最弱勇者と戦いの終わり
「うおっ!?俺の解析レンズが一人でに!?」
空に君臨する強力な光に、俺の解析レンズが反応した。
あの前振り、この神々しい感じ、これは…これはっ!?
「まさか……神かマジかよもおぉぉぉお!」
俺の解析レンズに鮮明に移り出されるあの物体の詳細。
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名前:不明
別名:天月乃神
種族:神
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「おうおうおいおいおいおい!ご丁寧に別名まで用意してくれやがってよ!信仰されちまってんじゃねぇかよぉぉお!!」
神に別名があると言う事は、ある特定の地域で信仰がされていると言う事だ。
こいつの本名は不明だが、その代わり別名がそれを補っているらしい。
神と言う生き物は、信仰を集める事ができなければ、ただちょっと人類が生まれる前に繁栄していただけの人型の生き物でしか無い。
神は繁殖力が低い代わりに、途轍もなく長い寿命を持った知能の高い種族であり、人間より圧倒的にスペックが高い。《自由な世界》での設定では、世界に魔物や人類が生まれる前に出現した最古の存在とされており、あらゆる生物の序列の頂点に君臨する存在。しかし、人類や魔物が出現してからは忽然と姿を消しており、それでも何かを条件に出現する事が確認されているので、どこか観測できない場所に未だ健在しているものと推測されている。
そんな神の原動力は、同種以外からの熱烈な信仰心。何がどうなってそれが成立しているのかは全く分からないが、ゲームだからと無視していた。
どうやら信仰心を得られていなくとも生き延びる事は可能のようで、限界まで弱体化した神を俺は一度画面の中で見た事がある。普通の人間と何ら変わらないステータスをしていた。
それをどうだ?こいつはどうだ?
見るからに凄まじい信仰を獲得しているではないか。
信仰さえあれば、神と言う種族は間違いなく最強の種族だ。無論、魔王や、祖竜種だってその力は驚異。
それが、人間が相手だったらどうなる?
……戦いにすらならない。
「マナー!!今すぐそこから離れるんだ!!!」
俺は精一杯の大声を出してマナーを呼ぶ。
しかしマナーには聞こえていないようで、こっちからは何をしているかわからない。
「…くそっ、何やってんだよ…マナー…」
そう呟きつつ、大人しくマナーの無事を祈る気のない俺は、周りの人間が呆然と俺を見ているのを尻目に、対神戦兵器を淡々と設置しているのであった。
対神戦兵器 《神縛》
効果:種族・神の行動を一定時間封じ込める。
◇
「しかし、予想外だったねぇ正院明子。君の頭がここまで切れるとは思いもしなかったよ」
「…」
「本来曼珠沙華咲耶の身体を手に入れる筈が、君の頑張りによってどうゆうわけか曼珠沙華桜の身体になってしまった。これは由々しき事態だ。まったく、一本取られたよ」
明子は何も喋らず、神の言葉を聞き入れる。
周りの空気は、神の登場によって一瞬にして変化した。今までの剣のような鋭い空気からは一転、困惑の混じる奇妙な空気が出来上がっていた。
まるで別次元の世界にいるような感覚。声は潜め、誰一人として動こうとはしなかった。
…唯、二人を除いて。
一人は、カグラ・タダヒロ。一人黙々と何かを積み上げている。
もう一人は、色のない無表情な瞳で神を見上げる。カグラの力を受け継いだ小柄な女の子。
マナーだった。
「桜?」
「うん?君は…ああ、曼珠沙華桜を倒した子供か。君め、やってくれたね。君のせいで私の計画が狂いまくりだよ」
「…ごめん?」
「そう言われてもね」
神に対して恐れを知らず話しかけるマナー。
それを前に、天月乃神は苦笑いをした。
「あなた、誰?よく喋るんだね」
「君は失礼だね」
「そうかな」
天月乃神はマナーを見つめ、腕を組んで思案した。
それと同調するかのように羽衣がうねり、天月乃神の周りを回転する。
「誰、か。では、この国の神様だ、とでも言っておこうかな?」
「そう、じゃあ神様。あなたは桜なの?」
「ふむ、ちょっと意味がよくわからないけど、私の容姿の事を言っているのかな?」
口を歪め、三日月のように形を変える神。
天月と名乗った神は、その光の階段をゆっくりと降りて行く。
コツコツと足音をたて、マナーの目の前に移動した。
「私は間違いなく桜であるが、桜本人では無いとも言える」
「…?」
「君には少し難しいかな。まぁ良いさ、だからとりあえず私の事は天月と呼びたまえ。姓は…曼珠沙華とかで良いかな?」
「じゃあ、まんじゅ…曼珠沙華、天月?」
「まぁ発音は難しいよね」
姓は覚えなくても良いよ。と天月は言って、マナーの身体を観察する。
「君…身体に何か違うものが憑いているね。他人の力かな」
「さぁ?」
夜空を見上げる天月。
そこには一際大きい、巨大な火球が浮かんでいた。
「彼のものではないみたいだ。でも、これほど強い力、彼のもの以外考えられないんだけどねぇ」
その火球は巨大な火の鳥へと形を変え、凄まじい速度で天月の頭上を通り過ぎて行く。
「ふむ、彼はもはや人間ではないね。人間の限界を超越してる。君にも言える事だけど」
巨大な火の鳥は、その巨体を天月の現界した黄泉の扉の前に固定する。その身体は段々と小さくなり、やがて人型の男性へと変化した。
炎が燃えるように揺らめく赤髪に、最強の人間を連想する。
「彼、どうやら私より黄泉の扉の方が気になるようだ」
瞳孔を開き、震える手を扉に向ける姿は、どこか危険な事をしでかす合図であるようにも見える。
しかし、その手は扉に触れる寸前で、途轍もない力によって弾かれてしまった。
「あの扉は神以外の生物には入れない構造になっているからね。彼がどう足掻こうと、入ることは不可能だよ」
横目でちらりとマナーを見る天月。対するマナーは、その視線に気づきもせず唯無表情で扉を見上げていた。
扉の前で立ち尽くす男性は扉を見つめ、寂しそうに頭を垂れる。
そしてくるりと振り返り、その先にいる神を睨んだ。
「…この魔法壁は、お前が作ったものか?」
「いいや、元からあるものさ。その先は神の世界だ。人が通るべき道では無い」
「なら、人の身体を持つお前にも入れないんじゃないか?」
「大丈夫さ。戻る気はさらさら無いからね。君ももう諦めなよ。どうせ、君の会いたい人はその先にはいないさ」
「ッ…何でお前が」
「決まってるじゃないか。私は神だからね。たとえ君がこの国の人間じゃなくとも、少しは認識しているつもりだよ?スルト・アルバレア?」
「…そうか」
それにしても、と天月は呟く。
目を瞑って、心底嬉しそうに口を歪めた。
「随分集まっているようだね。彼と同じように、特別な何かを持った人間が。この出雲に」
夜空に浮上し周りを見渡す。
マナーから見ると唯の点にしか見えない人達も、神の目には距離など関係の無い事だ。
その視界に映るのは、恐ろしい目つきで天月を睨む女性と、その隣で何かをしている少女。
少女の周を中心に、巨大な術式が発生しており、真っ赤な光で少女を照らす。
『彼女は…言わずと知れた曼珠沙華の跡取りだね。強い力を感じる。流石は初代を除く一族の中で唯一 神木と会話ができた少女だ』
何かの術でも使ったのだろうか、その声は綺麗に明子の耳に入った。
「どう言う事だ…?天月乃神!」
『そのままの意味さ。ついでに教えてあげると、君が桜を救えなかったのは君の落ち度じゃないよ』
「なに…?」
『君が負けるのは当たり前の事だったんだよ。なにせ、年月が違うんだからね』
「…まさか」
点と点が繋がる時。点は集まり、形を変え、明子に美しい点描を見せる。
その点描の点の一つ一つが、天月乃神の歴史。曼珠沙華の歴史。
そこに、神木など、ない。
『今まで、神木と話していたと思っているのは、すべて幻想さ。本当は、神木に意思なんてない。あるのは、ここにいる私のみ』
天月乃神は、夜空を照らし、未だ月食を続ける月に背を向ける。
『天月乃神と話したのは、桜だけではないと言う事さ。むしろ、神木と話した者なんてほとんどいない。先代も、初代を除く全てが私と話していたのさ』
その身体を、赤い光が包む。
神木の根が天月に集まり、折のように囲んで行った。
『でも、例外は居たんだね、曼珠沙華咲耶。この根はなんだい?』
「……姉さんを、返してください」
小さな声で、呟く咲耶。
術式はより一層輝きを強め、血のように赤い彼岸花が揺れた。
天月は動かない。
いや、動こうとしても、動けないのだ。
それでも、天月は嗤う。今度は歯を見せ、大きく声を上げた。
『あははははははははははははははははっー__ひぃっ、ふわははははは!!!』
いつまでも笑い続ける天月。
いつしか赤い光は炎へと変化し、天月を囲む根はどんどんと増えて行った。
『あぁ、この炎は君の物かな?スルト・アルバレア。一体どうやって神力のある炎を作ったんだろう。教えてもらいたいね』
スルトは鋭い目つきで、天月を睨む。神には全て分かっているのだ。
『体を霊体に戻せないね。リッカ・アラマチルダ?でも、何で私の魂を固定できるんだい?こんな事、普通のマジシャンにはできない筈だけど』
不気味な笑みを浮かべ、天月を見上げるリッカ。無論、神には全てお見通しだ。
『体が動かないねぇ、神楽忠弘?これは何かの道具の力かな。でも、何で君がこんな物持っているんだい?…こればっかりは、私にも分からないねぇ…』
しかし、神にも分からないことがある。それは、突然この世界に出現した最弱の人間と、一人の少女。
『そして、××は滅びた筈なんだけどな。君は誰だい?マナーとか呼ばれているみたいだけど、君は間違いなく××の生き残りだね』
「…?」
意味が分からないことを話す天月に、マナーは一人首を傾げる。
それを見た天月は溜息を吐き、苦笑いをする。
『はぁ、自分の作った物に反旗を翻されるとはね。見誤った見誤った。今度はいつ、復活できるんだろう。黄泉の次は、曼珠沙華桜か。さすが、一族一の才能は恐ろしいね。何だか初代を思い出すよ。何年前の話だったかな』
余裕そうに顎に手を当て、何かを考え込む天月。天月の銀色だった髪は、段々と黒く染まって行った。
『そうだそうだ。あの頃はね、現界したてで力が無かったのさ。だから私は黄泉に封印されてしまった』
でも、今回は万全だった筈なのになぁ、と言う天月。
今回は、曼珠沙華の他に何人も協力者が居たのだ。だから、味方のいない天月は負けてしまう。
「はぁ、次復活できるのは桜が死んでしまった後かな。私の力で蘇るんだから、長生きするだろうな」
そう言って、呆然と現状を見上げる明子を眺めて、なぜだか嬉しそうに天月の意識は消え去った。




