朝
ピピピピッ、ピピピピッ……。
目覚まし時計の無機質な音が規則正しく朝を告げる。
その音に呼応するようにもぞもぞと動き、こんもりした布団から手が伸びる。
がちゃん。
掌の攻撃を受けた目覚まし時計は素直に口を閉ざした。
布団の中から腕が、顔が出て来て、ぐぅっと伸びをする。
英梨香はふぁ〜あ、と大口を開けてあくびをした。
布団からゆっくり出て、パジャマを脱ぐ。ハンガーに掛けておいたブラウスとフレアスカートを取り出し、着替えた。
洗面所で顔を荒い、肩までかかった髪を梳かして、鏡の前に座った。
ぶさいく。
寝起きのむくんだ顔は冴えなくて、手でマッサージする。
少しはましになった顔に、英梨香はパウダーファンデーションをはたいた。
もう、子供じゃないんだ。
英梨香はそんな気持ちを込めて化粧を施してゆく。
ブラウンのクリームアイシャドウを中指の腹で瞼に広げ、ジェルライナーでアイラインを細く取る。
ローズチークでふんわりと頬に色を差す。リキッドルージュで唇を彩ってゆく。
完成した顔で、鏡に向かって強いまなざしで微笑みを作る。
鏡から見つめ返す女は、確かに英梨香だ。
英梨香はリビングへ行くと、母の作ったトーストとハムエッグを食べた。
スマートフォンでのメールのチェックも同時に行う。
母は2、3のお小言を言い、耳から耳へと流す英梨香にため息をついて、お弁当を差し出した。
英梨香はありがとう、と言ってバッグにしまった。
玄関へ行くと5cmヒールの水色のパンプスに足を滑らせた。
いってきます、とドアを開ける。
強い光が、英梨香を照らす。
英梨香は負けない様に空を見上げる。
爽やかな青さを広げる春空。
英梨香は新しい環境への一歩を踏み出した。