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最弱勇者のギリギリライフ  作者: 飛び魚
強国 出雲大国
27/54

最弱勇者と大きな裏切り

明子は感じ始めていた。神木の異常さに。

 いつの間にか泣き声が聞こえなくなった戦場で、ふらりと桜さんは立ち上がった。

 心なしか神木の輝きが増したような気がしてくる。薄紫の淡い色彩が赤みを帯び、爆発してしまうような圧迫感が漏れ出した。

 桜さんは両手を肩の位置に上げ、切っ先を咲耶ちゃんに向けるように刀を構える。

 すると、桜さんの背後から声が聞こえた。


「桜、まずは実行しなければならない。咲耶を殺さなければ始まらないぞ」


「…」


 瞬間、桜さんの姿が消えたような錯覚に襲われる。人の目には追えないようなスピードで、咲耶ちゃんに迫ってきたのだ。


 拙い、この状況では桜さんを誰も止めることができない。マナーでは衝撃に耐えられないし、リッカはそもそも近接型では無い。

 では俺、もといラッキーエンジェルが盾になるしか無いわけだが、桜さんの技術では俺の体をすり抜けて刃を通らせて来るかもしれない。最低俺の体に擦りもすればラッキーエンジェルは反応してくれるのだが。


 ダダダダダダタ、と言う音が聞こえそうなほど、力強く駆け抜けてくる桜さんを見て本格的に心配になってくる。

 フォームも何も無いデタラメな走りなのに、凄まじい速度を持って迫る化け物。その長い黒髪のせいで、もはやただの黒い影にしか見えなくなってきた。


 そして、一閃。

 完全にスピードに追いつけていなかった俺は、右手を咲耶ちゃんの前に伸ばしただけで、銀色の光は咲耶ちゃんに追いついてしまった。

 すぐに視界が真っ赤に染まるだろうと思った頭とは裏腹に、耳からはとても不快な金属音が響いていた。

 金属と金属が勢いよくぶつかり合ったような鋭い音。空間が振動し、肌がピリピリとした感覚に襲われる。


 視界には予想通りの赤。

 しかし、想像していたような禍々しい色ではなく、オレンジの光を帯びた煌びやかな赤だった。

 しかもなぜか異常に熱い。

 血液にしては熱い。

 尋常なく熱い。


「あっつ!!」


 明るい赤で視界を染める犯人。それは炎だった。

 なんか体の半分くらい火傷した気がする。俺死ぬんじゃね?ほら、しっかりHP消えてるし。


 しばらく跳ねていると、この特徴的な火の動き、出火元から、この火を作り出している人物が簡単に特定できてしまう。


「また会いましたね、カグラさん」


 シェイミー・アルバレア。

 最強の人間の娘だった。


「…何者だ?」


「そうですね…まぁ、お父さんの言葉を使わせていただくと、ヒーローってやつですよ」


 刃を交えながら話すシェイミー。桜さんの剣戟を、この少女は受け止めたのだ。

 ふと、神木を見上げると、そこには今までの紫色の花は無く、まるで桜さんの心情をそのまま具現化したかのような赤があった。

 そこに、とても見覚えのある火球が揺らめく。

 火球は俺の視界に入った途端、一気に分散して二対の翼のような形を作り出す。

 みすぼらしいTシャツに、オレンジ色のバンダナを巻いた赤い髪の男。


「そう。ヒーローは遅れてやってくるのさ」


 最強の人間、スルト・アルバレアの姿がそこにあった。


「な、なんでお前がここにいるんだよ!」


「何でってお前…心配だったから?」


「心配ってお前__」


「__その話はあとです!!まずはこっちを何とかしてください!!」


「うおっ!?」


 甲高い金属音と共に数メートルバックステップを行うシェイミー。

 ポニーテールの炎を強くし、大きく威嚇をするような動きをしたとき、体の周りを衛星のように小さなナイフが回り出した。

 剣を大きく上段に構え、僅かに足を踏み鳴らした瞬間、シェイミーさんは一気に駆け出した。


「そんな大振りが当たるものか。舐めるなよ…!」


「敵は私だけじゃ無いですよ!!」


 桜さんが剣でシェイミーの攻撃を弾こうとした瞬間、桜さんの頭上から大きな炎が降りてくる。


「ふん、それは私とて同じこと」


 それを見て桜さんはその動きを止めることなく、シェイミーの攻撃を弾く。そして桜さんはその衝撃で後ろに吹き飛び、炎の進行を回避した。


 桜さんは自分の軍隊の前に立ち、刀の切っ先を俺たちに向ける。


「放て!!」


 桜さんがそう叫んだ瞬間、何本もの矢が飛び出した。俺はすぐさまマントを取り出し、盾のように翻す。


「マナー!咲耶ちゃんを!!」


「了解!」


 マナーと咲耶ちゃんをマントに迎え、やってくるであろう衝撃に耐える。


「ちょっ!?僕忘れてないかい!?」


「大丈夫だリッカちゃん」


 スルトの声が聞こえる。少し気になった俺は横目で外を覗き、その光景を見る。


「フェニックス!!」


 スルトの翼がはためき、俺たちを覆うバリアーを作り出した。

 飛んでくる矢はバリアーに当たるとすぐに消え去り、まるで蒸発するかのような音が聞こえてくる。


 やがてバリアーは解除され、スルトの自信満々な姿が現れる。


「腕利きの術師か…分が悪いのぅ」


「どうする…?」


「馬鹿め、神木に選ばれたお前ならばどうとでもなろう」


「ふん……神木、咲耶よ!!その多大なる力!我らに授けたまえ!!」


 神木が輝き、その光が出雲の兵隊達一人一人を包み込んでゆく。

 そして、その光が晴れた時、桜さんの軍隊は一斉に動き出した。


「む?雰囲気が変わったな…」


 スルトの独り言と共に解析レンズが勝手に作動し、目の前の軍隊の戦闘力が現れる。

 全ステータス30上昇。一瞬で化け物集団へと早変わりした。


「おい!相手のステータスが30上昇してるぞ!!」


「ステータスゥ?」


「なんと説明すれば良いのやら!!」


「えぇい!どんなもんか見てやる!!お前らは下がってろ!」


 またもスルトの翼は形を変え、広範囲に広がった炎が敵を包む。

 しかし、その炎が敵を燃やし尽くしてしまう前に、炎は四散してしまった。


「耐熱の魔法壁か…いや違う、これは魔法じゃないな」


「その通り、これは結界じゃ。それも神木の妖力で作った物。簡単には突破されんぞ」


 スルトと明子さんが話している内に、兵達は何かに取り憑かれたように走り出す。

 リッカが慌てて魔法を使うが、MPが無いのを思い出して顔色を悪くした。


「多勢に無勢とはこの事!行けっ!!強化手榴弾・改!!」


 俺はアイテムボックスから若干大きな手榴弾を取り出し、適当にぶん投げる。

 手榴弾は敵に当たる前に何かに遮られるようにして爆発した。


「シット!!結界のことすっかり忘れてた!!」


 若干引き攣りながら爽やかな笑みを浮かべる俺。


「いやいやいや、爽やかじゃねぇよ。ヤバくないこれ?僕たち死ぬんじゃない?」


「え…死ぬ……?」


 マナーの目尻に涙が浮かぶ。

 マナーは死ぬと言う言葉になぜか過敏に反応してしまう。

 依然として爽やかな笑みを浮かべる俺も泣けてきた。


 残り数メートルと言う距離に近づいた軍隊は、俺たちの命を刈り取らんと狂気の表情を浮かべてくる。

 ゾロゾロと大人数のくせにそれほど遅くない速度で賭けてくる奴らに、俺は無意識に回復薬を手に持っていた。

 援軍が来ない今、俺たちのこの状況は即ち絶望に等しい。このまま出雲兵にぶっ殺される運命、もしくはリンチにされる運命。

 あんまり楽しく無い人生だったな……


 と、一人走馬灯を思い浮かべていると、咲耶ちゃんが何か言い出した。


「いえ、多分大丈夫です。もうすぐ援軍がやってきますので」


「は?」


 すると、俺の視界を謎の影が遮った。大きな背中をし、屈強な肉体を持つ男性。

 男性は敵の剣を体術で弾き、片手を持ち上げ一本背負いにした。

 敵はこれによって気絶し、同時に強化の妖術も解ける。

 そして男性は軽く手をはたいたあと、ぐるりと俺たちの方を向き回った。

 リッカはその男性を見て、顔を驚愕の色に染める。


「あの時の店長さん…」


「どうも。また会いましたね」


 その男は黒い着物を着た、端正な顔立ちの青年だった。綺麗な黒髪を短く揃えて、ボサボサの所が一切ない髪型をしている。


「……?俺全く面識無いんだけど」


「マナーちゃんの着物を買ったお店の店長さんだよ」


 ばっ、とマナーに目を向けると、マナーが手首の裾を握り、無い胸を張ってその着物を俺に見せびらかしていた。

 何こいつ可愛い。


「だけど何でいきなり……今日は皆寝ている日じゃないんですか?」


「いえ、今日はその日ではありませんでした」


「「は?」」


 二人揃って疑問の声を出す俺たち。

 その声に、咲耶ちゃんが答えをだす。


「周りを見てください。神楽さん。リッカさん」


「え…」


 そこにいたのは無数の人集り。リッカはこの人集りの面々に見覚えがあった。出雲に入った時の商店街にいた人たちと、同一人物が何人も立っていたのだ。

 リッカの頭は更に混乱した。俺は考えることをやめた。毎週日曜日の日は、出雲の住民は一日中寝てしまうと聞いていたのに、それをまだ24時間も経っていない状況で覆されたからだ。

 俺とリッカはこの事について咲耶ちゃんに説明を要求する。


「咲耶ちゃん、これは一体…!」


 咲耶ちゃんは少し苦笑いをし、口を小さく開いた。


「実は、ある人に頼んで、出雲の日付を一つだけずらしてもらったんです」


「…何だと?」


 咲耶ちゃんは空を見てこれを言う。そこには、片目を閉じてウインクしているスルトの姿があった。

 成る程、だからここにこの二人が乱入してきたのか。

 俺と同じようにそれで察したのか、桜さんは刀を握りしめ、それでも晴れない疑問を投げつける。


「しかし、どうやってあの男を動かしたと言うのだ」


「それは…」


「答えろ」


 怪訝そうな表情を浮かべ、咲耶ちゃんを睨みつける桜さん。それに少し怯えた咲耶ちゃんは、弱々しくこう言った。




「明子さんが、手伝ってくれました」




 その瞬間、桜さんの動きは完全に止まる。そして、僅かに首を横に動かした。

 そこには、頭を垂れ、顔に影を作った明子さんが立っていた。


「……は?」


「……そう、わしが部下を動かして、近国の協力を仰いだ」


 明子さんは言い切った。

 桜さんは良く分からない表情をして、湧いてでた疑問を解き明かして行く。


「…どう言う事だ?貴様は何を言っている?」


「だから言ったであろう。つまりは部下を使者に使って近国に協力をしてもらったと言うことじゃ」


「つまり、貴様は、私以外の人間に加勢をしたと…?」


「そうじゃ」


「まさか、今までの私の計画に発生した、計画の進行性を妨げるような不自然な事故の原因は…」


 桜さんが震えた指で俺を指差す。


「わしが、その事故を全て作った元凶じゃ。例えば、あの男が神木の索敵妖術で探知できなかったのは、わしの力。あの男に結界を仕掛けておいたのじゃ」


 その言葉について意見があった俺は、その違和感を明子さんに投げかける。


「俺はそんな事された覚えはないぞ。そんなのいつ仕掛けたんだ」


「お前らが出雲に入ってきた時、何かと遭遇しなかったか?」


 頭に思い浮かんでくる男たち。

 いきなり奇襲された俺は咲耶ちゃんの家に偶々辿り着いた。


「…あの時か」


「そうじゃ。まさか爆弾を持っているとは想定外だったがの」


 目を閉じ、腕を組みながら明子さんは答える。まだ、聞きたいことがあった。


「何で俺を野放しにしておいたんだ?咲耶ちゃんは重要人物だろ、そんな人とどこの馬の骨かもわからない奴を接触させるか?」


「それはお前が切り札になるからじゃ」


 明子さんが真剣な眼差しで俺を見つめる。


「桜が全幅の信頼を置いている神木の索敵妖術が探知できなかった不審者に対して、桜が動揺していろいろ喋り出してしまうのは手に取るように想像できた。実際、桜は一度我を忘れて咲耶に特攻をしかけている。事前に気絶させておいて良かった」


 この言葉に鋭く反応した桜さん。目を丸く見開き、明らかに動揺した素振りを見せる。


「…あの時、咲耶が瀕死の状態で気絶していたのは、お前の部下が殺し損ねたからじゃないのか」


「あれは部下ではない。わしが変装した偽物じゃ。勿論、あれだけの傷で咲耶が死んでいないのも、全てわしの技術。あの男に見せたわしの自害の現場も、ただの幻覚じゃ」


 リッカは思い出したように明子さんに問いただす。


「…薬だね?」


 軽く笑いながら、明子さんを見つめる。そのリッカの顔には恐怖の表情が見えていた。

 明子さんは溜息を吐いて、諦めたように顔を振りながら咲耶ちゃんを見た。


「咲耶に頼んで、空気に染み込ませておいた。時間が来ると設定しておいた通りの幻覚を見せると言う物だ」


「…嘘だろ」


 これについては俺も混乱が避けられなかった。

 あの時、咲耶がさちゃんを一突きにしたあの男が、明子さんだった…?

 あの時、男が自害したように見えたのが全て薬による幻覚だった…?

 これに、リッカは自分の推測を問いただす。


「と言う事は、咲耶ちゃんと明子さんは最初っから繋がってて、桜さんの計画を防ぐために、僕たちを駒に使ったと」


「そうじゃ。ちゃんと思惑通りに進んでくれた。動揺した桜は、咲耶を殺し損ね、予想外にも空間魔法とやらで何時間も逃げてくれた。本当に助かったわ」


「…つまり、僕たちは出雲に入った時点で、君らの手のひらの上で転がされていたと」


「す、すいません…」


「まぁ…いいさ」


 申し訳なさそうに頭を下げる咲耶ちゃん。

 なんて策略なんだろう。咲耶ちゃんも、明子さんも、見事に俺たちを騙して見せた。


「桜、もうやめよう。本当かどうかもわからないような言い伝えを当てにして、唯一の肉親を殺そうなど…」


「明子…お前は、私を、裏切った、のか……?」


 今までの表情とは一転して、氷のような無表情から、まるで鬼のような形相へと変化した桜さん。

 額からは汗を流し、少し目が血走っている。すぐにでも持っている刀を落としてしまいそうだ。


「な、なぜだ!明子!!お前は、お前は私の味方ではないのかっ!?」


「桜、勿論わしは桜の味方じゃ。だからでこそ__」


「__あぁ、あああ…あああああああ!!!」


 突然叫びだした桜さん。

 そして、空を旋回していたスルトが大きな声を上げる。


「そろそろ俺の出番かもしれないなぁ!!!」


 大きな炎の翼をテクニカルに操り、空中を飛び回るスルト。

 今まで無言を貫いていたシェイミーも声を吐き出す。


「これまでとは比較にならないほどの力を感じます…!まるで、あの大木と同化しているかのような……」


 地面に刀を突き刺し、フラフラと、地面を踏みしめる桜さん。


 そして、神木が今までにないほどの凄まじい発光が起こった時、桜さんの声が聞こえた。





「■■■■■■!!!!!」





 神木は、静かに動きだした。


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