最弱勇者と月食
桜の体に、神木の根が巻きついた。その根はどんどん体を包んで行き、神木に吸い寄せられるようにして、桜は神木に近づいてきた。
その瞬間、桜の背後に大穴が空き、その大穴が神木が裂けた物だったことにマナー達は気づけなかった。その大穴は桜を呑むように包み込み、マナー達が呆然としている間に、桜の姿は完全に消え去った。
そして頭上のドームが爆発するように割れ、その光を全身に浴びる。
「綺麗…」
マナーが呟く。その光の色は、日本を代表する花の色。壮大に枝を展開する巨木に、マナーの目は奪われた。
紛うことなき、桜の色。
その花弁を出雲に舞い散らし、その枝を更に伸ばして行った。
その頂上に立つ。
出雲大将軍、曼珠沙華桜。
桜の光を纏った刀を、神木に垂直に突き刺し、両手を広げ宇宙を見上げる。
神木の花弁が桜の周りを舞い、桜は目を瞑り祈りを捧げる。
その祈りの先にあるのは、《自由な世界》をその月光で照らす満月。
すると、神木の枝が不規則に伸びだし、月の輪郭を囲んだ。桜の目前にもそれと同様の円が伸び、それに続き、月を囲む円は増えて行く。やがて、その円は月と神木を繋ぐ様にして桜と月を直線に結び、円の花が成長を始める。
小さな枝も一斉に拡大し、神木の花弁が舞い散り、神木の作り出した円を囲んで回転を始めた。
すると、桜の先にある月に、変化が現れた。
満月が欠け、月の右端を穴を開ける様に暗闇が覆った。
その暗闇は成長を続け、月の光は弱まり始める。
桜はそこで目を開く。
その場で跪き、神木に刺さる刀を握った。
「冥府の扉が…この世に出現する…」
しかし、冥府の扉を開くには、まだ材料が足りない。
そう。曼珠沙華の血だ。
桜は目を細め、刀を握り、神木に命令を開始する。
「これで最後だ…」
桜の声が、夜空に消えた。
◇
「咲耶!下がっていろ!桜が本格的にお前を殺しにきたぞ!」
「ひっ!?」
明子が咲耶の前に仁王立ちし、襲いかかる巨大な根を睨み、結界を張る。
四角形の結界に塞き止められる根。しかしその質量と攻撃に押され、徐々に罅を生やしてきた。
「くっ…咲耶!神木の制御権を桜から奪い取れ!!」
「えっ!?」
「お前の方が神木を制御できるはずだ!なにせお前は神木に選ばれているからな!」
「…!」
すると咲耶は何かに気づいたような表情をとり、その場で跪いて神木に両手を翳した。
「…明子さん!神木が反応してくれました!!」
「慎重に行け!桜に神木が咲耶に侵されていることを悟られるな!!」
「はい!」
曼珠沙華咲耶は、生まれた時から両親に多大な期待を背負わされて育ってきた。姉との記憶で、両親が存命していた頃の思い出はほとんど無いが、体はそう簡単には忘れない物だ。
咲耶はその天性のセンスと、過去に得た微量な知識で、ほぼ手探りに神木を伝って行く 。
曼珠沙華の一族にしか使用できない、ユニークスキル《神木の声》。何万年と生き続けた大樹は、人間からの信仰と出雲の土地の力によって神格化した。
初めて意識を持った大樹は、その意思を自分の周りに暮らしている人間に伝えたかった。やがて最初に神木の声を聞いた人間は、曼珠沙華一族なるものを繁栄させ、その一族の働きによって更に信仰を得た神木は、その性質を、単なる大樹から、神木へと変える。しかし、曼珠沙華に神木の力が傾いてしまったせいか、その声は曼珠沙華の一族にしか聞こえない、と言うことになってしまった。
「姉さんが…道を繋いでいます!」
「なんだと……始まっているのか!?」
バッ、と頭をあげる明子。そこ視線の先にあるのは、三日月のように姿を変えた、美しい月。
いわゆる、月食と呼ばれるものだ。
「結界を展開!!曼珠沙華咲耶を死守せよ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
総勢50人もの妖術師は、一様に詠唱を開始し、その中心に明子は結界を作り出していた。
「こ、これは…」
「なんだ!?」
冷や汗を垂らしながら明子に報告を届ける咲耶。今、この現状で、神木に対する未来予知とも取れる能力を持つ咲耶は、とても有用な物だ。
桜は気づいていない。完全に自分は神木を支配していると思い込んでいる。桜が危ない。この桜に対する裏切りも、元々は桜を止めるために実行した苦肉の策だ。
「神木を、凄まじい速度で駆け上がっているものがあります…これは……小さな女の子…」
「…なんだと?」
咲耶の脳内に映るものは、輝く二刀を持った金髪の少女。飛び交う神木の根を利用して、どんどんと頂上に近づいていた。その少女の名はマナー。今現在297レベルを携えた、最強の少女だ。
「っち!状況は読めないが、もうそいつにかけるしか無い!!根を足場にそいつを桜の下に届かせろ!!」
「やって見ます!!」
咲耶の声に反応して、上昇を始める根。土を掘り返すようにして出現した神木の根は、まるで天災のようだった。
「神木ってこんなに根っこあるんですね…もう歩けたりするんじゃないかな」
「…移動式出雲大国か…面白いのぅ…じゃのうて!!」
大声をあげて妖術を使用する明子。夜空に手を上げ、式を展開させる。
「鬼髑髏!!」
魔法陣のように展開された式の中心に、不気味な角を生やした、巨大髑髏が召喚される。
髑髏はそのすっからかんの口を広げ、どこからか出した凄まじい蒼炎を吐き出した。
「良いか咲耶!!もうすぐ月が完全に扉を出現させる!!それを過ぎればわし達の勝利じゃ!!」
「は、はい!!」
「わしらもそれ程長い間時間稼ぎはできん!!それまでに、神木の制御権を完全に桜から奪うのだ!!」
咲耶を中心に広がる紋章。炎の様に赤い輝きを持った紋章はどこまでも巨大に進化し、成長を続ける。
式を彩る漢字の羅列。これをすべて咲耶は支配しているのだ。並大抵の頭脳でできる芸当では無い。
「曼珠沙華咲耶…ここまでのものとはのう…」
その技量に感嘆を禁じ得ない明子。その間も、明子の召喚した髑髏は炎を吐き続け、その炎は神木に達した。
しかし神木に炎は効かず、桜が刀に力を入れた途端、途轍もない突風と共に、周りの炎は吹き消されてしまう。
「まだだ!!」
その声と共に地面からおびただしい量の骨が出現する。
その骨は骨組みを組む様にして髑髏に結合し、巨大な骸骨の化け物が召喚された。
「行け!鬼骸骨!!」
ずしりと重たい足を上げ、神木にゆっくりと近づいて行く骸骨。
その後を続く様に、角の生えた巨大な髑髏が群れを成し始めた。
この大軍は、出雲の妖術師達が召喚した物。国民から兵士まで、すべての人間が出雲の異常を敏感に察知し、神木、いや、桜の暴走を止めると言う名目で今、一丸となったのだ、
それを頂点から見下げる桜。
歯を噛み締め、刀に更に力を加えようとする。
が、その行動を阻止せんとする者が神木の枝を伝って現れた。
それに気づいた桜は、その場に立ち上がって刀を抜いた。
「決戦だ」
ユニークスキルの力でステータスが強化されているとは言え、やはりそのレベルの差は途轍も無く大きな物だ。
だか、桜はもう引けないところにまでやってきてしまった。
覚悟を決してマナーを睨む。
一本の刀に持ち合わせうる、すべての力を持って居合の構えをとる桜。目を瞑り、その得物に神木の力を込める。
それを無表情で眺めるマナー。両手の刀を交差させ、同じ様に構えをとった。
そして一閃。
神木の輝きが増し、月に続く道が光を帯びる。
月の光はすべて変化し、暁へと姿を変える。
暁に通じる光の階段。その先に不気味な扉が姿を表した。
血を垂らしながら倒れこむ桜。
勝負に負けた桜は、なんとか立ち上がり刀を杖にその階段を登る。
マナーはその光景をただ見つめ、その場から動こうとしない。
扉に辿り着いた桜は、言う。
「曼珠沙華の血を引いているのは、咲耶だけではないだろう」
腹に刀を突き刺し、光の階段に膝をつけた。口から血を吐き、倒れこむ。
最後の力を振り絞り、刀を腹から抜き取る桜。
その刀を、勢いよく扉に突き刺した。




