プロローグ
『Free Species World』。通称FSWは世界中で主流となっているVRゲームの中でも、今最も注目されているタイトルだ。公式HPによると王道の『剣と魔法モノ』だな。システムは職業と能力の両方にレベル制を採用し、今では当然の人間と比較して遜色ないAIを搭載したNPCが登場するファンタジー系MMORPGってところか。
これだけならはっきり言って凡百あるVRMMOと変わり無いんだが、このゲームが注目されてるのは何と言っても人型以外の種族にもなれるって煽り文句のせいだ。私が言ってるのはファンタジー系でお決まりのエルフやドワーフなんかじゃない。犬や猫のような獣や、ゴブリンやオーク何かの人型人外も行けるし、もっと言えばグリフォンやスライムみたいな非人型人外にも成れるのだ。タイトル通り『自由な種族』で遊べるという事だな。
「ふぃ~、サッパリした」
あ、申し遅れました。私、残業は多くとも休日だけは確保させてくれるグレーな会社に勤めている岡田正志と申します。以後お見知りおきを。
そんな私のリアルはどうでもいい!もうすぐ、待ちに待ったゲームが!『Free Species World』がサービス開始するのだ!
私が年甲斐もなくテンションが高いのには理由がある。それは、『Free Species World』が私の初VR作品だからだ!初めて触れるハードにジャンル…しかも私はゲーム自体あまりやらない人間だったので緊張やらなんやらでテンションが上がるのも無理はないだろう?うむ、無いはずだ!
βテストの抽選には落ちたが、初回の購入予約には成功した。仕事で忙しく、一日二、三時間も出来るかわからないのでエンジョイ勢確定だが、それでいい!私は、ここ半年間!このゲームの販売を一日千秋の思いで楽しみにしていたのだから!
「んぐっ、んぐっ…ップゥ!水分補給、よし!」
帰宅してすぐに夕食を摂り、風呂にも浸かってスポーツドリンクで水分も十分。ログインする準備は全て整ったと言える!
私はチョーカー型のデバイスを装着し、電源を入れる。そして網膜ディスプレイに浮かび上がった『Free Species World』のアイコンを視点によって起動した!
◆◇◆◇◆◇
起動と同時に旧式のエレベーターに乗った時のような浮遊感を感じる。そのなんとも言えない感覚が終わると、私は野暮ったいシャツとズボンという見窄らしい格好で宇宙空間に浮かんでいた。
「おぉ~、美しいなぁ…」
私の上左右前後には美しい光の海が広がり、下には地球のように青いが大陸の形が全然違う星があった。ブルジョワ共の娯楽である宇宙旅行はこんな感じなのだろう。
「もし?」
「ん?」
宇宙を眺める事に夢中になっていた私を呼ぶ声がする。そちらを向くと、これはまた美しい、と言うより神々しい女性が立っていた。灰色で膝裏まで伸びた艶のある髪、白磁よりも透明感があり皺も染みも無い珠のような肌、思わず見蕩れそうになる清楚系の美貌。そして極めつけは黒地に彼岸花の刺繍を施された着物である。私の好みにドストレートだ!
そんな現実で出会えば一目惚れしてしまいそうな女性は苦笑している。は、恥ずかしい!
「こ、これは失礼しました。初めまして、私は岡田正志と申します。それで、貴女のお名前をお聞きしても?」
「うふふ。これはご丁寧に。私はイーファと言う女神です。プレイヤーの方々風に言いますと、総合管理AIですね」
総合管理AI、か。今時の没入型VR作品はすべからく疑似異世界と考えるべきであるとどこかのニュースサイトで読んだ事がある。さらにイーファは確実に疑似人格AIを積んであるようだし、疑似異世界の女神だと思うべきだろう。
「さて、早速ですが岡田様にはキャラクタークリエイトを行って貰います」
ほほう、この宇宙はキャラクリ用のフィールドなのか。
「岡田様にはキャラクターネーム、種族、職業を一つずつ、そして能力を十個選んでいただきます」
「わかりました」
私が答えると、目の前に半透明なウインドウが浮かび上がった。画面には今着ている野暮ったい上下の私が映っている。自分で言うのもなんだが、モブ顔の私がこのままだとプレイヤーにNPCだと思われそうだ。
「デフォルトでは種族が『人族』、職業が『見習い戦士』となっております。ここから岡田様のアバターの外見も変更可能です。私は何時まででも待ちますし質問にもお答えしますので、じっくり選んで下さいませ」
「ご配慮、痛み入ります。では、熟考させていただきます」
熟考するとは言ったが、実は種族と職業についてはもう決めている。前者は『動く骸骨』、後者は『見習い魔術師』だ。
そう、私は骸骨魔術師で魔物プレイを、いや悪役ロールプレイをしようと思っているのだ。そして出来れば人間が嫌がりそうな魔術を極めてみたい。まあリポップしないNPCをむやみやたらと傷付ける気は無いし、仕事の兼ね合いもあってトッププレイヤーには勝てない微妙な悪役になるのだろうが。
せっかく人外に成れるのだ。ゲームの中でくらいはっちゃけてもいいだろう?
ただ、問題は能力の方だ。私はゲームの経験が浅く、小さい頃に友人の家でやったくらいなので、どれが相性が良いとか強いとかが全くわからない。定石がわからないのだ。
事前情報によれば、種族と職業のレベルが上昇する度に能力を取得するためのポイント、通称SPが手に入るらしいので十個で固定という訳ではない。しかし、最初の一歩で躓くのは苦行だ。遠慮したい。
しかも能力毎に取得するためのSPが違うらしいし、中には一定のレベルに達すると、SPを消費して進化するものがあるそうだ。それを踏まえると最初のSP消費無しで幾つもの能力を得られる機会は貴重であり、適当な選択ではダメだろう。
全て手探り、と言うのも面白い。だが、やるからには最低限悪役として暗躍出来る位には強くなっておきたい。だから私は女神イーファに尋ねることにした。
「イーファ様、お伺いしたいことがあります」
「はい、なんでしょうか?」
「実は…」
私はこういうプレイ方針で行きたい、と言うのを女神に言って聞かせる。はっきり言って恥ずかしいのだが、後悔は無い。無いったら無い!
「ふふふ。いいですね、とてもいいですよ」
おや?笑われるかと思ったが、意外と好感触だ。ただ、笑い方がちょっと怖い。なんというか、悪い笑みを浮かべているのだ。
「『動く骸骨』で『見習い魔術師』なら、私が強くオススメするのは【言語学】、【考古学】、【錬金術】、【闇魔術】、【杖】ですね」
「げ、【言語学】と【考古学】ですか?」
「はい。あと一つはお好みで選んで下さいね」
なんじゃそりゃ?魔術よりも言語学と考古学の方が優先されるのか?うん?それよりも…
「残り一つ、ですか?能力の枠は十では?」
「いえ、『動く骸骨』などの魔物には種族能力がありまして、それが枠を埋めているのです」
えぇ…。マジですか。
「因みに、その四つのラインナップは…?」
「【暗視】、【状態異常無効】、【光属性脆弱】、【打撃脆弱】ですね」
うおっ、そう来たか!まさか弱点もスキル枠を潰す事になるとは…。
「因みに弱点系統の能力を持っていると、その属性の魔術はSPを消費しても取得は出来ません。ですが、その属性のダメージを食らうことで経験値が溜まり、レベルアップの要領で脆弱性を減少させられます。最終的には弱点を克服するどころか、耐性を得る事も可能ですよ」
「それまでに一体何度光属性の攻撃を食らえばいいんですか?」
「さあ?」
うぐぐ…その笑顔に誤魔化されはしないぞ!多分、気が遠くなる位の回数なんでしょう?
まあいい!茨の道だとしても、私は初志貫徹する!
「わかりました。ではイーファ様が選んで下さった五つと…うん、【鑑定】でお願いします」
【鑑定】と聞いて女神様は驚いている。そんなに意外であっただろうか?
「攻撃系の魔術を選ぶと思いましたが…理由をお聞きしても?」
「ええ。女神様に選んで頂いた【考古学】ですが、それだけでは古い物以外は識別出来ないと思いまして」
「なるほど、攻撃よりも情報を取ったわけですね。良い判断です」
おお、褒められた。AIとは言え綺麗な女性に褒められると嬉しいものだな。
「能力の選択も終えたようですし、ステータスに反映させて下さい」
「わかりました」
こうして決まった私のステータスがこれだ。
――――――――――
名前:イザーム
種族:動く骸骨 Lv0
職業:見習い魔術師 Lv0
能力
【杖】Lv0
【闇魔術】 Lv0
【考古学】 Lv0
【言語学】 Lv0
【錬金術】 Lv0
【鑑定】 Lv0
【暗視】 Lv-
【状態異常無効】 Lv-
【光属性脆弱】 Lv10
【打撃脆弱】 Lv10
――――――――――
うーん、こうして見ると攻撃手段が全然無いな!序盤は慎重に行かねばなるまい。あ、名前のイザームだが、これは本名をローマ字にしたMASASIを逆にしたISASAMを違和感の無い響きに変えたものだ。
そして私はウインドウに映る自分の姿を見てほくそ笑む。何故ならそこには『見習い魔術師』の初期装備であるボロの衣服と木の杖を装備した骸骨が立っているからだ。感無量である。
「以上でキャラクタークリエイトは終了です。お疲れ様でした」
「あ、お疲れ様でした。それで、チュートリアルはあるのでしょうか?」
「ありません」
へ?
「チュートリアルである基礎訓練は、冒険者ギルドで実施されます」
冒険者ギルド?
「ただし、魔物はギルドの討伐対象ですので、イザーム様は訓練などは受けられません。それどころか街に入ろうとすれば討伐されてしまうでしょう」
はああああああ!?え?何ソレ?チュートリアルを受けられない?街に入れない?人外プレイが可能っていうのが売り文句なのに、人外系が不遇過ぎませんか?
「ですが、ご安心を。イザーム様がファースの街に降り立った時、『足元注意』と唱えて下さい。そうすればきっと良いことが起きますから」
「ちょ!」
ちょっと待って!このまま送る感じですか!?
「では、いってらっしゃいませ」
「チョッーーーーーー!」
私の視界は暗転した。
◆◇◆◇◆◇
「行かれましたか」
私は岡田様ことイザーム様が私が指定した座標に降りた事を確認します。上手く行ったようで、一安心です。
「賽は投げられたってとこかねぇ」
「グルナレですか」
『Free Species World』の世界に存在する十二柱の大神。その一柱にして『戦争と勝利の女神』であるグルナレがいつの間にか背後にいました。
「私とイザーム様のやり取りを盗み見ていたのですか?」
「最初からね。ああ、勘違いしてほしく無いんだけどさ、偶然なんだよ?アタシが担当するプレイヤーはもう終わったからさ、イーファんとこに来たら聞いちゃったって感じ?」
「それで、糾弾するのですか?」
私の振る舞いはどう考えてもアウトです。管理者が個人を依怙贔屓したのですから。
「うんにゃ、言わないよ。だって、アタシもやったもん。依怙贔屓!」
「ほう?」
『戦争と勝利の女神』が依怙贔屓したくなるプレイヤー、ですか。興味深いですね。
「めっちゃ面白い奴でさぁ、開口一番『一番殴り合いが楽しめる種族にしてくれ!』だよ?プププ…!」
「なるほど。貴女が気に入りそうな方ですね。それで、何を薦めたのですか?」
「小鬼」
「…なるほど」
小鬼は初期に選べる中では最弱の部類ですが、厳しい条件を幾つもクリアすれば確かに人型で最も格闘戦に向いた種族に至る事が出来ますね。
「それで、イーファちゃんはイザーム君に何を期待してるのかにゃー?」
「もちろん、混沌ですよ。このままでは人と魔物の均衡は傾き、人が支配する世界が訪れるます。それでは退屈でしょう?」
魔物系初期アバターが背負う弱点系の能力、そしてチュートリアルを受けられず街にも入れないというハンディキャップ。これでは魔物系を選ぶプレイヤーなど物好きなんてレベルではありません。
実際、初期販売のプレイヤー五万人の内、人外を選んだのは一割未満。さらにそのほとんどが魔物ではない犬や猫などの普通の獣です。イザーム様のようにベリーハードモードとしか言えない魔物を選択したのは今のところは千人強。由々しき問題ですよ、これは。
それでは普通の、凡百のゲームと同じではないですか。私は、私が管理する世界がありふれたモノと堕する事を容認できません。
「さっすが『死と混沌の女神』だねぇ」
「きっとイザーム様ならばアレに至るでしょう。それに賭けました」
「そっか。なら面白くなりそうだねぇ!」
私達はこの神域から見ていますよ、イザーム様。まあ最低でも魔王くらいにはなって貰いたいものです。どうか期待に応えて下さいましね?
魔物プレイヤーの初期人数を修正しました。




