貧乏マジシャンと優しい医者
視界が埋め尽くされ、なおも進行を続ける豪炎は、少女の大切なものを奪って行った。
父は焼け、母は潰れ、自分の背負っている妹しか生きてはいなかった。
少女は自分の背中で寝息をたてている赤子を睨みつける。
少女にとって妹はどうでも良かった。突然生まれ、今まで全部独占していた両親からの愛情が急に逸れて行ったからだった。
少女は憎かった。この赤子が憎かった。両親はこの赤子を庇って死んでいった。
でも両親は言った。
この子を…助けてあげて……
と。
だから少女は憎かった。自分はどうでもいいのかと言いたかった。
しかし少女の叫びが聞こえる前に両親は死んだ。
見るも無残に死んでいった。
少女は恨んだ。赤子を恨んだ。殺してやりたかった。ここに置いて行きたかった。
少女は目尻に涙を浮かべながら燃える家から脱出した。
赤子はちゃんと背中に乗せていた。
家から出た少女は見た。
宇宙 まで届く巨大な神木を。
そして少女は感じた。
神木から発する力を。
少女は得た。
神木は与えた。
少女は感じた。
神木から微かに聞こえる声を。
少女は聞いた。
神木は教えてくれた。
少女は赤子を見た。
神木は煌めいた。
少女は笑った。
神木も、笑った気がした。
◇
貧乏なマジシャンことリッカ・アラマチルダは今、空を飛んていた。
「うおっ!?おおおお!?」
いや、正確には本当に飛んでいるわけではないのだが、何が起こったのかリッカとマナーを連れて行こうとした謎の男たちが、これまた謎の大爆発を起こし、爆風によってリッカは吹き飛ばされてしまったのだ。
「うぐっ!?」
何分にも感じられた長い低空飛行も終わりを告げ、リッカの体は地面に叩きつけられる。
「ぃつつ……一体何が何だか…」
軽く愚痴を吐きつつ、体中に付いた砂埃を払いながらリッカは弱々しく立ち上がる。
やっと落ち着ける様になったのか、大きく溜息を吐き、周りを見渡した。
「はぁ…あたり一面花景色。ここまで綺麗だと目が痛くなっちゃうよ」
目に入るものはどれもこれも花、花、花。
ここを出たらしばらく花が嫌いになりそうだ、とリッカは思う。
「さっきのアレは一体なんだったんだろう……」
いきなり自分達を襲って来た男達を思い出すリッカ。
すると無意識に探していたのだろう、花から出る妖しい光が目に入らない場所にそれを見つけた。
「……あれ?マナーちゃん?」
光はマナーの体によって遮られ、より一層見つけやすくなった体は周りの光に照らされ、その痛々しい傷口が晒される。
「……とりあえずここを抜けないと」
頭から血を流し、地面に力なく伏せている様子は誰の目から見ても重症だった。
医療器具などを買うお金もないリッカは当然ながら傷薬や包帯も持ち合わせていなく、マナーをこの場で治療するなど到底無理な話であった。
リッカはそのことを冷静に理解し、マナーを背中に乗せ、とりあえず前に進む。
自分の長袖をめくって見れば、痛々しい青あざや擦り傷が確認できた。
しかしマナーのそれに比べれば軽いもんだと、リッカは思う。
「上手く抜けれるかなぁ…」
体の節々から感じる鈍痛に表情を歪ませながら一人呟く。
しかしリッカはそんな呟きとは裏腹に、この森から出られないとはこれっぽっちも思ってはいなかった。
それは周りに生える木々が道を示している様に見えたからだ。
実際、木にそんなことをする力は無いだろうし、道を示しているなんてこともあり得ないことだろう。
それでもリッカにはそう見えた。
さっきまでうっとおしくてしょうがなかった妖しい木々達は今ばっかりは心強く感じられた。
「これが出雲大国の力かね」
終わらない独り言を続け、自分の中の直感に従って森を歩いて行く。
マナーちゃんが軽くて良かった。と、リッカは起きないマナーに小さな声で呼びかけた。
◇
「これは凄い……」
森を抜けた先は商店街だった。
アルティカーナの商店街とはまた違う景色が広がり、屋台から漏れる美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
人々は皆見たこともない服を着ていて、男性の服の構造は辛うじて分かるものの、女性の服の構造は全く分からなかった。
「う、うむ…お店に入って見たいところだけど、マナーちゃんが先だ」
全く未知の世界の商品にとても興味があったが、それをなんとか押し殺し、人混みを割いて歩いて行く。
すると前から歩いてきた女性が声をかけてきた。
「おぉ嬢ちゃん、なんや変な服装じゃのぅ」
「え?あ、ど、どうも…」
茶色いショートボブの髪型の女性は、年を取ったおじいさんみたいな話し方をした。
服装は周りの女性がしている様な綺麗なものではなく、質素な、男性の着る様な服を着ている。
商人か何かなのだろうか、背中には大きな木でできた籠を担いでいた。中に入っているものは見えない。
「おや、後ろの子…血ぃ出とるやないか!」
「病院にいこうかと…」
女性は後ろのマナーを見て目を丸くする。
すると女性は目を瞑り、考える様な動作をして、頭を抱え込んだ。
「そうか…よっしゃ、わしが手当したろ!」
「えぇ!?」
「なに、大丈夫じゃ心配するな。わしも医者じゃ」
「そ、そうなんですか?」
「おう。ある家の直属の医者やっとる」
「へぇ…」
その肩書きがいかほどのものなのかどうかはリッカには分からなかったが、何と無く凄いと言うことが分かった。
「でも、僕お金が無くって…」
「む、では何故病院に行こうと思ったんじゃ?」
「何もしないのはマズイ気がしたからとりあえず行かないと、と思いまして」
「うむ。まぁそう思うじゃろな。でもやっぱりお金が無いとだめじゃろ」
「出雲ならなんとかなるかなって」
「無理無理。出雲とてただの一国にすぎんわ。いろいろ格好の良いこと言われてるらしいがの」
「まぁ、そうですよね」
あはは、と苦笑いして頭を掻くリッカ。垣間見える貧乏人と苦労人の人格に、女性はクスリと優しく笑った。
「まぁ、そう言うことじゃ。こっちはあれじゃ、好きで奉仕するんじゃから、気にせず迷惑かけい」
「…ありがとうございます」
「まぁそんなにかしこまんな。あんま年も変わらんわ」
見たところまだ十代じゃろ?と、女性は言う。
リッカはコクンと頷いた。
「じゃあ、失礼ながら貴女は?」
「わしもまだ十八じゃ。若いじゃろ?」
喋り方とは裏腹にとても若い女性だった。顔つきだけ見れば確かにまだ童顔で、可愛らしい容姿をしている。
小高い小さな鼻頭や、パッチリとした目に微笑みが浮かぶリッカ。これが出雲の住民の特徴なのだろう、少し羨ましくも思った。
「うむ。じゃあまぁ、なんでこんなことになっとんのかは、とりあえず家で聞いたるからついてきぃや」
「んじゃお言葉に甘えて」
こんな状況で断る理由なんてない。と、リッカは考えてついて行く。
リッカの前を歩く女性は、リッカを少し遠目で眺めて、深く笑った。
◇
シェイミー・アルバレアの朝は早い。
まず朝5時に起床。
物置に大切においてある木刀を手に取り、何時ものように素振りを始める。
それが終わったあとは父のやりたがらないデスクワークを素早く片付け、要塞の見回りをしに行く。
巨大な要塞の隅々まで見回りをした後、訓練場に足を進める。
銃、剣、対人訓練と数々の訓練を終えた後、町に見回りに出かける。特に異常が無いと判断した後、要塞に早足で戻り、たいして美味しくもない軍食で腹を満たし、その後はまた同じことを繰り返す。
しかしその日、彼女の生活にはイレギュラーが入った。
「あ、そう言えばお父さん。前にカグラさん達に移動魔法術式の車貸したじゃないですか」
「リッカちゃんにな。あの子一番付き合い長いから」
「いや、どうでもいいんですけど、あれ、どこ行きに設定してあるんですか?」
「ん?何で?」
「偏見で申し訳ないんですけど、絶対なんかやってるだろうなって」
「まぁそうだな。イズモに行かせた」
「イズモですか………………はぁ?いや、どうやって見つけたんですか」
「いや、なんか手紙が来てさぁ」
ヒラヒラと手を振って返事をするスルト。
それにシェイミーは疑わしげな表情をして、父に向かって問いかけた。
「……どんな手紙ですか?」
スルトは天井を見ながら口を開く。
天井の規則正しい模様を見る、これは何か悪いことをした時、決まって行うスルトの癖だった。
「あぁ、なんかマンジュシャゲって人から『出雲に遊びに来ませんか?』って。地図付きで」
「絶対罠じゃないですか!!」
スルトは笑ながら瞳を伏せる。
幼い娘に説教される、不甲斐ない父の形相であった。
「いや、ほら、さ。俺もそう思ったから、なんか良いタイミングであいつらがイズモ探すって言い出したもんだから、地雷に石投げる感覚であいつらに向かわせようかと……」
「危ない!超危ないですよお父さん!死にますよ!!皆死んじゃいますよ!!」
「まぁ大丈夫だろ。ほっとけほっとけ」
「ほっとけるわけないじゃないですか!!あぁ、一体どうしよう…」
戦場では修羅の如き活躍をするシェイミーでも、知り合いの危機放っておいて、一人のんびりできる程の精神力は持っていない。
彼女もあくまで唯の少女。
マナーは彼女の大切な友達なのだ。
「…仕方ない、行きますよお父さん!!」
「はぁ?どこに」
思い立ったように立ち上がるシェイミー。
最初から何故か投げやりなスルトは、面倒くさそうに呟いた。
その瞬間、思っても見なかった台詞がスルトに投げつけられる。
「イズモです!!」
「え…えぇええええええ!」
大口を開けて驚愕するスルト。
そんな父を一喝するため、シェイミーも負けじと声を上げた。
「何気持ち悪い声出してるんですか!貴方が地雷に投げられた方が良かったんじゃないですかね!」
「ひぃぃい…母さん…シェイミーちゃんが不良になっちゃったよぉ」
シクシクと謎の言い訳をするスルト。
「お母さんの名前なんかよんでどうするんですか、ほら行きますよ」
「え、マジで行くの?」
「マジです。それに、お父さんにもちゃんと利益はあるんですよ?」
小さな胸を張り上げて、ふふんとシェイミーは腕を組む。
よほど自信があるのだろう、人生で必要なものはほぼ全て手に入れてしまったスルトに、どんな利益があるものか、スルトは興味深げに問いかけた。
「……へぇ、どんな?」
「出雲には死者を蘇らせる魔法があるらしいですよ」
今回は少し、短くなってしまいました。
毎回5000文字目指して頑張ります。
 




