貧乏マジシャンと出雲大将軍
店を出た空は黒かった。
当たり前である。
出雲がいくら咲耶の力で明るく光っているとしてもその光は微々たる物。咲耶の近くや、花の咲き誇る森の中ならばとても明るいだろうが、本来ならばもう寝ている時間。
にもかかわらず街中は今も活気で溢れている。
人々はこぞって思い思いの売店を訪れ、思い思いの物を買って行く。屋台に入って食べるものもいれば、酒だけ買ってとぼとぼと家に帰って行くものもいる。
いつ見ても凄い光景だ。とリッカは思う。
そんな眠らない国、『出雲』の風景を、ベンチに座りながらただただ呆然と眺めていたリッカとマナーは、突然かけられた後ろからの声に体を跳ねさせた。
「おい」
「ッ!?」
少し中性的でハスキーな声。
慌てて振り返ったその先には、いかにも堅固そうな不思議な形をした甲冑をまとった女性が立っていた。
オオカミのように鋭い目に整った容姿、リッカより頭一つ分くらい大きい身長。地面にまで届きそうな程長い黒髪の頭の上には満月のような形をした奇妙な髪飾りをつけていた。
女性はまじまじとリッカを見つめ、口を小さく開く。
「貴様、ここのものではないな?どこのものだ?」
「えっ……?」
「ふん…緘黙を突き通すか…!良いだろう教えてやる!」
突然わけのわからないことを言い出した甲冑姿の女性に驚き、目を丸くするリッカ。今頃眠たくなったマナーは眠たそうに目をトロンとし、俯き加減に頭をコクリコクリとしている。
女性は腰からシェイミーの持って様な剣を一回り大きした物を取り出した。
「我が名は曼珠沙華桜!!出雲大国大将軍の名を神木から授かりしものなり!!」
「はっ?えっ!?」
「問おう!!貴様は何者だ外来人!どうやって神木掻い潜ってこの国に侵入してきた!返答次第ではこの場で切り捨てる!!」
「んむぅ……」
「ま、ま、ま、マナーちゃん!!なんかヤバそうだよ!!」
目の前にいる女性の実力は、リッカから見ても凄いものだと思わされる。どこから切りかかっても返されてしまいそうな油断の一切見えない立ち姿に怖気ずいてしまったリッカは、ろくに反論もできないまま座り込んでしまう。
そしてマナーは一言も発さないまま以前としてコクリコクリと俯いている。
「貴様ぁ!」
「もう何だってんだぁ!」
「…桜」
「貴様は何者だ!」
「リッカ・アラマチルダです!!」
「桜」
「りっか…ありゃまちぇるだぁ?言いにくいわ!!」
「そんなこと言われても!!」
「桜!!」
「「うるさい!!」」
「コッチの台詞じゃあぁぁぁああ!!!」
突然入ってきた女性は見覚えのある人物だった。
茶色い髪の毛に幼さの残る童顔。派手さの無い質素な格好をしたその女性は仄かに薬品の匂いが香ってきた。
「む、明子か。どうした?何か用か?」
「道の真ん中で堂々と……お前らは一体何をやっとるんじゃ…」
「え?知り合い?」
「あぁ?そうじゃ。わしの家は代々曼珠沙華家使えておる」
「は、はえーそうなんだ」
「え?知り合い?」
「あ゛ぁ!?少し前に知り合ってな。怪我をしておったから治療してやったのじゃ」
「は、はえーそうなんだ!」
「おぬしら本当に初対面か…」
甲冑の女性となんだか息の合うリッカ。明子はめんどくさそうに顔を顰め、めんどくさそうに溜息を吐く。
「で?こんなところで何をしているのじゃ。あんまりうるさいから苦情が出ておる」
「え…あ!そうだ!この外来人が出雲に不法侵入して来たのだ!!だから我が制裁を下してやろうとだな!」
「……なぜここにりっ…リッカがいることがわかったのじゃ?」
言いにくいのだろう、明子は一度噛んだが、そのあとまた言い直した。桜と言う女性はあまりない胸を誇らしげに張り、言う。
「無論!我は神木咲耶に選ばれた出雲大将軍だから!!」
「だから?」
「神木の索敵妖術を使った!」
「ふんっ!!」
「ぐうっ!?な、何をするんだ!国のために神木に手伝ってもらって何が悪いのだ!!」
「馬鹿者っ!!手前そんなことのために神木様を使うなと何度行ったら分かる!!毎日毎日神木様を頼りにして!少しは自分で動いてみろ阿呆!!」
「なっ!?そ、そこまで言うこと無いではないか!!いくら小国とは言え我の妖術一つではこの国を見て回るのは死ぬ程疲れるんだぞ!!」
妖術が一体どんなものなのかは分からないが、魔法的な物だと心の中で勝手に決めつけておくことにするリッカ。
「分かるそれは分かる!!でも神木を使うのは一日一回にして!!いつか絶対罰当たるから!!!」
「だ、大丈夫だ!!我は神木に選ばれてるからな!」
「むぅ……うるさい」
「ごめんねマナーちゃん…」
二人の仲良しの訳のわからない喧嘩の声で目を覚ますマナー。
今は深夜なんだぞ。
とリッカは心の中で呟く。
「選ばれた選ばれたって毎回言いおってこの貧乳!!いつ何時に選ばれたんじゃ証拠を見せろ証拠を!!」
「ふんっ、神木様に聞いたら分かるぞ」
「それができんから聞いとるんじゃ!」
「ほらな?貴様にはできんだろう明子。これが我が神木に選ばれている証拠じゃ」
「いやそっちが神木に干渉できるって証拠もねぇし」
「ちょっと…良い加減静かにしなよ……ほら、マナーちゃん」
「リッカ…眠ぃ…」
「「む…」」
一人の子供の心底迷惑そうな表情に正気に戻る二人。
明子は悪い、とリッカに謝り、桜はマナーの頭を撫でた。
「ふむ…悪いことをやったのぉ」
「全く…これから寝る宿も見つけないといけないのに」
どこか期待を込めた目で明子と桜を見るリッカ。眠そうなマナー。
その二人を見て桜は不機嫌そうに頭を掻き、明子と相談した。
そして相談が終わったのか二人を見直して桜が口を開く。
「ふん、貴様らの事情聴取は我の家で聞いてやる。まだ疑わしいから今日はそっちで寝ろ」
「よっし。さ、マナーちゃん?こんな長いだけが取り柄の硬い椅子なんかポイしてさ、ふかふかのベットで寝よう?」
「うん」
「…ちゃんと事情聴取はするぞ」
顔をしかめっ面にして二人を睨む桜。誰も初対面の相手を自分の家に入れたくなんかないだろう。ここにカグラがいたら絶対家に入れないだろうな、とリッカはマナーといることに安堵する。初対面の印象でカグラを財布くらいにしか思ってなかったリッカにカグラを思いやる気持ちなど存在しない。
「ほら、ついて来い。はぐれるなよ」
「はーい」
リッカはマナーを背中にのせ、ベンチから立ち上がった。
◇
「ふぅん…死者を蘇らせる魔法ねぇ……」
机の上で最愛の娘に言われた言葉を反響させるスルト。
頭を垂らし、考える人のポーズを取る。
その様子を見たシェイミーは満足そうに頷く。
「ね?興味があるでしょう?だから行きましょうよ出雲ぉ」
「う〜ん……そうだなぁ…」
「死者を蘇らせる秘術!自身の切り札である最高位万能系炎魔法フェニックスを持ってしても成し遂げられない最高の力!」
「おおお…!」
「それ以外にも出雲の良いところは沢山!!」
「おおおおお!!!」
「さぁ行きましょう!!未開の地、出雲大国へ!!!」
「よっしゃあぁぁぁあ!!!」
この時、スルトは『出雲に《桜花》の分店作ろ』とか考えていた。
シェイミーはまたマナーちゃんに会える。とか思いながらニコニコ顔で父親に問う。
「んで?どうやって行くんですか?」
「そりゃあ移動魔法術式であいつらみたいにパパーッと」
「それ、あげちゃったじゃないですか」
「あ」
呆然とするスルト。
この男は本当に最強の人間なのか……と、シェイミーは疑った。
「むむむ…これはどうしたものか……!」
頭を抱えるスルト。
呆れた表情でシェイミーは自分の父親をみる。
アルティカーナの軍神として君臨する父のこんな姿、軍の士気を下げないためにも見せる訳にはいかない。
「はぁ……手紙の中にそのまんま術式が入ってるわけないでしょう」
「え……あぁ!そうだ地図があったか!!」
「え…嘘…その発想が出なかったんですか……?」
今まで気づいていないフリをしていたものだと思っていたシェイミーは、その可愛らしい容姿を驚愕に染める。
案外を習得するのも簡単なのかもしれない。
と、ここまで父親の評価を落としていた。
「えっと確か誰かに見つかったりしないように隠してたような……」
ガサゴソガサゴソと机の中を漁るスルト。
あぁ、それくらいは頭回ったか。
と、シェイミーはほんの少しだけ評価を上げた。
「お、見っけ」
ばさっと引き出しから出した手書きの地図は、乱暴に開かれ机に敷かれる。
スルトはその地図を見ながら片手で移動術式を作り出して行く。
ただの一瞬も止まることなく式を組み立てあげる姿を見て、やっぱりお父さんは凄いとシェイミーは思う。術式とは相当に精密な物だ。それを迷うことなく計算するなんてシェイミーにはとてもできない。
私も出雲にいつでもいけるように位置くらいは覚えとこう。と地図に顔を近づける。
「えっと……ん?」
シェイミーは地図に顔を向けて、疑問の表情を浮かべる。
そこにあるのはよく見る地形の絵ではなく、ただの数字の羅列。
よくわからない記号と共にたんたんと書き連なっている数字の意味がシェイミーには分からなかった。
「お父さん。これなんですか?」
「うん?地図だろ」
「私には到底そうは見えないんですが……」
「……あぁそういうことね」
スルトは数字に指を差す。
「いいか…ここにある数字は距離だ。これは星の座標」
「……まさか」
「そう。これはアルティカーナから出雲への道のりを数式で表した物。これを作った人は相当のキレ者だな」
信じられない。
出雲は現在咲耶の力を使って鎖国をしている状態だ。当然国民は出雲から出られない。
アルティカーナなど行ったことの無い人物が距離なんか分かるはずが無い。それを星の観測するだけで測定するなど……
「……何かありそうですね」
「あぁ。だからあいつらを先に寄越した」
「そんな……罠かもしれないのに!」
これが本当に罠であったのならカグラの一行はもう既に手遅れだ。
一体何をされているか分からない。何か用があるから外から人を呼んだのだろうからすぐに殺される、と言うことは無いだろうが、どうしても不安は募る物だ。
「なに、大丈夫だ。出雲にもまだ目立った動きはなさそうだし、あいつらも簡単には死なないだろ」
「でも……」
「まぁ実は元から俺も出雲に行くつもりだったんだ」
「え…」
「シェイミーちゃんを巻き込みたくなくて聞かれるまで黙ってたんだが……どうやら行くみたいだな」
「もちろんです。最強の人間の娘が顔の見えない敵に怖気ずいてはいられません!!」
「そうか…良し!!じゃあ行くぞ!!!」
シェイミーの体はグッと引き寄せられ、スルトに腰を掴まれる。
そして、そして視界に炎が入った瞬間。シェイミーは空へ飛び立った。
(あれ?移動術式使ってない…)
次々と登場する新キャラ達。
出雲の国民は夜が異様に明るいせいで、子供以外はだいたい寝ません。しかし出雲特有の体質があるせいか、寝なくてもある程度大丈夫な体をみんな持っています。ちなみに日曜日は一日中ずっと寝てます。




