最弱勇者とギルド
林を抜けるとそこは街になっていた。
焼けた肉の香りと、ガソリンのような燃料の香り。
ガヤガヤとうるさいそこは一瞬たりとも音が消えることはなく、絶え間なく何かしらの騒音や足音、話し声、笑い声が鳴り響き街の雰囲気を明るく彩る。
水蒸気が俺の顔を撫でる。
そのいきなりの噴出に驚いた俺はほんの少し飛び上がり、そして隣をちょっと見て、何事もなかったかのように歩き出した。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「ここが我等の最後の楽園。シャンバラだ」
バーシバルが俺の顔を見ることなく言う。
それに対して俺は若干顔を赤らめながら、出てきたであろうコントロール城を見上げた。
コントロール城……ね……
頂上に鎮座する人型の巨大物体。
その身は銀色に輝き、赤い線がいくつか走っている。
関節に当たる部分には重厚で複雑な作りの機械が顔を覗かせており、その特徴がこの人型が本来どういった効果をもたらすものなのかを用意に想像させた。
『魔神ギラ』
いや、俺達にはもっと慣れ親しんだ名前がある。
正式名称『ギラ・ゴーレム』
それは、ランキング一位ギルド『マスターワールド』の本拠地、カントロル城を守っていた防衛設備の一つであった。
「……ん?どうしたんだ、城なんか見上げて」
「いや……気にしないでください」
『自由な世界』において、プレイヤーは全員始めた瞬間から冒険者の称号を持っている。
目が覚める場所はランダムで、大抵は近くに人の住む場所がある地点からゲームは始まるのだが、どこであろうと冒険者で始まり、例外はない。
そして、そんな冒険者たちが集まり作り出した仕様にはない後天的な組織、それがギルドなのだ。
ギルドとは言うものの、本物のギルドのように商人系の冒険者が集まって組織的に経営をする者達もいれば、トレジャーハントや魔物退治を生業とする冒険者がもしもの時の保険として作るただの被害分散のための寄り合いだったりもする。
そして、ギルドランキング。
不定期で行われる大型イベントにおいて、そのイベントの攻略にどれだけ貢献したかという採点方法で発表されるこのランキング。
その毎回一位こそが、最上位ランカーカントロル率いる『マスターワールド』なのだ。
マスターワールドは大砂漠ギラを拠点として、巨大な通商ルートを展開。
ギラに俗に言うカントロル城を建設することによりギラの迷宮、『風の谷』を支配し、カントロルのペットモンスターであるバーリットの能力によりサハラの内部構造を完全に把握。風の谷にしか存在しないレアアイテムなどを市場に出回らせることで巨万の富を築いた超巨大ギルドなのである。
カントロル城の名は時間の経過によってコントロール城と名前を変えたようだ。何百年も経っているというのだから仕方ないだろうが……そんなところにまで時間の影響が出るとは、すごいクオリティだ。
イベントを専門にモンスター退治しかしてこなかった俺のギルドとは違い、市場やら土地やらを正に王の如く支配していったマスターワールドとは圧倒的な差があり、まず俺とカントロルでは支配者としての格が違ったように感じる。
ネット上でもひしひしと感じるその圧倒的カリスマと戦略にマスターワールドは急激に発展。もちろんイベントにおいてボスモンスター討伐への貢献度も高く、マスターワールドは最強のギルドとして名乗りを上げた。
「ギラ・ゴーレムはカントロル城の最終兵器……やっぱギラの鎖はあいつから出てたんだな」
マスターワールドと俺のギルドは仲が悪かった。それは単純に一位と二位という順位差からくるものであり、特別カントロルと俺に何かあったわけではない。
幾度となく挑戦しては俺達は痛み分けで終わった。
一位のカントロルと二位の俺。
現実と幻想の地位は反比例している、と、四回目の挑戦後の反省会で思ったものだ。
カントロル本人も相当なゲーマーのはずだ。ログアウトした瞬間を見たことがないから、きっととんでもないニートに違いない。
だが、一体なぜ俺は他のプレイヤーと出会わないのだろう。
間違いなく現実世界ではリニューアルされた『自由な世界』がプレイされているはずなのに、何が起こっているのだろうか。
考えても、分からない。
「さあ、ついてくるが良い。今日は私が面倒を見てやるから、すこしだけ観光でも楽しむと良い。だがそれが終わったらすぐ出ていくんだぞ」
「え、何でですか?」
「何故ではないだろう。ここは魔物の国ぞ。本来人のいて良い場所ではない」
「でも、俺……俺達は連れてこられたんです。ここの住民に」
「なんだと?」
「俺達は風の谷で道に迷って、バーリットを見つけたんです。知ってるかは分からないけど、バーリットは風の谷の道を把握している魔物……いや、モンスターか?」
「知っている。風の谷を知り尽くした蜘蛛の魔物だろう」
「そうです。それで俺達はバーリットの導きに従って歩いていった。そして、連れてこられた場所がここなんです。バーリットはちょうどアンタみたいに人間に変身して、俺達にシャンバラを救ってほしいと頼んできた」
「……それは」
バーシバルは少し目を見開いて、すぐに落ち着いて顎に手を当てる。
「何やら、不穏な予感がするな」
「……え?」
「バーリットに人に変化する能力などない。それを使えるのはごく一部限られた魔物のみだ」
「それは……いや、でも、あれは間違いなくバーリットでした」
「何故分かる」
「解析レンズの効果です」
俺は目を指で開けバーシバルに眼球を見せる。
きっとバーシバルにはカメラのような動きを見せる俺の瞳が見えているだろう。
俺も鏡で初めて見たときは相当キモかったのを覚えている。
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名前:バーシバル
別名:黒竜
種族:祖龍
Level:測定不能
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解析レンズが勝手にバーシバルの素性を解き明かす。
とはいえ名前と種族が分かったくらいで他は何一つ分からないのだが……もう少しどうにかならないのだろうか。
と思っていたら突然視界に意味不明な情報が乱立し(それは主に数字のみで構成される謎の文字列なのだが)やがてほんの少しの痛みと共にソレは治まり、視界に一つのカーソルが残った。
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ユニークスキル:黒竜の咆哮
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「なるほど、その目は言わば魔眼とも言えるモノのようだな」
「……あ、はい。そうです、こいつでバーリットの種族を特定しました」
ユニークスキルなんてものが見えるようになるとは、これはなかなか優秀になってきたようだ。
ユニークスキル【黒竜の咆哮】
黒竜と言われるバージバルのみが操ることができるこの能力は、咆哮を起点として周囲に魔力を放出した後、それらを素材として新たな魔物を創り出すという離れ業である。
通常、魔神と呼ばれるある種『自由な世界』の機能とも言える存在から手を借りて魔物は生まれる。
二人の魔物が互いの魔力……つまり身体の一部を重ね合わせ、その後『魔神の手』と呼ばれる特殊な魔力が降りかかることによって子は身体を形成し安定する。
3つの要素が揃わないと生まれない魔物の創生を、バーシバルは一人で行うことができるという事だ。
それはもちろん神にも迫る能力。
黒竜と恐れられる由縁は、これが大きなウェイトを占めていた。
「となると、必然的に可能性は一つしか残らない」
落ち着いた様子で道の中心に立ち止まる黒竜。
街の喧騒が耳に入らなくなり、まるで映画のワンシーンのようにこちらを振り向いたバーシバルを、俺は……そう、スクリーンの外から観るように、どこか現実味を失いそれこそ映画を観るように、その台詞を待った。
「そのバーリットとは、おそらくバルトロの__」
「やっと見つけたぞゴミクズがぁ!!」
「ギャァァァァァ!!!!!」
バーシバルの台詞を遮り、俺の背骨を折らんとする勢いで突っ込んできた謎の物体。
それはついさっきはぐれたばかりの、生意気蜘蛛女エレンだった。
 




