最弱勇者と天月城
アダラクトス軍本部の一室、第一部隊の統率を任された人物、リード・ホルシュタイン少佐は、書記からの報告に頭を悩ましていた。
「…イズモが接触してきただと?」
「はい。なにやら我が国アダラクトスの先進技術を見学させていただきたいのだとか」
目を瞑り、眉間を解して頭を垂れる。その口から溢れる溜息は、とても哀愁漂うものだった。
「……なぜそれを私に言う…」
「大佐からのご命令です」
「あいつか…」
リードの頭に浮かぶのは、期限の良さそうな顔で紅茶を嗜む男の姿。彼とリードは腐れ縁だったが、それゆえリードは誰よりもその性質を見極めていた。
「はぁ…ところでなんで、イズモがいきなり現れたんだ」
「出雲です。少佐」
「発音なんてどうでもよかろう!!」
頭の良い書記は、発音を完璧に攻略していた。そんな書記を見て、リードはとうとう叫び声を上げた。
「いままで雲隠れしていたイズモが!どうして今更現れるのかって聞いてるんだ!!」
「アルティカーナが接触したとかなんとか。あちらのお偉いさんがぬかしております」
「こっちの調査本部はどうした!成果は!報告は!?」
「なにも見つからなかったとのこと」
「無能が!!」
机をバンバン叩き、頭を掻き毟るリード。ワックスをかけ綺麗に揃えた金髪は、その行動によってボサボサになってしまっていた。
「どうしましょう、中佐。幸い、ここから行けば出雲に簡単につくことができますが」
「…国境はどうなっている」
「アルティカーナとアダラクトスの国境境のちょうど真ん中に位置しております」
「めんどくせー」
机に頭をぶつけるリード。手をだらりとぶら下げ、もはやなにも言えなくなってしまっていた。
つい最近まで戦争していた国と、今度は情報戦で争わなければならないのだ。もう吐きそうである。
「だが、もう既にイズ、出雲とアルティカーナは知り合いなんだろう?今更なんで知り合いの敵に接触したがるというのだ」
「言ったじゃないですか。アダラクトスの先進技術を見学したいって」
「なんでだよ。出雲は万能ではないのか?」
「科学力はゴミ以下です」
「その情報はどこから?」
「調査本部からです」
書記はこの時のリードのガッツポーズを見逃さなかった。薄ら笑いの不気味な上司は、その頭でとんでもないことを考えていた。
「ならば今が好機ではないか。今すぐ軍隊を投入して、出雲を屈服させよう」
「それはいけません」
「なぜだ」
「大佐からのご命令です」
すると途端にリードはだらしない表情に戻って愚痴を垂れ流し始める。
「私がどうやってこの地位にまで這い上がったと思ってるんだよ…ただの飛行機乗りだったんだぞぉ…」
「全てシュバルツのおかげかと」
「その通りだよおぉぉ…」
部隊の中でも一際力を持っていたリードは、真っ先にシュバルツの搭乗員に選ばれた。
シュバルツの運転は恐ろしく高難度だ。頭上に乱立する意味不明なボタン。申し訳程度に配布された説明書には、本当にこの国の言語か?と疑ってしまうほどの、固有名詞の膨大さ。上手く扱わないといらないものまで映りすぎてしまうという高感度レーダー。
他の候補達が次々と落ちて行くその中で、リードはなんとか栄光を手にしていた。絶え間無い努力と、持ち合わせた才能で、シュバルツを手足のように制御してきたのだ。その形が今の地位である。
いまではどんな戦にも引っ張りだこ。アルティカーナ戦の時にシュバルツに搭乗していたのも彼だ。
「畜生、私にできることなんて飛行機に乗ることくらいだぞ。どうやって外交なんてするんだ」
「そこで私に提案が」
頭は悪くないが馬鹿なリードのために、配属された優秀な書記が自信をもって発言する。
「今のところ、アダラクトスにはアルティカーナほど出雲の情報はありません」
淡々と言葉を紡ぎ出す書記。どこまでも義務的で、機械のような声だった。しかし、その言葉の中に微妙に嫌な笑が混じっている。
「ですので、まずは我々が直々に出雲に行って見るのはどうでしょう。中佐?」
「……殺されるぞ」
「だからシュバルツに乗って行くのです」
「……いやいや、ダメでしょ」
「少佐ごときが死んだところで、アダラクトスにはそんなに影響はありませんよ?少佐の代わりはいくらでもいるんですから」
「……でもシュバルツは」
「大佐も乗れます」
「冗談だよね」
アダラクトス軍本部の一室、第一部隊の統率を任された人物、リード・ホルシュタイン少佐は、そこで情けなく涙を流していた。
◇
「死の樹海を死なずに抜けたぞ!!」
死の樹海を探索していると、運良く簡単に出ることができた。そこに広がっていたのは大きなお城。風情漂う出雲式の城に、遠き日本に住んでいた過去を思い出す。
「皆、元気かなぁ」
微かに残る家族との思い出に、心を僅かに揺さぶられる。特に楽しかった思い出はないが、やはり地球には帰りたいものだ。と、そんなことよりも、早くマナーを探さなければ。
「おい、そこのお前」
「え」
意気揚々と右足を踏み出すと、その瞬間いきなり声をかけられた。
そこにいたのは、出雲に入る直前に襲われた、出雲の警備員によく似た服を着た男。
「何者だ、なぜ天月城の前に突然現れた?」
「えっと…そこから抜けてきましてですね…」
「死の樹海を抜けてきたのか!凄いな」
お、話の通じそうな人だ。いきなり切りかかられたりしたら、たまったもんじゃないからな。
その時、ビビッと脳に電気が走る。
そして解析レンズに書かれた男のステータスに、名前の項目が追加された。
「…松木さん?」
「ん?俺の名前じゃないか」
新発見。解析レンズは俺が興味を持った人の名前を解析してくれるらしい。だけど今までこんなことなかったのに、どうしていきなり…
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装飾:解析レンズLv2
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「レベル上昇ッ!」
「いきなりどうした」
おお、やっと装備レベルが解放されたか!
《自由な世界》では、いつまでも愛用している武器にはランダムで武器レベルと言うものを解放することができるシステムがある。レベルが上がればそのアイテムの特殊能力が解禁されたり、武器だった場合には、単純に攻撃力が上がったりする。上限はそれぞれあって、レベルが上がる度に力が解放されていく仕組みだ。
「解析レンズの解放能力は…解析可能範囲の拡張か。やった」
「なにわけのわからんことを言ってんだお前は」
白い目で俺を見る松木さん。腰の刀に手を当てているあたり、早めに弁解した方が良さそうだ。
「あ、いえ、ところで、ここはどこでしょうか?」
「む、お前、外国の者か。鎖国を解いたのはつい最近の事だった筈だが、出雲は有名だったんだな」
「それはもう」
結界があるのに噂があるくらい有名なんだ。どうして存在することを知っていたのか不思議でしょうがない。
「ここは天月城。総大将とその他地位の高いものが仕事を行う軍事施設だ」
「アルティカーナで言うアルティカーナ要塞の事か」
俺の頭にはあの巨大な大要塞。流石にあれほど大きくはないが、これもなかなか恐ろしい。
「む、アルティカーナか。魔法はあまり興味が無いのだがな」
「え?」
スルトの話だと、出雲は外交を考えているらしいじゃないか。なんで近国の大国家に興味を持たないんだろう。
「俺は魔法よりも機械を見てみたいなぁ。自分が動かなくても良いんだろ?最高じゃないか」
「なるほど」
出雲には妖術があるからな。魔法みたいなものを見慣れているとはまぁ納得できる。アルティカーナはそのまま見るとただのイタリアっぽい国だからなぁ。
「いやいや、話がそれた。この城に無関係なら、さっさと帰った方が良いぞ?もうすぐ総大将が…」
その時、城の正面に作られていた巨大な門が開き始めた。
「まずい!総大将だ!」
松木さんがそう言うと、周りの茂みから同じような服装をした男たちが現れた。
男たちはそそくさと自分の持ち場に戻り、背筋を伸ばす。
「敬礼っ!」
バッと音を立て腕を上げる松木さん。手を額に当て、勢い良く足を揃えた。それと連動するように周りの男たちも同じ動きをする。
いわゆる敬礼のポーズだ。
しかし、そんな状況で俺の体は動かなかった。この場の雰囲気に混乱して、冷静な判断ができずにいるのだ。
「えっ、あ、えっ!?」
あたふたと挙動を繰り返す俺。
そんな哀れな俺の姿を尻目に、扉は無情にも開かれた。
見知らぬ人物がいきなり目の前に現れる。総大将がどんな人かは知らないが、俺だったら間違いなく嫌な空気になってしまうだろう。
なんでこいつがここにいるんだ。場違いじゃないか?
場が白けてしまうのはどうしても避けたい!社会で生きていくためには隠れることも必要なのだ!
ギィ…バタンッ
「って…え?」
「む?」
艶やかな長い黒髪、簡素な軽装。その腰から伸びる刀。
そこにいたのは、一日でもう見慣れてしまった、別名出雲史上最悪最強の将軍、曼珠沙華桜(呼んでいるのは俺だけ)。
そうか、総大将だから、出てくるのは桜さんに決まってるか。しかし、だからと言って話しやすくなるわけではない。つい先日まで殺しあった仲。そう軽々と話しかけられるわけでは…
「貴様は…神楽、ただひでだったか?」
「忠弘です!…ハッ!?」
どうしよう!簡単に話しかけてしまった!
「そうか、忠弘。貴様を私は見たことがあるぞ」
「自分もです」
顎に指を当て、思案に浸る桜さん。どうしてか、どこからどう見ても凛として見えてしまうな。
「あっ!そうだあの時の…咲耶を殺した犯罪者か!!」
「違います!それはあんたで」
「ふんっ!」
「うごっ!!」
右頬を走る衝撃。俺は、曼珠沙華桜に右頬をぶん殴られたのだ。
「うん?妙に軽い体だな…見た目細身だが、肉はついているのか?」
「どう言う意味だコラ!」
茂みに体をぶつけ、追加ダメージをくらう俺。
あ、あわわわわわわわ!体力1だ!!
「ここで話すのもなんだ。中で話さないか?」
「…あれ?」
ニヤリと笑って奥を指差す桜さん。その笑う一瞬。桜さんの黒髪が、光に照らされてか銀色に見えた。目の錯覚か?でもこの色は…
と、それよりも出てすぐ戻るって、なんのために門開いたんだよ。この人、本当にあの大怪我を負っていた人か?ありえんくらい元気なんだが…
「曼珠沙華様っ!このような輩を城に招くなど…なにを考えているんですか!」
すると、桜さんの傍に立っていた女の子が声を上げた。
長い黒髪を首元で纏めて、桜さんと同様に軽めの鎧を着ている。
「良いではないか菖蒲。こいつは私の知人なのだ」
「…くっ」
彼女は鋭い目つきを俺に向け、ギリッと歯ぎしりをした。
その圧力に、体が思わずすくんでしまう。
「ほら、行くぞ。どうせお前を見つける予定だったんだ。手間が省けたよ」
「へ?それってどういう…」
「早く行ってください!!」
「はいぃっ!!!」
今、アダラクトスと出雲という、二つの国にいる男たちの悲痛な叫び声が、国境を越えて共鳴しあったのだった。




