第二話、初お仕事なんだ
二、初お仕事なんだ
グランの朝は早い。まだ太陽も顔を出していないというのに、既に外は開店準備や、配達を行う人々でにぎやかだ。かくいう私も今日から初仕事である。なぜ私もこんな朝早くから行動しているのかというと、先日やってきたパトリックおじさんから「早朝8時にグラン東門前に集合しろ。」と指示されたからである。私が住む場所は東門からは逆の方にあり、普通に歩いたら1時間はかかるからだ。
「現在時刻は6時30分、15分前には着くように時間には余裕を持っていないとな。」
15分前行動は基本である。学校の就職セミナーでよくわからない会社から派遣されてきた、口角はしっかりと上がっているが、目は笑っていないマナー講師のお姉さんが言っていた。
「しかし、今日はいつもより人が多いな。何かイベントでもあるのか?集合場所に遅れないように、少し早めに動いた方がいいな」
そう言って歩みを速めた。この様子だと道が混んで目的地に遅れかねないからな。
「確かあの角を左だな」
角と言ったら、一つ思い出す。朝、食パンを口に加え「遅刻遅刻~。」と急いで走っていき、見通しの悪い曲がり角を曲がった瞬間同じ制服を着た見ず知らずの女の子とぶつかり、「ちょっと何してんのよー!」とひと悶着になり、何やかんやで学校に行って「今日は転校生が来ます」と先生が言い、転校生が入ってきた瞬間「「あー!お前は朝の!!」」といった一通りの流れを思い出す。
「まあ、そんなことが起きるなんてありえないだろう。」
タッタッタッ…。
「もし起こって一部のある方面に博識な人に見られたら、親の顔よりも見た光景、とでも言われるのだろう」
タッタッタッタッ…。
「こう考えてしまうと少し意識してしまうな。もすぐ角だ」
タッタッタッタッタッ…。
「曲がるぞ…」
唾をごくりと飲み曲がった。それは一瞬だった。曲がった瞬間私の体に何かがぶつかる衝撃を感じた。
「うっ」
「にゃっ」
激しくぶつかりお互い地面に倒れこんだ。まさか本当に曲がり角でぶつかるとは…。しかも声の感じでは女の子のようだ。まさしくテンプレ。ここまで来たら確認しなくてはならない。口に…。口にパンを咥え
ているかどうかを……!
「すみません、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
凝視!口元を凝視!
「なん…、だと…!?」
彼女は口にしっかりと食べ物を咥えていた。そう食パンを…と、私の脳は認識しようとしていた。しかし実際に咥えていたのは
「干物…、だと…!?」
考える間もなくもはや本能的に言葉が出た。
「なぜ…。なぜ干物を咥えているんですか!」
「え…。朝ご飯だからだよ?」
ああ、分かっている。干物が朝ごはんになりうることを。しかし、なぜ干物なのだ?なぜ干物をチョイスして咥えてきた?骨とか刺さって痛いだろ。なぜもっと租借しやすく飲み込みやすい食べ物にしなかったのだ。む…。そう言えば、ぶつかったとき、にゃ、とか言ってなかったか?分かった、分かったぞ!そういうキャラなのだ!ネコキャラに忠実になりきっているのだ!
「理解した」
自己完結である。
「すみません。東門の方に急いでいたもので。怪我とかはないですか」
骨がのどに刺さっていないか心配である。
「大丈夫だよ。あたしも急いでいたから、ごめんね。そっちも大丈夫かにゃ?」
うむ、ネコキャラである。
「はい、大丈夫です。今度から曲がり角には気をつけるようにします」
「うん、あたしも気を付けないとだね。そうだ、君、東門の方に向かっているって言ってたよね?」
「はい、そうですが…」
「東門はそっちから行くと遠回りになっちゃうよ」
「そうなんですか、こっちの方にはなかなか来なくて道があまりわからないんですよね」
「それならあたしも東門の方に向かっているから案内してあげるにゃ!」
道が分からなくなって遅れたくないからな。ここは厚意にあずかろう。
「ありがとうございます。ぜひ道案内をよろしくお願いします」
「任せるにゃ!そういえば自己紹介がまだだったね。あたしの名前はメインにゃ。よろしくね。あなたの名前は?」
「私は山場タスケです」
「タスケだね!じゃあ早速東門までダッシュにゃ!」
「えっ、ダッシュですか。そんなに急がなくても…。ってちょっと待って」
メインは私の言葉など聞く由もなく走っていった。
「なんて元気娘だ」
そう呟いてメインを追いかけた。
*
「ぜえ…。ぜえ…」
「東門に着いたにゃ!タスケ!こっちだよ!」
「はぁ…」
私はメインに少し遅れて東門に到着した。なんという体力だ、ここまでずっと走ってきたぞ。見失わないようについていくのがやっとだった。
「み、道案内…、ありがとうございます。おかげで…、はぁ…、遅れずに到着することが…、ぜえ…、できました」
「バテバテだね」
「そりゃあ、そうですよ。あんなに早く走られたらついていくのがやっとです」
「ごめんね。あたし、走りだしたら止まらなくなっちゃうから」
「いや、大丈夫。無事にたどり着けたことですし」
時間もちょうど15分前だ。歩いていたら遅れていたかもしれなかったな。時間も時間だしパトリックおじさんがこの辺にいるはずだ。あたりを見回すと手を挙げて近づいてくるガタイのいいおじさんがいた。
「おう、タスケ、きたか。東門は遠かっただろう」
パトリックおじさんだ。荷物をいくつか抱えてきている。
「はい、だいぶ時間がかかりましたね。途中道を教えてもらわなかったら確実に遅れていました。この方がここまで案内してくれたんですよ」
「そうか、メインに教えてもらったのか」
私は目を丸くした。
「えっ、メインのことを知っているんですか?」
語気強く私は尋ねた。
「知っているもなにも、メインは今日からお前の先輩だぞ」
「えっ」
テンプレは完成した。まさかここまで美しく収まるとは思いもよらない。もはや感動を覚えている。
「へー、君が新人の子だったんだにゃ。よろしくね!」
そう言ってにっこりと微笑みかけてくれた。笑った口からは八重歯がみえ、人懐っこくいかにも元気な感じが伝わってくる。眩しい笑顔とはまさしくこのことだろう。
「よろしくお願いします。まさか同じ仕事の先輩だとは思いませんでした」
「あたしもびっくりだよ!でもこれでギルドメンバーが増えて賑やかになるねっ!」
ああ、なんて元気でいい子なのだろう。こんな子がいるなんて、下請けギルドも捨てたものではないな。
「ガッハッハ、そうだな!人出が増えてよかった!それじゃあそろそろ今日の仕事の話に入ろう」
「すみません、ギルドメンバーはこれだけなんですか?」
「ああそうだ、本当はあと一人いるんだがな。今日は用事があるらしく休みだ。つまり今日はこの三人で乗り切るぞ」
「本当にギリギリで運営しているのですね」
「去年までは五人いたんだがな。一人は大手ギルドに転職、もう一人は子育てのため休業、残りは定年退職だ。」
「少なくなったもんだにゃ」
大手に転職した人もいるのか。ということはここで経験を積みスキルアップの転職をすることも夢ではないな。
「まあそういうことだ。そろそろ本題に入るぞ。今日の仕事はベンチャーギルド『コンシャスネス・ハイ』からの依頼で、東門の外周辺にいる高レベルモンスターを追い払うことだ。」
聞いていた通り、追い払うことを主にやっているのだな。
「確かそこのCEOの話によると、今年の内定者の早期研修ということで街の外で実際にモンスターを倒し、仕事に慣れさせるらしい。彼らは新人だからないきなり強いモンスターに出会い、倒されないように追い払えということだな。あとはイノベーションがなんとかと言っていたがよく分からん」
「なるほど、トラウマになって戦えなくなってはいけないですからね」
「意識高いにゃー」
全くである。パトリックおじさんは横文字ばかり並べられてさぞ疲れただろう。
「研修は昼から始まるから、午前中のうちに片づけるぞ」
「あの、今回私は何をすればいいですか」
「とりあえず今回はメインと行動し手伝ってくれ」
おおざっぱだな。まあ一人で行動するよりは安心か。
「よろしくね!」
またもや笑顔。我が癒しである。
「それじゃあ、タスケ頼むぞ」
こちらも笑顔。ガチムチである。
「よし、早速門の外に向かうぞ!えい、えい、おー!」
「レッツゴーにゃー!」
「お、おー」
さあ、初仕事だ。どうか怪我しませんように。
*
ついに門の外へやってきた。今日は天気がいい。空は雲一つなく、風が程よく吹いている。そして目の前に広がるのは
「うずまき模様の岩がたくさんありますね」
大きさは大体2メートルといったところだろうか。
「ああ、今回の仕事はあれを追い払うことだ」
あれを追い払う?つまりあの岩をよけるということだな。しかし3人でやるとなるとかなりの重労働になりそうだ。ん?今、岩が動かなかったか?
「今、あの岩動きませんでした?」
「動くに決まってるだろ」
動くのが常識みたいな反応をされたぞ。私の今までの常識が間違っていたのか?
「あっ、そろそろ出てくるにゃ」
そうメインが言うと、渦巻き模様の岩の下から白くヌメヌメしたものと、二つの触覚が顔を出した。そうまさしくこれは
「カ、カタツムリ」
「そうだ、あれが巨大カタツムリ『デスカルゴ』だ」
「それにしても大きすぎじゃありませんか。触角がうねうねしていて変な汁めちゃくちゃ出てますよ。
ま、まあでもノロノロと動いてますしそこまで危険な感じはしないですかね」
「甘く見ない方がいいにゃ。デスカルゴは動きは遅いけど、あいつに捕まったらめちゃくちゃヌメヌメされて最悪死ぬにゃ」
「えっ、最悪死ぬんですか!?というか、めちゃくちゃヌメヌメされて死ぬってどういうことなんですか!?」
「まあ、そういうことだにゃ」
「えぇ…」
「時間もないし作戦を説明するぞ。やつらは動きが遅く、時間までに追い払うことは難しい。ということで今回は弱体化させることにする。奴らは太陽の光に弱く、日に当たると体の水分がすぐに飛び、縮み弱る。」
「それならば、今日は快晴ですし放っておいても勝手に弱体化するのでは?」
「そういうわけにもいかないんだ。奴らは大量のヌメヌメが体を覆っているだろ。あれが水分の蒸発を防いでいるんだ。」
「つまり私たちの仕事はあのヌメヌメを除去するということですか」
「そうだ。そして、ヌメヌメ除去に使うのがこの、塩、だ」
キメ顔でそういわれた。
「塩ですか!?もっと魔法使ったり、武器を使ったりとかないんですか!?」
「しょうがないだろう。俺は魔法使えないし、武器買うお金ないし」
ああ、今日私はあのカタツムリにめちゃくちゃヌメヌメされて死ぬんだ…。
「まあ大丈夫だ。雨の日にならないとあのヌメヌメは復活しないから、ひたすら塩をもみ込むぞ。それじゃ、作戦…、開始!」
「にゃー!タスケついてくるにゃ!」
「ええ!まだ心の準備が…、って待ってください」
もう腹をくくるしかない。とにかくメインについていこう!
「よーし!まずはあいつからにゃ!にゃにゃにゃ!」
ヌメヌメヌメヌメ…。早速メインが塩をもみこみだした。デスカルゴの体に塩をもみこむたびにメインの体にヌメヌメがとびかかりテカテカしている。なんだかいけないものを見ている気分になってきた。
「い、いかん、手伝わなければ。」
「ヌメヌメが減ってきたにゃ。もう少し…、にゃにゃー!?」
メインは足を滑らせその場にしりもちをついた。その隙をつき、デスカルゴは動いた。
「やばい、メインがめちゃくちゃヌメヌメされている!」
「にゃー!助けてにゃー!」
さらに見てはいけないものを見ている気がする。ちょ、ちょ~っとだけ見ていようかな…。
「いや、いかん。耐えてください!すぐ助けます!うおーー!塩!いけーー!」
*
「ひぐっ、もうお嫁にいけないにゃ」
なんとか助けることはできた。しかし、彼女の心は救えなかったようだ。
「ま、まあ生きてれば何かいいことはありますよ…。見た目も可愛らしいですし。とりあえず残りの奴も片づけましょう?」
「う、うん…」
うつむき加減で返事しメインは少し頬を赤く染めた。そうしてひたすらデスカルゴに塩をもみこむこと1時間、なんとかすべてのデスカルゴの弱体化に成功した。途中パトリックおじさんがヌメヌメされているところを助けたが、少々お見苦しい映像になるのでカットしよう。
「なんとか研修の時間までに間に合いましたね」
「そうだな。いやー、良かった良かった。タスケ、今日はお前のおかげで助かったぞ!」
「タスケありがとう。あたしも助かったにゃ!」
そう言ってメインは抱き着いてきた。こんな美少女が抱き着いてきたら普通は嬉しいだろう。しかし…。
「あの、体がめちゃくちゃヌメヌメしてて、なんだか生臭いです。とりあえずヌメヌメを落としに帰りましょう」
そういうとメインはまた頬を赤く染めた。
「ガッハッハ!そうだな、このままじゃ気持ち悪くてしょうがない。東門の近くに銭湯があるからそこで
落とそう!」
こうして私の初仕事は終了した。早く銭湯に行って今日はゆっくりしたい…。なにか忘れている気がするが、まあ後で思い出すことにしよう。
第二話完