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第1話 生まれと出会い

 この世界は、醜悪だ。


 ある人は「誰にでも希望はある」と言う。

 しかし、その人は本当の絶望を知っているのか。


 ある人は「幸せなことは必ずある」と言う。

 しかし、その人は必然の不幸を知っているのか。


 善人が損をし、悪人が得をする。

 良心は息絶え、邪心は産声をあげる。


 善良さは煙たがれ、悪辣さが常となる。

 性善説は淘汰され、性悪説が世に蔓延(はびこ)る。


 勧善懲悪が夢物語となるようなこの世界、『イフトピア』に生まれる前の記憶を、僕は持っている。


 なんてことはない普通の家庭で育ち、大学まで行かせてもらい、サラリーマンという社会の歯車となって、人並みにストレスを感じて、自殺した。


 ああ、これで楽になれる。

 そう思って意識を手放した次の瞬間、僕は次の生を得ていた。

 呆然とする僕は、産声をあげる前に母親と思われる人から引き離された。


 母親は、いわゆる奴隷だった。

 この『イフトピア』は、前世の世界でいえば『剣と魔法のファンタジー』だ。

 残酷な描写が存在する、という(ただ)し書きが必要だが。


 魔物と呼ばれる生物は存在するが、倒してもドロップアイテムなどなく、ただ死体が残るだけ。

 都合のいいレベル制度やスキル機能なんかも存在せず、己の技術と感覚的な魔法が戦闘の基本。

 そんな世界に前世の記憶なんてモノを持って生まれたらどうなるか。


 技術革新?

 内政チート?


 そんなこと、できるわけがない。


 少なくとも僕には無理だ。


 ()えた匂いのする、このゴミ溜めみたいな場所で生まれた──化物(オーク)の子供に、できることなんてない。



「生きたいか?」



 二度目の生を、半ばどころかほぼ完全に諦めた頃、頭上からそんな声が聞こえた。

 力なく項垂(うなだ)れていた僕は、急に声をかけられたことに驚き、反射的にその方向を見た。



 そこにいたのは、『美』そのものだった。



 計算されて作られたかのような顔の造詣。

 誰もが羨む理想的な体型。

 金糸が流れるような長い髪。

 そして、尖った長い耳と翡翠色の瞳。


 エルフだ。

 僕のような化物(オーク)もいるんだ、亜人としてエルフやドワーフなんかがいても不思議はない。

 栄養失調でぼやけた思考の中、そんなことを考えていた。


「もう一度聞く。生きたいか?」


 この美しいエルフは、どうやら僕に話しかけているようだ。

 生きたいかだって?

 そりゃあ生きたいよ。

 だけど、最悪の生まれの僕が、何を希望に生きればいいんだ。


 数年間、前世の記憶を頼りに泥水を(すす)ってまで生き延びてきたが、どこへ行っても汚物を見るような目をされ、誰にも頼れず、道端で朽ちるのを待つしかない僕には希望なんて残ってはいない。


「それなら私がお前の希望になってやろう」


 美しいエルフは言う。


「今から私はお前の隣人であり、友であり、そして母だ。お前が拒まぬ限り共に在ろう。どんな災厄からも如何なる悪意からも守ってやろう。死が二人を分かつまで私たちは一緒だ」


 ………たぃ。


「聞こえないな」


「生きたい……!」


 それは、この世界に生まれ落ちてから、初めて発した心からの叫びだった。


「よし、ならば共に来い」


「はい……!」


 そうして僕は、家族を得た。

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