最弱勇者の最大戦力VS出雲大将軍
「姉さんが、私を殺す…?」
「そうじゃ」
これは出雲に、神樂達がまだ遭難していない頃の話だ。
一人で住むのにも狭い小屋のような家に、曼珠沙華咲耶と正院明子は対面していた。
咲耶は目を丸くし、知り合いの全く訳の分からない台詞に頭を混乱させた。
明子の鋭い視線が、咲耶の心に突き刺さる。
「それは…どういう事なんですか?」
「あいつはお前を触媒に、神木を通じて黄泉の扉を開こうとしておる。蘇りの術の噂は知っているだろう?」
「は、はい…でも黄泉って……」
「何処にあるかは分かっていないが……噂や伝承では無く、確実に存在していると言われている。わしを含め、出雲に在住中のあらゆる知識人からの推測でも信頼できる」
「…何故ですか」
「曼珠沙華桜が神木を通じてそこに干渉しているからじゃ。桜自身がそう話してくれた」
「でもそれだけでは…」
目を伏せ、明子の話を聞く咲耶。握りしめる小さな拳からは、不安と恐怖が隠れていた。
「そして咲耶。お前が神木と会話ができていることが事が何よりもの証拠なのじゃ」
「ッ…!」
突然目を見開く咲耶。
何故気づかれていたのか、どうやって自分が神木と通じていることに気づいたのか。
咲耶の額に冷や汗が流れた。
「警戒心が無いのかお前は。わしはいつも神木を監視している。不自然な発光など、見落とす筈がなかろう」
「…なるほど」
自分が監視されているわけじゃないのか、と胸を撫で下ろす咲耶。
一人きりの部屋で何をしていたかなんて、見られていたら恥ずかしくて死んでしまうところだった。
本棚に隠してある日記とか、自分で書いた小説とか、中に姉さんがでてくるところとか、見つかって良い筈がない。姉さんと二度と顔を合わせられなくなってしまう。
咲耶は顔を赤くし、なるべく勘付かれないよう真剣な表情をするが、明子は口を歪め、ニヤニヤと咲耶を見ていた。
「そ、それで、私が神木と話せていたら、なんで姉さんが黄泉の国に干渉できると言うことになるんですか」
「それはお前も知っていることだろう?本来神木と会話ができるのは神木に選ばれた人間ただ一人なのだ」
「ですが、姉さんは現に神木と会話ができています。神木が二人とも選んだのでは?」
首を傾げ、感じた疑問をぶつける咲耶。
それに対して明子はフリフリと首を振った。
「断定はできないが、それはないと思う。そんな伝承は調べたところ一つもない」
「そうですか…では姉さんは何と話しているのでしょうか」
「そこなのだ咲耶」
「…え?」
顎に手を当て、目を細める明子。その鋭い思考で、何を考えているのか。
なぜ、ただの薬師ごときが、曼珠沙華についてここまで知っているのか、神木を監視するほどの力があるのか、正院家と曼珠沙華家の関係はどのようなものなのか。
「桜は神木と話しているのではない、黄泉の何かと話している」
そもそも正院明子とは何者なのか。
何故ここまで桜のことを調べるのか。
咲耶は明子との関係があまりないので分からない。こんなに長い会話をしたのは、今日が始めての事なのだ。
「黄泉の国…か」
両親の顔を見たことがない咲耶は、少し黄泉にいる両親に興味を持つ。
いろんな事を想像するが、どの顔も本当の両親の顔ではないだろう。
「わしは、桜の蘇りの術を阻止しなくてはならない」
力強く言い放つ明子。何故かその真剣な表情からは、恐怖のようなものが見えた。
「それは、私の為ですか?」
「違う」
目を閉じ、空気を重くする明子。咲耶には、明子の気持ちが分からない。
「では、姉さんの為ですか」
「それも、違う」
そしてやっと明子と目があった咲耶は、その表情に驚いた。
その表情は、今にも泣きそうで、無表情にも見えるが、明確な感情が見え隠れしている。
「わしの、為じゃ」
それはさっきの曖昧なものとは違う、失う事に対する異常とも取れる恐怖が、曼珠沙華咲耶の目に入った。
◇
《花鳥風月・深緋》
神木が、赤色に輝いた。真っ暗な宇宙を赤く染め、カグラたちの目を焼いた。
かろうじて見えるのは、集団の輪の中心に立つ一人の女性。刀を両手に装備し、眼光を鋭く光らせた。
その瞬間、地面が揺れ、途轍もない衝撃がカグラたちを襲った。
視界が反転し、赤い輝きだけが目にはいる。
「何がっ!?」
シェイミーが叫ぶ。
一様に吹き飛ばされて行く仲間たちを見て、シェイミーは突然正面を向いた。
凄まじい金属音と共に、正面から迫り来る銀色の光が受け止められる。
「うぐっ!?」
シェイミーはその攻撃に堪らず声を荒げ、後方へ距離を開ける。
目の前にいるのは曼珠沙華桜。紛れもない凄腕の剣客だ。
シェイミーはポニーテールの炎を強くし、周りを漂うナイフを向ける。
曼珠沙華桜の気配が変わった。透明で無感情な意識の中に、深い赤が混ざったような気配だ。
心なしか、両手に構えた刀の刀身も赤く輝いているように見える。
「将軍の様子がおかしいぞ!どうなっている!」
「桜め…何だそれは」
一際地位の高そうな兵士が明子に怒鳴りつける。明子は落ち着きのなさそうに口を開けたり閉じたりして、大きな袖の中に手を入れる。
「神木が、私に答えたのだ!」
桜は刀を明子にむけ、その刀を大きく振りかぶり、投げつける。
兵士の何人かがそれに気づき、明子を守ろうと結界を張る。
「甘い!」
しかし、即行で作った結界の耐久力はかなり低く、刀は結界に突き刺さり大きな罅を作り出す。
そして、そこに駆けて行った桜が突き刺さった刀の柄を力強く蹴って結界を破いた。
結界が弾けるのと同時に浮かび上がった刀を手に取り、空中でぐるりと回転し、明子を切り裂く。
しかしその刀の軌跡は途中で掻き消され、明子に当たる寸前で刀は止まった。
「貴様…!」
「なんで仲間を手にかけようとするんですか!」
そこにいるのは、両手に持つ刀でなんとか桜の攻撃を受け止めたシェイミー。
ガチガチと軋み合う刀の鍔迫り合いは、桜が刀を構え直す事で終わった。
「今分かった。私に仲間など最初からいなかったことに」
「わしは…わしは桜のことを思って…」
「うるさい!!」
赤く煌めく刀を素早く構え、地面を鳴らして足に力を入れる。
事態を素早く察知した出雲の住民は、長らく使っていなかった自分の得物を取り出して、一斉に桜に飛び掛かる。
それに気づいた兵士達は、動揺しながらも戦闘体制に入った。
一様に刀や、弓矢を取り出して桜を守らんとする。
ここに桜が発端の、出雲の内乱が勃発したのだ。
裏切り者の明子を殺そうと、視界の中心に明子を入れていた桜は、この事態に構えを解かれ、明子を視界から外してしまった。
「ぐっ!明子はどこだ!!」
目を忙しなく動かし、攻撃を仕掛けてくる敵か味方かも分からない人間を何度も何度も斬りつけるが、動揺している兵士と、冷静な出雲の住民とでは、兵士方が劣勢で、直ぐに桜は囲まれてしまう。
先に周りから排除すべきだと感じた桜は、空中に指で何かを書いて言い放つ。
「野火の業!」
その瞬間、桜の目の前に炎と書かれた術式が浮かび上がる。
そして、桜の周りをサークル状に豪炎が包み込んだ。
この術式の構造が理解できていないシェイミーは、この炎の進行を回避できず、共に戦っていた出雲の住民に取り残され、桜と二人きりになる。
「まず貴様を殺そうか」
赤いオーラが取り憑いているのか、淡い光の軌跡を持つ二対の刀を構え、桜は真っ直ぐにシェイミーを睨む。
「…ふぅ」
自分の周りを飛ぶナイフに意識を集中させ、来るであろう衝撃に耐える為、心を落ち着かせるシェイミー。
炎がすぐ近くで燃えていると言うのに、それを全く感じないほどに集中したシェイミーは、飛び掛かる桜の攻撃を完全に受け止めた。
その瞬間、第二手、第三手が襲いかかってくるが、それを何とか翻し、桜の攻撃を捌ききる。
力では桜が優っている為、シェイミーの刀はいつしか弾かれてしまう。しかし、その隙をシェイミーはナイフを使って上手く消し去っていた。
突然、桜の頭上から炎の雨が落ちてくる。何事かと気づいた桜は、一旦シェイミーから距離を取って、空からの攻撃を潰す為空を見上げる。
そこには巨大な炎の翼を持った男が浮いていた。
「貴様も殺してやる」
「やってみろや」
刀が赤色に輝き、二本の刀を高速で抜刀する。すると、輝く刀の軌跡にそって、赤い衝撃波のようなものが飛ばされる。
スルトはこれに驚き、その炎の翼でそれを掻き消した。
「鎌鼬ってやつかぁ?…冗談だろ」
巨大な翼を大きく開き、質量の持った結晶のような姿をとった炎が幾つも桜に飛来する。
それを桜は冷静に切り裂き、自分の身を守った。
それを好機と見たシェイミーは、落ちたナイフをまた自分の周りに漂わせ、勢いを失いかけていたポニーテールの炎を再度燃え上がらせる。
「行け!」
ナイフを飛ばし、対応しきれない方向から桜を突き刺さんと、背後、左右、頭上、斜め、などあらゆる場所にナイフを待機させる。そして、正面からの自分の特攻に応じて、ナイフの特攻を仕掛けた。
スルトの攻撃を防御するのに必死な桜は、これに対応できず、何とか弾いたナイフの影響で体制が歪み、大きな隙を見せてしまう。
そして、シェイミーの刀が桜の胸を切り裂こうとしたその時、シェイミーが明子を守った時のように、その軌跡は止められてしまった。
《花鳥風月・瑠璃》
地面から突如として出現した数本の刀。柄を上にして飛び出てくる刀に、シェイミーの攻撃は引っかかってしまったのだ。
大きく目を見開き、突然弾かれた自分の攻撃に驚愕を隠せないシェイミー。桜の周りを囲むようにして出現した刀は、その刀身から輝く瑠璃色の光を被せるようにして桜を覆う。
以前として飛来し続けるスルトの炎は、桜の纏う瑠璃色の光に遮られ、消滅してしまう。
曼珠沙華桜の強さは、シェイミーより高い攻撃力ではない。マナーより多い手数でも無い。
その本当の強さは、幾つもの戦い方を使い分ける__
__その《技術》にある。




