最弱勇者と逃走
「出たな」
「ッ!?」
突然巻き起こる強烈な突風に、俺の視界は反転した。
そしてそのまま地面に落ちて……あれ、落ちない。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
いつの間にか現れた巨大な翼を使って俺と共に急上昇したバーシバル。
どんどん遠ざかっていく地面に恐怖を覚えながらも、下の人混みでは誰一人吹き飛んでいないことを確認して不思議に思う。
「翼を使ってはいるが、これはどちらかというと浮遊魔法に近い。故に狙って当てた貴様と奴以外風の影響を受けなかった」
「奴って誰のことすか!?」
「貴様の足に付いているものだ」
「ッ!」
足を見ると、正確には足の先、つまり何かの糸のようなものに掴まって俺達についてくる奴がいた。
エレンだ。
「そうだ、エレン!俺を助けるためについてきたのか!?……そこまでしなくてよいのに」
「お前のためじゃないから!ご主人様のためだから!勘違いすんな!!」
「カグラ、エレン・バルトロを知っているのか?」
「えっ?」
「目の前にいるそいつだよ」
目の前にいるそいつ、そう言われて前をよく見る。
俺の視界には巨大な洞窟にある地下街と、俺の足を千切ろうとしているに違いない、糸をばっこり全力で引くエレンの姿。
目の前にいるそいつって、エレンのこと?
「シャンバラを牛耳っているバルトロ教団。その最高指導者の名だ」
「えっ!?」
「テメェ!!」
エレンが俺の足についた糸を思い切り引っ張って、俺を乗り越えバーシに飛びかかった。
「私に喧嘩を売ろうというのか若造が」
「なめんなよ……!」
エレンは勢いのまま飛び蹴りを放つ。
しかしバーシバルはそれを片翼で軽々受け止め、黒い魔力とともに打ち返した。
「クソッ!」
「ちょ、ぐおおおお痛ええええええ!!!」
弾力を持った糸は吹き飛んだエレンを引っ張りまたも戻ってくる。
その際糸を支えていたのは無論俺の足であり、固形回復薬を常に咥えていなければ死んでいただろう。
エレン許すまじ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれエレン!!バーシバルも!!」
「駄目だ。奴め、何が目的だ」
「黒竜!!そいつを離せ!!」
「フン、威勢だけは良い」
バーシバルが口を歪ませ、端にチリチリと炎を滾らせ始める。
そして丁度俺を挟んで衝突するという瞬間に、俺をグッと引き寄せ顔の真横で大口を開けた。
ゴォッ
強烈な炎を直視できず、俺は急いで反対を向く。
後頭部で轟音を立てるバーシバルに恐怖し心臓が飛び回る。真横で火柱が飛び出しているというのに熱は感じず、ただ高速で減り続けるHPバーが減りきらないように注意することしかできない。
火柱__黒炎はエレンを塗りつぶすように呑み込み、一瞬にしてあたりを赤く照らす。
その自体に流石に何かを感じたのか、下にいる魔物達がざわざわとどよめき立つのを感じていた。
「こ、殺したのか……?」
「……いや」
目を焼かないよう気をつけて、薄目で前を見る。
するとその時俺の目の前にあった黒炎が膨らみ、何かの衝撃によって爆ぜた。
「なっ…」
「『撃ち落とし』ッ!!」
いつの間にか持っていた槍を回転させ、炎からエレンが飛び出した。身体中を焦がしながらも、その影響は本体には見られず、服が燃えている以外はむしろ無傷のようにも見える。
そして強烈な衝撃をもってエレンの振るう槍はバーシバルに直撃し、彼女を撃ち落とした。
「これは……封印かっ……」
「だ、大丈夫かバーシバル!!」
「済まない、力を一時的に封印された」
バーシバルは俺を掴んだまま高速で落下する。
て言うか離してくださいよバーシバルさん!これ間違いなく死ぬでしょ!?
助かる気しないんだけど大丈夫これ!?
「案ずるな、下敷きになってやる」
「……いいんすか」
「少しも反対する気はないくせにそんなこと聞くんじゃない」
「ごめんなさい」
「よい、とにかく、聞きたいこともあるだろう。大丈夫だ、落ちたあとを少し任せるが、それを乗り切れば聞きたいことは全て教えてやる。なるべく落ちて悪くない場所を選んでやるから、頼んだぞ」
「は?」
「逃げろってことだ」
その瞬間、途轍もない衝撃と共に、俺の視界は降下を止めた。
しかし不思議と痛くはない。どうやら何らかの建物に落ちたようで、木製の骨組みがクッションになったようだ。
……なるのか?クッション。
「早く、逃げろっ」
「はい!」
魔法でも使ってくれたのか本当に無傷で墜落した俺は、立ち上がって走り出そうとした。
その瞬間俺の顔の真横を炎が横切る。
「馬鹿者ッ!!我を連れて行かんか!!」
「マジすか!?む、無理ですよ俺力弱いんです!」
「なんだと貴様!この程度の女子の身体も担げないというのか!!」
「そんなこと言ったってその身体偽の体でしょ!絶対質量は変わらないでしょ!てかマナーも持てないし……」
「なんとかせい!貴様連れさられるぞ!!!」
「無茶言わないでよっ!何にですか!?」
「バルトロ教団にだ!!」
驚いて周りを見渡すと黒いローブを着た不気味な連中が俺達を取り囲んで槍を向けていた。
その中心、俺の目の前からエレンが息を切らしながらゆっくりと現れる。
「ハァ、ハァ、やっと追い詰めたぞクソ野郎。カグラ、おとなしくこっちに…」
「神殿発進!!」
「!?」
恐るべき速さで神殿を取り出した俺は、すぐさま魔力を送り込み発進させる。
「おい!あれを止めろ!!」
「ゴーゴー!ゴー!!」
ちゃっかりバーシバルの右手にハンドルを持たせて魔力を増量させる。
これによって変わることは弾の攻撃力とその弾数。
そして、速さだ。
「俺のとは比べ物にならない速さっ!これが『神殿』の実力フゥゥゥゥゥゥ!!」
「お、おい!ちゃんと前を見んか!!おい!」
俺の鮮やかなドライビングテクニックによって、シャンバラの建物に一切傷をつけることなく進んでいく。
なんだかさっきからドンドン音がなってうるさいが、神殿自体はバリアが張ってあるから安全だし轢いてるのは全部フード被ってる連中だから安心である。多分。
「どこに向かえば良いんですか!?」
「とにかくまっすぐ進めば良い!それだけしていろ!」
「分かりましたー!」
全速力を保ちつつそのまま街を駆けてゆく。神殿自体そこまで大きいものではないので周囲に与える被害は大したことないのが幸いだ。
それでも周りのものにぶつかったり避けたりしながら進んでいくと、目の前に良からぬものが見えてきた。
あれは、崖だ。
「が、崖ですっ!バーシバル!崖が迫ってきたぞ!」
「良い!突っ込め!!」
「ほんとに良いんですか!?」
「大丈夫だ!安心しろ、我を信じろ」
信じろ、と強い意志を持って言われ、俺は何も言えなくなり唾を呑む。
そして意を決して前を向き、自らを奮い立たせるように叫んだ。
「突っ込めえぇぇぇぇぇ!!!」
◇
「ギャァァァァァ!!」
__な、大丈夫と言ったであろう?
「こいつに乗ってなかったら死んでましたよ馬鹿ヤロウ!!!」
下に広がっていたのは血のように赤い溶岩の海。
神殿に乗っていたからなんとか助かったものの、機構が故障しバリアーは消失。
沈んでいく神殿から慌てて跳び出て、元の姿に戻ったバーシバルが足場になってくれて事無きを得た。
「ひいいいい……熱いいいい……」
__大丈夫だ。すぐ楽になるぞ。
「なんか怖いなその言い方!!」
巨大な鱗の上に座って数分。
岩石の壁と溶岩の噴出口しか見えなかった視界に、何かが現れた。
「洞窟……?」
__ああ、そこに入ればもう安心だ。我の主人達が出迎えてくれるだろう。
「え、それって…」
だんだん浅瀬(?)になってきたのか、身体が溶岩から出てきて足をつき始める。
そして洞窟前の小さな足場に立ち止まって、俺をそっとおろした。
__ここが我等、『亡国の魔物』達の本拠地……
少女の姿に戻る。
「『シャンバラ・カタコンベ』だ」




