最弱勇者と亡国
マイペースに、されど魔物であるエレンにさえ拮抗するようなスピードで走っていたマナーの後ろから、大声とともに誰かが走ってきた。
「おいなんでいなくなるんだ貴様らは!」
それは額に汗をベットリとかいたリードだった。
その後ろにはラウラもいる。
「少佐……なんでついてきたの?」
「エレンがいないと私達はここから出られんのだ!仕方ないだろう!!」
「そんなこと言われても困る。ただ私達はカグラを探していただけ」
「ぐっ……確かに、カグラがいないのはおかしい!さっきの煙幕から抜けたときにはいなかったからその間に何かあったのだろうが、うおおおお!?そんなことより!!」
立ち止まらず全力で走りながら後ろを振り向くリード。
「なんでこんなものに追われているんだ私達はぁぁぁあ!?」
逃げる彼らを潰さんと襲いかかる大岩に、リードはとにかく叫んでいた。
◇
「コントロール城は遺跡であり本物の城の機能を果たしてはいないので、今はただの危険な場所です」
「危険すぎるだろ!!」
目の前に行き止まりの壁が迫りもう無理だと思っていた時、どうせ死ぬなら最後まで足掻こうと壁に突進した彼等の前に広がっていたのは、今まで走っていた通路とは違う全く別の通路だった。
「まぁ私はここの罠の仕組みを知っているので怖くはありませんでしたが、よく初見であれを切り抜けられましたね」
「先に言え死ぬところだったわ!!」
「はぁ……まさか壁をすり抜けられるとは思いませんでした」
ラウラが膝に手を当ててしゃがみ込んで、エレンを見上げる。エレンは流石は魔物といったところか、息一つ乱すことなく周りをキョロキョロと見渡していた。
そして一様に一息ついて胸をなでおろしている横で、不機嫌な顔をした少女が一人。
「最悪。あんなものに追いかけられていたお蔭でカグラを見失った。酷い」
「大丈夫ですよ、見つかります」
「てきとーなこと言わないで」
項垂れて落ち込むマナーにエレンが駆け寄る。
他の誰もいない静謐な空間に、なんとも気まずい空気が漂った。
「……任せてくださいご主人様。私はホロトス家を継ぐ者、カグラさんは私が必ず見つけてみせます」
「そんなこと、できるの?もう気配も匂いも感じない」
「匂いとかでも探せるんだヤベー」
「お静かにリード少佐!大丈夫です。すぐに見つけてご主人様の元に連れ戻ってみせます」
どこで出したかいつの間にか蜘蛛の糸に絡まれて繭のような形で沈黙しているリードを踏みつけ、エレンは声高々と宣言する。
「この道をまっすぐ通って行ったら遺跡の外に出られます。その際、誰の目にも、特にローブを着た者には見つからないように気をつけてください。では」
身体を蜘蛛に変えてサササと走り去っていくエレン。
その後ろ姿を見届けて、ラウラとマナーは歩きはじめた。
(おいっ!!私は!?私をおいていくな!!おいっ!!!!)
◇
「トロンが……滅んだ?」
「あぁ、勇者達の侵攻でトロンは滅んだ。我もその場にいたが、それはそれは凄惨な光景だった」
信じられない言葉を聞いて、俺はあんぐりと口を開ける。
信じられない、まさか、トロンが……
「だ、だけど、スライムとか、ウルフとか、まだまだいろんなモンスターがそこら中に……」
「何を言っている。そいつらは魔物ではない、動物だ。魔力で構成される魔物や妖怪とは違う、しっかりと血の通った生き物達だ」
「……そんな設定……知らなかった」
「設定?」
「い、いや、なんでもないっす。なんでも……」
あぶない。この世界がゲームの世界であることは俺だけが知っている。しかしこの世界に生きる生き物たちにとって、その台詞はあまり気の良いものではないだろう。口を慎まなければ……
「トロンに、そんな事が」
魔王国トロン。
五大都市の一つ、『ファフニール』を保有する国にして『自由な世界』最大の大国。
魔物のみが暮らす魔物の国であり、種族的な能力からくる高い知能、強力な肉体、膨大な魔力等、その圧倒的な実力差をもって事実上世界の国々の中心的立場を持っていた最強の国だ。
俺が『自由な世界』をプレイしているときも何度もトロンと戦ったのを覚えている。
魔軍将の実力は高く、当時トップランカーだった俺が相当苦戦させられたことは忘れることはないだろう。
最後の大型イベントではなんとかプレイヤー側が勝利を納めることはできたが、それでもトロンが消えるなんてことはなかったし、俺達の被害も尋常ではなかった。
結局その後のアップデートでバグが生まれ、まともにプレイできなくなってしまい『自由な世界』は一旦終わったが、まさかこの現状がカセットを作り直してまでした新アップデートの内容だと言うのだろうか。
「しかしさっきも言ったがこれはもう何年も前の話だぞ。人間のお前がここまで驚くのはおかしいような気がするんだが」
「何年もって、具体的にどれくらいの長さなんですか?」
「ふむ……二百年ほど前、だったろうかな」
「二百年……!?」
それでは本当に訳がわからない。
もし最後の大型イベントでの俺たの活躍でトロンが結果的に滅びてしまったのだとしても、二百年もの期間が空いていれば、スルトもリード少佐もいるはずがない。
スルトはあの時トロンの支配下に置かれていたシドラクトの兵士として登場し、散々俺たちを苦しませていたし、リード少佐だって同じように支配下に置かれていたアダラクトスの兵士としてシュバルツに搭乗していた筈だ。
最強の人間であるスルトならばまだ分からなくもないが、リード少佐が二百年も生きられるはずがない。
でもリード少佐はピンピンしていたし、スルトもゲームで見た時は顔はよく見えないようになっていたが、それ以外、例えば髪の色とか使う魔法は変わらないままだ。
まさかただただトロンは滅んだ国ということになってしまったのだろうか。新しいカセットによるアップデートで、なかったことにされた?
そんなガバガバな設定、あのゲームで起こるはずがない。世界観もストーリーもきっちりできていた。臨場感あるイベントに何度も感動させられた。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。ほんとにどうなってんだ、『自由な世界』で何が起こっている?
そもそも俺はなんでここにいる。
いったい……
「そ、そういえばその光景を見た、と言っていましたけど、どんな光景だったんですか?」
「悪夢のようだったさ。勇者との戦いで疲れ切っていた魔物達に、光の柱が雨のごとく降りかかった。その後勇者は一人残らず消え去り、あれは勇者達の最期の攻撃だと知ったよ。途轍もない恨みと遺憾を残したが、もう動けるものはいなかった。人間の勝利だった」
「バーシバル……さんはどうしたんですか」
「ふん、呼び捨てで良い……我はあの戦いには参加していない。他の祖龍達も一緒だろう。そもそも我らは貴様らの戦争に干渉したりしないし、余り戦いを好まない。故に貴様に嫌悪もない。風の民のようなものだ、人間に恨みを持たない魔物は珍しい」
光栄にも呼び捨ての権利を得たとは良いとして……俺たちの最後の侵攻で、人間側はついにトロンを押し返すことに成功した。
そして聖地マナに魔力を送り込み、全プレイヤーの魔力が注ぎ込まれた光魔法『リバーサル』をトロンに撃つところで最後のイベントは終了。
俺達の戦いは終わることとなる。
その瞬間ゲームは進行不可となり、バグが発生。
確かにこの流れなら辻褄があっている。俺達が撃った魔法が、トロンを撃ち抜いたのだろう。そして舞台は二百年後の世界。
そこにトロンはない、と。
そういうことなら納得がいく。
心機一転ということなのだろうか、『自由な世界』もゲームとして新しく生まれ変わったのだろう。
リード少佐についてはよく分からないが、シュバルツの搭乗者として先代から名前を継いだだけの別人かもしれない。
プレイヤーは彼等と会話することはなかったのだから。
少し納得が行かないが、納得するしかない。
トロンは、俺達が滅ぼしたんだ。
「確かにそういう話はよく聞きましたね。前の戦争の時も、魔物の勢力がどうこう言ってましたし」
「そうだな、あれはほぼ残党だ。軍隊と呼ぶには少なすぎるが、グラズストーンはよくあれだけの魔物を揃えたものだ。今では魔物を見るのも珍しいというのに、大した努力だと思うよ」
腕を組んでうんうんと首を縦に降るバーシバル。
トロンの魔物達には申し訳ないが、俺もこの世界に入ってしまった者として、ゲームだったからと滅ぼしたことを無視してはいけないだろう。
そのことを感じながら、この世界を歩いていこう。
こう現実でしっかりと当事者に話を聞くと、罪悪感を感じてしまうのはどうなんだろうな。
ゲームをやってるときは勝てた優越感しかなかったのに、こう目の前で話を聞いて気分が悪くなるのは少しダサいなと思う。
いかにゲームの中の自分というものが楽な存在なのかということを実感した。
「まぁ、こんなところで長話は良くないだろう。貴様はどうやら何者かに追われているようだし」
ちら、と上を向いたバーシバルさんの視線の先で、小枝がガサリと音を立てた。
振り向いたときにはもう誰もいなく、俺は少しゾッとする。
「ついてこい。我等の住処へ案内しよう」
頼もしく笑ったバーシバルさんの横に付いて歩く。
いろんなことを知っていまだに頭が混乱しているが、大丈夫だ。
地面を踏みしめて現世を思い返す。
残したものが無いわけではないし、俺は帰らなくちゃならない。
だってほら、今ちょっと足くじいただけでHPが10しか残ってない。
一気に現実に戻される感あるよね、これ。




