最弱勇者と剣戟
手に持つ刀を何度も振るうが、その刃は全て当たる前に弾かれてしまう。
桜は自分の周りを囲むようにして突き刺さる刀を足で払うようにして空に蹴り上げる。すると、桜は浮いた刀の柄を次々と蹴り飛ばした。
シェイミーは飛来する刀をなんとか見切り、刀で捌き切るが、身体中にいくつも細かい傷を作ってしまう。
そこに桜が駆けて行き、シェイミーと剣戟を開始した。
シェイミーはナイフと刀で二刀流の猛攻を防いで互角の勝負を繰り広げるが、突然足元に何かが引っかかり、シェイミーの体の重心が狂ってしまう。
倒れたシェイミーに桜はすかさず刀を突き出す。しかし間一髪で体を転がしたシェイミーは、頬の皮を切られる程度で被害を止めた。
刀を振り回し、遠心力で体を浮き上がらせたシェイミーは、そこから桜と距離をとり、現状を視察する。シェイミーの足元にあったのは先ほど桜が蹴り飛ばした刀、地面に刺さって固定された刀に、自分は足を引っ掛けてしまったのだ。
「…なんて荒技」
もしこれが狙って仕向けられた事ならば、相手の桜は計算高いどころのものじゃない。光が赤から青に変わったその時から、桜の雰囲気は変わっていた。顔は無表情になり、細かい動きと、冷静な判断力が高くなっているような気がする。
「強いですね…」
赤から青への変化…それが桜の動きにどう関係しているのか、それをしらなければ対策の立てようが無い。敵の弱点を知っておかなくては不利のままだ、と自分に言い聞かせるシェイミー。
するとシェイミーの耳に妙な風切り音が聞こえてきた。考え事をしていたシェイミーはそれにやっと気づき、頭を傾けて避ける。
その時、目の前から大きな影が迫っているのに気づいていなかった。
(第二手!?)
凄まじい早さで迫るそれをなんとか避けようと試みるが、体を横に倒した瞬間、首筋に鋭い痛みと冷たい金属の感触が走った。
そこにあるのは一本の刀。先ほどシェイミーに襲いかかっていた刀は、いつの間にか後ろの木に突き刺さっていたのだ。
「ぐっ!?」
固定された刀と首を挟むようにして、影から迫る一閃をなんとか防ごうと足掻くシェイミー。突然の直感を頼りに、刃と首の間にナイフを滑り込ませると言う機転を繰り出し、なんとかこのギロチンを防いで見せた。
この行動に桜は驚きの表情を見せるが、すぐに我に返り、いつの間にか地面に生えていた刀を抜き取ってシェイミーの頭を狙う。
しかしその刀は何処かから飛来した赤い結晶のような物に弾かれ、起動をそらされた刀はシェイミーの額を素通りしてまた木に刺さった。
「貴様…!」
「シェイミーに手を出してみろ……殺すぞ」
いつもの飄々とした態度を取るスルトとは似ても似つかぬような真剣な表情をしているスルト。上空から一本の弓矢を持って桜を殺気を籠めて睨みつける。
桜は一つ舌打ちすると、後ろに跳んで刀を地面に突き刺した。すると、桜を囲むようにして六本の刀が地面から出現し、何かの詠唱を始めた。シェイミーの首元にあった刀は無くなっている。
キィン、と甲高い音を鳴らしたナイフは、一斉に宙に浮き上がり、桜の詠唱を止めるべく高速で動き出す。
それに気づいた桜は、詠唱をせき止めるようにして口を閉じ、自分の近くに刺さる一本の刀を抜いて飛んでくるナイフを弾いた。たった一本の刀で数十本のナイフの立体起動を防ぎ切る姿は剣聖を思わせるようで、その力はシェイミーとの技量の差を感じさせる。
このままでは全てのナイフが弾かれてしまうだろうと、そこに加勢すべく地面を鳴らし刀を上段に構えるシェイミー。
そして一気に駆け出したシェイミーは、周りの刀を土台に飛び上がり、桜に目掛けて力強く降り下げた。重力の力とシェイミーの全体重を乗せた一撃は、凄まじい威力を持った物だったが、桜はそれを紙一重で避け、高い威力の反面、大きな隙を作ってしまったシェイミーの体に回し蹴りを放つ。
それにシェイミーは低く呻き声をあげ、数メートル吹き飛ばされた。
「うっ…!」
司令塔を無くしたナイフは、次々と地面に転がり落ち、高い金属の音を響かせる。
邪魔者はいなくなったと言わんばかりに刀を再度突き刺した桜は、その口から詠唱を再開する。
「させるか…」
力を溜めていたスルトの弓矢の形をした炎が、ギチギチと音を立てて放たれた。
赤い光を帯びて放たれた矢は、空中で分裂し、その数を二倍三倍と増やして行く。
やがて空を埋め尽くす程の数になった矢は、桜のみならず他の出雲兵も巻き込んで攻撃した。赤い矢は目標に刺さった瞬間、炎へと姿を変え、兵士達を燃やしてしまう。
桜は自分を覆う青い光がその矢の攻撃を防いでいたが、その攻撃は収まる事を知らず、青い光が赤く染まって行くのを感じ取った桜は早急に詠唱を完了させる。
「■■■■■…………神木!!!」
桜がそう叫んだ瞬間、地面が隆起し、巨大な木の根が現れた。
ウネウネと生き物のような動きをするそれは、先を尖らせ一斉にスルトへ襲いかかった。
「神木を…操っているのか!!」
轟音を出しながら周りの建設物を潰し、縦横無尽に蠢くそれを、スルトは翼で受け流し回避する。
スルトは空を覆うようにして翼を広げ、これまでに無い程巨大化した翼は、パキパキと音を立てて結晶のような姿に変化した。
本来メラメラとただ漂うだけの存在である炎は、スルトの力によって質量を持ち、石のような結束力を作り出す。
スルトは結晶の翼を大きくはためかせ、スルトを貫かんと進撃する神木の根を右に反らすと、勢いを制御しきれなくなった根に勢いよく翼を突き立てた。根は結晶と接触した瞬間焼けるようにして断ち切れる。切断部分は融解したようにドロドロと溶け出し、翼の結晶がどれだけ高温なのかが見て取れた。
「…厄介だな」
桜は刀を振りかぶり、槍投げのような構えをする。大きく助走をつけ、力の限り投げつけた刀は、淡い青色の奇跡を描いてスルトに迫った。
しかしその刀は、スルトに当たる一歩手前で小さな数本のナイフによって止められてしまった。
桜の前に立つのは、その長い髪を燃え上がらせる少女。
桜は地面から二本の刀を出現させ、その刀を両手に構える。
「いつまでも足掻きやがって」
その時、桜を覆っていた青色のオーラが変色し、明るい黄色の色に変わっていく。
《花鳥風月・山吹》
刹那。
シェイミーの腹に横蹴りが入る。捉えられないスピードに目が追いついていなかったシェイミーは、なんの耐性も無く吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がってなんとか体を起き上がらせた。
背後には炎。桜の術が続いているのだろう、これが解除されるまで援護はスルトしかできない。
こうしている間にも外の仲間や、空中で神木と戦っているスルトはどんどん傷ついて行くだろう。
故に、ここは早く桜を倒して外の援護に回らなくてはならない。
「ぐ…一体どこに……ッ!?」
桜がいた場所は神木の根の上。自分の操る根を土台にして、シェイミーの真上に移動してきたのだ。
桜はそこからシェイミーに向かって飛び上がり、垂直に切り下げる。
シェイミーはそれを紙一重で避け、桜の隙を凝視する。
(これは、あの時の私と同じ体制……!)
そう、この体制は詠唱を止めようと桜に特攻した時のシェイミーとほぼ同じ体制だったのだ。
自分の時と同じように大きな隙ができている桜を見て、これは好機とシェイミーは踏み込んだ。
桜の胴に走る一筋の光。これが決まれば桜は間違い無く戦闘不能となるだろう。
シェイミーは勝利を確信し、刀に更に力を込める。
桜は動かないだろう。自分と同じように大きな隙を作ってしまったのだから。
桜は動けないだろう。自分の時と同じ動きをしてしまったのだから。
桜は避けれないだろう。自分の時は動けなかったのだから。
そう、 自分ならば 。
「なっ!?」
今までの物とは比べ物にならない程甲高い金属音を鳴らし吹き飛んだ刀は、シェイミーの拳から大きく離れ、手の届かない位置に突き刺さる。シェイミーの攻撃は桜の切り返しによって弾き返されてしまったのだ。
そして突然シェイミーの頭を襲った回し蹴り。脳を揺らされ、意識が飛ぶような感覚に襲われたシェイミーは、またも大きく吹き飛ばされ、炎の壁を突き破って外に出る。
「シェイミーッ!」
意識が朦朧となる視界の中、空から自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
赤い輝きが自分に向かって迫ってくるが、その輝きは横から強襲してきた神木の根によって吹き飛ばされ、視界から消える。
(お父さん…)
空に向かって手を伸ばしてみるが、その手が掴む事ができるのは最愛の父親の手では無くただの虚空。
やがて頭から垂れる血液によって視界が赤く染まって行き、目を閉じ黒くなる。
音もわからなくなり、身体中を駆け巡っていた痛みの感覚もシェイミーの身体からは消えて行った。
シェイミーを冷たい目線で眺める桜。ただただ興味のなさそうに崩れ行く様を見届けている。
やがて地面に転がり動かなくなるだろう。頭に攻撃したのだからただでは済まないはずだ。
しかし、シェイミーが地面に落ちるその瞬間、体の落下は止まった。
シェイミーを支えているのは一人の少女。
シェイミーよりも背が低くて、この戦場の誰よりも弱そうな一人の少女。
少女はしっかりとシェイミーを支え、片手に持つナイフを前に突き出し、桜を睨んだ。
「…」
パクパクと口を動かし、満身創痍のシェイミーと会話する少女。その会話は遠くにいる桜からは聞こえていないが、シェイミーが何かを受け取り、その液体らしき物を飲み干した動きは見る事ができた。
刀を杖にして弱々しく立ち上がるシェイミー。身体中の傷が悲惨さを物語っているが、その髪の炎は消えてはいなかった。
鋭い目線で二人の少女を見つめる桜。
二人の口が小さく動いている。
その会話は先ほどのように聞こえてはいなかったが、桜にはその唇の動きがこう言っているように聞こえた。
『リベンジマッチだ』と。




