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最弱勇者のギリギリライフ  作者: 飛び魚
強国 出雲大国
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最弱勇者と正院明子

「綺麗だな…まさに桃源郷とでも言うべきか…」


「やめてくださいよ。気持ち悪い」


 書記の発言によって一瞬で現実に引き戻されるリード。折角悦に浸っていたというのに、酷な話である。

 キョロキョロと周りを見渡したリードは、絶えず舞う花吹雪の奥に、何らかの建設物らしき建物があるのが見えた。そこを指差し、書記に伝える。


「見ろ。あそこになにかあるぞ」


「あ、そうですね」


 すると書記は着けている眼鏡を指で抑え、フレームにあるボタンを優しく押した。レンズに映し出される謎の画面。こいつにはなにが見えているのだろうか、とリードは毎回思っていた。


「生体反応がありますね…行って見ますか?」


 書記の報告を聞いたリードは、腰に差してある拳銃をそっと触れる。そして少し荒れてしまったオールバックの金髪を整えて、身を引き締めた。


「行くぞラウラ」


「分かりました」


 少し笑って頷く書記。

 肩にかかる程度の短い髪の毛がハラリと揺れ、薄っすらと白い歯を見せた。

 彼女の名前はラウラ・コースフェルト。

 リードの秘書を勤めている女性だ。ラウラはリードの前を通って歩く。リードのその華奢な体を、急いで追いかけるのだった。




 ◇




 はぁ、と溜息をついてしまうのも無理はないと思う。ふわぁとあくびをしてしまうのも、仕方のないことだとやはり思う。

 何でったって俺はこんなことをしているのやら。目の前に広がる無数の紙切れ。右手に置かれた書道セット。


「ほら、早く終わらせんと帰れんぞ」


「……はぁあぁぁぁあ」


 額を抑えて、心の中で叫ぶのだ。

 俺の学業は、もう終わったはずだろうが!!

 思わず涙が出て来るのも、仕方のないことだと、俺は思う。

 ことの発端は、手持ち無沙汰になった俺が明子さんのいる部屋に訪れたこと。明子さんの部屋には大量の書類が散らばっており、それを手にとって見ていたところを明子さんに捕まったのだ。

『わし一人じゃ手に負えんのぉ…誰か手伝ってくれんかなー』

 などと棒読みで言われてしまったので、俺は仕方なく付き合ってみることにした。それがもう運の尽き。

 なくならない書類を前に、不慣れな筆を使っての延々作業。もう眠ってしまいたい。


「一は終わったかの?なら二もじゃ」


 二と言われて出されたのは巨大な紙束。俺の仕事はその数を一枚一枚確認して行き、その一枚一枚の内容を項目ごとに並べることだ。

 あ、これは経済と。

 あ、これは学問と。

 そうやってただひたすらメモするのだ。


「二は終わったかの?」


「終わりましたっす」


「なら三じゃの…む?三が無いな…それなら四じゃの」


「あ、三見つけましたー」


 この流れを止めようと事前に三を隠しておいたのだが…そんなパンがなければケーキを食べれば良いじゃないみたいなノリで言われても。

 俺は渋々と作業を続けて、紙をどんどん消化して行く。

 気づいた時には既に0時を回っていて、どっと疲れが押し寄せてきた。

 ……うわ。HP減ってんじゃん。


「わしの方はもう終わったぞ。それが終わったら茶でもだそうか」


 その言葉を聞いて俄然やる気が出てきた。現金な男だと自分でも思う。痺れる脳みそを引き立てて、意識を活性化させた。

 なんだか筆の扱いも慣れてきた気がする。これなら日常でも使えそうだぜ。


「お、終わりましたぜ明子さん…」


「おーおぉ、すまんのー神樂」


 にっこりと笑って緑茶を出してくれた明子さん。俺はその緑茶を一口飲んで、乾いた口内を濯ぐ。にがっ。


「ふぅ、やっと終わったぜ…」


「いやぁ助かったぞ有難う」


「いやいや、どう致しまして」


 すると明子さんは近くにあった引き出しから、学者が掛けるような丸メガネを取り出した。

 曇ったレンズを裾で拭き、光に晒して装着する。


「ふむ、書類も殆どまとめ終わったしの。話し相手になってくれ」


「は、はい。良いっすよ」


 椅子を動かして俺の対面に座る明子さん。茶色い髪の毛がその動作に揺れ、何本かが頬に掛かった。


「そういえばわしは、お前がどのような人間なのかよく知らないな。リッカとはどういった関係なのじゃ?」


「成り行きで面倒みてるだけっすよ。リッカはほっとくとホームレスになるんで」


「へぇ、そうなのか。てっきり夫婦の間柄で、あの娘が子供なのかと思っていたのじゃが」


「違います」


「なんだ、そうだったのか」


 少し残念そうに頷く明子さん。

 てか、俺が黒髪でリッカが青髪で、どうやって金髪の子供が生まれるんだよ、とそんなことを思っていると、明子さんはふっと笑って、袖から何かを取り出した。

 金属でできていて、美しい金色が特徴的な物。

 煙管きせる と言う物だった。


「煙草じゃないすか。ダメですよ。煙草は二十歳から」


「む?そうなのか?父上がよく吸っていたので、試そうと思ったのだが…」


「なんだ。まだ吸ってないんすか」


「まぁな。これは父上の物だし」


 そう言うと明子さんは煙管を片手に、目を瞑って口を尖らせた。


「むぅ…この煙草どうしようかのぉ…」


 煙管は煙草とは少し違う物だが、まぁ喫煙具としてはあまり変わらない物なので放っておくことにする。

 片手でゆらゆらと煙管を揺らしながら、明子さんは目を開く。そして俺の顔をまじまじと見ながら、その手を俺に突き出した。


「どうじゃ?お前は吸えるのか?」


「え、まぁ、俺はもう二十一だから問題ないけど」


「お、お前そんな年上だったのか。敬語を使った方が良いですか?」


「それも新鮮で良いけれど、まぁ適当にしてくれて良いですぜ」


 そっちは敬語を使うんじゃな、と明子さんは言って、手に持つ煙管を俺に脱げつけた。

 俺はその煙草を手でキャッチして、手際良く煙を吸う準備をしてゆく。

 丸めた刻み煙草を煙管の皿の中に詰め、手を焼かないように火を付ける。


「手慣れとるのぉ、よく使うのか?」


「俺だって学生の頃は若かったんですよ」


 火縄銃の撃ち方とか、刀の砥ぎ方とか、いらない知識を身につけてしまうのは、俺がまだ若かったが故だ。

 別に中二病とか邪気眼とかそんなんではない。断じて。


「こんなもんかな。よし」


 吸い口を加えて少し吸う。そして入って来た煙を飲んで、すぐに咳き込んだ。


「ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」


「おぉっ!?だ、大丈夫か!」


「なんだこれ…なに使ってんだ…?」


 俺の知る煙草とは全く違う、かなりヤバイ味。それはもう、具体的に説明しろと言われても良い例えが見つからない俺は、ただヤバイとしか表現できない酷い味。

 俺はそこから何度も咳をして、 ガクリと床にうつ伏せになった。


「どうせなら煙草も、ただ吸うだけでなく良薬として扱ってやろうと思っての。いろいろ詰め込んでみたのじゃ。ほれ、感想を聞かせてくれ」


「新しい薬の試薬…初めからこれが狙いだったのか…?」


「ふはは」


 冷たく笑う明子さん。俺はその顔をボヤけた視界で映しながら、まどろみと共に意識を暗転させた。




 あ、HP回復してる。




 ◇




「な、なんだここは…」


 銃口を正面に構えながら歩くリード。周りには謎の火の玉が浮遊しており、なんとも言えない恐怖がリードを襲った。


「この火玉からは生体反応は出ていませんね。何かのオブジェクトでしょうか?」


「し、知らんわ!」


 ラウラの言葉に一々過剰に反応してしまうリード。拳銃に力が入ってしまい、ガチャガチャといらぬ効果音を出してしまっていた。


「なぁ…もう帰らないか?見ての通り、出雲には生き物はいないようだし」


「まだ少ししか歩いていないじゃないですか。こんなことなら呑気に夕食なんか食ってないで、明るいうちに調査に行っておけば良かったのに」


「こんなに早く日が落ちるとは思っていなかったんだよ!しょうがないじゃないか!出雲にはアダラクトスと違って四季もあるんだしさ!」


「それが仇となったのでしょう。誰ですかね?出雲が今は夏だと言った人は?」


「ぐっ…」


 ラウラの言う通り、この度の失敗の原因はリードにある。アダラクトスは気候と位置の関係で、年中真冬の雪国なのだ。そこから出雲に飛んで行ったリードは、雪の降っていない出雲を見てすっかり夏だと思い込んだ。アダラクトスで雪が降らないのは、比較的太陽の照っている時間が長い夏の期間くらいであるからだ。まぁそれも夏と言って良いのか微妙なほど些細な物なのだが、リードはそれによってすっかり出雲を夏だと信じきってしまった。聞くところによると四季のある国は、その季節によって日照時間が違うらしいじゃないか。そう言って今が昼間の時間が長い夏の季節だと勘違いして、リードは、こんな夜中になるまで待機してしまったのだ。

 しかしまぁ、それを聞いて確かにと納得してしまったラウラも、案外似た物同士なのかもしれないが。


「えぇい。覚悟は決めたぞ。私は行く!」


「その調子です!頑張ってください!」


 今武器を持っているのはリードしかいない。リードにとってシュバルツが全てであって、それ以外の武器は必要ないと思い切ってしまったからだった。だからでこそラウラはリードを頼るしかない。いつもは棒読みだった声援にも熱がこもる。


「くそっ、なんでったって私がこんな…あの男、帰ったらぶち殺してやる」


 今も優雅に紅茶でも飲んでいるであろう男を思い出して、リード大きく溜息を吐いた。

 と、そんなリードの肩を、誰かがトントンと軽く突ついた。


「ん、なんだ」


 ラウラだろうと思って振り向いた先にいたのは、奇妙な服装をした男。

 見慣れない布の巻きついた服を着ていて、その額には小さな角のような物が生えていた。


「貴様!ここでは人間の来るところではない!大人しく帰って…」


「お前が出雲の住民か!!」


「おぉっ!?なんだいきなり!」


 男の手を振りほどいたリードは、手に持つ拳銃の銃口を男に向ける。そして条件反射で咄嗟に出してしまった拳銃を慌ててしまい、某然としていたラウラの手を掴んだ。


「ほら!人間はいたぞ!早く帰ろう!」


「え、あ、はい!?」


 脱兎のごとく走り出すリードとラウラ。それを見た男は突然焦りだし、何かを叫んだ。


「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!奴らになにか我々の機密情報を盗みに来たのかもしれん!捉えよっ!」


「「「「「おぉっ!!」」」」」


 その声に呼ばれて突然姿を現す男達。彼等も同様に角を生やしていて、巨大な剣を携えていた。

 途轍もない速度でリードを追う男達。


 今、カグラやリッカの知らないところで、リード達の地獄の鬼ごっこが始まっているのだった。


今週は諸事情で日曜日に更新させていただきます。本当に申し訳ございません。本当に。

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