最弱勇者と巨大魔虫
「どお?ここに泊まっていっても良いのよ」
「いや、やめとくよ。僕を誰だと思ってるんだい?」
「大魔術師の娘」
「…そうだよ」
表情が険しくなる。彼女は、目の前の真っ白な少女に向かって怒気を抑えていた。
髪を掻いて腕を組む。指をトントンと上下させて、苛立ちを表現していた。
「でも、ここら辺に人のいる所はないわよ?どこにいくの?」
レイラの労りの声。その顔は何処か楽しそうで、とても心配しているようには見えない。
「あるじゃないか。ここからかなり遠いが」
彼女の空間魔法が数理先の土地を見つけ出す。生命反応を確認し、人が住んでいると推理した。
「貴方の空間魔法でそれができるの?」
「…いや、多分無理だろうね。これは難題だ」
しかし、そこに行くには少女の魔力が足りなさすぎる。
少女が軽く目を開く。レイラには全てお見通しなのだ。しかし、それができるのは神くらいのもの。
彼女がどれだけ出鱈目な存在か、再認識するのだった。
「私の家に泊まって行きなさいよぉ」
「嫌だね。君のいるとノイローゼになる」
「むぅ…」
突然見た目相応の態度を見せ始めたレイラ。
しかし少女はそれを無視、態度から分かる通り、やはり結構怒っているのだろう。
「一人ぼっちは寂しいわ〜。××もそうだったじゃないの」
「僕はぼっちじゃなかったし、それに今は××じゃない。リッカと名乗らせてもらってる」
「知ってるわよ」
十二人いる賢者の一人、レイラは監視を司る。
彼女はこの世界のどんな情報も知っているし、どんな瞬間も見ることができる力を持っているのだ。
神をも凌駕するその絶対的な干渉力は、誰の手にも封じることができない。
「君の能力は本当に気持ち悪いね」
「生まれた時からあったのよ」
たとえどんな手を使って干渉を防ごうとも、レイラはその結界を問答無用で突き破ってくる。
世界の原理、規則、方程式により、レイラの能力は最早魔法では説明できないものとなっている。
「まあまあ、良いじゃないの。どうせずっと見てるんだしさ、ここで見られるのも別の所から見られるのもあんまり変わらないでしょ」
「変わるよ。僕は一緒に旅をしてる仲間がいるんだ。早くそこへ帰りたい」
「それも知ってるわよ」
レイラの目の前の空間が突然張り裂ける。
突然のことにリッカは目を剥くが、それよりもその中に広がる光景の方が興味を引いた。
「ここに見えるのは貴方の仲間達よ。あのイレギュラーと小さな少女。もう少女の方の正体は掴めているんでしょう?」
「当たり前だろ」
そして空間を閉ざすレイラ。
仲間の様子をもう少し見ていたいリッカは抗議の声を上げようとするが、その寸前でレイラに止められてしまう。
「ここで映像を見ていくか、何処にいるかも分からない連中を探しに行くか、どっちにしますかぁ?」
「…くぅ……分かったよ」
結局、レイラの方がリッカよりも何枚も上手なのであった。
◇
「うおおおおおおおお!?」
見渡す限りの大砂漠の地下深く。
一人の非力な青年が、そのひ弱な足に鞭をうち、かつてない程の速さで狭い通路を駆けていく。
その背後に迫る巨大な虫型モンスターバラバラ。
「こんなとこにもいるのかよ!くそっ!!」
砂漠の表面に巣を作っているとばかり思っていたから、まさかこんなところにまでいるとは思わなかった。勝手な固定概念に囚われて、食らってしまった最悪の状況。
狭すぎる足場の中では、自分にも被害が出てしまう可能性があるため爆弾は使えない。
マントを被って乗り切ろうにも、ここで視界を暗くしてしまうのはとても拙い気がして恐ろしくて使えない。
ではどうするか?
そんなもん、決まってんだろ。
逃げるんだよ。
足元に比較的威力の薄い爆弾を置いて、気休め程度に起爆させてみる。
すると少し大きな音がなったが、その音は背後から迫り来る巨大虫けらの倒れる音ではなかった。
狭い足場の壁を削って、俺にどんどん接近してくるバラバラ。
その凶悪な顎で俺をバラバラにしてしまおうというのか。悪いな。俺は二回くらい噛まないと死なないぞ?
……やばい、頭が。
「ぐっ!このミジンコが!」
独り言が止まらないが、そんなこと考えている暇はない。一つアイテムボックスから小さな銃弾のような物を取り出して、投げる。
聖十字対魔式爆裂弾。
普通これはライフルとかに積んで撃つ物だが、軽い衝撃でも爆発してくれるはずだ。
それにこいつの爆風はどういう原理か真上に飛んで行くので、俺に対する被害を考慮する必要もない!
「これで終わりだぁあああ!!」
バラバラが弾をその巨大な足で踏みつけた瞬間、俺の体は爆風に包まれた。
「ぐぅおっ!?」
ゲームでは十字の形をした爆発エフェクトが出ていたので爆風が真上に飛んで行くのかと思ったら、そんなことはなかった。
真上に吹き飛んで行ったのは、爆発する際の発光。これまたよく分からない原理だが、光の波動だけ真上に飛んで行く仕組みになっているようだ。
俺は吹き飛ぶ身体をなんとか翻し、マントにくるんで背中から地面と衝突する。
そのままゴロゴロと広くなった足場を転がり、回復薬を飲み込んだ。
なっ…まだ生きてるのか!?
爆発でできた砂煙に巨大な穴が空き、そこから満身創痍のバラバラが姿を表した。
俺に向かってバラバラは跳躍し、その二対の大顎で俺の身体を捉えんとする。
「お…らっ!」
身体を持ち上げた俺はすぐさま頭から地面と接触、所謂前周りの体制となって、バラバラの下にできた小さな隙間に身体を滑り込ませる。
バラバラは俺の上を通り過ぎ、バランスの効かなくなった身体を壁に打ち付けた。
「こいつで…トドメだ!!」
俺の唯一装備できるナイフを投げつけ、バラバラの腹に食い込んだことを解析レンズで確認。
俺は躊躇うことなく右手のスイッチを押す。
その瞬間、赤黒い爆発に巻き込まれて奇声をあげる怪物。腹が無残に破裂し、その肢体は名前通りバラバラになった。
「スルトは加治スキルも上げてたんだなぁ。驚愕驚愕」
俺が今使ったのは、加治スキルによってスルト開発した、起動式ナイフ型爆弾。略称、《ナイフ爆弾》だ。
出雲で暇な時にスルトに頼んで片手間で作った物だったが、これはなかなか良い物を作ったと思ってる。
スルトもとい加治スキル最高。こんないいもんだとは思わなかったわ正直。
「…ん?この光る石は…」
ふと、俺の足元に転がっている小さな石ころに目が行った。
これは、この青白い発光色はまさか…
「電気石はっけーん!!」
まさかこんな早くに見つかるとは思わなかったが、とんだ棚ぼただ。恐らくバラバラの爆発によって壁の中が弾けて掘り返されたんだろう。
なんにしろ、有難い。
「よーし。電気石も見つけたことだし、帰るか…って」
あれ?今来た道がなくなってる…
「…ただでは倒れない気か…バラバラァ!!」
先の爆発によって天井が落ちて来たのだろう、俺の進んで来た道は塞がれていた。
俺の周りを囲むようにして鎮座する瓦礫の山。
そしてそんな俺をあざ笑うかのようにバラバラの残骸は消滅した。
◇
マナーは駆けていた。
湿った洞窟の内部を走り、転がる岩を避けて行く。
「はぁ…はあっ」
額には汗が浮かんでいる。目線は確かには定まらず、息をするのも辛そうだ。
しかし、それもそのはず。
今、マナーが全力で走っている理由は、カグラを探しているという点を引き抜いてもただ一つ。背後から迫り来る敵から、生きて逃げ切る為なのだ。
「ぅんっ!」
若干扇情的な吐息を吐いて、マナーは岩を足場に高く跳躍する。そのままぶら下がる木の根を掴み、振り子の力でまた飛んだ。
そんななけなしの加速をあざ笑うように、驚異的な速度で追いかけてくる化け物。六本の脚が自在に動いて、マナーのすぐ近くへ跳躍した。
「ッ!?」
その名はバーリット。赤い瞳を六つ持った、巨大な蜘蛛の化け物だ。蜘蛛型にしては糸をあまり吐かず、純粋な身体能力で獲物を捉える肉体派。
そんな強力な筋肉を知らないマナーは、ここまで追いついてくるとは思わなかったのか、思わず背後を振り向いて体制を崩す。
キシャアァァァァア!!
「…うぅっ…!」
バーリットの牙をなんとか翻し、その緊張感に涙する。しかし込み上げる嗚咽を飲み込んで、マナーは宙で回転した。
手に持つナイフを化け物に向け、遠心力に任せてそれを突き刺す。するとバーリットは低い呻き声をあげ、重力に引かれながら騒ぎたした。
マナーはバーリットの腹に刺さるナイフを抜かず、その巨大な背を地面に向けながら落ちていく。
そしてバーリットが地面に接触した時、強固に見えた地面は音を立て、罅を作って崩れ始めた。
「えっ!?」
驚愕するマナーを他所に、バーリットは意識を立て直しマナーを六本の脚で掴みとる。
背を取られたマナーは驚き、それでも固定され動かない。
「うっ…ぐぅ!!」
力任せにナイフを持ち上げ、バーリットの身体を縦一直線に切り裂く。それに流石に堪えたのか、バーリットは脚が開いてしまった。そしてマナーは此処ぞとばかりにバーリットを蹴りつけ、少しでも距離を取ろうと奮闘。
しかし、彼女とバーリットではレベルが違いすぎた。
「ギィィイヤアァァァア!!」
バーリットは身の毛もよだつような叫び声をあげ、力を振り絞ってマナーへと飛びかかる。筋力があまりにも足りないマナーは、それに抗うことができず捕獲されてしまった。
「ッ…!」
対してマナーも最後の力を振り絞り、全力でバーリットにナイフを突き刺す。
崩れ落ちる足場。一匹と一人は、長い闇へと吸い込まれた。




