最弱勇者の状況整理
「危ないじゃないか」
刃が咲耶ちゃんの首を断ち切ろうとした直前、女性の手の甲から血飛沫が吹き出した。
「……何だと?」
女性は今起こったことが良くできていないように、首を傾げ、これを起こした犯人に目線を向ける。
銃を撃ったリッカは、その表情の読めないどこまでも無表情な視線と相対し、カラ元気のためか、口を大きく歪ませていた。その証拠に、リッカの額からは雨粒のような大きな汗粒が幾つも浮かんでいる。
女性は体をリッカに向け、首に向けていた刀身をだらりと垂らした。
「邪魔をするな」
「するさ、だってできたばかりの友達が、いきなり殺人を犯そうとするもんだからね」
「…」
一閃。
少し思案に浸った瞬間、刹那の時の間にリッカの体は二つに引き裂かれた。
上半身と下半身が別れ、ずるりとズレ落ちる。
「リッカ!?」
「いったーい…」
そう錯覚した。
実際には僅かに後ろに逸れ、何とか急所をまぬがれたようだ。
しかしそれでも、リッカの胸の横一文字の切り傷からは、おびただしい程の血が流れ出していた。
「避けるのか」
少し意外そうに女性は呟いた。
「まあ、ね。でもちょっとキツイかな……」
そう言うと、リッカは何かを呟いた。
「だから、逃げさせてもらう。戦略的撤退ってやつね」
その瞬間、腰が抜けて動けなくなったはずの俺の体が、謎の浮遊感に襲われた。
視界は一秒もしない内に変わり、日本独自…いや、出雲独自の部屋の景色から、一瞬にして見覚えの無い場所に飛ばされた。
◇
「こ、ここは……?」
目を開けた先は、和風な家や店が立ち並ぶ商店街だった。
しかしその賑やかな街並みとは裏腹に、人っ子一人いない寂しい世界が広がっていた。
「あ…明子とあったところ」
「そうだねマナーちゃん」
全く理解できない俺。こいつらは一体何の話をしているんだ。
「だけど人いないね」
「……なるほど、今日は明子の言っていた日なんだね。確かに時間的には0時を回っている」
だめだ。話についていけない。
まず明子って誰だ。
0時を回ってたら何なんだ。
明子の言っていた日って何だ。
ちなみにメニューを開いてみると今日は日曜日だそうだ。
「はぁ…計算高いと言うか、用意周到と言うか…まんまと嵌められちゃった」
「?」
この言葉の意味はマナーにも分からなかったらしい。
「さて、桜さんは一体何がしたいのか……分かるかい?」
リッカが俺の後ろを見て言う。
「咲耶ちゃん?」
「…」
俺の後ろにはいつの間にか意識を取り戻していた咲耶ちゃんが座っていた。
「あ、どうも神楽さん」
お腹から地を流しながら笑顔で挨拶してくる咲耶ちゃん。
いかん。頭が沸騰してきた。
そういえばリッカも傷負ってるじゃねぇか。なんなんだこいつら、化け物か。
「さて、咲耶ちゃんには色々聞きたいことが……ごふっ」
いきなりリッカが口から血の塊を吹き出した。その血は飛び跳ねて服に染みる。
やべぇ、泣けて来た。
「ちょっと、ボケっとしてないで何か薬くれない?」
「あ、ハイ」
言われるがままに回復薬を取り出してリッカに渡す俺。
リッカはその回復薬を一気に飲み干した。
「咲耶ちゃんにもあげるよ」
「え?ありがとうございます」
飲みなれないのか、首を傾げながらそれを飲む咲耶ちゃん。
俺もついでに飲んでおいた。
「ふぅ」
首を下げて数十秒うなだれるリッカ。後ろの咲耶ちゃんは薬が効いたのか顔色も良くなり、出会った時と同じくらい元気になっていた。
「……さて、一旦落ち着いたところでもう皆はこの状況を理解しているよね?」
「してねぇわ!!!」
ここに来て俺の混乱が爆発した。
「はぁ?理解していないのかい?」
「 で き る か !そんな顔で見んな!俺じゃなくとも分からんわ!!」
「そうかなー?マナーちゃんは分かるよね?」
「……?」
「ほらね!」
「でも咲耶ちゃんは分かってるみたいだよ?」
「え」
「…ま、まぁ神楽さんはずっと私の家に居ましたし、分からなくても仕方ないじゃないですか」
「そうだそうだ!!説明を要求する!!」
「……いる?説明。一から十まで言わないとだめ?」
「してください説明!このままじゃわけの分からないままあの女の人から殺されてしまうかも!」
「あの女の人って…桜さんのことも知らないのかい?」
「知るかバーカ!当たり前だろ!ずっと咲耶ちゃんと一緒にいたんだから!!」
「まぁそうか、そうだよね、わかるはずないよね」
「なんかそのセリフ悪意があって嫌だな〜」
「…はぁ、じゃあ説明するよ?」
「はぁって何!?」
「うるさい」
「はい」
リッカは一つため息を漏らして切り出した。
「ふぅ…まず一つ、君がさっきまでいたところはどこだい?」
「咲耶ちゃんの家」
「そうだね、出雲に入ってから色々あった。私とマナーちゃんは謎の爆発に巻き込まれて大怪我したよ。君は?」
「わ、分からない…謎の浮遊間と共に気絶した」
「あ、何か謎の大きな音があったので外を見て見たら神楽さんが飛んで来ました」
「…謎ばっかり」
「あぁ、分かったぞ。俺の護身用の爆弾が爆発したのか、それで吹き飛んだ」
「へぇ、そうなんだ。それで咲耶ちゃんはその爆発するゴミが大怪我してたから可哀想だと思って助けて上げたと」
「爆発するゴミ…」
「はい。神楽さんとお話しました」
「突っ込んで欲しかったなぁ〜」
「カグラ、うるさいよ」
「ま、マナー……」
「それで、君が咲耶ちゃんと駄弁っている間に、僕たちは明子さんと会った」
「その明子さんって誰?」
「正院明子。曼珠沙華一族の専属医師だってさ」
「え、曼珠沙華の?」
「あ、明子さんですか。あったことあります。風邪引いた時に」
「そこで僕らは桜さんと会った」
「はいはーい。桜さんって誰ですか〜」
「出雲大将軍曼珠沙華桜。この出雲の実質最高権力者さ。ちなみにこの人に咲耶ちゃんのことを聞いた」
「はい。姉さんは凄い人なんです」
「この一日でどんなけすげぇ人とあってんだお前」
「まぁ僕らが出雲に入ってきた時点で僕たちが桜さんと会うことは決まってたんだけどね」
「はぁ?どう言う事だ?」
「彼女は神木と繋がってるんだってさ。いわゆる妖術とか言うやつで出雲の侵入者を感知できるんだとか」
珍しいものを語る様に喋るリッカ。
妖術か。魔法とは違う出雲大国独自の技術だったっけ?何か魔法と違って地球の地脈がなんたらとか妖怪の力がなんたらとか掲示板に書かれてた気がするけどあんま覚えてねぇな。
「じゃあ俺が咲耶ちゃんの家にいたことも気づいてたのか」
「さぁ?それはどうだろうね。桜さんは僕とマナーちゃんの事しか言ってなかったし」
「でも出雲に入って来た時点で神木が感知するんだろ?だったら俺が入って来た時も気づいてるんじゃないか?」
「明子から言わせれば、あんまり神木を使うのはよろしくないんだってね。だからもしかしたら範囲を狭くして街の中だけに妖術使ってたのかもよ?」
「ふーん……てか咲耶ちゃんお姉さんいたんだ」
「はい。離れて暮らしてましたけど」
えへへ、と頬を掻いて恥ずかしそうに言った。咲耶ちゃんはこの笑顔が可愛らしい。
するとリッカいきなり大声を出した。
「そこだ咲耶ちゃん!」
「ふぇ!?」
「なぜ、君は実姉の桜さんがいるのにそこで暮らしていないのかな?」
「それは私が出雲大将軍の妹だから危ないって…」
「でもだからって実の妹を森の奥の小屋みたいなところに住ませるかなぁ?森の中には危険もあるだろう?」
「それは…」
なぜかドヤ顔で長々しく喋るリッカ。
何者だこいつ。
リッカは自信満々で喋り出した。
「そして僕はこう考えた」
「はぁ…」
「まぁ誰にでも思いつく簡単な事さ。咲耶ちゃん、きっと君には君の存在を他人に見つかっちゃいけない、何かの理由があったんだろう」
「私の…存在」
「そう。国の最高権力者が隠そうとするような大切な理由。何か心当たりはあるかい?」
「…」
咲耶ちゃんは軽く項垂れ、考え込んだ。
その間、俺はいつの間にか着こなしていた着物についてマナーと話していた。可愛い。
「……出雲の禁忌。黄泉の術でしょうか?」
咲耶ちゃんは、神妙に言葉を紡ぎ出した。
その言葉には、何か重苦しい力がある様に思えた。
「黄泉の術……」
「はい。神木の力を利用して黄泉の国から死者を蘇らせる禁術です」
「それが君とどんな関係があるんだい?」
「いえ、国が隠そうとするような事と言ったらこの事くらいしか知らないもので…しかもこの術は言わば伝説の様なもので、本当にあるかどうか分からないですしね。割と皆知ってますし」
「あ、そうなの」
「はい。すいません。やっぱり姉さんに効いた方が早いんじゃないんですか?」
「だめだよ、また咲耶ちゃんが襲われちゃう」
「……は?襲われる?」
「あー……そういえば君は気絶してたのか…だから痛みも感じなかったのかも」
「?」
「ほら、君のお腹見てみ?」
「え…うわぁ」
咲耶ちゃんの血塗られた着物。真っ赤な着物はさらに色が濃くなってまるで水に濡れた布の様になっていた。
気づいてなかったのか。凄いな。
「それは君のお姉さんがやったことだよ。はぁ…これも説明面倒だなぁ……」
「姉さんが…?」
咲耶ちゃんはお腹をさすって首を傾げる。
「傷は無い。痛みも無い。……どうなってるんですか?」
「僕らは冒険者なんだ。良い薬を持ってるんだよ」
「は、はぁ…」
目をパチクリさせて頷く咲耶ちゃん。大丈夫。俺もこの世界の回復薬については理解が及ばない。
「そういえば何で君はあの時気絶していたんだい?僕らも全く納得できてないよ。やっぱりカグラがやったのかな?」
「俺はやってないぞ」
「あの時……ッ!?」
咲耶ちゃんは目を見開き、顔色を青く変える
「咲耶ちゃんのことを刺した男は死んだよ。自殺した」
「自殺したんですか…」
「ふーん…その調子じゃああんまり覚えてなさそうだね」
「はい…気づいたらお腹から血が流れてて……」
「本当にカグラじゃなかったんだ」
「当たり前だろ。俺に人を殺す様な心意気はねぇよ」
本当に疑われていたことに驚きつつ呟く俺。
本当にあの時は混乱していて何もできなかった。
「それで、まぁ何か色々あって、桜さんの妹さんに会いに行こうって事になってね、君の家に行ったってわけ。そしたら君が血を流して床に倒れててさ。刺した犯人を桜さんがカグラだと勘違いしたんだ」
「そうだったんですか……でもそれだと姉さんが私を傷つけた理由にはならないんじゃないんですか?」
その言葉を聞いたリッカは目を閉じて溜息を吐いた。
「さぁ。それは僕にも分からないよ」
「…は?」
「いきなり咲耶ちゃんのことを攻撃するもんだからね。僕も混乱してて、桜さんが何を言っていたのかさえ覚えていないよ」
「そうですか……わけわかりません」
「僕もだよ。さ…て、こうしちゃいられない。状況は理解したかい?爆発するゴミ」
「もう突っ込まないぞ…」
「マナーちゃんは?」
「…?」
「聞いてなかったんだね。……さ、ここから逃げよう」
「は?何でだよ?」
「君は頭が悪いね。相手は神木を操る力を持っているんだよ?」
「む、それがどうしたんだよ」
「だから、僕らがどこにいるかなんてすぐにわかるのさ」
リッカは俺の背後に指をさして言った。
「まさか…」
咄嗟に振り向く俺たち。
「はぁ、今日は出雲国民が寝静まる日。誰も今日一日は起きてこない。つまり、勝負は一日間続くわけだ」
そこには何人もの軍隊。
その服装は俺たちを襲ったあの男たちと同じものだ。
リッカは不適に笑いながら言う。
「あ、ちなみに僕の得意魔法は空間魔法。いわゆる瞬間移動の様なものができる」
リッカは桜さんから逃げる時に言った言葉を呟く。
「さぁ。鬼ごっこの始まりだ」
俺たちの見ていた景色はまた変化した。
自分でも自信が無いこの回。
何か不自然なところがあったら報告ください。




