第304話 自らの手によって
日本部隊による最初の救助作戦から半日後、中国政府の緊急会議では、エクアドルから届いた映像が音を消して再生されていた。
大型盾を持つ日本人が黒い甲殻型の突進を受け、長槍と鉤付きの武器が左右から脚へ入る。盾の後ろにいた者たちは、現地兵の射線が開くより先に身を引いていた。
銃撃を受けた甲殻型が崩れる。
映像が切り替わり、短槍と小型盾を抱えた隊員が塀を越えた。着地後も速度を落とさず、民家の庭へ回り込んだ四足型を壁際へ追い込んでいる。
「停止しろ」
周立言の声で映像が止まった。
画面には、塀を越えた直後の日本人が両足を開き、短槍を構える姿が残った。顔は装備に隠れ、所属を示す部分にも処理が入っている。
「これを、各国は何と報じている」
宣伝部門の担当者が手元の資料を開いた。
「日本式の異常空間対応が初めて海外で実証された、という表現が増えています。エクアドル軍との共同作戦である点も報じられていますが、映像の中心は日本部隊です」
「中国との比較は」
「すでに始まっています。エクアドルでは道路を奪還し、中国では占拠区域を残したという構図です。災害規模や出現個体の違いを説明する記事もありますが、見出しでは省かれています」
周立言は資料を受け取らなかった。
会議卓の向こうでは、軍、公安、外交、宣伝、科学技術、地方行政の担当者が、それぞれ別の資料を開いている。誰も映像そのものを否定しなかった。
日本人の動きが加工映像でないことは確認されている。
救出された住民も、停止させたモンスターも、追加で確保された道路も実在した。
「エクアドルと我が国の事案を同列に扱うことはできません」
梁雪梅が言った。
「中国側の占拠区域は広く、入口周辺では爆撃後に深層由来とみられる個体が出現しています。エクアドルの流出個体は、確認された範囲では浅層から中層が中心です。日本部隊が我が国へ派遣されていたとしても、同じ速度で奪還できた保証はありません」
「その説明を国際世論が聞くと思うか」
宣伝部門の担当者が返した。
「専門家は聞きます。一般の視聴者は、盾を持った十二人が道路を取り戻す映像を見るだけです」
「ならば、比較そのものが不当だと発信すべきだ」
軍側の幹部が画面を指した。
「日本は、自国の能力を示すために対応可能な地域を選んだ。中国の事案には手を出さず、規模の小さいエクアドルで成功映像を作っただけだ」
「中国は日本へ支援を要請していません」
外交部門から静かな訂正が入る。
「要請していない相手に、支援を拒否されたという主張はできません」
「拒否されたとは言っていない。対応できないと判断して近づかなかったと言えばいい」
外交担当者は、机の上で組んでいた指を解いた。
「それを公に主張すれば、中国の占拠区域が日本にも対応できないほど危険だと、こちらから宣伝することになります」
軍側の幹部が何か言い返そうとしたが、周立言が手を上げた。
「声明は後だ。まず、この部隊が何をしたのかを確認する」
映像解析の担当者が、画面を作戦図へ切り替えた。
日本側は十二名。先頭班と後方班に分かれ、エクアドル軍二個分隊、国家警察の救助要員と共同で行動している。主装備は大型盾、長槍、短槍、鉤付き長柄、片刃の短柄武器、拘束索。小銃も携行していたが、正面の甲殻型には現地軍の火力を使っていた。
「日本部隊が優れていたのは、個体を倒したことだけではありません。救助経路を維持したまま、モンスターの向きと姿勢を変えています。エクアドル側の火力は不足していませんでした。問題は、射撃を集中できる状態を作れなかったことです」
「我が軍にも盾と長柄武器はある」
「あります」
「探索経験者もいる」
「います」
「ならば、何が足りない」
解析担当者は、映像内の日本人へ印を付けた。
「訓練の統一です。身体能力が上昇した状態で、装備を使い、他者と速度を合わせ、命令を守る訓練が必要です。日本側は、強化後の個人を通常歩兵へ混ぜたのではなく、強化されることを前提に部隊を組んでいます」
別の画面には、日本側の第二陣と第三陣に関する公開情報が表示された。
最初の十二名は、受け入れ態勢と現地指揮系統の確認を兼ねた先遣隊。後続には活動要員のほか、医療、観測、装備整備を担う人員も含まれる。
「日本は、最初から継続作戦として派遣しています」
「我々にもできる」
軍側の幹部が即答した。
「人数なら上回れる。探索経験者の選抜も、部隊単位の訓練も可能だ。日本が十二名で一本の道路を開いたなら、我々は複数の道路を同時に開ける」
梁雪梅が資料から顔を上げた。
「入口周辺へ近づけば、エクアドルの個体と同じとは限りません」
「入口へは行かない」
軍側はすでに別の地図を用意していた。
中国国内の占拠区域。その外縁に沿って、複数の区画が青く塗られている。入口周辺の濃い赤は残され、病院、行政施設、主要道路、集合住宅地、地下鉄出入口へ向かう線だけが引かれていた。
「第一段階では、入口から距離のある外縁区画を奪還する。病院と南側幹線道路を確保し、監視線を前へ出す。深層個体との接触を避け、浅層個体が多い地域から削る」
「有人進入禁止命令はどうする」
「作戦区域に限り解除する」
「以前、我々自身が救助と遺体回収のための進入も禁止した」
「当時は、内部で身体能力が上がった人員を部隊運用する準備がなかった」
軍側の幹部は、エクアドル映像へ画面を戻した。
「今は、何を用意すべきか見えた」
その言葉に、何人かが視線を動かした。
日本の成功を認めた発言でもある。しかし、会議の中でそれを指摘する者はいなかった。
「装備はどうする」
「既存の防護盾を改修します。甲殻型の突進を正面で完全に止める必要はありません。進路を変え、装甲車や固定障害物へ誘導する。長柄武器と拘束索は工兵部隊と武警の装備を基礎に再設計できます」
「日本の特殊装備と同じ性能は出せない」
「同じ必要はありません」
軍側の幹部は、地図上の青い区画を拡大した。
「日本は少人数で道を開いた。我々は複数の班を重ね、道路そのものを押し戻す。盾を持つ班、拘束する班、射撃する班、救助する班を分ける。損耗が出ても次の班が入れる構成にする」
「損耗を前提にするのか」
陳国梁の声が低くなった。
「作戦である以上、ゼロとは言えません」
「言葉を変えるな。日本の映像を見て、自国の兵士を同じ場所へ入れたくなっただけではないのか」
軍側の幹部はすぐには答えなかった。
陳国梁の前には、過去の被害資料が置かれている。死亡確認、行方不明、入院者数。作戦図の青や赤より、そちらの数字を見ている時間の方が長かった。
「日本の部隊は、映像に出ている以上の準備をしています」
梁雪梅が間へ入った。
「装備だけを見て模倣すれば、同じ結果にはなりません」
「だから訓練する」
「何日で」
「第一陣は十日後に投入可能です」
「十日で、日本が積み上げた訓練へ追いつくのか」
「追いつく必要はない」
軍側の幹部は、今度は陳国梁へ向いた。
「中国の兵士は、すでに部隊行動を知っている。探索経験のある者を選び、強化状態での装備運用を追加する。日本の制度を最初から作る話ではありません。外縁区画を奪還するための部隊を作る話です」
陳国梁は資料を閉じた。
「救助対象は残っているのか」
「生存の可能性がある者は少ない。しかし、病院地下と集合住宅の一部には、封鎖前に設置した備蓄区画があります。自律通信機器の断続的な反応も残っています」
「遺体は」
「回収可能な範囲から行います」
会議の空気が変わった。
国家威信や国際比較だけでは、陳国梁は首を縦に振らない。だが、取り残された可能性がある人間と、回収できないまま残された遺体の話になれば、反対の仕方も変わる。
「作戦区域を広げる条件を先に決めろ」
陳国梁は言った。
「成功したから次へ進む、では認めない。出現個体、死傷者、弾薬、撤退経路、深層系反応の有無を数字で区切れ。条件を越えたら、その場で切れ」
「承知しました」
「入口方向への追撃は禁ずる。建造物を利用した誘導は認めても、入口や地下構造への攻撃は行わない」
「はい」
周立言は、作戦図の青い区画を見た。
病院、南側幹線道路、行政施設、集合住宅二区画。全域から見れば小さい。それでも、これまで監視線の内側に置いたまま手を出さなかった場所だった。
「規模は」
「第一陣は、探索経験を持つ軍人と武警を中心に百二十名。通常部隊、工兵、医療、無人機運用を合わせ、作戦全体では七百名程度です」
「日本は十二名だった」
宣伝部門の担当者が言った。
「十二名と現地部隊です」
軍側は訂正した。
「我々も、探索経験者だけで戦うわけではありません。通常部隊の火力、装甲車、工兵、無人機、固定陣地を組み合わせます」
「映像は出せるのか」
「作戦成功後であれば」
「成功前から撮れ」
宣伝部門の担当者が、会議卓の上へ身を乗り出した。
「訓練、装備、出発、現地部隊との合流まで記録する。失敗した場合は公開しない。成功した場合、中国が独自に作り上げた異常空間対応部隊として出す」
「日本を参考にした事実は」
「公開する必要はない」
外交担当者が口を挟んだ。
「日本のエクアドル派遣への声明は、作戦決定と切り離してください。国内奪還作戦を正当化するために、他国の派遣を直接攻撃すれば、こちらの方針変更が報復的に見えます」
「では、どう書く」
「異常空間災害を利用した軍事的影響力の拡大を警戒する。各国の主権と現地政府の指揮権が尊重されるべきだと述べる。中国は自国の災害を自国の力で処理するという立場を加えます」
「日本の名は」
「出しません」
「誰が読んでも分かる文章にしろ」
外交担当者は反論せず、文案へ書き込んだ。
日本への会談要請も、情報提供の打診も議題には上がらなかった。日本の部隊編成や装備については、公開映像と各国報道から分析を続ける。それ以上を求めれば、中国が日本式の支援を必要としていると認める形になる。
今の会議で、その選択を口にする者はいなかった。
「もう一つ確認したい」
梁雪梅が言った。
「この作戦の目的は、外縁区画の救助と奪還です。入口の再攻略でも、深層個体の殲滅でもありません。成功した場合も、占拠区域全体を解決したと発表するべきでは無いでしょう」
宣伝部門の担当者が眉を寄せた。
「国民が求めているのは勝利だ」
「現場が達成していない勝利を発表すれば、次の作戦目標が政治によって拡大します」
「病院と幹線道路を取り戻す。それだけでも勝利と呼べる」
「その範囲で呼ぶのが最適かと」
周立言が二人を止めた。
「第一段階奪還作戦として公表する。全域解放とは言わない。ただし、作戦の意味を小さく扱う必要もない」
最終的な計画案が画面へ表示された。
十日後、外縁区画への第一陣投入。三日以内に南側幹線道路を確保し、七日以内に病院と行政施設へ到達する。第一段階の終了後、深層系反応が確認されなければ住宅区画の建物確認へ移る。
一か月後の予測図では、入口周辺の赤い区域を残し、その外側の大半が青へ塗り替えられていた。
まだ計算上の色にすぎない。
それでも、会議に参加していた者たちは、その地図から目を離さなかった。
「日本は、我が国の事案には対応できないと判断した」
軍側の幹部が言った。
外交担当者が顔を上げたが、周立言は止めなかった。
「エクアドルで成果を示し、中国には近づかなかった。ならば我々が、自分たちの手で取り戻せばいい。日本が避けた占拠区域を中国が奪還すれば、比較の結論は変わる」
陳国梁は、青く塗られた病院を見ていた。
「兵士へ夢を見せるのは構わない」
言葉を選ぶように間を置き、続けた。
「その夢のために、撤退命令を遅らせ無駄な損耗を避けろ」
「勿論です」
軍側の幹部は答えた。
会議が終わる前に、北部の訓練施設へ最初の選抜命令が送られた。
対象となったのは、管理下のダンジョンで継続的な活動記録を持つ軍人と武警隊員だった。各地から集められた候補者には、選抜の目的がまだ伏せられている。
翌朝、彼らが訓練場へ入ると、長机の上に大型盾、長槍、拘束索、厚い防護服が並び、正面のスクリーンには中国国内の占拠区域が映されていた。赤い地域の外縁から、青い線が一本ずつ伸びている。
「諸君が取り戻す」
壇上の将校は病院へ続く線を指し、配られた装備へ手を伸ばす候補者たちを見渡した。
「外国の部隊が安全な場所を選んで成果を示している間に、我が国が解決できないと判断された場所を、我々は自分たちの手で奪還する」
誰もまだ、その地図を無謀だとは思っていなかった。




