イベント告知
祝、100話目!
殲滅用魔導人形と戦った後、私達は小休止をとる事にした。一番厄介だったγ型は破壊して残骸を回収したし、妨害領域を展開していた装置もジゴロウが引っこ抜いた。なので今すぐ壊滅的な被害を被る事態に陥る事は無いだろうと予想した結果である。
最初に休憩をとることになった私は、ログアウトしてから水分補給と軽食、そしてトイレを手早く済ませた。リアルでは十分強だが、ゲームでは一時間弱経っている。何か問題が起こっていない事を祈りつつ、私は再ログインするのだった。
「…ふぅ、何も無かったみたいだな」
「あ、おかえり~」
「うむ、静かなもんじゃったぞ」
我々のアバターを守ってくれていたルビーと源十郎がリラックスした様子でそう言った。ルビーは砂糖をまぶした木の実を、源十郎は革袋に入っている液体を飲んでいる。両方ともバーディパーチで売っている食べ物だな。ちなみに、カルは丸くなって眠っていた。
「今まで聞いたことが無かったが、それって美味いのか?」
「うーん…微妙?」
「全体的に味は薄いのぅ。法律で規制されておるし、仕方がないのじゃがな」
源十郎が言う規制とは、かつて流行したVR食事ダイエットの話だ。これは仮想空間で食事を摂り、それで食べたと思い込ませて食事制限をするというダイエット法である。
結果、食事回数を減らすので、大昔に流行った糖質制限ダイエットよりも栄養失調で倒れる人が続出した。なので仮想空間内で食べられる食物は余り味が良くないか、美味しい物を食べるには莫大なコストが必要にするように法整備されたのだ。
「戻ったぜ」
「戻りました!」
それから適当な雑談をしていると、ジゴロウとアイリスが戻ってきた。これで先に休憩していた三人が帰ってきた事になる。
「じゃあ休憩してくるね!」
「儂等の身体を任せるぞ」
そう言ってルビーと源十郎はログアウトしていった。さて、二人が戻ってくるまでは消費した札を補充しておくか。作っていた分はほとんど放出してしまったからなぁ。
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運営インフォメーションが一件届きました。
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おや?インフォだと?このタイミングで?一体、何のお知らせだ?
「これは…イベント関連か」
インフォの内容はゴールデンウイーク中に開催するイベントについての告知であった。実は残業があった日にイベントの告知があり、それについては既に我々は参加しないことに決めている。何故なら、次のイベントは『鉱山都市を防衛せよ!』…魔物の集団が迫っている鉱山の防衛戦なのだ。
私達が参加出来る訳ないだろ!いや、第二陣の魔物プレイヤーは人類プレイヤーとパーティーを組んでいる場合もあるので一概に拒絶されるとは言えない。しかし、当時のトッププレイヤーを皆殺しにした事件は記憶に新しいし、それ以上に私は悪役志望だぞ?どうして人類プレイヤーと手を取り合って防衛戦などせねばならんのか。
「そう、思っていたんだがな…」
このイベント、参加と不参加の意志を予め表明しておかねばならないという妙な決まりがあった。私は残業の休憩時間にリンクさせているタブレット端末から不参加と送っていたのだが、今回の告知は不参加を表明した魔物プレイヤーにのみ送られたものである。その内容は、実に私の心を踊らせるものであった。
「『血戦の地へ』…詳細は不明だが、現地の魔物と共にプレイヤーが守る鉱山を攻め落とせ、というイベントか?」
告知画面にはイベントの名前と参加か不参加かを表明するタッチスクリーンがあるだけで、具体的な内容はどこにも書かれていない。前情報はほぼ無しとは、楽しそうじゃないか。だが、これには大きな問題があった。
「しかし、皆に予定があるんだよなぁ…私以外」
イベントが開始するのは明日からの二日間。その明日だが、私以外の全員が他の予定が入っていた。それもキャンセル出来ない類いのものである。
アイリスとルビー、そしてシオの女子三人組は鳥人の商人の依頼で護衛としてアクアリア諸島の『華国』へと行く事になっている。元々はシオと彼女と共に『蒼月の試練』に挑戦する者達の修行の一環だったのだが、アイリスとルビーがそれに便乗して『華国』の技術や特有のアイテムを手に入れるべく同行する運びとなったのだ。
ジゴロウと源十郎の戦闘狂コンビは三人の旅に途中まで同行するが、こちらは同じく戦闘狂な鳥人の長老と共に彼の昔馴染みがいる場所へ行くんだとか。なんでもアクアリア諸島には魔物の楽園めいた場所があり、鳥人の長老はそこの住人と面識があるらしい。
私はと言うと、両方ともが一緒に来ないかと誘っていたので返事に困っている所だった。どちらにも魅力があったからだ。アイリス達に付いて行けばより高度な【符術】を学べるかもしれないし、ジゴロウ達に付いて行けば未知の魔術が待っているかもしれない。
「あー、兄弟よォ。イベント、行きてェんだろ」
「私達の事は気にしないでいいですよ」
「む…すまんな」
だが、それ以上に悪役チックなプレイが出来るイベントを見過ごす事など、私には出来ない。それをわかっているからこそ、二人は苦笑しながらそう言ってくれたのだ。
「土産話を待ってるぜ」
「それは私のセリフでもあるな」
「私達にも期待して下さいね!」
これで明日以降の予定が決まったな。単独行動は随分と久しぶりだが、あれはあれでいいものだ。私は札を作成しながら、明日のイベントに思いを馳せるのだった。
◆◇◆◇◆◇
ルビーと源十郎が戻ってきた後、我々は探索を再開した。イベントの件はその道中で二人にも伝えておいた。二人とも少し残念そうだったが、了解してくれたようだ。
「…地図にあるのはここまでだ」
時々姿を表す魔導人形を蹴散らし、錬金術や魔道具系の商店をチェックしながら進んでいると、遂に案内図に載っていた地図の読める部分の最終地点に到達した。ここからは手探りで進まなければならない。
「…いきなり分かれ道だぜ?」
にもかかわらず、我々の前にはあるのは分かれ道であった。はてさて、どちらが正解なのだろうか?
「考えたって答えがわかる訳じゃないんだし、さっさと行こうよ!アイリス!右と左、どっちがいい?」
「えっ!?えぇっと…じゃあ右、かな?」
「よし!じゃあ右に決定!」
多少決め方は強引だったが、我々は分かれ道の右側を進むことにした。こっちで合っていると助かるんだが、どうだろう?
しばらく歩いていると、壁に打ち付けてある標識を発見した。これまでも幾度か標識は見付けており、全てでは無いものの、状態が良ければ行き先が読める場合もある。これは比較的状態が良く、十分に読めるようだ。
「うん、当たりだ」
その標識には矢印と共に『行政府中央ビル』と書かれていたのだ。この通路を進んだ先が我々の目的地に違いない。アイリスの勘に感謝だな!
「このまま進もう。正解みたいだからな」
「そいつは幸先良いじゃねェか。面倒が無ェしな」
「当たってて良かったです…」
ジゴロウは正解だと解って機嫌が良くなり、同時にアイリスは安堵したように触手を垂らした。ルビーが作った流れであったとは言え、自分が決めたことなので気にしていたのだろう。律儀なことである。
とりあえず、間違っていなかったということで、我々は通路をどんどん進んでいく。途中にあった標識は状態が良好な物が多かった上、分かれ道そのものも二度しか無かったので迷う要素は皆無であった。
「このエスカレーターを上がったら行政府中央ビルの入り口付近に出るハズだ」
「…やっぱりこっちも動かないんだね」
「しゃあねェだろ。それよりよォ、ここを上がったら外なんだよな?ってこたァ…」
「十中八九、人面鳥に襲われるじゃろうな」
防犯の都合もあったのだろうが、地下街の出口は目的地のビルから少し離れた場所にあった。ということは、地下街の出口からビルの入り口までは地上を移動することになる。そうなると異様な索敵能力を持つ人面鳥に捕捉され、襲撃される可能性は高い。
「出来る限り素早く移動するしかないか」
「が、頑張ります!」
触手を使っての高速移動には慣れていても、素の速度で最も劣るアイリスが気合いを入れている。最終手段としてはカルが抱えて飛べばいいのだから、あまり気負う必要はないのだが。
「よし…では、行こうか」
我々は止まっているエスカレーターを上り、地上に出る。空にはまだ月が浮かんでいるので、そこまで長い時間を地下で過ごした訳ではないのが良くわかる。しかし、何度も魔導人形と戦闘したので久々に地上へ上がった気がした。
「ギョアアッ!」
「ゲギャッ!ゲギャッ!」
「げっ!人面鳥だらけじゃねェか!」
地上に出た我々だったが、なんと人面鳥に包囲されているではないか!待ち伏せされたかと思ったが、恐らくそうでは無い。
「どうやら近くのビルの屋上には人面鳥共の巣があるようだな」
ビル群の屋上には魔物の骨や崩れたビルの瓦礫で組み上げられた鳥の巣があったのだ。それも大量に。どうやら『古の廃都』の中央部は人面鳥の本拠地だったようだ。
「「「ゲアァァッ!!」」」
「「「ギョゲェェ!!」」」
「感心してないで、逃げるよっ!」
半ば現実逃避のように人面鳥の巣を眺めていた私達だったが、ぼーっとしている暇など無い。自分達の縄張りに、それもその最深部に入り込まれた人面鳥は、悉く興奮状態になっている。今にも襲って来そうな険悪な雰囲気なのだ。
「全員、目を瞑れ!星魔陣、遠隔起動!閃光!」
急いで目眩ましの魔術、閃光を私が使うと同時に、我々は背中を向けて逃げ出した。触手で掴める場所を探す暇など無いので、カルがアイリスを抱えて飛んでいる。本気の逃走だ!
「ギャアアア!」
「キョアアア!」
「速いし多すぎです!」
「ちっ!逃げ切れんか!」
出口から中央ビルまでの距離が以外と遠く、そのせいで閃光から立ち直った人面鳥達は一斉に襲い掛かって来た。しかも声から並々ならぬ怒気を感じる。当然の反応なのだが、我々からしたら面倒なことこの上ない。
「ならばこれでどうだ!魔法陣、遠隔起動!悪霊召喚!そして召喚・骸骨盾戦士!召喚・骸骨魔導師!不死強化!」
私は捨て石として【降霊術】で手当たり次第に攻撃する悪霊を空中に喚び出し、【召喚術】で喚び出した同族を【死霊魔術】で強化して地上に配備する。これで全てとは行かずとも足止めさせられるハズだ。
「ゲェッ!ゲェッ!」
「ギョゲェェェェ!」
「グルルッ!?」
「おい!増えやがったぞ!?」
くっ!あの囮は私の大半の魔力を費やして用意したというのに、半分以上がこっちに向かってくるではないか!もう少しでビルにたどり着くのだが…このペースだと回り込まれる!仕方がない、最後の切り札をきるしか無いか!
「…強いのが来てくれよ?獄獣召喚!」
私は何が召喚されるのかがランダムの獄獣召喚を使う。これで魔力はほぼ空になってしまった。頼む!強い奴が来てくれ!
魔術の発動と同時に、地面に黒い穴が開く。エフェクトは毒炎亀龍戦と同じだな。そして出てくるのは…
「…何も起こらんぞ?」
「あ、あれ?」
お、おかしいな?前の時はすぐにデカイ虫が出てきてくれたんだが…?まさか…
「土壇場で失敗かよ!」
「うぐっ!」
「つべこべ言わずに走る!」
く、くっそぉ~!まさかここで失敗だと!?まさか獄獣が出てこない事があるなんて計算外にも程があるぞ!?
「畜生!回り込まれた!」
「やるしかないかの?」
結局、私がほとんどの魔力を使って回避しようとした事態に陥ってしまった。しかも私が役立たずな分、万全の状態だったのに逃亡を余儀なくされた前回よりも状況は悪い。
「多少強引にでも包囲を突破するぞ!」
「ならば、お手伝いいたしましょう」
「「「「「!?」」」」」
私の言葉に返事をしたのは、アイリスでもルビーでも無い女性の声だった。驚いて声がした方向を見た時、我々の全員が二重の意味で驚いた。
第一の理由は、現れたのが人間の女性だったからだ。パリッとした女物のスーツに長い黒髪をたなびかせる長身の美女である。クールなキャリア・ウーマンとしか言えない見た目は、今の切迫した状況からはかけ離れていて、なんともシュールな光景であった。
そして第二の理由は、その美女が右手に持っていたのが明らかに機関銃だったからだ。それも彼女の身長とほぼ同じ大きさの逸品である。それを軽々と片手で持ち上げ、人面鳥に向けて構えているではないか。
「射撃開始」
ダダダダダダダダダッ!
美女が冷たく告げると同時に、機関銃が火を吹いた。人面鳥を一発で即死させる威力は、警備用魔導人形のそれとは比較にならない。それが連射されるのだから、敵からすればたまったものではない。我々と謎の美女の間にいた人面鳥は我先にと逃げ出してしまった。
「今の内に」
「あ、ああ!急ぐぞ、みんな!」
彼女の手腕によってあっさりと包囲の一角は崩れ去った。その隙を見て我々はビルへと駆け込むのだった。
なんだかんだで三桁まで投稿出来ました。案外続くものですね!
次回は9月1日に投稿予定です。