最弱勇者と洞窟にて
「当面の目標は、ここから出ることです。まずそれができないと何も始まらない」
新たなストーリークエストのマークを確認して数秒後。
ラウラさんの『どうやってアダラクトスに帰りましょうか』という台詞によって話し合いは始まった。
「シュバルツで天井をぶち破っていってはいけないのか?」
「そんなことをしたら天井の重量で押しつぶされて二度と動けなくなりますよ?ここの砂漠に押しつぶされて、それでも動けるほどシュバルツは馬力があるんですか?」
「むむ、それは、やってみないとわからないが」
「そもそも滑走路がありません。どうやって飛ぼうとしていたんですか?」
「それは、ほら、自動飛行補助機能でちょっとだけ浮けるし、そいつでドーンて……」
「それでいきなり天井落ちてきても対応できるんですか?」
「なるほど……」
気を取り戻したリードさんとその横で小言を言いつつ喜んだ顔をしていたラウラさんを眺めて数分後、俺達はこれからのことについて話し合っていた。
もしかしたらシュヴァルツなら土を持ち上げて飛べるかもしれないが。
「幸いなことに俺の仲間のマナーがバーリットを仲間にしてきました。こいつさえいれば迷うことはないでしょう。出ることに時間がかかっても、いつかは出られる」
「え、うわっ、どこから湧いてきたのだこの魔物は。ていうかこの少女も」
「間違っても攻撃しないでくださいね。こいつは魔物ですが味方です。マナーは俺の娘です」
「なるほど……」
どこか要領を得ないリード少佐を置いて、ラウラさんに視線を向ける。
「ところで、お身体は大丈夫ですか、ラウラさん。ここに不時着したときに怪我をされていたような気がしますが」
「カグラさんからもらった傷薬でピンピンしてますよ」
「良かった。では、少し作戦が」
「まって、なぜ先に私の体調を気にしたんですか?その作戦絶対危険でしょう」
俺は周囲の意見を無視してシュバルツを指差す。
この状況で、全員でシュバルツをおいていかないでギラを抜ける方法はこれしかない。
「リードさん。シュバルツは強いですか」
「無論、強い。単機の能力としてはアダラクトスでも随一の性能を持っている」
「オッケー、なら行けますね」
「……私に何をさせるつもりだ」
「何をも何も、今までしてきたことをするだけですよ」
「だが、ここではシュバルツを飛ばせないんじゃないのか?」
「そのとおりです」
「ならどうしろと……」
俺は立ち上がってシュバルツに近づく。
そして衝撃で出っぱなしになっている『それ』を指さして言った。
「飛ばなくて良いんです。こいつで、走ってくれ」
◇
「うおおおおおおおっ!?」
岩を削り押しのけ、大砂漠の地下をそれなりに大きい鉄の塊が高速で走っていた。
「魔法壁が生きてて助かりましたねっ」
「シュバルツはどこも故障していないっ!!じゃなくて、アホかお前は!!」
俺が考えた作戦は、魔法壁を張ったシュバルツに全員で乗って、その強力な動力機関で突貫するというものだった。
作戦と呼んで良いのかわからないこの作戦は、案外上手く行ってギラを駆け巡っている。
「こんなことをして天井が落ちてきたりしないのか!?」
「いや、落ちてきますけど」
「しょ、少佐!言ってる間に天井が落ちてきましたよ!!」
「ぐおおおお畜生ーッ!!!」
シュバルツがレーザー砲を展開して落ちてきた岩石をかき消して行く。
時に低空飛行。時にミサイル。時に機関銃。
リード少佐の操縦技術は強烈なものだった。
「さっすが……これがシュバルツ搭乗員の操縦技術……」
「舐めるなよ!これぐらいできて当たり前だ!!」
ゴッ!
「ッッッ!!??」
興奮したリード少佐の頭突きを食らって悶絶する俺。
ラッキーエンジェルはフレンドリーファイアでも無くなるんですねえ。
知ってたけど。
「ん!?どこかへ抜けるぞ!」
そしてシュバルツは巨大な谷のある場所に入る。
上には依然岩でできた天井があるが、それでも大きな進展だ。
「よしっ、シュバルツが飛べた!!次はどこに向かえば良い!!」
「俺たちは思ったより深いところにいるみたいですね……バーリットがまだ上を指さない」
「なんだと、まだ下にいけと言うのか!?こいつホントにここの地理が分かるのか?」
「マップが内蔵されているはずなんですけどね……おかしいな」
でも今はこいつに従って行くしかない。よく分からないが、このまま上に行ったら良くないことが起こるのだろう。
頼れるのはバーリットだけなのだ。
「仕方ない、このまま下るぞ」
「お願いします」
俺とリード少佐はそんな感じで話し合いながら洞窟を抜けていく。
ようやく一旦落ち着いたので腰を下ろしていると、後ろで何やら話し声が聞こえた。
「それで少佐は『これはお前と二人で勝ち取った勝利だ』なんて言ってね……」
「キャーッ!それで、どうなったの?」
「そ、それでですね、その、大切な勲章を2つに割って……」
「わー!」
ガールズトークを初めてやがった。
マナー、いつの間にそんな乙女に。
「そんな広くないんだから全部聞こえますよ」
「えっ!?」
見るとリード少佐は操縦に集中しているようで聞いていないようだ。
視線を向けられてやっと気づいたのか、ほんの少し目をこちらに向けた。
「何だ?」
「何でもありません、前を向いてください」
「なんなんだ……」
釈然としない様子で前に向き直るリード少佐。
もしかして無自覚系かこの男。
ぐぬぬ。
「む、おい、地面が見えたぞ。暗くてよく見えないが、横に大穴も見える」
「マナー?」
「そっちで正解。穴に入っていこう」
「了解した」
シュバルツは一度地面に降り立って穴の中に入ってゆく。
しかしこの感じ。あの高速で地面に落ちても周りの衝撃は大したことない。
これは、シュバルツってもしかしてホバリングとかできるんじゃ。
「そういえばあの戦いで普通に浮遊してたな……」
シュバルツ恐るべし。
多分滑走路なんかなくても飛べるんだろう。
あれ、ミスったかな?
「まぁリード少佐もテキトーなこと言ってたし問題ないだろ」
うん、さっきの危険運転は必要だった。
「おい、なんだか様子がおかしいぞ」
「?どうしましたか」
「いや、今まで電気石の光がちょっと青かった程度だった洞窟の景色が、赤く変わっていってるんだ」
「本当だ……これは、炎の明かり?」
じっと窓を見ていると、だんだんその明かりが強くなってきた。
するとそこそこの速さで移動している洞窟の景色に、一瞬松明のような物が映った。
「……ん?」
「お、おい、前を見ろ!」
そう言われて前を見た瞬間、狭い洞窟を抜けて、突然世界が広がった。
「こ、これは」
眼前に広がる朱色の景色。
電灯の光が蒸気機関の煙で鈍く広がり、赤いランプが岩肌を彩っている。
どうやら天井から抜けたようで、俺達は上空からそれを見る。
ドームのように開けた場所に、巨大な街が存在していた。
「どこだここは?」
「こんな場所に街があったなんて……知らなかった」
呆然と街を見下ろす俺達。
ふと気づいて後ろを見ると、バーリットがさささ、と素早い足取りでみんなの前に移動した。
バーリットはそこで少しモゾモゾと動いた後、俺達に目を向け、
「みなさん、よくぞおいでくださいました。ここが私達の楽園」
バーリットの身体が強く発光する。
俺達はその光と蜘蛛が喋ったという事実に驚き、混乱のまま目を瞑る。
「__シャンバラへようこそ」
そこには狭いコックピットの隙間に窮屈そうに座った、色白の少女がいた。
「いてて、こんなところで人化するんじゃなかったな」
◇
「貴様、何者だ!?」
このハプニングにリード少佐は迷うことなく銃を向ける。今までの少し抜けた態度とは裏腹な、軍人の空気を出し始めた。
それに対して少女は慌てた様子で何かを唱える。
すると発光が再度起こり、そこから巨大な蜘蛛が現れた。
「まま、待ってください!銃を下ろして!私は先程からマナーさんに同行していたバーリットです!」
「蜘蛛に化けて私達を騙そうのしたのではないのか!」
「こっちが本体ですよぉ!!」
正確にはどちらも本体ですが、と付け加えて蜘蛛がリード少佐に平謝りする。
その光景はなかなかにシュールで、頭を下げる大蜘蛛なんて『自由な世界』の中ですら見たことがなかった。
そして少佐がバーリットを掴み上げようと近づいた瞬間、その体をマナーが止めた。
「待って……少佐?」
「少佐で構わん」
「少佐待って、この子の話を聞いてあげよう」
「さすが、ご主人様は話が分かります!」
「まだ信用したわけじゃないから。銃向けてて」
「任せろ」
「ええー!?」
心が通っていると思っていたのはバーリットだけだったようで、マナーはナイフを片手にバーリットに詰め寄る。
しかし、もしかするとこの二人、良いコンビ……?
「おら、なんでこんなことしたのか吐け」
「こんなことって……どれのことでしょうか」
「地上への道をいつわった事だよ」
「そ、それには深い事情が……!て、言うかそれを今から説明しようとしていたんですけど……」
「くちごたえするな!」
「ヒイッ!?」
難しい言葉を使ってバーリットを怖気づかせるマナー。
口調がたどたどしいから可愛いけど、ナイフ出されたら流石のバーリットも顔を青くする他ない。
そんなことよりどこでそんな言葉覚えたんですかねー?
「き、聞いてください!貴方達を呼んだのは他でもない、風の民の最後の楽園、シャンバラを助けてほしいからなんです!」
む、ビックリマークが立ったぞ。
ストーリークエスト発令だ。
「なぜ貴様らを助けなくてはならない。お前は魔物だな?ならば、その風の民とか言う奴らも魔物がほとんどだろう。魔物を助けてやる道理などない」
「お願いします!貴方達が最後の希望なんです!ご主人様を見て確信したんです!」
「まぁまぁ、リード少佐。ここはもう少し話を聞いて」
「黙れ!魔物と人間の確執を知らんのか!」
「ちょい待ち、待ち……手を離してください……次力入れられると死にますんで」
「こいつらは昔人間を支配していた連中だ!今や何千年も前の話だが、その憎悪や無念はいまだ語り継がれている!!」
回復薬を飲んでいると、聞き覚えのない話が聞こえた。
人間への支配……?
そんな話、ゲームでも聞いたことがない……
「それは私達がしたことではありません!それに、風の民は無干渉、公立の立場を保っています!!先祖にも人間への支配に加担したものはおりません!ですからどうか……!」
「そんな話が信じられるか!」
「ならばっ!!」
「ッ!?」
突然バーリットは人間の姿になり、リード少佐に詰め寄る。
あまりの気迫に銃を向けたまま固まるリード少佐。
するとバーリットはその細い腕で向けられた銃を掴み、銃口を自分の額に押し当てた。
「ではここで私をお殺しください!!!そしてどうかその後この街を__」
何か、嫌な予感がした。
周りの景色が変わっている。
今のシュバルツは先へ進まずホバリング状態だったはず、それなのに、窓の外になにか……あれは……
「__滅ぼしてください」
……魔法陣か?




