いざ! ―百年の因縁―
どれだけ、この時を待っていただろうか。
雪を交えた強い風が、魔術書のページをめくる。高揚で震える指でそれを押さえた私は、そう遠くない空から響く雷鳴のような“奴”の声を耳に入れた。王城の広大な中庭はいたる場所で火を焚かれ、多くの戦士が円を描くように配置されている。そこにいる誰もが、中心に降り立つ存在の来訪を待っていた。
「“災厄”のお出ましだ」
隣で剣を抜いた友が、まだ姿の見えぬ空の彼方に刃を向ける。
王都を覆う黄昏の空は、雪雲を禍々しく朱く染め上げていた。“奴”の鳴き声は徐々に近づいてくる。
ふと目を凝らした私は、空に小さな黒い点を見つけた。
――と、思ったのは束の間。立っているのが困難なほどの風が巻き起こり、何とか体制を整えて目を開いたときには“奴”の巨大な鼻面が、視界いっぱいに占めていた。
その翼を折りたたむ様に、中庭に降り立った“奴”。禍々しい黒銀の鱗に、何もかもを圧倒する強大な体。そのあまりの存在感と重圧に思わず私は、ひゅっと鋭く息を吐き出した。
[人の子よ。我の願いは変わらぬ――猶予の期間は終わった。答えを聞こう]
地響きのような竜の声に、鳥肌が立つ。開いた口からは、灼熱の炎が零れ落ちる様が見て取れた。
百年前。突如現れた“竜”は、幼き王子をその鋭い爪で引き裂き、王に絶対服従を迫った。しかしその場に居合わせた偉大なる魔術師の必死の抵抗に、“奴”は一度この王都を去った。ただ去り際に禍々しい呪詛を吐いて行ったという。
――百年待つ。お前たちにとっては永久に感じる時間だが、我には一瞬のこと。その忌々しい術師が死に絶えた頃、また再び会いまみえようぞ。
我が祖国はその言葉に百年、縛られ続けた。王子を亡くした当時の王は嘆き、恐れ気がふれてしまったと聞いている。我々王宮騎士団も大きく強力にと成長を余儀なくされた。多くの者が嘆き怯え、そして人生を変えた。
「しかしそれもここまで! 私たちはお前に屈服などしない」
私は声高々に宣言し、偉大なる魔術師が残したという魔術書の詠唱文をなぞるように指を滑らせた。
[私を滅ぼさんとするか? 愚かな。百年前つかなかった決着をつけようというのか、笑止]
「かかれ! 祖国を守るのだ」
王都に、百年の因縁を果たす戦いの幕が切って落とされた。
毎度ながらの1000文字規制の短編です。
今回もイラストをみながらイメージを書き出しています。
王道な、ファンタジーですね。ここは捻りを加えませんでした。(加えられるほど文字数が……笑)プロローグみたいになって、割とよかった、です。