最弱勇者と冤罪
「あれ?マナーにリッカじゃないか。なんでいるんだ…って、ん!?」
「やぁーカグラ」
「やぁーじゃねぇお前!その服どうした!」
「む、変かい?」
「いや、別にそう言うわけじゃないけれども…」
桜さんに連れられてきた部屋は、客人をもてなすような応接間だった。
それなりに広い部屋に、大きな木の机が置かれている。
そこに正座をして律儀に座っていたのは、俺の仲間のマナーと、俺の勝手な行動で同行を余儀無くされたリッカであった。
しかし、そのリッカの姿には、とても見慣れないものがあった。
それは、いつもリッカが来ていた筈のマジシャンの服ではない。出雲でよく見かける長い羽織を肩にかけ、その下もよく見る男物の着物を装備している。そう、男物である。
そしてその頭には日本昔話で有名な被り笠。
「お前…性同一性障害的な?」
「違うわ!!」
「だって…一人称僕だし…男物の服着てるし…シルクハット無いし」
「個人の尊厳だ!シルクハットは関係ないだろ!」
思わず立ち上がって吠えるリッカ。机をバンとぶっ叩いて、赤くなった手を見つめて悶えていた。しかしそれも一瞬で再起動し、目尻に涙を溜めて俺を睨む。
「冗談だって。そんな顔で見るなよ…」
「…くっ、僕の…なにが悪いんだよ!」
「大丈夫…リッカ…?」
「マナーちゃん…大好きだよ…」
マナーの体を抱き、シクシクと啜り泣くリッカ。そんなリッカを不憫に思ったのか、マナーもそれを嫌がらず、リッカの体を抱きしめた。
それを困惑した表情で眺める俺。あれ?よく見ればマナーも同じような格好を…
そんな時、俺の隣を桜さんが通り過ぎた。
「お前…連れを泣かしたな?」
「すいませんでした!」
桜さんのただならない殺気を感じ、すぐに頭を下げる俺。プライドも何もあったのではない。
「…金」
「俺は財布です!財布にさせてください!」
「許してやろう」
「ありがたき幸せ…」
戸惑うことなく肯定する俺。もう後戻りはできないだろう。
そんな覚悟を決めた時、桜さんがリッカの頭を優しく小突き、俺に助け舟を出してくれた。
「リッカ。そういうことは言うべきではないぞ」
「ごめんごめん。何分お金が無くってね」
「まったく…」
腰に手を当て、溜息を吐く桜さん。
そんなことよりも、俺は先程の疑問をさっさと消化してしまいたかった。
「ところでさぁ、なんでお前そんな格好してんの?」
「むぅ、なんだよその言い方」
「あぁ、そのことは今から話すから良いぞ」
リッカの話を遮るように声をかける桜さん。
リッカ達を対面に座った後、俺も正面に座らされた。
「さて、貴様らには話がある。とは言っても、もうリッカ達には話したのだがな」
そう言って桜さんは俺を見る。そして俺が軽く瞬きをした瞬間、桜さんの雰囲気が大きく変化した。まるで途轍もない神々しい存在と対面したような、全身の細胞が泡立ち、俺の額を汗が流れた。
雰囲気だけではない。髪の色も黒から透き通るような銀に変化し、瞳の色が充血し、真っ赤に染まった。
俺はその顔に見覚えがある。桜さんを騙し、黄泉の扉を開きこの世に降臨した出雲の最高神、天月之神。
それの容姿に驚くほどに似ていたのだ。
「ッ!?また復活したのか!」
「違うよ」
勢い良く立ち上がった俺を否定する天月之神。両肘を机の上に置き、顔の前で手を絡ませた。
「私が存在できているのは意志だけさ。それ以外にはなんの力も持っていない。現にこの体は曼珠沙華桜が制御しているので、私が何かしようとしても止められてしまうよ」
「つまり…桜さんには逆らえないと?」
「そうだね」
目を細めて薄っすらと笑みを浮かべる天月之神。とても力がないとは思えない、今襲っても返り討ちにされそうなほどの気配を持った絶対の神がそこにはいた。
「まぁ、私のことはどうでもいいさ。そんなことより、君だよ、神樂忠弘」
「むっ…」
なぜ俺の名前を知っているのかは分からないが、あまり追求するのはやめておく。こいつは恐ろしく出鱈目な存在。なにがあっても大体納得できるのだ。
「君は出雲では悪人と言う存在になっている。だからこっちが処置をとって…」
「ちょ、ちょい待ち。なんで俺が悪人?」
「君だけじゃなく他の二人もだけどね」
俺が横に顔を向けると、そこには苦笑いをして肩をすぼめるリッカがいた。マナーは何も考えていないようにボーッと天井を眺めている。
俺はこの状況にまったく馴染むことができず、頭を混乱させた。するとその様子を見かねた天月之神が話を再開させる。
「大丈夫さ。君は何もしていない。何かしたのは天月之神。まぁ、私の事だね」
天月之神が笑顔で言う。
それと対照的に、俺は額に手を当てて、険しくなった眉間を揉んだ。
「…わけわからん」
「ふむ…じゃあ君はなにか犯罪を起こす時、どんな準備をする?」
そんな神からの質問に、俺は真面目に考えて答える。
「そりゃ…事前に情報収集とか、もしもの時のために逃げ道を作ったりとか…」
「そう言うことさ。曼珠沙華桜も逃げ道を作った。ただそれだけのこと。もし計画が失敗しても、その罪は君たち三人に降りかかる予定だったのさ」
「…あぁ、なるほど」
俺の頭に浮かび上がるのは、咲耶ちゃんを襲った時の桜さんの台詞。
『咲耶を殺した犯人は貴様らだ。我はそんな貴様らに裁きを下した、と言う事にする』
つまりはそう言うことなのだろう。
「突然の外国からの襲撃を食い止めようとした曼珠沙華は、住民の洗脳を解こうと奮闘し、見事勝利した、と言うことになっている」
「…それで、その外国からの襲撃が、俺たちの事だと」
「理解が早くて助かる」
「でも、他の人はどうするんだよ。スルトが起こした連中は、今はいくら寝ているからって、起きたら絶対騒ぎ出すぞ」
出雲の住民は今寝ているが、翌日になったら彼等は目を覚ます。なにが起こるか分ったものではないだろう。
「だから言っただろう?なにかしたのは私だって。私は対象の出雲の住民の記憶を弄って、記憶を消させてもらった。起きて見るとなにも覚えておらず、各家庭の日付も変えせてもらったので、まったく問題ないね」
「なら軍の奴らはどうするんだよ。あいつらは寝ないぞ」
「それも問題ないね。彼等は曼珠沙華を英雄と見て疑わないから」
「それで、俺たちが一方的に悪人にされたと。スルトやシェイミーさんはどうするんだよ」
「軽く同盟を結ばせてもらったことでどうにでもなったよ。いやはや太っ腹だ」
「えぇ…」
なんだか釈然としない気分。今まで弄ばれていたような、そんな気分になった。
「まぁ、そう言うことで話を進ませてもらうが、君たちを少しここで匿わせることにする」
「はぁ?」
「君たちは一応、軍に捉えられた罪人と言うことになっているので、無闇に外に出すことはできない」
「でも記憶は消したんだろ?」
「対象のはね。でもそれ以外の人は黙ってないよ。朝目を覚ましていると、知っている人がまだ寝ているんだ。出雲ならではの文化なだけに、何事かと思うよね」
「それが、俺たちの所為になるってこと?」
「そう言うこと」
いかん、頭がクラクラしてきた。なんて面倒な状況。俺の頭じゃ理解できない。
「はぁ…んで?どうすんだよ。このままじゃ外歩けないぞ」
「今、神木を頼りに国全体に働く大規模な術式を展開している。これが完成すれば、君たちは晴れて日の目を見れるよ」
「それはいつ頃に?」
「五日…くらいかなぁ?なにせ、国全体に張り巡らせるからね」
あははと笑う天月之神。
こっちは全然笑えないっつうの。
「だから、これからはここで隠れて暮らしてね?出雲の住民に倒されたくなかったらさ」
「まさか…この服は」
「外に出たいなら変装して行ってね?」
リッカはいつもの笑みを浮かべて、頭に被さる笠を撫でている。そんなに苦じゃないようだ。
マナーも見るが、あまり深くは考えていない様子。
そんな二人を交互に見て、俺は溜息を漏らす。
もう良いか、と。
 




