牛鬼
蟻の巣穴を探索してみた所、蟻は一匹も残っていなかった。成虫になった蟻は全て出撃していたのだろう。
ただ、蟻の卵や幼虫、そして蛹は残っていた。なのでそれらをさっさと駆除したところ、面白い事が起こった。
「『劣崩蟻の巣穴』が『魔物の巣穴跡』に変わっているな」
なんと、内部に巣くっていた蟻を全滅させるとロケーションの名称が変わったのである。おそらくだが、その巣穴を使っている魔物を全滅させた事がキーだったのだろう。
そして更に面白いのは、ロケーションの名前が変わった瞬間にここを我々のリスポーン可能な拠点となったことである。卵があった部屋全体がベッドと同じ効果があるらしく、ここなら安全にログアウト出来るのだ。
「ふう、結構ハードだったな。ここで一旦ログアウトしたい者はログアウトしてしまおう。魔物の群れが砦にたどり着くのは、目算でリアルタイムの午後九時くらいだったな。だから八時半までに集合にしよう。どうだ?無理そうなら言ってくれ」
色々と別のことをやっているので忘れがちかもしれないが、イベントにおける我々の目的は『表イベントを引っ掻き回す事』である。その第一段階として、最も西側にある砦を魔物の群れと同時に襲撃するのだ。
襲撃の成功は『仮面戦団』の連中がカギを握っている。彼らの仕事ぶりに期待しようじゃないか。
◆◇◆◇◆◇
あの後ログアウトした私は最近の運動不足を解消すべく歩いて食料や日用品の買い出しに出掛けた。特に問題もなく帰宅してから、クランメンバー用のSNSアプリを起動した。ゲーム内で連絡を取り合う事が出来なくとも、ゲーム外ならやり方は幾らでもあるのだ。
「おや?アイリスからの書き込みがあるぞ?」
私は現状について報告しておこうと思ったところ、見覚えの無いアイリスの書き込みを見付けた。そこにはこう書かれていた。
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アイリス:アクアリア諸島で知り合った方々とパーティーを組んでます!いい人なので、クランに誘ってみました!
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ほほう!彼女も私と同じく勧誘しているということか。三人が誘ってもいいと思える相手であるなら、問題は無いだろう。ついでに私の方も書き込んでおこうか。
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イザーム:こちらも報告。イベントにて八名の魔物プレイヤーと接触。人格的には問題が無さそうなのでクランに勧誘している。全員が応えるかどうかはまだ不明だ。
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これで良し。次にアプリを開いた時に皆の反応を見るとするか。新人が加入することに関しては大丈夫だろう。変な奴は一人もいないし。
ピロン♪
おっと、アプリに新しい書き込みだ。これはジゴロウか。
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ジゴロウ:こっちは強ェ奴がウヨウヨしてる場所にいるぜ!何となく和風な感じだ。
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和風な感じ?どんな場所なんだろう?聞いてみよう。
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イザーム:和風?具体的には?
ジゴロウ:おう。アクアリア諸島にゃ双龍島と天霊島ってデカイ島が二つあってよ。アイリス達は双龍島、俺達は天霊島に上陸したんだわ。んで、天霊島の住人ってのが魔物…ってか妖怪ばっかなんだよな。
アイリス:双龍島は『華国』という中華風な情緒のある国が栄えてますよ。住民の名前も中華風ですし。
イザーム:そうなのか。最初の大陸であるルクスレシア大陸はヨーロッパ風だったが、所変われば風俗も違うということか。面白いな。
ジゴロウ:だな。ちなみに今俺と爺さんは天霊島の頂上にあるここの大ボスに会ったぜ。種族は大天狗だってよ!
アイリス:はわ!?なんだか偉い人が私達に会いたがってるみたいです!退席しますね!
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皆は皆で色々と冒険をしているみたいだな。土産話を楽しみにしておこう。
「では、私も皆に負けない武勇伝を作りに行くとするか。笑い話になるかもしれんが、ね」
◆◇◆◇◆◇
時刻は七時半過ぎ。私がログインすると、巣穴ではしいたけが【錬金術】に励んでいた。
「おいっす~ボス~」
「ボスって…まあいい。他の面々は?」
「紫舟とウールはまだだけど、他は皆集まってるよん。近くで軽くレベル上げしてくるってさ」
なるほど。時間はまだあるし、襲撃の成功率を少しでも上げる為に鍛練しているということか。皆のヤル気が思った以上に高くて嬉しいよ、私は。
「【錬金術】は順調か?」
「おうともよ!いやー、進化って偉大だよね。自分自身の毒だけじゃなくて、毒針だってアイテム化出来るんだからさ」
ホントは変態のハズなんだけどね、としいたけは続けた。彼女は前々から自分の傘に生える白いイボを毒を持つアイテムにすることが出来たが、毒動針茸となったことで生えた毒針も同様にアイテム化させる事が可能となった。
畳針が如き毒針は【錬金術】によって形状を整えてやれば鏃にもなるし、手投げ矢としても丁度良い大きさである。まあ襲撃まで時間があるとはいえ、アイテム化は無尽蔵に出来る訳ではない。当然、長いクールタイムが必要だ。なので量産は出来ないが、彼女の隠し玉として活躍してくれる…かもしれない。
「ふむぅ…ならば私も久々に生産に励むとするか」
私はここ最近、【錬金術】関連にはほとんど手を触れていなかった。それどころかアイテムの製作そのものもサボりがちだったように思う。ここは初心に帰って色々と作り出すのも一興か。
「おやおや~?ボスは何を作るのかにゃ~?」
「ふふふふふ!それは勿論、不死さ!」
【死霊魔術】の一つ、創造。墓守に譲渡した者達を作ったきり、一度も使っていない呪文だ。というのも様々な理由がある。確かにオーダーメイドで作り上げた魔物は強い。鍛えれば成長して進化するから、長く使えば使うほど強くなって行く。実際、掲示板によれば墓守と遭遇したプレイヤーが彼と私の創造した不死達に撃退されているようだし、強さは保証出来るだろう。
だが、だからこそ運用が困難なのだ。第一の欠点は創造のための素材を用意せねばならないことである。質と量をそれなりに集めなければ、貧弱な魔物しか作れない。ならばとにかく量産すれば良いとも考えたが、使い捨てなら【召喚術】で十分だ。
第二の欠点はパーティーの枠を圧迫することである。育てれば非常に強くなる可能性を秘めているが、従魔と同じ扱いなのでパーティーの枠を圧迫してしまう。恐らくは鍛えれば強くなるという点が影響しているのだろう。
ソロプレイなら兎も角、仲間のいる私からすればデメリットでしかない。これも枠を圧迫しない【召喚術】の方が優れていると言えるだろう。前に作った者達は墓守に譲渡しているが、そうしていなければとてもややこしい事になっていただろう。
第三の欠点は育成する手間である。圧倒的な足手まといを一から育て上げるのはハッキリ言って面倒臭い。カルのように愛嬌があれば別だが…骸骨や腐肉を愛でる趣味は私には無い。それに育てたら育てたで愛着が湧くとも思われるし、コツコツ育てた後で破壊されたら凹むに決まっている。元の木阿弥と化す、と考えれば育てれば育てる程気軽に投入出来なくなるだろう。貧乏性なのだよ、私は。
そして第四にして最大の欠点は、【光属性脆弱】を持たない不死の作成が出来ないことだ。この森のように木々が密集していて日光が届いていない判定になっている場所でしか日中の行動が出来ないのは厄介だ。手下に時間を拘束されるとか、本末転倒じゃないか!
これらの理由から敬遠していたのだが、今回は良い機会だ。久々に手の込んだ魔物を作ってやろうじゃないか!ベースとして使うのは、いつも通り骨だな。これは獣系の魔物やら獣鬼やらから十分な数が集まっている。これを使えばいいだろう。
「単に組み合わせるだけじゃ、面白くないよな?何を使えば…そうだ!」
私は大量にある劣崩蟻の外骨格を取り出す。この加工出来る者がいなければどう役立てればいいのかわからないアイテムは、腐るほど有り余っている。こいつを使ってやろう。
「ついでに虫系の素材は使ってしまうか」
様々な虫の特徴を持つ動く骸骨。きっと多くの人々の度肝を抜くことが出来るだろう。
「何々?面白くなりそうじゃん?」
私が素材を地面に並べて創造する不死の構想を練っていると、しいたけが近付いて来た。
「そっちの作業は終わったのか?」
「うん。ボスが何すんのか気になってさぁ~」
「実はな…」
私は作ろうとしている不死についてしいたけに語って聞かせた。すると彼女は短い手で顎…が人間ならあるだろう箇所をさすりながら言った。
「面白い…面白いね、それ。わたしも一枚噛ませてはくれんかね?」
「別に構わんよ。むしろ手伝ってくれるのは大歓迎だ」
協力してくれるのは非常に助かる。他人の目線があれば思いもよらぬ発想が湧いて出ることがあるからだ。ブレインストリーミング法なんかがそうだな。では色々と会話をしながら作業を開始するとしよう。
◆◇◆◇◆◇
「おぉ…完成だ…!」
「う~ん、わたし達の才能が怖いねぇ~」
私としいたけはゲーム内時間でたっぷり三時間ほど掛けて今ある素材で作り出せる最高の不死を産み出した。自分で言うのもなんだが、自信作かつ同じレベル帯では恐ろしく強い魔物となったと思う。
「名前はどうする?」
「そうだねぇ…種族的には不死だけど、見た目は完全に虫の化け物だから…いや、待てよ?確かあんな見た目の妖怪がいたような…」
うーん、うーん、と言いながらしばらく傘を左右に捻っていたしいたけだったが、「思い出した!」と言って手を叩いた。
「牛鬼!そうそう!牛鬼だよ!」
「あー、そう言えばそうだな。ならお前は今日から牛鬼だ」
「「「「コツコツコツ…」」」」
牛鬼と名付けられた不死は、緩く歯を打ち鳴らして答える。なんだろう、どことなく嬉しそうだ。お前はこれだけ手間を掛けて作ったんだ。使い捨てではなく、私とクランの役に立つ化け物に育って貰うぞ。
「よしよし、じゃあ牛鬼を連れて外に出よう。きっと皆驚くだろうな」
「そりゃあそう…って、ありゃ?紫舟ちゃんとウール君じゃん。オッス!」
私としいたけは意気揚々と巣穴跡から出ようとしたところ、何故かこちらを見ながら硬直している紫舟と彼女の頭部を鼻先で優しくつつくウールがいた。なんだ、ログインしたのなら挨拶くらいしてくれても良いだろうに。
「う、うん。こんばんは」
「ばんわー。で、それ何?」
「ん?牛鬼のことだな?これは私としいたけの合作だ!どうだ?強そうだろう?」
「どう?どう?」
胸を張って自慢する私としいたけだったが、反応は芳しく無いものだった。
「どう、って…ねぇ?」
「有り体に言ってー、見た目が邪悪過ぎるよーそれー」
「それがどうした?」
「それがいいんじゃん?」
言葉を濁す紫舟とハッキリと意見を言うウール。だが、二人がどうして引き気味なのかが私としいたけにはわからない。外見が邪悪で敵が怯むなら、それは儲け物と言うべきではないか。
それに口には出さんが、牛鬼の見た目に一番近いのは間違いなく大殺蜘蛛の紫舟であろう。なのにこいつは認められんのは納得が行かんぞ?
「いや、きっと皆ビックリすると思うよ?完全にホラー映画のクリーチャーじゃない?」
「それがいいんじゃん!」
「きっとー、反射的にー攻撃しちゃう人もいるんじゃないかなー?」
「いやいや、それは大丈夫だろう。私達も巣穴から出るぞ」
私達は四人と一体で襲撃するべく行動を開始した。そして巣穴から出た時、丁度レベル上げから戻ってきた皆と合流する。ここからが本格的な作戦の始まりだ!
ちなみに、牛鬼を見た仲間達は一斉に武器を構えていた。なんでも私達が化け物に背後から襲われそうになっていると勘違いしたらしい。誤解を解いても何故か全員が引いていた。解せぬ。
今ある素材で作った『ぼくのかんがえたさいきょうのばけもの』が牛鬼くんです。使い捨てのキャラにはならない…ハズ。
次回は11月14日に投稿予定です。




