第三話、大学生なんだ
三、大学生なんだ
「んあ~」
ひと仕事終わった後の風呂はまさしく至福である。本当はパトリックおじさんも入る予定だったのだがあまりのヌメヌメっぷりに歩く18禁とされ入場規制された。そのため、しぶしぶ自宅まで帰ったのだ。
「んにゃ~」
隣の女風呂からはメインの声が聞こえる。
「女風呂はロマンである」
おっと、いかんいかん心の声が出てしまった。あまりにもリラックスしてしまって気が抜けていたな。
「タスケー、聞こえてたにゃ」
隣からメインが言ってきた。
「あたしのなら後でゆっくり見せてあげるから今は我慢するにゃ~」
「い、いや、そういうことじゃ。というか大声でそんなこと言わないでくださいっ!」
「そんなことって、失礼だにゃ~」
あー、周りのおじさん方からの視線が痛い。もう上がることにしよう。
「先に上がってますからね!」
「それならあたしも上がるにゃ」
もう少し湯船に浸かっていたかったがしょうがない。また今度来るとしよう。
*
「いい湯だったにゃ~」
銭湯を後にした私たちは西地区へと向かっている。というよりは二人とも西地区に住んでいるため帰っているといった方がいいだろう。
「それにしても今日は人が多いですね。何かあるんですかね」
「え、知らないの?今日はグランの建国記念日で街をあげてお祭りがあるんだよ!」
そうだった。今まで就活に追われ忘れていた。
「そうでした。すっかり忘れていました。」
「そうだ!タスケ!せっかくのお祭りだし、あたしと一緒に見て回ろうよ!」
そう言って上目遣いで私をのぞき込んできた。ぐう、そんな感じで頼まれたら断れるわけないじゃないか…。
「そうですね。せっかくですから行きましょう」
「やったー!それじゃ、西地区までダッシュにゃ!」
「また走るんですか!?」
さっきまで仕事をしていたというのに、どれだけ体力があるんだ…。
「だって早くお祭りを楽しみたいにゃ」
「まだ、お昼すぎたくらいだからゆっくり行きましょう?お祭りは逃げませんから」
「分かったよ…。」
メインは少し残念そうにうなずいた。申し訳ないがあのダッシュについていくほど私の体力は残っていない。
「そういえば、今日お休みしていたもう一人の方はどのような方なんですか?」
「レイラのこと?レイラはねー、スタイルがよくて美人で面倒見がよくてまるで姉さんみたいだってあたしは思ってるよ!」
「ほう、美人でスタイルがよいか…」
「タスケ!今変なこと考えたでしょ!」
「否定はしない。しょうがない男の性です」
「もー。ここに変態がいるにゃ」
ありがとうございます!ご褒美です!
「ところで、仕事を休むほどの用事とは何だったのだろうか」
「実家の甘味処が今日のお祭りに出店するから、それのお手伝いで休むって言ってたにゃ。ちょうど西地区に出店してるから顔を出しにいこう!」
「なるほど。次の仕事では顔を合わせるでしょうから、先にあいさつをするのもいいですね」
それにどれほどの美人か興味津々である。
「よし、早く行きましょう」
「なんか急にやる気になってるにゃー」
そう言ってメインは少し頬を膨らませた。
「甘味処はどこだー?」
こうして私たちは道中の出店に目移りしたり、他愛もない会話をしながら西地区を目指した。
*
私たちはしばらく歩き西地区へ到着した。
「やっと着いたにゃ!」
「ええ、人が多い場所もあってなかなか進めませんでしたからね」
「ほんとだよ。早くレイラのところで休みたいにゃ」
「そうですね。どの辺に出店しているんでしょうか?」
「西地区広場近くだからこの辺だと思うけどな~」
ここも人が多い。顔を知ってるメインでもどこにいるか分かりづらいだろう。そうしてしばらく探していると少し離れたところからメインを呼ぶ声が聞こえてきた。
「メインちゃあん!メインちゃあん!こっちよ~!」
声の方を見ると身長は180センチくらいはあるだろうか。そして体系はすらっとしているが筋肉質である女性?が近づいてきた。
「あっ、レイラ!」
ほう、この方がレイラさんか。しかしわずかながら男っぽさを感じるな…。
「メインちゃん、お仕事お疲れ様~」
うむ、近くで声を聞いて確信した。男である。確かにメインは一言も女性だとは言ってなかった。お姉さんみたいな人だとしか言っていない。
「あら~ん。隣の子はもしかしてメインちゃんの男かしらん?」
「ち、違うよ!今日から入った新人のタスケだよっ!」
「あ、えっと、初めまして、山場タスケといいます。」
そう私があいさつをすると、レイラさんが顔を近づけてきた。
「ふふん。この子が新しく入った…、なるほどね…、いい男じゃない。メインの男じゃないならアタシがもらおうかしらん」
ヒッ、私の初めてがここで奪われようとしている。
「ダメー!こんな人前で…、その、ダメだよっ!」
メインが割って入ってくれた。た、助かった。
「うふふ、冗談よん。せっかく来たんだから二人ともうちの甘味食べていきなさい。アタシが奢ってあげるわ。今日おさぼりしたお詫びよん」
「本当!?やったー!」
「私もいいんですか?」
「当たり前よん。今日はずいぶん頑張ったそうじゃない。先に来てる団長が言ってたわん」
団長が先に来ているのか。というか呼び方は団長でも大丈夫なのか。今度から団長と呼ぼう。しかし今日の仕事が評価してもらえるとは、頑張ったかいがあった。
「レイラさんありがとうございます。ぜひいただきます」
「ふふん、レイラでいいわよん。それじゃ、はぐれないようについてきてね」
そういうと、モデルのような歩き方で私たちを店まで案内し始めた。
「(メイン、レイラはこっちなのか?)」
右の手の甲を左の頬に向けるポーズをとり小声で尋ねた。
「(ん?こっちってどっちにゃ?)」
ああ、理解していないようだ。
「タスケちゃん、アタシはかわいい男の子も好みよん」
ヒッ、聞こえていたようだ。
「す、すみません。」
「大丈夫よん、タスケちゃん好みだから許したゲル」
「だ、だからレイラダメだってー!」
「うふ、メインも可愛いわねん」
どうやら私はレイラの好みだそうだ。ただの冗談だということにしておこう。
「さあついたわよん。これがうちの出しているお店よ」
一言で言い表そう。派手である。テントで作った仮設的なものであるが、全面ピンクに彩られており目が眩しい。店の目の前にある椅子にはガタイのいいおじさんがいる。団長だ。
「お、来やがったな。こっちだこっち!」
そう言って私たちを手招いた。
「ここのおはぎはうまいぞ。福利厚生だ。今日は無料で食わせてやる」
「んもう。アタシの奢りなんだけどなあ」
「そんな細かいこと気にすんじゃあねえよ」
「じゃあちょっと待っててねん。おはぎとお茶持ってくるわ」
そう言ってレイラは店の裏へと行った。団長は一口お茶を飲み、口を開いた。
「いやしかし今日のモンスターはなかなかの曲者だったな」
「ほんとだにゃ。あんなにヌメヌメされたらたまったもんじゃないにゃ」
「だが研修はうまいこと進んでいるそうだ。タスケ分かったか、大手だけがすべてじゃあないぞ。俺たちみたいな下請けの人間がいるからこそあいつらも動けるんだ。」
確かに、このような仕事はなかなか注目されないのかもしれないが、様々な人を見えないところで支えており、実はすごく大切な仕事なのかもしれない。
「まあ、最近は自前主義ってところも増えてきているがな。まあ今は目の前のことに全力を尽くすさ」
なかなかに暑いことをいう人なんだな。少し感心してしまった。
「皆さあん、おはぎもってきたわよん」
「おっ、やっと来たな。」
「早く食べたいにゃ!」
「おお、確かにおいしそうだ」
「でしょでしょ。それじゃ、早速食べましょ」
いただきます!
むむ、このおはぎ甘すぎなく程よい。そして粒あんも混じっており、こしてある部分も滑らかで絶品だ。
「レイラさん、最高にうまいですね」
「ガッハッハ、そうだろう!」
「んもう、なんで団長さんが自慢げなのよ」
「でもおいしいから自慢したくなるのもわかるにゃ!」
「ふふ、ありがとね。」
ああ、最高に和気あいあいとしている。この職場でよかったのかもしれない。
「そういえばタスケちゃん、あなたまだ大学生よねん?」
「んぐっ!?」
「授業とか大丈夫なのかしらん?卒業論文もあるでしょう?」
そういえばそうだった。思い出したぞ、私はまだ学生であった。
第三話完