最弱勇者と魔物のアジト
入り口は溶岩の灯で良く見えていたが、進むに連れて目の前はどんどん不明瞭になり、とうとう真っ暗になった。
するとすぐに松明の明かりが見えはじめ、洞窟の色は少し穏やかになる。
そしてその松明をたどっていくとだんだん道が補強されはじめ、やがて大きな道に出た。
「おい、帰ったぞ」
「「「「「おかえりなさいバーシバル様!!!」」」」」
バーシバルの声に反応して現れる夥しい数の魔物達。
前列には子供の魔物が多く集まり、それらがバーシバルを取り囲んで抱きついていた。
「み、耳が壊れるかと思った……」
「ねぇこの薄汚い人間誰〜?」
「うすッ!」
「こいつか?こいつは皆の新しい下僕だ。力はないが色んなものを持っているから、便利ロボットくらいに思っていれば良い」
「くれるの〜?」
「もちろん」
「やったー!!」
「やったーじゃねぇ!!!俺を下僕だとそんなのゆるさふぐぅッ!?」
子供の横からの強烈タックルに視界が暗転。
このまま気絶するかと思ったら再度とてつもない衝撃によって強制的に目を覚ませられた。
「ッ!!ッ!!!」
生命の危機に直面し声が出ない。
子供といえど魔物は魔物。普通の子供のパンチでさえ体力が減る俺なのに、魔物の子供となるとその減少量は馬鹿にできない。
いや、馬鹿にできないっていうか、無視できないっていうか、ええと、3発で死ぬ。
「ゴクッ!ゴクゴクッ!!ぶはぁッ、ちょ、バーシバルさん!?助けてください!!助けてくださいよォ!!!」
「無理だ」
「オォイ!!」
「よく喋るゴミだなぁ」
「誰だいまゴミって言った奴は!!下僕だって教えられただろそう呼ばんかクソガキ!!」
「プライドが低いなお前は」
回復薬を常時服用しながらなんとか子供達の攻撃から生き延びる。
とっくにラッキーエンジェルは壊れているが、再度装備し直す暇など全くなく、この小さなふにふにの手に怯えることしかできない。
そしてもう死んだ、と諦めたところでバーシバルが手をパンパンと叩き響かせ、子供達はまたねーと呑気に再開の約束を一方的にして去っていった。
「おい、大丈夫か?」
「……今、生きるの諦めてたところなんで、再起動に時間がかかります」
「弱すぎだろお前」
俺の腕をズルズルと引っ張って、バーシバルは奥へと歩いていく。
「ほら、立たんか若者よ」
「実は僕は過去にもここにいてですね、タイムスリップした時間も合わせるともう何百歳で」
「意味不明なこと言うな、ほら」
「うぎぎ」
なんとか足を震わせて立ち上がる俺。
そしてバーシバルが奥の扉を開けると、そこは大広間となっていた。
「おい、帰ったぞ皆!」
「おかえりなさいませ!バーシバル様!!」
その大広間にどっと集まりだす屈強な男達。
成熟した魔物が波が押し寄せるように詰め寄り、バーシバルと俺の周りを囲んだ。
「皆、人間の下僕を連れてきたぞ〜」
「死ねクソトカゲ!!!!!」
「じょ、冗談だ」
◇
「さて、これまであったことを一旦整理しようか」
昂ぶった心を落ち着けて、俺はバーシバルと机を挟んで対面する。
ワイワイガヤガヤとうるさい大広間の一角、そこで俺達二人と大勢の魔物が集まっていた。
「こいつは地上からやってきたカグラ・タダヒロという人間だ。そして、この者の話ではどうやら、自分とその仲間たちはエレン・バルトロに連れてこられたのだという」
「そ、それは本当ですかバーシバル様!」
「まて、落ち着け。……ああそうだ、大将を呼んでこい」
「え、大将ですか?あいつまだ寝てまっせ」
「叩き起こせ」
「はいっ」
大勢を押しのけてさーっと奥の方へと去っていく男。
そして数分もしない内に無精髭をはやした厳しい男が現れた。
「ウス……なんですかバーシバル様…」
「起こしてすまないな」
「いえ、謝られるような事ではございません…」
「して、こいつに見覚えはあるか」
「うむ……ん?お前は……!」
勢いよく指を刺し動揺する男。
だが、俺もこの男を見たことがあった。
こいつは、まさか……!
「アルティカーナとの戦争のとき、スルトと共にバーシバル様の『ヘル』を破った人間だ!!」
「「「「「何ィィィィ!?」」」」」
こいつはアルティカーナの戦争の時、魔物勢力の総大将だったマガラ・グラズストーンだ。
シェイミーさんと互角の戦いを繰り広げ、バーシバルを召喚したあの戦争の諸悪の根源。
こいつのせいでアルティカーナとアダラクトスの戦争が始まったと言える最低野郎だ。
「あーってめぇ覚えてるぞ!マガラ・グラズストーン!!お前のせいでこっちは無駄死にしかけたんだ!!どうしてくれる!!」
「知るか!!こうしている間にも俺達の同胞がどんどん死んでいくんだ!!貴様のようなクソ人間に何かしてやる暇などない!!」
「まて、落ち着け二人共。それはもう過去の話だ。魔物も人間も損害は大したこと無かったろう?今はそれより話すべきことがある」
「で、ですが死んでしまった仲間がいることは確かなのです!」
「そうだ!こっちだって大勢死んだ!総量が多いから少なく見えるだけで、人間は百人以上……」
ここから先は声にならなかった。
気づいてしまったからだ。総量が多いから百人死んでも少なく見えるだけ……つまり魔物は、総量が少ないのだ。
過去にすでに何千、何万と死んで、ここにいる数は精々数百人程度だろう。
それに対してこんな言い方をするのはあまりにも思慮が浅すぎる。
酷い言い方をした。それを謝ったりなんたりすることはできないから、黙るしかない。
数百人死んでも、魔物の悲しみには何も言えないのだ。
だって、少ない犠牲だから。
「……ふう、その通りだ。互いに尊い犠牲だった。特に人間側の被害はほぼ我によるものだろう。すまなかった」
「う、いや、良いんだ……」
「だが、何度もいうが今はその話をするときではない。これを見逃しては、後に我々魔物にとって、そして人間にとっても大きな問題となるだろう」
「……分かりました。我々の秘密基地に人間がいることは置いておきましょう。して、なんですか、その問題とは」
「とうとうバルトロ教団が動き出した」
「ッ!!」
全員が息を呑む音が聞こえた。
俺も自然と背筋が伸びる。
「先程も言ったがこいつはどうやらエレン・バルトロと思われる少女に連れてこられたらしい。なんでもシャンバラを助けてほしい、とか理由をつけて、こいつとその仲間をシャンバラに誘い込んだ」
「それは確かにエレンなのですか?」
「うむ。そこは我も疑問に思ったが、どうやら間違いないらしい。こやつの魔眼がそう判断したようだ」
ま、魔眼だって……照れちゃうなあ。
こんな、正直付け方がわからなくてアイテムボックスに放っていただけのものを、付けることができただけで魔眼だなんて、いやぁ。
「殺すぞ」
「なんでですか……」
「しかし、エレンの目的は何でしょう。わざわざ単独で行動などして、こいつを捕まえるだけ?こいつに何ができるというのでしょうか」
「カグラ、貴様ここへはどうやって来たのだ」
「え、いや……覚えてる?」
「何をだ」
「前の戦争の時、アダラクトス側の兵器でシュバルツというものがありましたよね?細かな説明は省きますけど、それに乗ってここまで来たんです」
「ッ!?」
「ふむ、なるほどなあ……もちろん、お前につきまとっていた子供もいるんだろう?」
「つきまとっていたって、ああ、マナーのことか。勿論いる。むしろつきまとっているのは俺と言える」
「面白いやつだなお前」
くく、と笑いながら息を吐き、バーシバルは背もたれに身体を預けた。そして決まりだと言わんばかりに頷いて、口を開ける。
「狙いはそこだろうな。シュバルツの強力な電力と、炎の壁による制御。それで奴らは魔神ギラを復活させるつもりだ」
「シュバルツならあのデカブツの膨大な消費電力を補うことができるでしょう。起動には申し分ないはずだ」
「ですが、炎の壁がいるとは聞いていませんぞ!」
話が一気に動き出し、ついていけず困惑する俺。
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。ギラは確かに巨大な機械だ。あれを動かすのにシュバルツを使うというのは納得できる。だけど、なんでマナーが関係するんだ?それに、炎の壁って……」
「あの子は炎の壁に選ばれた者だろう。間違いない。初めて見たときから気づいていたよ」
「だから、それがどうギラに関係するんだって聞いてるんだよ!」
「魔神ギラの起動に必要なものは大きく分けて2つ。一つは膨大な電力。あの巨体を動かすのにここの発展途上の貧弱な電力では物足りない。そして、一つ。それは炎の壁の血液だ」
「なっ!?」
それってつまり、マナーの血液ということか?
マナーを、奴らはどうするつもりなんだ?
机を殴りつけ立ち上がる。頭が沸騰して冷静な判断なできなくなっているのを感じていた。
じんじんと打ち付けた腕が痛みだす。HPも幾分か減っているだろう。
だが、そんなことは今はどうでも良い。
エレン、お前は一体何者なんだ。いきなり俺たちの前に現れて、シャンバラを助けてくださいだって?
今になって怒りが湧き上がってくる。
「より正確に言うなら炎の壁の力だ。魔力に宿るその力は、血液から抽出するのが一番手っ取り早い」
「殺すのか……!?」
「さあ、そこまでは分からない。ギラの起動にどれほどの血液が必要か分からないからだ。少量で済むかもしれないし、一人分必要なのかもしれぬ。ともかく、黙って見ていられる状況ではないのは確かだな」
「畜生ッ!!」
今まで、俺達は踊らされていたわけだ。
もとからエレンはマナーを知っていて近づいた。そしてペットモンスターになったふりをして俺たちをここに連れ込んだ。
シャンバラの上空を飛行させて、ギラに落とされて牢屋に入れられて、脱獄するまで。
こうしている間にもどんな危険に巻き込まれているか分からない。脱獄したと思いこんでいるだろうが、周りには監視をする教団の連中がいくらでもいるに違いない。
すべて、計画の内だった。
「どうすれば良いんだ、ここままじゃ、マナーが死んでしまうかもしれない。マナーが……」
「まあ落ち着けよ」
「落ち着くことなんてできるか!仲間が死ぬかもしれないんだぞ!俺の、命よりも大切な仲間なんだ!!」
「落ち着け若造!!!」
「ッ!?」
突然の大声に、驚いて声が出なくなる。
強力な魔力の風が吹き荒れて、俺たちの間を吹きすさいだ。
「……安心しろ、我らがこの状況を無視するわけがないだろ?ここは魔物の最後の聖地。シャンバラの危機は我らの危機ぞ。つまり我らは__」
バーシバルが笑って答える。
「__貴様の味方だ」
俺は、それからバーシバルに中途半端な敬語を使うことをやめた。
仲間だと信用することにしたからだ。




