最弱勇者の他力本願
雷鳴と共に降り立つ雷。
光の柱で空を覆い、輝かしい程の熱がその体に吸い込まれた。
それは本来あるべきであったもの。
彼が持ち合わせていてそうでないもの。
《283》の数字が、今加算される。
◇
凄まじい轟音とともに、俺の手は強く輝いた。神木の光を押し返し、出雲の世界を真っ白な景色に染める。
「こ、これはいけそうな気がする!!今まで以上に力を感じる!!」
最初のアレとは程遠い強烈な爆音。手が焼けるように熱い!熱いぞ!これはこれでまずいかもね!
「やっときた!最強系勇者の誕生!もう最弱とは言わせねぇ!!」
おお!桜さんが顔を背けて目を隠してる!!なんで俺だけこの中で目が開けるんだろう!?
しかし今はそんな事どうでも良い!今はこの光も雑音も愛おしく感じるよ!
「さぁこい!他力本願!!」
降り立つ特大の雷。流星にも隕石にも見える巨大な光の柱が、その名の通り光速で飛来した。その光は俺の目の前に衝突し、地面を割って特大の砂煙を起こす。
俺の瞳孔が開いてゆくのが分かる。光が俺の目を焼き付け、体の内から体温を上昇させる。
額から垂れてきた赤い水。気づくと体は傷だらけだった。
だが、痛みは感じない。唯々、体が焼けるように熱いだけだ。
「やっとだ…!やっと来た!毎日毎日ボディタッチを過剰に警戒する日が終わる!!」
今日を境に俺は勇者となる。チート能力を持って異世界に転生を実現させる。
そしてテンプレ展開に乗っとってハーレムを作るんだ!!強い敵も適当に倒して良い職に就く!不良に絡まれてる美少女も助けてフラグを乱立させる!
人生勝ち組だあぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
やがて収まる光の猛攻。視界は回復し、酸素を出し尽くした肺に空気を貯める。軽くよろけながら俺は立ち上がり、依然として散らない砂煙を払う。
HPはもう少ししか無い。もしかしたら既に1なのかもしれない。
しかし、そんな事よりも、気になっていることがあった。
この先には何がある?そこには何が待っている?
足を引きずりながら砂煙の中を歩いて行く。目の前が垂れた血液によって赤く染まり、口が鉄の味に侵された。
口の中にある血液を吐き出し、袖を伸ばして両目を擦る。
そして、視界から赤い物が無くなり、首を振って目を開く。
しかしその瞬間、俺の体は吹き飛ばされた。
「あがっ!?」
体が地面に打ち付けられ、大きく血飛沫が舞った。肢体に力が入らず、体が動かない。
それでも意識は飛ばず、なんとか頭を動かした。
そこに映るのは光の塊。それを中心に砂煙は穴を開けた。
長い金髪に、俺の使うマントを羽織っている光。リッカに買ってもらったのだと言う、可愛らしい着物がマントと重なってアンバランスだ。すると光はマントを自分の体から剥ぎ取って、吹き荒れる暴風に乗せて遠くに放り投げた。
それによって見える横顔。
まだまだ幼い少女の横顔。
しかし、少女の目から発される鋭い視線とその表情は、とてもそんな幼い少女とは思えぬ程、凛々しいものであった。
彼女は俺がこの世界に来て始めて知り合った子供。
そしてこの世界で一番大切な人。
その娘の名前は…俺が名付けた名前。即興で考えたものだったけど、今はもう愛着まであるだろう。
その名前は…マナー。
「ま、な…ぁ」
「…」
彼女は無言で俺に振り向く。
綺麗な碧眼だった目が、真っ赤に染め上がっていた。
成る程、と俺は呟く。他力本願とはこのことだったのか。俺の本来あるべき力、それがマナーに移された。
耳元に機会音が聞こえる。視界が何かに覆われ、やがて機会的なカーソルが浮かび上がった。
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名前:マナー
Level:297
HP:8630
MP:960
攻撃力:1290
筋力:592
防御力:860
魔力:725
魔防:793
素早さ:1570
技:1592
幸運:244
武器:ソードブレイカー
説明:10%の確率で敵の攻撃力を減少させる。
防具:出雲の浴衣・改
説明:袴を短くし、足を動かし易くした改良型浴衣。製品化はされていない。
素早さ+10
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「…は、ソードブレイカーはちょっと心許ないな」
メニューを弄り、二本の刀を取り出す俺。赤い装飾が施され、鮮やかな色合いに凄まじい力を感じさせる。刀身は白。どこまでも透き通った、白だ。
《神刀》
まるで水晶のように輝く刀は、その名の通り神々しさを放っている。
俺はその刀を持ち上げようとするが、上がらない。メニューから回復役をだして、一気に飲んだ。苦い香りが口の中に広がって、軽く咳き込む。
そして力を込めて立ち上がり、再度刀を持ち、上がらない。
「…くそっ!カッコつけておいてこれかよ畜生…もう良い!マナー!これを使え!!」
「…?」
この場の緊張感を吹き飛ばすように刀を指差し叫ぶ俺。目を大きく開き、唖然として動けない桜さんを横目に、未だに淡く輝いているマナーは、トコトコと俺に近づいて来て俺の刀を拾い上げた。
手の上で器用に操り、クルクル回して二対を握った。
「…ふふ。凄い」
子供とは思えない程妖美に笑うマナー。そしてまた両手で刀を振り回し、砂煙を撒き散らす。そして垂直に振り下ろし、豪快に煙を吹き飛ばした。
「うふふ、今ならなんでもできる気がする」
刀の先を桜さんに向け、弄ぶように円を描いて、口を小さくに歪ませた。
◇
「……ぐっ… 気色の悪い」
マナーの妖美な力に当てられたのか、顔をしかめて桜は刀を構えた。切っ先をマナーに向け、その強化されたスピードをフル活用し、マナーの首を切り落とさんとする。途轍もない轟音と共に弾ける地面、その瞬発力が伺えた。
信じられない程の瞬間加速。全体重を乗せた会心の一振りがマナーを襲った。
しかし、その刀はマナーの喉元で止まる。
「…なんだと」
「…あは」
耳に突き刺さるような金属音が出雲に響く。桜の刀は弾かれ、煌びやかな星空を銀の光が舞う。
桜はなんとか踏み止まり後退するが、弾かれた衝撃によって腹に大きな隙を作ってしまった。そんな桜に、マナーは一切容赦無く、正面蹴りを叩き込んだ。
声もなく吹き飛ぶ桜。両目を大きく開き、その体を神木に打ち付けた。
「ゴフッ…」
刀を杖に立ち上がり、血の塊を吐く。フラフラと危なげに前に進んで、地面に刀を突き刺した。
「神木ッ!!!」
《花鳥風月・滅紫》
神木がさざめき、花弁を散らす。ざあざあと言う音がして、その光を深い紫に変化した。
すると桜の周りから何本もの神木の根が生えだし、地面に刺さる刀に巻きついた。そして旋風を巻き起こし、さらに生えだした極太の根がマナーをはじめとするあらゆる人間を傍若無人に襲いかかった。
「まずいぞっ!結界を固めよ!!」
「「「「「応!」」」」」
この無差別な攻撃に、出雲の兵も桜と敵対せざるおえなくなり、桜の暴走を防ごうと一斉に守りを固めた。
巨大な神木の根が空中をうねり、地面を這いずる。その姿はまるで大蛇のようで、日本神話に登場する八岐大蛇を彷彿させるものだった。
その攻撃を前に、なす術なく破壊されて行く結界。その牽制力は、あっても無いようなものだ。
そしてただの一本も止められることなく攻撃対象に近づく神木。根の先を尖らせて、兵士の一人に向け、凄まじい速度で突き出した。
「うわあぁぁあ!?」
咄嗟に腕で体を守るがもう遅い。鋭い神木の根は、非力な兵士の心臓を突き破って外に出た。
「あ…」
そして放心状態のまま上空に跳ね飛ばされる兵士。
空でその光景を眺めるスルトは、炎の翼を大きく広げ、落ちてくるように地面に突進し、衝突する寸前でその体を止めた。
そして再びバサリとはためき、出雲の人間を守るようにして翼を展開した。その翼はやがて結晶となり、桜から出雲を守るようにして壁を作り出した。
落ちてくる兵士を優しく浮かべ、その傷口を炎で炙る。すると兵士に空いた生々しい大穴が凄まじい再生力を持って塞がれて行った。
「神木フル活動か…なんて厄介な」
結晶を置いてきぼりにして、再度翼を展開するスルト。
真上へと飛翔し、できる限り神木の根の囮となって、翼をはためかせた。
「火の鳥…ってやつかな」
その光景を無表情に見上げるマナー。しかし、そんなマナーの目前に神木の根が近づいていた。
見計らったかのように突撃する神木。何本にも枝分かれし、数千本もの針がマナーを襲う。
一際巨大な根を切り口に、後を追うようにして膨大な量の根がマナーへと攻撃。しかしそこに既にマナーは存在しておらず、枝分かれした神木の根の上を高速で走っていた。刀をぶら下げるようにして走り、巨大な神木に多量の傷口を作って行く。それを止めようと飛来した神木が襲いかかり、マナーを追う。するとマナーは根の上で跳躍し、次の足場を自分を追う根に変更した。
空中で何度も回転し、絶え間無く傷口を作って行く、突進する根を利用し微動を繰り返し、傷一つ負う事なく神木の猛攻を受け流して行く。
この力はカグラには無かった物。
ユニークスキル《神風》
戦況を一変させる力を持つ、神の大嵐だ。その本質は、攻撃を回避すると言う物、ありとあらゆる自分に対する障害を回避する力だ。素早さを上げるとか、防御力を上げるとか、そんな物では無い。唯々、《回避》するだけなのだ。しかし、その力は絶対の物だ。
どれだけ攻撃力が高かろうとも、強力な魔法を使おうとも、当たらなければ意味が無い。
そう、当たらないのだ。
「ふっ!」
力強く足場を蹴り、空高く跳躍する。足場の無い空中にいるマナーを、神木は無慈悲に追撃する。
しかしその攻撃は一切当たらず、擦りもしないまま回避された。
自分の真横を通り過ぎる神木に刃を突き立て、ガリガリと削って行く。さらに飛びかかる根を蹴り飛ばし、その反動で体を横に動かす。そして一閃。何度も回転しながら神木の根を輪切りにして行った。
「クルクルクル」
そのままコマのように回転し続け、特に大きな根に飛び乗って刀を両手に広げた。
そこから音速で走り抜け、桜の立っている場所に到達する。
そこは神木の根をドームのように張り巡らせたような場所であり、その中心で桜と剣戟を繰り広げる防戦一方のシェイミーがいた。
「マナーちゃん!?」
シェイミーは神木を切り裂いて派手に登場するマナーに驚愕し、振り返って大声をあげた。
桜はその姿を見て、忌々しいと下唇を噛む。奇妙な力を突然発動し、蹴り飛ばされた記憶はまだ新しい物なのだ。
しかし、この状況でシェイミーと強化されたマナーを相手するのは、たとえ桜と言えども分が悪すぎる。
そこで、桜は、切り札を使用した。
「ここで、終わらせてやる」
マナーとシェイミーを、鮮やかな桜色の光が包み込む。
《花鳥風月・桜》




