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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第九章 朱に染まる鉱山
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獣鬼騎士 その二

 所変わってイレヴス内部。そこでは戦う力を持つ者達が総出で防衛戦に参加していた。前日の殺人事件の件は大事件として扱われたものの、目先の危機を前に揉めるのは余りにも愚かしい。なので表面上は一致団結して戦えていた。


 しかし、住民(NPC)風来者(プレイヤー)の間の溝が埋まった訳ではない。むしろ深くなりつつあるそれを住民(NPC)側が『戦争に勝つためには団結する必要がある』という理性で抑えつけている状態であった。


「何時まで籠りっぱなしなんだよ!」

「外に出て戦った方が楽だろ、これ」


 籠城戦とは忍耐が必要なものだが、誰も彼もが『待ち』に徹することが出来る訳がない。極一部だが籠城する必要性すら理解していない者までおり、そう言うプレイヤー達の苛立ちは徐々に高まっていた。


「バカ言うなよ。そんなことしたら磨り潰されるだけだろ。少しは考えてモノ言えよ、低能」

「んだと!?喧嘩売ってんのかコラ!」


 そしてプレイヤー間もしっかりとした結束がある訳ではなかった。イベントのシステムとしてクランやパーティーで参加したプレイヤーは、その団体を一塊として防衛軍に加わえられる。そして集まった無数のグループを戦力が均等になるように各砦の防衛に回され、それでも生まれてしまう戦力差にソロプレイヤーを当てて平均化していた。


 なので戦力としてはどこの砦でも同じくらいになっていた。しかし、同じ砦に集まった者達が他の全員と気が合う訳がない。なので協力し合えている者達もいれば、同じ空気を吸う事すら不快と言わんばかりに険悪な雰囲気になっている者達もいる。集団によってはプレイヤーを纏めるリーダーすら決まっておらず、グダグダの集団もいた。


 彼らはそこまで酷い間柄では無い。だが、口喧嘩が絶えない程度にはギスギスしているのも確かであった。


「苛ついてるからって喧嘩すんなよ!戦闘中だぞ!」

「まあまあ、イベントそのものが防衛戦なんだからしょうがないでしょ」

「そっちも余計な一言で煽らないの!」

「それにギャーギャー騒いで初日の連中みたいに鍛冶屋を出禁になるのもバカバカしいだろ?」

「うっ…!」

「確かに…」


 しかし、他のプレイヤーに諭されて直ぐ様互いに矛を収めた。その理由は一昨日と昨日に起きた様々な事件を彼らが知っているからだ。


 砦の攻防戦が終わった後、死亡してイレヴスでリスポーンしたプレイヤー達は挙って武具の修理や消耗品の補充を行った。この世界はゲームであり、生産系の能力(スキル)や修理用の魔道具などのお陰で修理そのものの時間は現実に比べれば大幅に短縮されている。


 だが、流石に限度と言うものがある。特にFSWが模擬世界システム(WSS)で動いている以上、武具の修理が一瞬で終わる筈が無い。しかしプレイヤー達は激戦を終えた後なのだから、次の戦闘に備えるためにも急いで修理をしたがった。


 しかも同じ事を考えるプレイヤーが続々とやって来るのだから、その結果は容易に想像出来るだろう。街中の鍛冶屋は長蛇の列を成すことになったのである。


「大体、どっかのバカが買い占めたせいでポーション類だって品薄なんだ。外に出たら神官職が過労死するわ」


 問題が起きたのは鍛冶屋だけでは無い。戦闘で使用した消耗品を補充するべく、道具屋にもプレイヤーが殺到した。しかしながら一部のプレイヤーが各種ポーションを買い占めたせいで、どの店でも売り切れ状態が続いている。


 多くの人が集まった場所でトラブルが起こるのは、どのMMOでもお決まりと言っても良い。限りなくリアルに近いとは言ってもここはゲームの中。匿名性が高く、アバターを現実からは程遠い容姿にしてしまえば、個人情報を自分からバラしていかない限りは自分が誰であるのかは解りにくい。そうして新たな自分になれたが故に気が大きくなって横柄な態度をとってしまうプレイヤーは少なからずいるものなのだ。


 各所で様々な問題が起きたのだが、頻度が多かったのはNPCの用事を後回しにして自分の用事を優先するように強要する事と、高いレベルのプレイヤーが自分達に順番を譲るように比較的低いレベルのプレイヤーに迫る事だった。


 前者はプレイヤーとNPCの間の溝をより深める一因に、そして後者はプレイヤー間の溝を深める一因となっていた。知性に優れるハズの人類が、事ここに至っても一枚岩になれないというのは質の悪い皮肉であった。


「ゴガアアアアアアアアアッ!」

「ひっ!?」

「うおっ!?」


 その時、戦場に一際大きな魔物の咆哮が響き渡った。無数の人類や魔物の怒号、そして投石や魔術の轟音を掻き消すような大音声に、無駄口を叩いていたプレイヤー達も思わずビクリと震えた。


「おっ?敵が逃げてね?」

「これ、勝ったんじゃないか?」


 しかして彼らの危惧は杞憂に終わった。異常な程に大きな魔物の咆哮は、撤退の合図であったらしい。だがイベントが終わり、と言うわけではない。単に仕切り直すだけである。それはどのプレイヤーにも解っていた。タワーディフェンスゲームの第一波を凌いだに過ぎないのである。


「うおお!ざまぁ見ろ!」

「やったぜ!」

「つ、疲れた…」

「ふぅ、やっとこさログアウトして休憩出来る~」

「よっしゃ、レベルアップ!」


 そうは言っても、大した損害も出さずに撃退出来たのも事実だ。なので勝鬨を上げるプレイヤーや一段落ついてホッとするプレイヤー、そして戦闘終了と共に得た経験値でのレベルアップに喜ぶプレイヤーが大半であった。


()()()だ…!」

「やっぱり居るよね」

「次からは出てきそうだな」


 そんな中で全く喜んでいないプレイヤーもいた。それは他でもない、先程の咆哮を上げた獣鬼王(トロールキング)に殺された経験のある者達だった。その中には『勇者』の称号(タイトル)を持つ()()()()唯一のプレイヤーであるルークと彼のパーティーのメンバーも含まれていた。


「今日の攻め、どう思う?」

「様子見だろうな。あの獣鬼王(トロールキング)が出張って来たら、ほぼ確実に門は破られるよ」


 イレヴスの街の門は堅牢である。少なくとも砦よりも大きくて頑丈な門と城壁が作られているのだから間違いない。さらに城門の耐久度がとても高い事もあって、他の砦から来たプレイヤーはこっちなら防ぎ切れるだろうと高を括っていた。


 しかし、中央の砦で戦っていたプレイヤーからすればこれでも十分とは言えないのではないかと思っていた。何せ獣鬼王(トロールキング)は砦の城門を一瞬で破壊した化け物だ。奴からすれば砦の門と街の門の違いなどトイレットペーパーと戸板くらいの差しか無いのではないか、とも思っていたのだ。


「僕達は油断しないようにしないと」

「イベントで大失敗するのは勿体無いからね」

「それ、リーダーを任されてる私達には当然の事でしょ」


 ルーク達にパーティーは、砦からの撤退戦で全滅しつつも殿を見事に勤め上げた。時間を稼いで砦の守将と多くのプレイヤーを生きてイレヴスに逃がすという快挙を成し遂げていたのである。なので中央の砦に配属されたプレイヤー達のリーダーとして抜擢されたし、気に食わないという者達の多くも揉めていてはイベントその物が大惨事になると黙って従っていた。


「それに背後からの奇襲作戦は失敗だったんだから、手放しに喜んではいけません」


 イザームの嫌がらせである事は知る由もないが、奇襲作戦の失敗は既に伝わっていた。成功していれば敵に損害を与えつつも味方の士気を上げる効果もあったのだろうが、それは叶わぬ夢であったようだ。


「それは兎も角、一旦落ちて休憩しようよ!私、喉乾いちゃった!」

「ははっ、そうだね。そうしようか」



◆◇◆◇◆◇



「ガアアアアッ!」


 獣鬼騎士(トロールナイト)さん、割りと楽に勝てそうとか舐めた事考えてスイマッセンしたぁ!強い!意味解らん位に強いぞ!?何だコイツ!?


 私たちは数の利を最大限に活かして戦っているものの、綱渡りのような戦いを強いられていた。誰が何をどうするのか、そしてそのタイミングは何時なのかの選択を誤れば、それだけで誰かが瀕死になりかねない激闘である。フィールドボスだった毒炎亀龍(タラスク)よりも強いかもしれない、というのはどういう訳だ!?


 これには勿論、理由があった。私は後から知ったのだが、なんでも(キング)が直々に命令を下した魔物にはステータスにプラス補正が加わるそうだ。代わりに倒した時の経験値も莫大な量を得られるらしい。任務の邪魔をするのは困難だが、やるだけの価値はあるのだ。


「ぐわぁ!イザームさん!」

「解っているさ!光鎧(ライトアーマー)!」


 今もエイジは獣鬼騎士(トロールキング)の攻撃を盾でしっかりと受け流したハズなのだが、彼の巨体が吹っ飛んで少しだけダメージが入った。その時に私が掛けていた【神聖魔術】の光鎧(ライトアーマー)が剥がされたので、私は即座に掛け直す。


 理屈はわからないが、きっと私の知らない武技の効果だと思われる。さしずめ、強制吹き飛ばしと貫通ダメージだろうか?もしそうなら強すぎないか?


「ッ!危ないわ、ねぇっ!?」


 エイジという堅牢な壁が無くなったことで、前衛組がピンチに陥った。特に狙われているのは兎路である。火属性を付与した双剣で滅多切りにしていたのだから仕方があるまい。


 兎路は眼前に迫った盾での強打を後ろにバク転して回避したが、獣鬼騎士(トロールナイト)は衝撃波を出す武技を使っていたらしい。彼女は風圧によって転んでしまった。


 ダメージは無かったようだが、戦闘中に転んだのは不味い。この格好の隙を逃すわけもなく、獣鬼騎士(トロールナイト)は即座に追撃をかけるべく斧を振りかぶった。防御力の余り無い彼女がまともに食らってしまえば、下手をすれば即死してしまうかもしれない。


「させるかよ!こっちも向きやがれ!」

「援護するよー。めーめー」

「止まりなさい!」


 その攻撃をあっさりと許す我々ではない。背後からセイが突撃して棒で殴り付け、ウールが鳴き声で眠気を誘い、紫舟が粘着性の糸を足元に撒き散らす。だが、レベル差の暴力を悲しいほどに見せ付けられる事になった。打撃は鎧で軽減させられたし、眠気はあっても睡眠させるだけの効果は無く、糸による拘束も一秒位にしかならない。


「行け行け行けぇ!ほんでもって、自爆ぅ!」


 しかし、攻撃の手はまだ緩まない。七甲が召喚したカラスを特攻させ、即座に自爆させる。すると対人地雷のように鋭く尖った羽根が撒き散らされ、獣鬼騎士(トロールナイト)に突き刺さる。防具がほとんどを弾くものの、隙間からは少なくない数の羽根が入ったはずだ。


「ガブッ!…っく!貼り付くのは無理ですか!」


 自爆した直後、モッさんが獣鬼騎士(トロールナイト)の首筋に噛み付いた。そのまま吸血しようとしたものの、人間が集ってくる蚊を払うように追い払われてしまう。叩かれるのはギリギリで回避したものの、そのまま吸血に移行することは出来なかった。


 それでも仲間達の尽力によって、兎路が態勢を整えるだけの時間稼ぎは出来た。彼女は素早く立ち上がると、獣鬼騎士(トロールナイト)目掛けて牽制の魔術を放ちながら一旦距離をとる。そして入れ替りにエイジが前に出るのに合わせて、しいたけが魔術を使った。


「今だね!地震(アースクェイク)

「ブオオオオオッ!兜割りぃ!」


 【大地魔術】の地震(アースクェイク)によって足下が揺れてバランスを崩した獣鬼騎士(トロールナイト)に、エイジの【斧術】によって使える最強の威力を誇る武技を叩き込む。これは防御力が激減するものの、防具の破壊効果を持った恐るべき一撃を繰り出す武技である。


 防御をかなぐり捨てた大威力の一撃を、獣鬼騎士(トロールナイト)は避ける事が出来ない。だが、ただで食らう訳では無かった。エイジの兜割りを肩で受けると同時に、彼を盾で殴り付けて吹き飛ばしたのだ。


「ぐはぁ!?こんの、馬鹿力がぁ!」

「いや、十分だ!間に合ったぞ!」


 そうして仲間達が戦っている間、私も遊んでいた訳ではない。獣鬼騎士(トロールナイト)はその回復力故に一気に大ダメージを与えなければ殺し切れない。なので奴が大きなダメージを負った瞬間に追い討ちをかけて仕留められる威力を誇る魔術を唱えていたのだ。


「大魔法陣、発動!呪文調整!吹き飛べ、爆弾(マジックボム)!」

「ガァッ…!?」


 私は大魔法陣と呪文調整で極限まで威力を高めた【爆裂魔術】の爆弾(マジックボム)を放った。爆弾(マジックボム)は発動と敵がダメージを負うまでの時間が最も短い術だ。それに【火魔術】と【風魔術】の複合属性。なのでダメージの半分は火属性扱いになる。故に【火属性脆弱】を持つ獣鬼騎士(トロールナイト)の弱点を付けるのだ。


「ゴハアァァァ…」


 鼓膜が破れそうな爆発音と共に私の魔術が炸裂し、獣鬼騎士(トロールナイト)を包み込む。そうして巻き上げられた砂塵が晴れた時、獣鬼騎士(トロールナイト)は息も絶え絶えの状態で倒れ伏していた。


 そこそこダメージを負った状態であれだけの術を食らっても生きているのは敵ながら天晴れと言うほかあるまい。だが、本当に生きているだけであった。武器を持っていた腕は千切れており、兜の内側にある顔もダメージエフェクトに覆われている。現実であればケロイドのようになっているのかもしれない。恐らく、偶然に体力が残っただけなのだろう。


「まぁだ生きとるんかいな」

「しぶといですねぇ」

「さっさとトドメ、差しちゃおうよ」


 文字通りの意味であと一撃で仕留められる獣鬼騎士(トロールナイト)を見た我々は、最後の一撃を誰が与えるのか目配せをし合う。そこで全員が視線を向けたのは、最前線で壁役を努め上げたエイジだった。


「ぼ、ぼくですか?」

「当然だろう。この戦いはエイジがいなければ間違いなく破綻していたのだから」

「そうよ。さっさとやりなさい。こいつ、この状況でも回復してるっぽいわよ」

「そ、それじゃあ遠慮なく…ふん!」


 相棒でもある兎路に急かされたエイジは、迷いを振り切って斧を振り下ろして獣鬼騎士(トロールナイト)の首を刎ねるのだった。

 街の中は結構ギスギスしちゃってます。でも逆に余裕があれば、手柄の取り合いでギスギスしそうですよね。


 申し訳ありませんが、年末年始は執筆時間が中々とれそうにありません。なので次回は1月5日に投稿予定とさせていただきます。


 それでは良いお年を。

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