第一話、就活してるんだ
一、就活してるんだ
Q.山場タスケさん、あなたが我がギルドを志望した理由は何ですか?
「はい!私が御ギルドを志望する理由はギルド理念に共感しまして、また私にはリーダーシップもあり…」
*
「っだあああ!!なんだ、またお祈りか!これでお祈りされたのは32回目じゃないか!」
そう言って、就活仕様に完璧に七三に分けた黒い髪をかきむしりながら、ついさっき入った酒場の机にうなだれた。なぜ私が量産型の黒いスーツに身を包み、怪しい宗教の信者のごとく、お祈りお祈りとブツブツ言っているのか説明しよう。聞きたくないといっても説明しよう。御覧の通り、負けたのである。社会ってやつに・・・・・・・・・。よくわからなかった方々のために捕捉すると、就職活動に失敗したのである。私は『グラン』という街にある大学、『グラン勇者国際大学』に通っていたのだが、ついに四年生となり、学生という身分でいられるのも残りわずかとなってしまった。そこで大手ギルドに所属し、新たな身分を手に入れ、順風満帆な人生を送ろうと画策していたのだが、結果はこのありさまである。そして、お祈りされるたびに、客は多くはないがにぎやかなこの酒場へとやってきては悲しみにふけるのである。
いつまでもメニューも見ずにうなだれている私にしびれを切らしたのか、和装の小柄な店員が、後ろ
でまとめた美しい金色の髪をなびかせやってきた。
「またお祈りされたんですか?」
そう慣れた感じで話しかけてきたのは、見た目はかなり若いがこの酒場の店主のマリーだ。初めて私がここを訪れ落ち込んでいるときに話しかけてくれ、それ以来マリーには毎回お祈りを聴いてもらっている。
「その通りだよ。世の中は全く分かっていない。こんなにも素晴らしい人材がここにいるというのに見抜いてはくれない!奴らの目は節穴なのか?どうか節穴であってくれ!」
「最後、自分に自信がなくなってましたね…。まあ、そんなことより早く注文をしてください。追い出しますよ?」
「そんなこと言わないでおくれよ。マリーまで私を見捨てたらいよいよ終わりだよ。」
「はいはい、注文をしてくれたら見捨てずに聞きますよ。それではどうぞ」
「いつもの」
「はい、しゅわりん一丁入りました」
*
「…でさー、この前は学校名見られただけではじかれてさ、もう嫌になってしまいますわい。わざわざ高い運賃払って隣町のギルドまで行ったっていうのに…。世間のバーカ、アーホ、すっとこどっこい」
かれこれ三時間はしゅわりん片手に人生を嘆いている。夜も更け、周りの客もいなくなり、とうとう私だけになった。
「そろそろ閉店の時間ですよ。いい加減帰りましょう?」
「そんなつれないこと言わないでよ~。もう私には君しかいないんだ…」
「そ、そんなこと言ったって時間は時間です!お店閉めますよ!」
そんな言葉も聞き流し、急に思い出したようにこう言った。
「そうだ、マリー!ここで私を雇ってくれ。そうしたら…」「無理です」
「そんなきっぱり言わんでも…」
「雇ってあげたいのも山々なんですが、うちは個人経営で、近くに大手展開のチェーン店ができ、経営はギリギリなんです。ま、まあタスケさんと一緒に働けるのは、す、少しは嬉しいですが…」
「ぐぅ、ここでも不採用。どこかに私を求める場所はないのか」
「あっ、一つ思い当たるところがあるのですが…。興味ありますか?」
「まあ話だけでも」
「分かりました。私の叔父が経営しているギルドなんですが、下請けの下請けで認知度も低く人手不足なんだそうです。あと、今年は定年退職を迎えるメンバーも多くこのままではギルドの維持ができなくなるそうです」
「へえ、まあそうだよなあ、どうしても将来への不安が少なめな大手に行きたがるもんな。私もそのうちの一人だが」
「世知辛いですね」
「まったくである。ところでどのような仕事をメインにしているんだ?」
「たしか、街周辺にいる冒険者レベルに見合わないモンスターを追い払う仕事でした。大手ギルドから依頼を受けた仲介業者や、たまに勇者育成機関や、学校法人からも仕事を受けていたようでした。しかし、今では人数不足により仕事内容によっては断ることも増えてきたそうです。どうか、私の叔父のギルドを手助けしてはくれませんか?」
そう言ってマリーは大きな青みがかった目で見つめ頼んできた。数多の大手ギルドの面接を受け、ことごとくお祈りされ、路頭に迷いつつある私にもはや断る理由はない。それにこの就活でボロボロになった私にとってこの提案は救いの手にも感じた。
「分かった。ぜひ働かせてくれ」
「本当ですか⁉」
「うん。あと、普段お世話になってるし、こんなかわいい顔で頼まれたらな…」
「え、い、今な、な、な、何て」
「ぐー」
「て、もう。寝てますし」
マリーは、ふう、と一つ息を吐いた。
「ほら、起きてください。叔父には明日紹介しておきますから今日は帰ってください!」
「うぅ、もうちょっと寝かせて…」
「まったく、しょうがない人ですね…」
*
―さい。―てください。
むう、もう朝か…。しかし、今日の朝は騒がしいな。こんなにも騒がしいことはあっただろうか。そういえば昔、友人から一週間旅行に行くからと『コケコ』という朝になるとコケコッコー、コケコッコーとうるさく鳴く鳥を預かったことがあったな。名前はコジロウだった。まさか、コジロウがまた来たのか?
「起きてください!!」
「ヒッ、コジロウガシャベッター!」
「コジロウって誰ですか!マリーです!いい加減起きてください!」
「なんだ、マリーか」
「なんだとは何ですか。せっかく人が酔って寝てしまったタスケさんをわたしの家まで運び、介抱してあげたというのに」
ああ、なるほど、昨日私は酔いつぶれて寝てしまっていたんだな。それでマリーの家ということか。
「よく私を家まで運ぶことができたな」
「お店と私の家は併設してあるからちょっと重かったですが、なんとか家まで連れてこれました」
「そうか、わざわざありがとう。ところで介抱とは、意味深的なあれやこれやも含んだ介抱だったのでしょうか。ぜひ答えていただきたい」
「そ、そ、そんなことしません!無駄口叩いてないで早く起きてください!朝食を作りましたからしっかり食べてくださいね。早朝、昨日の件について叔父に連絡を取ったのですが、早速タスケさんに会いたいということで一時間後くらいにはこっちに来るそうです。」
そういえばそうだった。昨日下請けギルドの件について承諾したのだった。つい昨晩の話に早速反応し、ことを進めようとすることは、相当人材確保に困っているのだろう。大手ギルドに入れなかったことは少々心残りだが、自分を求められているということは悪い気はしない。
「よし、それならばさっさと支度をしよう。今後世話になるかもしれん方の前なのだから万全の態勢で臨もう」
「ええ、そうですね。それでは早く起きる準備をしてごはんにしましょう。私は先に居間の方に行ってますから二度寝せず早く来てくださいね」
そう言ってマリーはトコトコと私が寝ていた部屋から出ていった。私は髪を七三に分けながらマリーのやさしさについて思い出していた。私がこうしてマリーの世話になるのはこれが初めてなわけではない。これまでも幾度かこのような迷惑をかけてしまった。家まで運ばれたのは初めてだが。なのに毎回嫌な顔をせず世話を焼いてくれる。まるで聖母のような暖かさをもった女性だ。いずれ仕事が安定ししっかりとした収入を得られるようになったら酒場のメニューを右から左へと頼み、店の売り上げに大きく貢献しよう。私が返せることと言ったらそれくらいだろう。
さて、七三もばっちりきまったことだし、マリーに急かされる前に居間へと向かおう。
*
私は居間へと歩みを進めていた。卵の焼けるいい香りがする。起きたばかりでもこの香りをかぐと自然とお腹がすき、目もさえてくる。やはり朝食というものは一日のスタートを切るために必要不可欠なものであると感じる。私は『グラン』で一人暮らしをしているのだが、やはり一人だと朝食を蔑ろにしがちである。なので朝食をしっかりと食べるのは、マリーのところへお世話になったときか、故郷へと帰省したときくらいだ。居間にたどり着くと、そこにはご飯をよそうマリーと、そのご飯を豪快にかきこんでいる初老だが体つきの良い男がいた。
「タスケさん、やっと来ましたか。早く座ってご飯を食べてください」
「あ、うん、わかった。ところでこのまるで戦っているかの如くご飯をひたすら食べているこの方はどなただろうか」
「はい、この方は昨日わたしが話していたギルドの団長であり叔父のパトリックおじさんです。」
目の前のご飯を相手にしながらパトリックと呼ばれる男は言った。
「もぐ…おう、もぐ…俺が噂の、もぐ…、パトリック、もぐ…、おじさん、もぐ…、だ」
「あ、よろしくお願いします。えっと、先にご飯を食べてしまってからお話にしませんか?」
「おう、それがいい。気が利くじゃあねえか」
気を利かせたというより、さっきから私の顔に口の中のものかかってお話どころではないのだ。まさか採用面接はもう始まっているのか?どのような嫌がらせ行為をされても嫌な顔をしないという、ストレス耐性や切れやすい若者であるかどうかを見極めているのか?そうなれば本気でとりかかなければならない。この手の人事はあれやこれやの手で受験生を圧迫し本性を出させようとする。ふふ、まあ32回にも及ぶ面接を経験してきた私だ。そう簡単に圧迫には屈しないぞ。さあ、どこからでもかかってこい!
「あー、食った食った。我が姪の飯はいつ食ってもうまいな。それでは話に入ろうか。名前は確か」
「タスケといいます」
さあ来い、どんな理不尽な質問でも対応してやる…!
「それじゃあ、明日からの働き方についてなんだが…」
はい、ただの食べ方が汚いおっさんでした!圧迫でも何でもありませんでした!まあ、薄々予想はしていたよ。
「早速現場に出て働いてもらう。」
「えっ、研修や事前勉強とかはないのですか」
「聞いていると思うが人手が足りなくてな…、そんなことをやってる暇はないのだ。働きながら仕事を覚えてもらうぞ。今風に言うと、おーじぇいてぃー、てやつだな。ガッハッハ」
なにワロてんねん…。しかし、まずい…。実戦経験ゼロだぞ。大学に行ったが、座学と動かない的相手に技をふるうくらいしかしていないぞ。このままでは確実に死んでしまう。マリーに悪いがこの話は断らせてもらおう。そして、研修制度が充実しているギルドを探そう。
「あの…。その話なんですが…。」
「ところでタスケは大学では何をやっていたんだ?」
「え…。えっと、一応国際大学なので、多国語の詠唱が必要な魔法に少し触れたり、剣術、弓、戦術学など幅広くやっていました。いわゆるゼネラリストってやつですね」
「ゼネ…なんとかはよくわからんが色々知っていることは良いことだ!明日からよろしく頼むぞ」
「いえ…あの、パトリックさん…」
「おい」
「へ?」
「今なんて言った」
「いや…」
何かまずいことを言ったのか?すごく怒ってる。もしかしてこの話を断ろうとしているのがうっすらと伝わって怒っているのか?ふええ、こんなガタイのいいおっさんに殴られたくないよお。
「おめー、今俺のことをパトリックさんと呼んだな。ふざけんじゃねえ、今度から俺のことはパトリックおじさんと呼びやがれ…」
ふええ、そんなことなの?パトリックおじさん、ごめんなさい~、ふええ。
「まあそういうことだ。明日からよろしくな」
「いや、だから…」
「それじゃあ、マリーごっそさん。また来るわ」
「はい、また来てくださいね」
そう言ってパトリックおじさんは帰っていった。帰って行っちゃったよ。もうやめるとか言えないじゃないか。もう、私のバーカバーカ。過去に戻ってそこの私にこう言ってやりたい。大企業なんか目指すんじゃない。お前に大企業なんか無理だ。もっとよく考えて研修制度とできれば福利厚生がしっかりしている中小ギルドに就職するんだと殴ってでも伝えたい。
「タスケさん、明日から頑張ってくださいね。」
「はあ、腹をくくるしかないようだな。明日が私の命日にならないように願うよ」
「大丈夫ですよ。叔父の腕は確かですから。そうだ、明日に向けて今日はうちでゆっくりしていってください。就職祝いと初陣に向けてごちそうを作りますよ」
「うう、ありがとう。私、涙出てきちゃう。マリーさんあなた天使ですか」
「そ、そ、そんなこと言ったってなんにもでませんよ…。しゅわりん…、飲みますか?」
「いただこう」
第一話完