは魔物が来ていい場所じゃないんだからね!』
「それは出来ない相談だな、アールルよ。それに良い機会だから言わせて貰うがね、同じ魔物であるからと魔物のプレイヤーを排斥するのを止めろ。さもなくば、この神殿を破壊する」
『んなっ!?』
絶句しているアールルの返答を待ちながら、私はどうしてこうなったのかについて考えを巡らせる。今回のイベントにあたって、多くのプレイヤーが同じ疑問を抱いていた。どうして女神が降臨するなりしてNPCを助けないのか、と。
それに対しては公式設定に記載されていた。曰く女神は世界の危機でもない限り、直々に降臨することは無いのだと言う。何か事件が起きたとしても、それを全て神がでしゃばって解決していては人々に進歩や成長が無いからだそうだ。
街が襲われるという非常事態にあっても、プレイヤーを送り込む以上の手助けを女神はしなかった。そもそも人類も魔物も神々が創造したものであり、世界に住む存在同士が揉めただけである。なのでプレイヤーを派遣するだけでも、本来ならば異例の手助けと言えるだろう。
そんな神の一柱が出てきたのは何故だろうか?それは恐らくここが彼女の神殿だからだと思われる。自分の領域だからこそ、干渉が禁じられている現世(?)に降臨することが出来たのだろう。
『なっ、なななっ、何言ってんのよ!?私を脅すの!?』
「ああ、そうだ。もう一度言おう。魔物プレイヤーへの不当な差別を止めさせろ。さもなくば―」
『もう、頭に来たわっ!プレイヤーだからって、図に乗るんじゃないわよ!行きなさいっ、白光力天使!』
アールルは私の要求を飲むどころか怒り狂ったらしい。彼女の石像の光が強くなったかと思えば、空から目を焼くような強い光が割れたステンドグラスから差し込んできた。それは一瞬の出来事ではあったが、その間に神殿には新たな何かが現れていた。
それは背中に二対四枚の白い翼を持ち、神々しい黄金の鎧兜で全身を包まれ、さらに鎧と同じ黄金に輝く剣を一本ずつ携えた人型の存在である。うん、天使ですよね、あれ。アールルめ、天使を召喚したというのか!
『ここは聖域じゃないから、喚び出せるのはこれが限界ね。でもアンタ達をやっつけるだけなら十分よ!』
「白光力天使…力天使と言うと、第五位の中位天使ですか」
「モッさん、知っとんのかいな?」
「天使を題材にした別ゲーをやったことがありまして。それで知っただけですよ」
中位天使、か。ということはレベル的には私と大差無いのか?とにかく、【鑑定】だ!
――――――――――
種族:白光能天使 Lv49
職業:能天使 Lv9
能力:【翼撃】
【双剣術】
【鎧術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【知力強化】
【神聖魔術】
【虚無魔術】
【回復魔術】
【飛行】
【光属性無効】
【闇属性脆弱】
――――――――――
うっわ、強い。普通の意味で強いぞ、コイツ。そして注目すべき能力は【双剣術】と【光属性無効】だろう。【双剣術】の方は兎路が順調に能力を成長させていけば使えるようになる【剣術】進化先だと思う。彼女の戦いぶりから察するに、きっととんでもなく攻撃的な動きをするのだろう。それを念頭においておかねばなるまい。
そしてもう一つの能力である【光属性無効】だ。流石は光の神に仕える天使と言うべきか、光属性の攻撃は効かないようだ。実は【神聖魔術】が使える私だが、不用意に使わないようにしなければならない。
しかし、付け入る隙が無い訳では無い。それは勿論、【闇属性脆弱】だ。これは私の最も得意な属性であり、『暗黒の書』の力もあって威力はブーストされている。決して勝てない相手ではない。
『ふふん!私の天使を畏れて何も言えないようね!許してくれって言われても許さないわよ!この神殿は結界で囲んであるからアンタ達は逃がさないし!』
「拠点転移は…使えない。それに暗黒界…も使えないのか。あの女神の言った通り、逃げ道は無くなったということらしい」
私は一応、拠点転移を使えるかどうかを試してみた。だが、アールルの言った通り、ここから【時空魔術】で外に出る事は出来ないらしい。本格的に閉じ込められたようだ。
それに仲間を強化できる【暗黒魔術】の暗黒界を使えなくなっていた。神殿という領域には似つかわしくない術であるのは間違いないし、ある意味当然か。
「…仕方がない。悪いが二人にも付き合って貰うことになった」
「わかっとる。しゃあない、やったろうやないか!」
「天使の討伐、ですか。きっとFSWでは初の試みでしょう。むしろ楽しみですよ」
本当はここからは二人と別行動をとる予定だった。二人はしいたけ命名のチームコソ泥と合流するハズだったのだ。そこで彼らでも使える装備を見繕って略奪するのが当初の計画だった。
しかし、逃げられないのなら戦って倒すしかない。幸いにも二人とも計画外の事が起こったくらいで情けない事を言うような軟弱者ではない。そうであるなら始めたばかりのプレイヤーに優しくない魔物プレイヤーでここまで続かないだろうから。
「前衛はモッさんと召喚獣で支えるぞ。【付与術】は急いで掛ける」
「了解です」
「そらそうやろ。援護でチクチクするんは任せてや!」
計画が上手いこと運んだツケが最後の最後に回って来るとは。だが、皆を誘った私本人の目的だけが達成出来ないというのは許容出来ん。絶対にこいつを倒して、神殿も破壊してやるぞ!
一応宣言しておきますが、実はゲームじゃなくて異世界だったというオチはありませんのでご安心を。紹介文にもあるように、異世界かと錯覚するくらいリアルなゲームというだけです。
次回は1月25日に投稿予定です。




