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帰ってきた王子様

作者: 本吉 光一郎

「雪……? ああ、雪だわ!」

 彼女は叫びます。季節は、冬。アルパパラ王国に、何年かぶりの雪がひらひらと舞い降りたのです。いくら王女であるとは言え、彼女――アリスはまだ十八歳にも満たない子供。それを嬉しく思わないことなどありませんでした。

「そうだわ、フレディと……」

 アリスはそこまで呟いて、ふと俯き、心の中の暗がりに沈んでしまいました。

「フレディ、帰ってこないかしら……」

 虚ろな目でそう呟くと、それでもこんなに幻想的な光景があるのだから今日こそは帰ってくるに違いないと信じ込み、日課の城内捜索を開始することにしたのでした。


 アリスがこのような日課を始めたのは、丁度一年前のとある――アリスにとっては重大な――出来事が切っ掛けでした。一年前、アリスは誘拐されかけたのです。

 その時、アリスの兄弟にして王子であったフレディは犯人を殺め、アリスを救い出すことに成功。しかしその後フレディはぼんやりとした様子になり、その夜失踪してしまったのです。このためアリスはフレディの失踪が自分のせいなのではないかと思い悩み、毎日城内を捜索し続けています。


 さて、アリスが庭を捜索しようと建物しろの外へ出ようとすると、ドアの所に王家で最も古くから仕える執事ハリスが立っていました。

「アリス様、今日は雪が積っておりますゆえ、共に雪合戦でも致しませんか?」

 ハリスは笑顔で問い掛けます。ハリスはフレディの失踪後、フレディの代わりを務めようと努めて、よくアリスに話し掛け遊んだり、さらには護身用にナイフ格闘術の指南までもはじめたりしています。しかし、フレディとの共通点なんて身長が同じくらいなだけ。年齢などは四倍以上離れているのですが、ハリスは若々しくとても元気でいます。アリスは首を傾げながら答えました。

「うーん、今日はなんだかフレディが帰ってきそうな気がするし、城内を一通り見終わってから遊びましょう?」

 そう言ったアリスはハリスを通りすぎて、城内の庭園に向かいました。庭園の中心に位置する噴水は止まり、池は雪に埋もれています。

「わあ、凄い」

 アリスが池の上の雪に手を伸ばしてみると、丁度凍った水面の氷上に雪が乗っているお陰で雪があまり汚れていないことが分かりました。

「これは素敵だわ、こんなに綺麗な雪で雪だるまを作ったら、フレディもそれを目印に帰ってくるんじゃないかしら」

 そう言うとアリスは早速雪だるま作りを開始しようとしました。しかしそこで、彼女は池の上の雪の中に一ヶ所だけ薄汚れた感じになっている場所、ほんのり赤い染みが出来ている場所があることに気がつきました。

「あれは何かしら?」

 アリスは純粋な好奇心に誘われてそこへ向かいます。アリスがその場所の雪を掻き分けてみると、なんとそこには人間の腕が埋まっていたのです。

「これは……。フレディ、フレディだわ! フレディの腕に違いない! この形にホクロの位置は正しくそれよ! ……でも、どうして、腕だけしか帰って来ないの? 姿を見せてよ、フレディ……」

 アリスは地面の雪で冷たいのにも気づかず、膝を折って項垂れました。アリスがそのまま呻っていると、背後からポンポンと優しく肩を叩かれます。アリスはもしやと思いゆっくりと後ろを振り向きましたが、そこに立っていたのはハリスでした。

「アリス様、如何なされましたか?」

「……フレディが、フレディが、腕だけで……」

 アリスは涙を溢しながらゆっくり答えます。ハリスは優しい笑みを浮かべました。

「どうしてこの腕がフレディ様のだというのですか、アリス様。きっとアリス様がフレディ様のことをいつも想われているからそんな気がしてしまっただけでしょう? 大丈夫ですアリス様。フレディ様が元気でいらっしゃることはこの私めが絶対に保証します。ですからそんな顔をなさらずに、その腕はもとに戻して、私と雪合戦をして下さりませんか?」

 そう言ってハリスはアリスの持っていた腕を優しく取って、もとのように戻しました。クルリとアリスのほうを振り返って叫びます。

「容赦はしませんぞ、アリス様」

 ハリスの雪玉がアリスに炸裂しました。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 時はあっという間に過ぎ去り、途中に食事を挟みながらも二人は一日中雪を楽しみました。日がほとんど沈み、大分暗くなってきたところで、アリスはふとハリスに話し掛けます。

「楽しかったわね、ハリス。今日はありがとう」

「いえいえアリス様。私もとても楽しかったですぞ。こちらの方こそありがとうとお礼したい。……それにこんなに素晴らしい星空も見られました」

 そう言ってハリスは顔を上に向けます。アリスがそれに釣られるようにそらを見上げると、満天の星空が彼女らを包み込んでいました。いつの間にか、雪はやんでいたようです。

「さて、ではアリス様。お部屋の方へ戻りましょう」

 執事ハリスはアリスをエスコートし、アリスの部屋に何事もなく到着しました。

「ではアリス様。夕食は後でお部屋にお運びします」

 そう言ってハリスが部屋を出ていったのを確認したアリスは、ふと窓際へ向かいました。星を見ようと思ったのです。

「素敵な星空。フレディも何処かでこれを見ているのかしら……」

 そう呟きながら、アリスはフレディが失踪した当時ときのことから今日の出来事まで、色々な出来事を頭に浮かべました。

「あの時――一年前にはフレディは星になったのだ、なんて聞かされたけど、そんなことはあり得ないわ。

 きっと……何処かで生きているに違いない。でも、一体何処にいるのかしら? それに、今日のあの腕は、一体なに? ハリスは多分私のことを思ってフレディの腕じゃないなんて言ったのだろうけれど、やっぱり、フレディの腕としか思えない。誰かに相談したほうが良いのかもしれないけれど、王様とうさん王妃かあさんに心配かけるわけにもいかないわ。一体、どうすれば良いのかしら……。あの腕を軒先にでもぶら下げておけば、取り戻しにやって来る? でもそれは何かが間違っている気がするし……。あっ、そうだわ。隣国のチャーリー王子あたりならどうかしら! 彼、はじめはただのナンパ男かと思っていたけれど、意外に賢いし……」

 なんて、アリスが独りブツブツブツブツと呟いていると、突然、部屋の戸がノックされました。

「お嬢様。夕食をお届けに上がりました」

 執事の声です。アリスはいつものように答えます。

「ありがとう、部屋の前に置いておいてちょうだい」

 それだけ言ってアリスは再び外を見遣り、また考え事に耽ろうとしたのですが、その時アリスの目はあるものを捉えました。

「あれは……。フレディ! フレディだわ!」

 彼女は叫びます。三階のアリスの私室プライベート・ルームの窓からは、暗くて詳しくは見えませんが、確かに歩く人物が見えたのです。

 その服は、まさしくフレディの物。フレディの、フレディの為に採寸されて作られた、フレディが失踪したその時に着ていた服なのです。服に散りばめられた幾つかの装飾が、冠が、城と星空の明かりに時折輝いて見えます。

「フレディ! フレディなのね! 遂に帰ってきてくれたのね!」

 アリスは喜びに任せてそう叫びます。するとどうしたことでしょう。彼はアリスの方を向いて、両手を振って見せたのです。

「フレディ……!」

 暗がりでよくは見えませんでしたが、アリスには、フレディがニッコリと微笑んだように感じられたのでした。


「今、そっちに行くわ。待っていてね、フレディ!」

 アリスはそう叫び、急いで私室を飛び出しました。アリスの心は、早くフレディのそばへ行きたい、笑顔で迎えてやりたい、という気持ちでいっぱいです。

 アリスは傍に夕食が置かれていることも忘れてドアを勢いよく開け放ち、階段を駆け降ります。そして近くの出口からフレディのいるであろう外へと飛び出しました。

「フレディ、フレディ!」

 アリスは叫びます。私はここにいるよ、とフレディに伝えるために。フレディの帰還を祝福するために。フレディと、たくさんおしゃべりするために。

 ――しかし、アリスの声は夜空の彼方へとかき消えました。なんの反応もありません。

「フレディ、どうしてなの……?」

 アリスは、どうしてか涙を浮かべました。

「フレディ……」

 アリスは悲しくなって城の中へ独り戻ることにしました。私室へと、階段を登りかけたその時です。

「あら、よく考えたらフレディはまだ遠くへは行っていないはず。今探せばきっと会えるわ!」

 アリスは閃き、踵を返して駆け出しました。

 外は暗闇。しかし、そこはアリスの暮らす城の庭園。アリスのテリトリーに相違ありません。暗くても、絶対にフレディを見つけてやる。そう心に決めて、恐らく最後になるであろう、フレディの捜索を開始したのです。

 アリスは考えました。はじめは、フレディの足跡を追えればと思いましたが、雪は昼間の雪合戦で踏み均され、足跡を尾行つけることは出来ません。それでも、フレディが先程歩いていった方向位ならばしっかりと記憶しています。アリスはその方向に向けて、勢いよくに走り出しました。

「フレディ! 一年ぶりだからって恥ずかしがらないで出てきて! 会いたいのよ。フレディ、フレディ!」

 アリスは叫び続けます。フレディの向かった方向を念入りに捜索しますが、しかしフレディは見つかりません。時間はどんどん進んでいきます。しばらくして、アリスは背後――城の方から叫び声を聞きました。

「アリス様! 何処にいらっしゃるのですか」

 執事ハリスの声です。アリスは足を止めました。二人で探せばフレディをより見つけやすくなると考えたのです。

「ハリス! 私はここよ! フレディが、フレディが!」

 アリスの声を聞いて、ハリスは駆けつけてきました。

「フレディ? フレディ様が、一体どうしたというのですか、アリス様」

「見たのよ! フレディを、この目で! しかも、私に手を振って、何処かへ消えてしまったの! 探すのを手伝って頂戴」

「フ、フレディ様が帰ってこられたのですか! では私めも……いや、もう遅いことですし、明日にしてはいかがですか?」

「でもそれじゃあ……」

 ハリスは笑みを浮かべました。

「いえ、門番には水の一滴も――つまりフレディ様が城外に出てしまわぬよう厳命しておきますゆえ、ご安心ください。それに、アリス様にお手を振られたのであれば、フレディ様もアリス様のことを想っておられたということですし、安心して良いと思われますぞ」

「そうね……。フレディがわざわざ私に手を振ってくれたのだものね……」

 アリスは決断します。

「分かったわ。じゃあ、明日、ゆっくり探してやることにしましょう。明日存分に探せるよう、早く寝ないと」

 そうして、アリス達は部屋に戻り速やかに夕食を食し、眠りについたのでした。明日は本番です。



 窓から朝日が射し込み、ベッドで眠るアリスを強く照らし出しました。フレディ探しの一日がやって来たのです。アリスが部屋で支度をしていると、誰かがやってきて戸を叩きました。

「アリス様、朝食をお持ちしました」

 ハリスの声です。アリスはまたいつものように、「ドアの前に置いておいてちょうだい、すぐに食べるから」とだけ答え、朝の支度を速やかに済ませました。アリスは朝食を頬張り、すぐにフレディ探しへと出発します。

 アリスが一階に降りて外へ出ようとすると、やはりそこにはハリスが控えていました。

「おはよう、ハリス。それじゃあ、早速フレディ探しましょう!」

 アリスが元気よく声を掛けると、ハリスは一瞬ビクリとした様子をみせつつ、返答しました。

「勿論ですとも、アリス様。二人がそれぞれ滅多矢鱈に動くよりも手分けして探した方が効率的ですから、そのように致しましょうぞ。私はここから見て庭の右半分を捜索しようと思いますので、アリス様はどうぞ左半分をお捜しください。先に見つけた方が勝ちということで参りましょうか」

「ええ、でも待って。私が右半分を捜索するわ」

 するとハリスはとても驚いたような表情をしました。

「えっ、ど、どうしてですかアリス様。アリス様が昨夜フレディが左の方向へ歩いていったと仰ったので左半分をアリス様にお任せしようと考えたのでありますが……」

 するとアリスはニヤリと微笑みます。

「きっとそれがフレディの罠なのよ。昨夜は混乱していてフレディが歩いていった先ばかり重点的に探したけれど、よく考えたらフレディははじめから隠れるつもりだったのだから、歩いていった先の真逆方向にいるに違いないのよ。ということで、私が右半分を捜索するということでこの勝負はもらったわ!」

 アリスの口上にハリスは唸ります。

「ふむう……。気づかれてしまいましたか……。でもまあ、その考えが正しいとは限りませんからね、私は左半分をみっちり捜索致しましょう。それでは、勝負はじめ!」

 ハリスはそう言うと同時に庭の左方面へ駆け出して行きました。アリスも負けるわけにはいきません。右方面へと慎重に足を踏み出しました。

「フレディ何処にいるのかしら? 自分から隠れている人を捜すのに『フレディ』って大声で呼び掛けても出てくるわけがないし、静かに捜すのが得策ね」

 アリスはそう言ってゆっくりと捜索を始めます。彼女は庭右半分を蟻の一匹も逃さぬような目付きで丁寧に探って行きました。

 暫く、アリスはじっくりと探索を続けていたのですが、ふと庭の端で小さな物置小屋を見つけ、その存在を思い出しました。

「ずっと前に見たときは誰も居なかったし長く使われていない様子だったけれど……。もしかしたら隠れているかな?」

 アリスがその小屋に近づくと、なんと以前は開け放たれていたその入口の戸がロープによって閉ざされていました。

「これは怪しいわね……。護身用のナイフを貰っておいて良かったわ」

 そう呟くとアリスは懐からナイフを取りだしジーコジーコとロープを切り始めました。ナイフの切れ味が良かったのか、ロープはあっという間に切断されてしまいます。アリスは早速扉を開けようとしました。

 その時です。

「アリス様!」

 突如として現れた執事ハリスが、アリスの腕を強く激しく掴み、そのドアから遠ざけようとしました。その衝撃でアリスの手からナイフが飛びます。

 ――カラン。

 ハリスによって小屋から離されたアリスは、そのナイフが下に落ちるのを、ただ見ることしか出来ませんでした。ハリスはその事には気づいていない様子です。

「アリス様、この小屋は危険で……」

 ハリスが何か警告しようと話し出したその時、キギィ、と小屋のドアが開く音がしました。ハリスの顔は青ざめます。

「アリス様……まさかロープを?」

「うん、小屋の中にハリスが隠れているかもしれない、と思ったのよ。……何か、不味かったの?」

「え、ええ勿論。大体、中に隠れた人がどうやって外からロープを締められるというのですか! と、とにかく、危険ですからアリス様はここから離れて……」

 ハリスはアリスの肩を両手で押さえながら諭すように言いましたが、しかしアリスの目はハリスではなく、その背後――小屋の方へ向かれていました。彼女の目は見開かれています。

「あっ、ふっ、ふっ……」

 アリスは何かを言葉にしようとして、驚きのためか喜びの為か、それを紡げずにいました。その様子を見たハリスは、ゆっくりと、諦めたように小屋の方を振り向きます。

 そこには、フレディがいました。

 片腕を失った、フレディが。

 フレディはフラフラとアリス達のもとへと向かってきました。アリスもそれに応え、フレディの方へ駆け出そうとします。――しかし、ハリスは腕を掴んでそれを阻みました。

「お、お待ちください、アリス様。あれはきっと、フレディ様のふりをした偽者ですよ。ほら、昨日、フレディ様はアリス様に向けて手を振ってみせたと言っていたではないですか。手を失ったりなどしていないのですよ。危ないですからお下がり下さい」

「そんな……。いや、でも待って、だって私は昨日雪に埋まっているフレディの腕を見つけたのよ。フレディの腕がないのは当たり前……? あれ、じゃあ昨晩私に手を振ったのは誰? 間違いなくフレディだと思っていたのだけれど……」

 アリスは不可思議そうな面持ちです。ハリスは慌てたようにアリスに説きました。

「いやいやいや、ですからあの腕はフレディ様のものでは無かったのですよ。アリス様がフレディ様を思うあまりそのように勘違いしてしまっただけですから」

「私がフレディの腕を間違えるわけないじゃない。それに、ここに三回フレディを目撃していて、その三つのうちの二つが腕を失っているとして一致しているのよ。フレディが腕を失っているとしたほうが信憑性が高いじゃないの。やっぱり、目の前のフレディは本物だわ!」

 そう言ってアリスはフレディのもとへ駆け寄ろうとしますが、ハリスはやはり、腕を掴んで放しません。

「いえいえ、だって昨晩のフレディ様はフレディ様の為だけにサイズを測って拵えたあの服を纏っていたではありませんか。それに王冠もしていた!」

 アリスははっとしました。ハリスはアリスが納得したものと思ったのか、言葉を続けます。

「ですから、アリス様は向こうへ……」

「ちょっと待って……。私、フレディがどんな格好をしていたかなんてハリスに話していないわよね? それに両手を振ってみせた、ということも話していなかった筈だわ。どうして……知っているの?」

 今度はハリスがはっとする番でした。

「それは……」

 ハリスは言い淀むと、再びはっとしてアリスを強く引き、フレディのいた小屋からさらに距離を置きました。

「それは、実は私もフレディ様を見つけていたからなのですよ。だから知っていた、ただそれだけです。私も追おうとしたのですが、逃げられてしまったのです」

「それじゃあ、あなたがフレディを捜す私を探しに来たときの言動と合わないじゃないの。もしそうなら、『アリス様もフレディ様を見掛けなさったのですか』とでも言うはずだし、実際私がフレディを見掛けたと言ったとき驚いてみせていたじゃない! どうして私をフレディから遠ざけようとするのよ!」

 ハリスは、フッと肩の緊張を弛めました。諦めたような、そして思い切ったような表情を浮かべます。

「そこまで分かっておられるのであれば……アリス様を守るためには致し方ありませんね。本当のことをお話いたしましょう」

 ハリスは一拍おいて続けました。

「アリス様のおっしゃる通り、確かに目の前にいるフレディ様は本物です。しかし――、アリス様の知っているフレディ様とは違うのですよ。一年前、フレディ様はアリス様を守るためとはいえ自らの手で人を殺めてしまいました。そのことに、その衝撃に、フレディ様の優しいお心は耐えられず気が狂ってしまったようなのです。

 フレディ様が事件後すぐに姿を消してしまったのは、もしかしたら気が狂ってしまう寸前に、自らの危険性に思い立ったからかもしれません。とにかく、その後私が城外でたまたまフレディ様を発見した時には、かつての面影は微塵もありませんでした。なんと私に向けて虚ろな目で短剣を振り回してきたのですからね。ともかくこのままではいけない、もとのフレディ様に戻さねばという思いに駆られて城まで連れ戻したわけですが……。現在のフレディ様では城の人に怪我をさせてしまう可能性が高かったので、短剣を奪い、その小屋でフレディ様を正気に戻そうと試みていたわけですよ。

 しかしどうすれば正気に戻るか分からず悩んでいたのですがね、ある時ふと大きなショックを与えればハッと目が覚めるらしいという話を聞きましてね、それでやってみることにしたのです。――腕を切り落とすことを。

 しかし折角正気に戻られても腕がないのは申し訳無いですから、雪の日に切断処理を行い、医師に手術で腕をつけ直して貰うまで腐らないよう雪中保存することを考えたのです。まさかその腕がアリス様に見つかり、しかもそれがフレディ様のだと看破されるとは思いもしませんでしたよ。それに折角冷やしていたのにアリス様に掴まれればその熱で腕が治せなくなってしまうかもしれない、と思って本当に焦りました。

 とにかく私は一先ずアリス様から腕を取り返し、もとのように雪中に戻した訳ですが……。このままではアリス様が再び腕を掘り返してしまい台無しになってしまうかもしれない、アリス様がフレディ様が腕を失ったことでショックを受けてしまわれるかもしれない、とそう思い、昨夜の行動をとったのです。

 知っての通り、私はフレディ様と体形は同じくらいですから、フレディ様の着ていた御服を拝借し、暗がりとはいえ顔がよく見えないように冠を被り、アリス様の前に現れることにしました。アリス様には星が綺麗だと別れる前に話しておき、部屋から外を眺めるように仕向けさせて頂いたのです。他の執事に夕食をお持ちするよう依頼して、あとは庭の影からアリス様の様子を窺い、タイミングよく飛び出すだけでした。勿論、両手を振ってみせるのを忘れずにね。

 それで、あとは今日庭のフレディ様の小屋が無い側を十分捜索して頂いて、適当に上手いことを言って終わらせる積もりだったのですが……。予定外にフレディ様の小屋を見つけ、しかも止める暇なくドアが開かれてしまったのですから……、人生何があるかわかりません。

 ともかく、今フレディ様は狂っていらして、大変危険ですからここは私に任せて逃げてください。フレディ様を元に戻すことは命を懸けて成し遂げますので今は……! どうかお逃げくださいませ」

 ハリスはアリスに反論の隙を与えないよう一気に捲し立てました。ハリスはこれでアリスも納得するだろうと信じて疑わない様子でしたが、しかし、アリスは納得出来ませんでした。

「一度もいだ腕をつけ直せる訳ないじゃないの! どうして……。

 ともかく、やっぱり私に原因があるようだから、今ここで終わらせましょう。私たちは兄弟なのよ、話せばきっと分かってくれるわ」

 そう言って、アリスはハリスに微笑みました。ハリスの腕を振り解きます。

「アリス様! お止め……」

 アリスは止まりません。

 アリスは『話せば分かる』とそう信じ、フレディの下へと真っ直ぐ走ります。

「フレディ、フレディ……!」


 アリスの向かう、虚ろな目をしたフレディ。しかしその手には、ギラリと光る得物モノが、強く固く握りしめられていたのでした。



 読んでいただき、本当にありがとうございました。

 今作は冬童話2016に出そうと書き始めて全く時間に間に合わなかった作品なのですが、いかがでしたでしょうか?


 それでは、GNAHAND!

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