貧乏マジシャンとマナー
「おぉ…こりゃまた大変な傷じゃのう」
「いっ……もうちょっと優しく」
「しゃあないじゃろ、そう言う薬なんじゃから」
「いたたっ!」
リッカは出雲の商店街で出会った女性の家に来ていた。
医者であると言う言葉を信じてここに来たのにこの所業。詐欺だったらどうしようと一人不安にかられていると、体中にあった痣や傷からムズムズと痒みが湧いて来た。
「おっと、掻いちゃ駄目じゃよ。みるみるうちに傷が癒えていくぞ」
「んんん…これはキツイね…………おぉ本当だ。どんどん元に戻ってく」
「三日三晩わしが調合したからの。効果が出んかったら詐欺じゃ」
さっきまで詐欺を疑っていたので、何だか心を読まれた様な感覚になって体がビクッと跳ねた。
女性の家は木造建築で、粗末な木の机の上には、何やら難しそうな本やら計算式やらがいっぱいあった。
「ん?なんじゃ興味があるのか?」
「いや、全然」
この家にくるまでに結構中の良くなった二人は、もうタメ口で話せる様な関係になっていた。
「あ、そう言えば君の名前聞いてないね。教えてくれるかい?」
「おん?あぁええよ。わしの名前は正院明子、代々続く医者の名家じゃ 」
「セイインメイコ……言いにくいね。僕はリッカ・アラマチルダ。マジシャンやってるよ」
「お前の名前も大概じゃのぅ」
二三度口ずさんで顔を顰めるリッカ。
それを写した様に同じことをする明子。
「おっと、聞きたいことがあるんじゃが」
「なんだい?」
「お前…どこからきたんじゃ?体もボロボロじゃし何があった?」
「あー…」
いつかは来ると思っていたこの質問に、リッカは頭を抱え込む。
「なんと言えばいいか……そう。僕とそこに寝てる子は確かに外からきた」
「まぁそうじゃろな。正院明子が言いにくかったり服装もここらと全然違うからガキでも分かるわ。しかしどうやってこの出雲王国に入れたのかが問題なのじゃ」
「えっと…まぁ簡単に言うと『何故か入ってた』って表現をするんだと思うけど」
「ほう」
「移動魔法術式の車に乗って出雲を探して、森の中に入ったらいきなり景色が変わったのさ」
「ふむ……神木がその様な誤作動を起こすとは思えんがのぅ…」
神妙に表情を歪ませる明子。
何かを考える様に顎に手を当て、頭を倒す。
すると明子は突然顔を上げた。
「む、すまんが仕事がある。医者は多忙なのじゃ。そこにいる子供が起きたら街にでもでて見ると良い」
「了解。頑張ってね」
ベットに眠るマナーを横目に眺めながら明子は言う。
それに頷きリッカは大人しく明子が家からでて行くのを見届けた。
◇
「おおぉぉ〜」
出雲の街中を歩くマナーは感嘆の声を上げた。
見たこともない服装。
見たこともない建物。
みるものすべてが新しく見える世界にマナーは目を光らせる。
アルティカーナの時とは違う、ほのかに木の香りが漂う空気に新鮮さを覚え、リッカの手を引いて街中を走った。
「リッカ!あれ!」
「ちょ、マナーちゃん!?」
マナーの力は弱いので、手を引っ張って動きを止めるのは簡単にできるのだが、それでこけさせてしまったりするのはよろしくない。
リッカはマナーの歩幅に合わせるのに必死だった。
「リッカ!リッカ!凄い!」
「ん?おぉ…」
そこにあったのは俗に言う『浴衣』だ。アルティカーナには絶対に無い特殊なデザインはマナーの心を踊らせる。
「どうなってるの?」
「さぁ…?」
ただの布を巻きつけた様な服の構造はマナー達にはよくわからない。
するとマナーは突然、突拍子もないことを言い出した。
「リッカ!」
「なんだい?」
「買って!」
ガーン。
リッカの頭に巨大な『お金』と言う強敵が立ちふさがる。
リッカはすかさず値札を見る。
『100000』
よくわからない数字がまたリッカの頭を襲う。
こんな大金払えるものか。
そう言いたかったが、マナーの期待し切った顔を見ているとそんな言葉も喉で引っかかる。
「さてさてどうしようかね…」
頭の中から色んな提案が浮かび上がる。
強盗。
窃盗。
万引き。
全部犯罪である。しかも盗み。
駄目だこれはと思ったその時、リッカの頭に名案が浮かび上がった。
「そうだ…お金を増やせば良いんだ!」
「……?」
マナーはいきなり叫び出したリッカを見て首を傾げる。
リッカはトレードマークの大きなシルクハットを取って空に向けた。
「みんなー!!」
シルクハットから空に飛び立つ無数の鳥たち。
その白い鳥に通行人は目を見張った。
「さぁさぁ本業の始まりだ!!貧乏なマジシャンのマジックショーの始まりだよ!!」
当然の様にシルクハットから杖を取り出すリッカ。
それを見た人々は初めて見る光景に興味心身だ。
「よっ」
一声上げてリッカは杖を振り上げる。
打ち付けた地面から煌びやかな花が生え出した。
「ふんふん〜♪とっとっと♪」
謎のリズムに合わせてスキップしながら地面に何度も杖を打ち付けるリッカ。
そこからは以前として色とりどりの花々が生えていた。
「リッカ凄ーい!!」
「す、すげぇ!」
「何それ!?魔法!?」
マナーの声援に反応して次々と声を上げる人々。
リッカはその賞賛の声援を聞きながら優しい顔で笑い、持っていた杖を飛んでいる鳥たちに向けた。
「ドカーン!!」
ドカーン!!!
爆音と共に燃え上がる鳥たち。
それを人々は息を飲んで見守る。
本来ならここで皆怖がって逃げるのだが、そこはさすがは出雲大国。
ここにいる人々は普通の住民のように見えて実は皆ほとんど実戦を経験している戦闘民族なのだ。
「ジャーン!!」
リッカはマントを翻し、マントの裏側を見せる。
すると真っ赤だったマントの裏側は突然真っ白に染まった。
白い鳥が出て来たのだ。
「「「「おおおお!!!」」」」
一斉に声を上げる人々。
マナーは飛んで来た鳥たちを自分の周りに集めていた。
「お、花だ」
リッカはわざとらしく空を見て言って見せる。
人々はその声に反応し、次々と顔を上げた。
するとそこにあったのはいくつもの色とりどりの花。
ふと地面を見て見るとそこにあったはずの花は全部無くなっていた。
「凄い!!!」
マナーはその光景にシンプルな感想を叫んだ。
それを皮切りに一斉に湧き上がる無数の歓声と拍手喝采。
リッカはシルクハットを地面に置いて深く一例をした。
どこの国でも共通の認識なのだろうか、そこにいたほとんどの人々がシルクハットに思い思いの金額のお金を投入して行った。
そしてまた何処かに行く人々を見送りながらリッカはシルクハットを手に取る。
「こ、こんなに儲けたのは初めてかも……!」
シルクハットのずしっとした質量に心踊らせるリッカ。
「せ、生活資金にしよう……」
「えー!」
ここで貧乏グセが出るリッカ。不満の声をマナーは上げた。
「……はっ!?僕は一体…!」
「リッカ〜……」
リッカの体を揺するマナー。
微笑ましい光景である。
「あ、あぁそうだったね。それじゃあ買おうか」
「ん!」
マナーは大きく頷いてリッカの手を引いた。
その間リッカはいかにマナーに安物を買わせようか考えるのに必死でだった。
◇
「可愛い!!」
リッカは突然に叫んだ。
理由は至極簡単なことだ。着物に着替えたマナーがとても可愛いかったのだ。
いつもは首元で一つに束ねていた綺麗な金髪も今は下げ、ボサボサだった髪の毛も櫛を解いてもらって、まるで絹の糸の様に光を反射した。
本来この言葉を言う役目はカグラにあるのだが生憎今はここにはいない。
しかし出雲の浴衣と言う衣装とは良いものだなぁ、とリッカは心の中で呟く。
マナーが『動きやすいのが良い』と言うもんだから定員さんに頼んで特注の物を作ってもらったが、これが案外良い物であり、既存の物より丈が短いミニスカートの様な浴衣は可愛らしくマナーにまとわり、元気な少女のイメージを見事に作り出していた。
「可愛い?」
「とっても!」
マナーは可愛いの意味をわかっていないようだが、『可愛いって何?』の声をリッカは『自分は可愛いか?』と聞き間違えたようだ。
しかしここの店長は天才だとリッカはつくづく思う。
特注を頼んだのにほんの数時間でそれを作り上げ、『使った布が少ないし、何より良いアイデアが生まれた!』なんて言って料金を半額にしてくれる人間なんて尊敬せずにはいられないと言う物だ。
「いやぁ、でもこれは良い物だね。僕も作ってもらおうかなぁ…………っと生活資金だった」
あと一歩のところで何とか踏みとどまるリッカ。欲しい物を買うために自分の立場を悪くする様なダメ人間に成り下がったつもりなど無い。
「はぁ…でも私服くらい少しは欲しいな…」
普段マジシャンのタキシードしか着ていないリッカでも一応はちゃんとした女の子だ。可愛い物は好きだし、服なんかも人並みに気になるもんだ。
しかし貧乏人は贅沢できない。
その言葉を噛み締めながら、渋々お店から出て行こうとしたところ、マナーがリッカを呼び止めた。
「リッカ!ありがと!」
「……うん」
満面の笑みでマナーは言う。
これに比べたら私服もお金もどうでもいいや。
リッカはそう思った。
◇
「のう桜」
明子の声が聞こえる。
どのような原理かは知らないが、誰もいない場所から桜と呼ばれた人物は一つ頷き、声を返した。
『……どうだった?』
「本当に偶然だったようじゃ。何か意図があってここに来たとは思えんのぉ」
『そうか……しかしただの偶然で出雲に入れるものか』
「わしの推理だと……誰かがよこした諜報人じゃろうな。あっちは気づいていないようじゃが」
『何…?どこで情報が漏れた』
「おそらく国の中から誰かが流しとるのじゃろう」
『ふむ…』
桜と呼ばれた女性は沈黙し、何かを考えるような呟きを起こす。
「もう策はできておる」
『……聞こう』
「いいか…?あやつらを上手く使うのじゃ」
『……なるほど』
「聡明なお主なら分かるじゃろう。すぐに手配せい」
『分かった』
そこで通信は途切れる。
明子は目を細め、顎に手を当てた。
「さて…ネズミはどこにいるのかね」




