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公爵家の眠り姫は騎士団長を枕に所望します!

作者: 瑞井蒼
掲載日:2026/02/04

──王国一の強い権力と広い領地を誇るウォレスト公爵家の一人娘、フルナ・ウォレストは人々に『眠り姫』と呼ばれている。



 とある(うら)らかな昼下がり、公爵邸の庭にて。

 パラソルの下で波打つプラチナブロンドをなびかせた儚げな少女が、ふわぁと欠伸した。

 傍に控える執事はいそいそとティータイムの準備をしている。


「本日の紅茶には、この季節らしい香り高いものを用意いたしました」

「……はぃ」

「午後からは家庭教師の方が来られます。ですので、お昼寝の時間はないのですがどうか頑張ってくださいませ」

「……」

「あれ、お嬢様?」

「…………すぅ……」

「誰かお嬢様をベッドに!!!」


 私はフルナ・ウォレスト。気がつけばこの中世風ナーロッパ世界に転生していた。

 ご覧の通り、母譲りの白金に煌めく髪と父譲りのラベンダー掛かったミステリアスな瞳を持つ完璧な美貌なのだが。

 しばしば睡魔に倒れるゆえ、世間では病弱な深窓の令嬢のように囁かれている。


 しかし、あえて言おう。


 断じて違う!!


 この世界の枕が柔らかすぎるのだ。

 どいつもこいつもマシュマロや綿菓子のようにふわふわふわふわしやがって!


 私はもっと硬い、江戸時代の箱枕(はこまくら)くらいじゃないと寝れない!!

 ここだけの話、前世では広辞苑を枕にしていた。百人一首カルタを入れた箱もおすすめだ。

 何はともあれ、柔らかい枕だとどうしても寝れない体質なのである。


 まだ小さい時に、庭のでっかい石を拾って枕にしたことがある。ちょうどいい高さで形も完璧だったのだ。

 その夜は一晩中快眠で大変幸福であった。


 のに!!


 翌朝、それを見つけたセバスチャンが、『そのお年で精神修行に励むとは、お嬢様何か思い詰める事がありましたか!?』とそれはそれは泣きわめくので私は泣く泣く手放した。


 おお、私の愛しい枕一号よ。


 以降も、寝る前の読み聞かせで使った絵本をこっそり枕に敷いてみたり、ベッドを抜け出して硬い床で寝てみたり色々してみたが。


 何にしろセバスチャンが目ざとい上に心配性で過保護ときて。

 起こしに来る時に、毎回異物を見逃してはくれず、『それで寝ていては首が折れてしまいます。ご自分を痛めつけるのはやめてくださいませ』と泣くわ泣くわ 。

 最終的に『お嬢様の心労に何もお力になれず、不甲斐ないわたくしめは辞職いたします……!!』と言い出したものだから、それからは何かするのを諦めた。


 でも、でもでもでも。


 寝れない!!


 目を閉じてるだけでも八割休息できてるというやつがあるが、あれは嘘だ。

 寝れずにベッドでコロコロしているときほど辛い時間はない。


 お陰で晩年睡眠不足なものだから、顔は青白くなるし、全然骨が太くならないしで、影のある儚げ美少女の出来上がり(笑)というわけで。


 くっっっ。私の理想形は小麦色のダイナマイト美女なのに。


 夜中にきちんと寝れてないせいで、日中は(まぶた)を持ち上げるのでも一苦労だし、ちょっと動けば息が切れる。

 呂律が回らないのも全部そのせいである。


 もういい歳だというのに、公爵邸のみんなは私を齢一桁の幼女か何かだと思ってるらしい。解せぬ。

 あっ、だから可愛いとか言うな!生暖かい目で見てくるな!

 使用人のくせに、公爵令嬢権限で全員クビにしてやる!!……まぁ、しないけど。


 せっかくのお嬢様様になれたのだから私だって、もっといっぱい乗馬なんかして、自分でお茶会を開いて場を仕切ったりなんかして憧れのスーパー美女道を爆進したかったのに……。


 これもあれも全部睡眠不足のせいである。


 寝させろ!私に硬い枕を寄越せ!!


 とかそんなことを考えていると、ベッドについたようだ。

 今日私を運んでくれたのは、腕の硬さからして公爵様の模様。

 執務で室内に籠もる日も多いのに、このしっかりとした筋肉……腕枕をしてくれればいいのに、うう。


 でもこいつってば、血が通ってない冷酷の鬼なのだ。

 若干五歳の超きゃわ愛娘による全力のお願い、『パパ、腕枕して』をにべもなく断れるというのだから。

 百回は試したけど一度も通らないからさすがに諦めてしまった。


 とほほ。


 あ、無理眠気の限界がやって来た。気絶します。


 ……すぅ。



 ◇



「今日は王宮に連れて行く。あくまで非公式な顔合わせだが、相手は王族だから失礼のないようにな」


 珍しく公爵様に呼び出されたと思ったらそんなことを言われた。

 あ、こいつのことはパパとは呼ばない。断じて呼ばない。なんたってパパらしいことを一度もしてくれないのだ。

 六歳の交流会の帰りに『ぱぱ、だっこ』ってお願いしたのに、冷たい目で一瞥して無視したの覚えてるからな!?それに七歳のときだって……(以下略)


「……」

「くれぐれも、途中で寝たりしないように」

「ふわぁ……ぁい…」


 こいつ、わかってんのかって目で見てくる。

 やめろ、こちとら娘ぞ!可愛い可愛い美少女ぞ!!

 昨日だって結局三時ごろまでお月さまを眺めてたから欠伸が出るのは仕方ないですやんか……。

 ……すみませんでした。


 大人しくコクっと頷いておいた。



 公爵邸もでかいが、王宮はさすがのでかさだ。東京ドームがデカーイくらいならば、王宮はデカーーーーーーーーーイのである。

 なお東京ドームがどんぐらいデカかったかはもう忘れた。


 私は常にすぐに寝てしまうので、お出かけすること自体珍しい。

 その御蔭で王宮に来るたびにその広さに圧倒される。しかも作りがめちゃくちゃ豪華なのだ。

 うー、探検したい。チャンスが少ない上にいつもすぐ連れ帰られるのだ。


 王宮について、キョロキョロ見て回ろうとしたら、公爵様にぱしっと手を握られてしまった。


 ぐぬぬ。


 王様に謁見しに行くと、年が同じくらいの男の子が出てきて私たち二人は外のガセボに追いやられた。庭園の中の屋根付きベンチみたいなやつ。庭には二羽鶏が……じゃなくて、薔薇が咲き誇ってて見応えがある。

 公爵様と王様は謁見の間に残っておしゃべりするみたいだ。


「はじめまして。僕はポール・ルカリスといいます」

「はい、私はフルナ・ウォレストですわぁ……」

「来てくださってありがとうございます。父上からは貴女は僕の婚約者候補として……ってあれ?」

「……ぁい……」

「どうかなさいました?」

「……もう……むりですわぁ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「……すぅ……」


 外はいけない。


 温かな日差しは罪だ。

 ちょうどいい鳥の囀りと、春風に揺れる葉音は極上の子守唄で。

 優しい花の香が全身を包む。


 限界眠気とお出かけによる疲れも相まって最高のまどろみがやってきて。


 あらがえない、とめられない。

 ああ、幸せ。


 おやすみなさい。……。



 ◇



 や っ て し ま っ た。


 私は不敬にも王族の前で昼寝をかましてしまった。どんな処罰が下るやら、恐ろしすぎる。やばい、死にたい。


 王様に何を話していたのか聞かれて震えてたら、ポールくんが花を見ていたと上手く誤魔化してくれた。グッジョブすぎる。


 第二王子だそうだ。将来有望だね!!

 でもこっちを見る顔が引きつってたので婚約話はおじゃんだろう。

 ごめん、公爵様。



「お前、寝たな?」


 帰り道を歩きながら公爵様に睨まれた。

 く、バレてたか。

 幸い雷が落ちることはなく、長めの溜め息をつかれただけだった。


「私はこのあと王宮での公務があるからもう行く、セバスチャンに迎えにこさせているから待っていろ」


 公爵様は私を応接室まで連れて行くとそういって、すぐいなくなった。

 さすが公務の鬼である。


 忙しいんだろうなぁ。


 その忙しい中、セッティングして付き合ってくれたお見合いを一個台無しにしてしまったのは非常に引け目を感じてしまいますが、ええ。


 しかし私は最高のお昼寝をして、ただいま元気満タン!なのである!!


 いつも王宮に来るときはずっと誰かがそばにいるが……。

 背中にも目がついてる公爵様も去ったし、やけに目ざといセバスチャンがまだ到着してない今、これは大チャンス!


 来たときは公爵様に阻まれてしまった、王宮探検にいざ、乗り出しますぞ!!


 普通は部屋に使用人がついたりするのだが、手違いか今日は誰も私を見ていなかった。

 頑張れば撒けないこともないがいないにこしたことはない。


 神が、私に味方している……!


 私は拳を握りしめ、意気揚々と王宮探検の旅に乗り出した。

 ふっふふーん。


 トコトコトコトコ


 ながーい廊下。

 両側には人の絵がいっぱい。みんな美人。


 トコトコトコトコ


 でかーい倉庫。

 たまたま開いてたから入れちゃった。うおー、お宝わっしょい。


 トコトコトコトコ


 ひろーいお庭。

 さっき見た薔薇園だけじゃなくて、違うお花もたくさん。


 トコトコトコトコ


 ・

 ・

 ・


 ぜぇ……。はぁ……。


 やばい。我を忘れて歩き回っていたら突然息が切れてしまった。

 私の激弱ボディが悲鳴を上げている。

 体力メーターはまっかっかに違いない。


「……く、無念」


 疲れだろうか。なぜか眠気がぶり返してきた。急速に身体から力が抜けていく。


「なぜここに子どもが……あ!?おい!!」


 誰かが駆け寄る気配がする。ガシャガシャと鎧の鳴る音がする。ほぼ閉じかかるまぶたの隙から影が一瞬見えた。


 倒れそう。……ん、抱きかかえられた。


 公爵家ではいつものことだったから、慣れで安心して身体を預けてしまう。


「大丈夫かっ!!」


 あ、この筋肉の硬さと厚さは公爵様以上かも。

 非常によい。


 ……すぅ。



 ◇



「家のものがご迷惑をおかけしました」

「いや、大したことは。ちょうど通りがかって良かったです」


 私を抱えている腕が、私を降ろそうと動く。

 む、離さないぞ。

 この硬さは完璧だ。このまま二度寝だっていけそう。


 むにゃむにゃ。


「……フルナ」


 むにゃ、わたしを呼び捨てにするなんて。こちとら公爵令嬢ぞ。


「フルナ?」


 ──ゴゴゴゴゴゴォォ

 ん、この極寒の波動は!?


「フルナ、起きなさい」

「はっ! ひゃいっ。フルナ、ただいま起きました」


 ぱっちり目が開いてしまう。公爵様だ。

 公爵様がこちらを見ている。

 ……その瞳の冷たさといったら。そのまま人が殺せそうだ。


 ひ、ひえー。怒ってる。完全に怒ってる。

 私はぶるぶると震えて目の前のものにしがみついた。ちょうどいい硬さで抱き枕に欲しい感じ。

 あれ、これは何?


「はっはっは、起こさなくてもこのまま邸まで運びましたのに」


 渋い笑い声が頭の上で響く。一緒に私の体が揺れる。んんん?


「そんなに甘やかすわけには。フルナ、早く降りなさい」


 そろぉ〜っと目線を上に上げる。どアップの顎髭。そこにはイケオジの顔がある。

 アオリ構図でも美!!


「お嬢さん、おろしますよ?」


 優しげなアンバーの目がこっちに向く。焦げ茶色の前髪が一房、さらりと流れた。


 ひゃわ。


 ぽーっと見惚れるうちに足が地面についてしまう。


「はあ、本当にすみません。後日にまたお礼をさせてください」

「そんな、構いませんよ」


 公爵様の方にひょいと寄せられる。

 公爵様はペコっとお辞儀をしてそのまま私を引きずっていった。


 まってまってまって〜。まってよ〜〜。



「ねえ、あの人は誰ですか!?」


 公爵様は私の手を引いてずんずん歩く。問いかけると、歩きながら一瞬目線をこっちに向けた。

 oh……絶対零度。


「今日は何回やらかせば気が済むんだ」


 しゅん。私、しゅん。

 そう言われちゃうと反論できない。

 私が黙って俯くと、しばらくして上から言葉が降ってきた。


「体力を考えずに連れ出した私も悪かった」


 お?

 思わず期待の目でそっちを見ちゃうと、その目の色が呆れに変わった。


「とは言えお前も何をした。なぜ応接室から訓練場まで迷い込める? お前が居なくてセバスチャンが取り乱していたぞ」


 う、返す言葉もございません。


「だ、だって王宮はめったに来れないですから。色々見たくて」

「……言えば正式に連れてきたものを」

「!?」


 その手があったか。というか言えば、連れていってくれるの!?

 公爵様が仕方のないものをみる目でこちらをみている。


「やりたいことがあれば口で言え。あまり私を困らせるな」

「……はい!」


 ふ、仕方ない。今日ばかりは心の中でパパと呼んでやろう。

 私はパパとお手々をつないで仲良く帰りましたとさ。馬車でも珍しく隣に座ってあげたらちょっと驚いてた。

 さては、ツンデレパパか?

 う、この目。やっぱ違うかも。


 ……あれ、待てよ。で、さっきのイケオジは誰だったんだ?



 ◇



 数日後、王宮から手紙が来た。

 私は第二王子の婚約者候補からは外れたそうだ。そりゃそう。

 手紙ではすごく気を使って婉曲に書かれていたから何だかこっちが申し訳なくなった。


「まあ、公爵位がついてくるから婿に困ることはないだろう。そう気にするな」


 公爵様が私の頭にぽんと手を乗せる。

 そんな身も蓋もないこと言わないで!?

 私だって私を愛してくれて甘やかしてくれる、出来れば年上の渋くて格好いい人と結婚したい!!

 ……欲を言った。でも、そんな爵位目当てとかいやでごぜぇます。


「うぅ……」


 メンタル削られてなんだか眠気が酷くなってきたから、午後のピアノレッスンをスキップしてお昼寝にした。


 昼寝最高!!


 昼のほうがお日様のぽかぽかパワーでよく眠れる気がする。当社比だけど。

 にしても本当に、枕が柔らかすぎてまったく眠れない……。

 これでも硬い枕がいいと泣きついて取り寄せられた枕なのにな。すごい遠い国から高値で取り寄せたらしい。

 その話を聞いた手前、喜んでみせちゃったから変えてほしいとも言い出しにくく、そのまま使ってる。

 硬いの基準どうなってんだ。ぬー。


 セバスチャンのお陰で部屋に硬くて丁度良いものが全部撤去されているし。

 椅子もクッション付きでふわふわだし、鏡は壁に備え付け。机は寝転べないちっちゃいやつ。

 ()()術なし。

 あっ、久々に麻婆茄子(まーぼーなす)食べたい。こっちにはないんだよな。


 私はベッドでゴロゴロ寝返りを打っていた。


 そーいえば、この前のイケオジの腕、寝心地良かったなぁ。


 ふと思い出してうっとりする。

 あの筋肉の硬さ!厚み!!すべてが枕として完璧だった。

 思い出したら眠気なんて吹っ飛んだ。

 こんな柔らかい枕で眠れずにゴロゴロするぐらいだったら、あれを捕まえてぐっすり眠ってやるのだ!


 思い立ったが吉日。いざゆかん!!


「セバスチャン、……王宮に行くわ」

「ん、お嬢様。今なんとおっしゃいました!?」

「私、今から王宮に行くわ。準備をお願い」

「!? お嬢様。急には難しいですぞ」

「どうしても行きたいの」

「う、うう……」

「……おねがい」


 必殺、うるうる上目遣いビーム。セバスチャンにダメージ999。フルナの勝利!


「わかりました。このセバスにお任せあれ」

「やった。セバス好き」


 いやぁ助かる。助かる。あ、手土産もセバスチャンにお願いしてっと。

 王宮へ枕を探しにレッツ、ゴー!



 やってきました、数日ぶりの王宮。

 こんなにすぐ許可とか取ってくれてセバスチャンは本当に有能である。

 さて、訓練所とやらに行こう。


「待ってください、お嬢様〜」


 前世から方向感覚だけは抜群なのだ。遊園地で置いていかれて徒歩で帰ったこともあるぞい(ドヤ顔)。

 先日の記憶を頼りにすたすたすたすた。


 視界が開かれる。

 ついたっ。


 ただっぴろい開けたグラウンドにはたくさんの騎士たちが動いていた。


 カキンカキンッカンッッ


 中には剣で打ち合っている人も何組もいる。音的に金属っぽい。こわわわわ。


 端っこでは座って水を飲んだり話して休憩している人もいたので、そっちに近づいていく。背中から聞こえる待ってと叫ぶ声はどうせ追いつくので無視する。


「こんにちは」

「おお、こんにちは。この別嬪(べっぴん)さんは見学かな」

「それとも家族を見に来たの?」


 談笑していた二人の騎士。

 声をかければラフに対応してくれたので、ここにやってくる令嬢は少なくないのだろう。


「人を、探しているのです」

「うんうん、誰々?」

「名前を教えてくれたらこっちで呼びに行くよ」


 困った。勢いでここまで来たせいで名前がわからない。


「えっと、名前はわからないんですけど」


 そう言うと二人は顔を見合わせた。


「ひょっとして一目惚れとか?」

「ちょ、お前。からかうなよ」


 一目惚れ、ひとめぼれ、ひとめぼれ。

 頭の中でエコーがかかって鳴り響く。

 ふと至近距離で目が合ったアンバー色の優しい瞳を思い出す。


 ひょわ。


 なんだか顔が熱い、ような気がする。


「ほらー当たり」

「はあ、やめろってそれ」

「でも多いでしょ最近、ほら。あいつが来てから」

「まぁな」


 私は首をかしげて彼らを見た。


「お前もあいつ目当てか?」


 さっき一目惚れかと聞いてきたほうの騎士がグラウンドの中心を指す。


「あの、今戦ってるやつ。アーレイって言うんだけど、何でも顔が良いからめっちゃモテるんだよねー。いいなー」

「強いからってのもあるだろ、一年目なのに今日だって団長と模擬戦してるし」

「ちぇ、どーせ俺はどっちも平凡ですよーだ」

「そんなこと言ってる暇あるなら剣技の方だけでも磨けば?」


 私は軽口を叩き合う二人を横目に指された方を見ていた。二人分の影が目にも止まらぬ速度で絡み合う。


 ……圧巻。


 前世は剣道部だったけど、あれとは完全に別物だ。


 あまりに激しい斬り伏せ合いに土埃が巻き起こり、二人は姿を消した。何も見えない。


 いや、待てよ。


 すべてを見ようとせずに、音と影でなんとなく雰囲気を掴もうとすれば、少しわかる気がしてきた。ふたつの気配は特徴が違う。


 剣のぶつかる音だけが辺りになり響き、それはさらに速さを増していく。



 カンッ……カランカラン。ドスッ。


 最後に一際大きな音がして剣が一本吹っ飛んで行く。

 土埃が収まっていき、一人そこに立っていたのは──。


 がっしりとした体躯、団子に(まと)めた焦げ茶色の頭。


「そうです!その人ですよ」


 彼はもう一人倒れていた若い騎士を引っ張って起こした。若い騎士は足元がおぼつかないようにふらついていた。イケオジが手をあげて人を呼ぶと、抱えられて持っていかれる。


「あちゃー、ありゃ医務室行きだな。また今度来なよ」

「それか俺にしとく?」

「お前、年下の女の子をからかうなって」

「……?」


 イケオジは水をワイルドにがぶ飲みしていた。かっこいい。どこかへ行く様子は特にないけれど。


「えと、あの方です。あの方を呼んでもらえませんか?」


 二人はまた顔を見合わせた。


「まさか……」

「団長のほう?」


 二人は本当にあの人かと指して確認し、私は頷いた。

 グラウンドの中は危ないから、呼びに行ってくれるそうだ。彼らが座ってたベンチに腰を下ろしてそれを待つ。

 ちょうどセバスチャンが走ってきた。


「ぜぇぜぇ……もう、お嬢様。待っててくださいよ」

「ごめんねセバスチャン。ここまでお疲れ様」

「な、なんの。これくらい平気ですぞ……ぜぇ」


 セバスチャンは手土産の大きいバスケットを抱えてきてくれた。準備よし。

 向こうから一人、こちらへ歩いてくる。


 その顔を見て、私は待ちきれずに立ち上がった。


「この間ぶりです!」


 彼は目を丸くした。


「! こんにちは、ウォレスト家のお嬢さんじゃないですか」

「はい。フルナ・ウォレストと申します。貴方は?」

「ルドルフ・リンバリーです」

「先ほど聞いたのですが、騎士団長様なのですか?」

「ええ、ええ」


 ルドルフさんは恥ずかしそうに笑う。


「実は先代が引退してから、引き継いだばかりでその呼び名はまだ慣れません」

「まあ、団長に抜擢されるとは。きっとお強いのでは」

「そうですね。驕らぬようにはしていますが、自身の強さは自負しています」


 急に目が真剣で、ドキッとしてしまう。


「あの、先日は迷惑をおかけしたのでお詫びの品にこちらを」

「とんでもない。それに、もうウォレスト公からも頂きましたよ」

「ぬ。い、いえ。良ければこちらも貰っていただけませんか。そんなに高価なものではない、……はずです」

「それは……?」

「こほん。なんだったかしら、セバス」

「騎士方の見学に行かれるということで、軽くつまめるサンドイッチ等を用意させていただきました」

「おお、それでしたらありがたいですね。いただきます」


 ルドルフさんはそういって笑う。

 やった、やるじゃんセバス。


 ルドルフさんは籠ごと貰ってグラウンドの方へ歩いていった。さすが騎士様だ。セバスチャンがぜぇぜぇ言って運んだものなのに軽々と持ち上げていた。


「改めてお疲れ様。ありがとうね、セバス」

「なんの。お嬢様のためなら」


 セバスチャンが力こぶを作ってみせようとしたけど、少しもできなくてぷっと笑ってしまった。


「おーい、サンドイッチの差し入れだぞー」

「「うぉーーー」」

「やったー、甘いものには飽き飽きなんだよね」

「そうか?腹が空いたら何でも美味いだろ?」

「……」

「……」


 騎士たちの嬉しそうな声にこちらまで嬉しくなる。用意したのは全部セバスチャンだけど。

 でもなんだか、眠くなってきた。

 く、まだルドルフさんと全然話せてないのに。


「あれ、お嬢様?」


 ね、眠い。せっかくここまで来たのに。


「お嬢様〜?」


 むりぃ。……。

 コクっと前に倒れそうになり、セバスチャンがさすがの速さで受け止める。

 安心して、意識を手放した。



 ◇



 ──むむ、むむむ。


 硬い枕がいっぱいある。私を囲んでくるくると回ってる。分厚い本に、デカ石に、カルタ箱に、これは鎧……?


 くるくる、くるくる。


 どれにしようか。どれもいい!でもひときわ輝いて見えるのは……。

 私はそちらへ向かって飛び込んでいく。ゴツン。ちょっと頭突きした。まぁ許容範囲だ。

 ふはは。安眠が私を待ってる。おやすみなさい。


 むにゃ、むにゃ。この枕は最高だ。広辞苑よりも心地よい。探したことはあるが、そういうのはなかなかない。

 きゅっと抱きしめて頭を擦り付けた。枕の温かさが心地良い。


 ん、待って。無機物のはずの枕が、この私より温かい?

 パチリと目が開く。


「えっと……お嬢さん。気が付きました?」


 アンバーの瞳。優しげに垂らされた眉。

 ひゃわわわわ。

 まずいっ。


 グギギギギと見下ろす。


 完全に有機物の枕やないかーい。しかもちょっとよだれがついちゃってる。

 どどどどうしよう。私はこっそり袖でそれを拭いた。


「セバスチャンさんは、ウォレスト公を呼びに行ってくれています。しばらくお待ち下さい」

「あの」

「どうかしましたか?」

「その、ちょっと頼みごとがあるのですか」

「ああ。自分にできることであれば何でも。水を持ってきましょうか?」

「いえ、その」


 私は自分でも自分が何を言おうとしているのか、分からなかった。口が勝手に暴走する。


「もう一度、腕枕をしていただけませんか?」

「!?!」


 そんな言葉が私の口から飛び出て、ルドルフさんはすごくすごく驚いた顔をする。

 私は慌てて口を押さえる。


「あっ、すみません。何でもないです」


 彼は私の発言に固まってしまっていた。私はまた変な言葉を言ってしまっただろうか。


 私はちょっと落ち込んだ。


 いつも変なことを言うとセバスチャン達は『はしたないですよ』、『そんなことを言ってはいけません』と焦ったり心配したり叱ったりするから、そうしないように気をつけていたけど。


「ほんとにすみません。忘れてください」

「えと、腕枕ってさっきみたいに?」

「!?」


 ルドルフさんはちょうど枕のところに来るように腕を置きなおした。

 私はおずおずと彼を伺う。彼が口を開く。


「どうぞ?」


 私はちょっと遠慮して、でも我慢できずにえいっと頭を乗せた。えいっ。


 わっ。これこれ。


 なんて気持ちいいんだろう。いくらでも寝れてしまいそう。これはまさに私のための枕だ。ああ、毎晩枕がこれだったら良かったのに。


 ……本当に、これだったら良かったのに。


 ここのところ本当に眠れていなくて、結構辛かったのだ。


「っ。お嬢さん!?」



 ルドルフさんが心配そうに上から私を覗く。


「はい?」


 彼の手が私の頬をぬぐった。あれ、濡れている?

 息を吸おうとするとヒックと、しゃくりになった。



 私、泣いてるの?



「どうか、しましたか。辛いことでも思い出しましたか?」


 ルドルフさんの問いかけにううんと首を振る。


「違うんです。ただ、眠れなくて」


 彼の目がもっと心配そうに歪められた。あっ、ぬかった。確かにそうも聞こえてしまうか。


 本当にただ眠れないだけなんだけどな。

 私は涙を流しながら、思わずふふっと笑ってしまう。


「ルドルフさんが私の枕になってくれたら眠れるのに」

「!?」

「毎日、一緒に寝たいです………すぅ…」

「!!?」


 泣くとそれでもう疲れてしまって、さっきも寝たのにまた眠くなる。それとも枕がいいからか。

 ルドルフさんの視線を感じながら私はまた眠りについた。




 ──後日、ウォレスト家、執務室にて。


「…………はぁ」

「本当にすみませんでしたっ」

「お前、この前もやらかしたばかりではないか」


 公爵様がコツコツと執務机を叩いた。


「だ、だってルド、……リンバリー様への謝罪に私を同行させなかったじゃないですかっ!!私にだって直接謝りに行く権利があるはずです」

「はぁ。またお前が寝てしまうかと思って」

「聞いてくだされば良かったのに」


 私は頬を膨らませてジトッと公爵様を見た。


「そうだな、お前の言う通りだ。次からはそうする」

「ふ、ふえ?」


 思いの外そう返されて、頬から空気が抜けていく。


「だがそれとこれとは別だ。聞けばセバスチャンに無理を言った挙句、出先で倒れてリンバリーにも迷惑をかけたそうじゃないか」


 確かに。思いつきで行動してしまっていた。私の悪いところの一つだ。


「そ、それは……申し訳ありません」

「リンバリーが心配していたぞ。また見舞いにも来るらしい」

「えっ」

「私は断ったがな、彼が聞かなくて」

「ふええ」

「謝ることがあれば、その時に彼に謝りなさい」

「……! はい!!」


 その後私は自室に戻って、気が済むまでベットで暴れた。足をバタバタ、腕をポフポフ、枕をペチペチ。寝るのじゃなきゃ、柔らかくていいんだけど。


 ひゃわわ。


 ルドルフさんがうちにやってくる、ですと。

 何か用意しなきゃな。今度はセバスチャンじゃなくて、自分で。


 買うってなるとそれは公爵家のお金になっちゃうし、何か自分で作っちゃう?

 でも刺繍は全然上手くないし、お菓子なんて作ったこともないからな。


 前世? んなもん漢飯しか作ったことがない。手軽でうまいのだ。

 それに比べてお菓子ときたら。


 美術部にいた友達が突然シュークリームを自分で作ると言い出して、それに立ち会ったことが一度ある。

 全然上手く膨らまなくて失敗してはやり直し。作るのにはほぼ一日中苦労してたのにいざ食べるのは本当に一瞬。

 こっちはかき混ぜたりとか大したことはしてないけど、なんだか儚くて泣いてしまった。

 友達は何泣いてんのと笑ってた。

 ちなみに彼女はそれをデッサンしただけで、太るのは困るとか言い出したので失敗作含め全部私が食べた。二キロ太った。そんな事はいい。


 あーどうしよう。私にも作れるものは……あ。



 ◇



「ルドルフ・リンバリー卿がお越しになられました」

「あ。セバス、あと十分だけ引き止めておいてくれる?」

「はい。任せてくだされ」


 あとちょっと。あと少しで完成してしまう。

 私のオリジナル作、究極(アルティメット)──



 ココン、ココン


「失礼します。こちらにいると伺ったのですが。」


 あ、どうしよう。来てしまった。

 出来たものだけすました顔で持っていこうと思ったのに。

 この部屋はアトリエというか作業場みたいなところで、かなり散らかっていた。


 足元もかなり埋まっているからだろう。ルドルフさんは入るに入れないといった様子で左右を伺っていた。


 うう、恥ずかしい。


 ここの部屋は私が欲しいと言い出して公爵様が作ってくれたのだ。はじめは何も無くて広すぎじゃんとか思っていたのに気がついたらこの有様だ。


「すみません、応接室に戻って待っていてくれませんか? すぐに行きます」

「あ、ああ。わかりました」


 彼は頷いた。立ち去る足音が聞こえる。

 ふう、よし。あと本当にちょっとだ。仕上げに入ろう──



「お待たせしました」

「いえ、調度品を見て楽しませてもらっていました。素晴らしい取り揃えですね」

「あ、ありがとうございます」


 これが『お待たせ、待った?』の最適解か。さすがイケオジは言うことが違う。


「その、前もご迷惑をかけてしまったのに、またご迷惑をかけてしまって申し訳ございません」

「っ、そういうつもりでここに来たわけでは」


 ルドルフさんは慌てた様に手を振る。謙虚な人だ。


「ご迷惑をおかけしたのは本当ですから。それで、お詫びの品を──」

「それは頂けません。そもそも迷惑という程のことではありませんし、この前も沢山頂いてしまったばかりで。」

「……作ったのです。お詫びの品をリンバリー様のために自作したのですが、そうですよね。自作はお店の物よりも見劣りしますし、ご迷惑ですよね」


 ずるい言い方だとわかっているのに、思わずそんな言葉が口をついででる。

 いけない。ルドルフさんは優しいから、きっとこう言うと断れないだろう。

 息を吸い直して口を開く。


「いえ、そもそも謝罪を断られてしまってはものを送る道理もありませんものね。失礼しました」

「っ、待ってください。ぜひ受け取らせてください」

「無理に受け取らなくて良いのです。大したものではありませんし」

「いえ、欲しいのです」

「へ?」


 顔を上げてルドルフさんを見た。


「自分のために貴方が作ってくれたと言っていましたね。それは、欲しいです」


 アンバー色の瞳は真剣だ。


「っ、持ってきますね」


 サプライズをしようだなんて浮かれて、私はそれをルドルフさんの死角になるところに立てかけておいたのだ。


「こほん。じゃ、じゃーん……」


 プレゼントを手に持ち、彼の前に掲げる。

 彼は目を見張って、それを見つめていた。


 ……。


 何も話してくれない。


 く、スベったか。私はプレゼントのセンスがない。これも私の短所の一つだ。

 前世では五歳の姪に飼ってた蚕蛾(かいこが)の繭をあげて泣かせてしまった。

 シ、シルクだぞ……!


 私はだんだん自信がなくなってきて、それに比例して手もだんだん下がっていった。


「やっぱり、困りますよね。すみません。こんなガラクタなんか」


 完全におろそうと思ったとき、彼はそれを手に取った。


「これは……剣ですか?」

「あ、わかりますか!?」


 そう。それは木を削って作った木刀だった。

 剣道で使う、竹刀じゃない方のやつ、いや。修学旅行でお土産としてたまに買われるやつとしてのほうが馴染み深いか。


 公爵家御用達の商人さんに頼んで、オーダーメイド家具用のよく乾燥した木材を少し選ばせて貰ったのだ。

 品揃えが良すぎる上に、どれも目玉が飛び出るような高級木材でかなり気が引けた。さすが貴族向け……。


 商人さんはこの量ならサービスしますよって言ってたけど全力で断ってきた。公爵様に貰ったお小遣い、まだいっぱい残ってるし。だたより怖いものはなし!

 危うくそれだけで良いですと元平民の貧乏性が出そうになったけど、普段全然何も買ってないのを思い出して慌てて宝石やドレスなんかもいっぱい頼んでおいた。


 これぞノブレス・オブリージュ!!

 忘れてはいけない。私は公爵令嬢、公爵令嬢。


 ともかくそれで硬さや重量感に拘って選び抜いた木材をゲット出来まして。値段は……考えないでおこ?

 それを自分のアトリエで削って削って、木刀でございます!!

 ちなみに私が刃物を扱うことについてセバスチャンは過激反対派だったけど、公爵様は能力があるなら容認派だったから激論の末に辛勝した。使うときは庭師のジョンさんがそばで見ててくれます。


 あ、木刀が自分で作れるのかって?

 へへん。

 それが出来るんですよ。前世はゆるい工業高校で機材借り放題だったし、端材も使い放題パラダイスひゃっほいだった。ひゃっほい(大事じゃないけど二回言いました)。


 これも美術部の友達が武士系の漫画にハマって剣作ろうとか言うから付き合ったのだ。彼女が美術担当で、私が加工担当。

 これがなかなかの出来だったので、私は剣道部部内でオリジナル木刀を請け負って小遣い稼ぎをしていた。


 結構自信はあったんだけど。でもやっぱり本職ともなると、こんなのおもちゃ以下だよね……。


 ルドルフさんはそれを持ってみたり、触ってみたり、構えてみたりしていた。

 なんだか、親に描いた似顔絵を見せるときみたいにドキドキする。ちなみに前世ではボロクソに言われた。ぐすん。


「凄いな、木で作ったのか」

「え?」

「……手になじみます」

「あ、そうなんです。この前見学させていただいた時に、もうちょっと長くてずっしり来るほうがリンバリー様には合うかなって思って、それで──」


 あ、いけない。オタク特有の高速説明が出てしまった。これではルドルフさんが引いてしまう。


「そこまで見てくれていたんですか? ……お嬢さんもしかしたら剣技の才能があるかもしれませんね」


 えへへ。これでも観察の神と呼ばれて部内の相談係だったんだ。クセとかを見抜くのが得意で。

 実力は……万年次鋒(じほう(二番手))ですよーだ。好きだけどね?


「そんなそんな」

「この前使っていたのは訓練用の刃をつぶしたもので、自分の剣もこれと同じくらいの重量感なのですが。長さというのは考えていませんでした。よくある長さで十分だと思っていましたが、これぐらい長くてもいいですね」

「わ、良かったです」


 ルドルフさんが微笑んだ。


「それにしてもこれを手作りしてしまうなんて、本当に凄いですね。先ほどのアトリエにあったものも全部自身で?」

「えへへ、そうです。体力がなくてなかなか家を出れないのでこもってそういうのを作ったりとかしか……お恥ずかしい…です…が……」

「そんなことはないです」


 力強い渋い声。いい声だな。


「これは十分誇っていいことですよ。自分の強みに自信を持ってください」


 真剣になにかを言っていってくれているけれどなんだか、だんだん。


「……ぁい………そぉ……しますぅ…」


 だんだん。眠くなってきたような。


「……すぅ……」

「……」


 あったかくて、ちょうどいい枕がある。

 なんだかよく眠れそう。


 幸せ。


「……自分の強さを誇れ」

「んん~……すぅ……」

「懐かしい言葉だ。自分が言われてから何年経っただろう」

「……すぴぃ……」

「……」



 ◇



 まどろみの中、ふと目が空いてしまう。


 ……あれ、夜中?


 暗い、暗い。

 身動ぎをする。体を包むものはどこまでもふわりと柔らかい。

 枕も、どこまでも沈むように柔らかい。


 ここは、私のベットだ。

 ルドルフさんは?


 気づけば、私は何かを固く抱きしめているようだ。これは……。

 鼻を近づける。


 すん、すん


 これは、ルドルフさんの香り。勲章に鼻が当たって冷たい。

 これは、ルドルフさんの上着だ。


 ルドルフさんは、どこへ行った?

 もそもそと起き上がって、部屋のカーテンをちょっとめくった。


 青白く、淡く光る世界。

 公爵邸のお庭は夜には違う顔を見せる。


 月光に照らされた景色は綺麗だけど冷たい。

 眠れないとき、いつもそれを眺めていた。

 朝が来るまで私は一人。

 朝が来るまで、私は独り。

 別にもう慣れたけれど。


 私はルドルフさんの上着を抱きしめて、もう一度香りを嗅いだ。

 なんで今日は一際(ひときわ)寂しいんだろう。


 睡眠は好きだ。眠るのは幸せだ。

 前世はそこまで執着はなかったけど、転生してから本当にそう思う。


 睡眠は大切だ。こんな能天気人間(ひゃっほいぴーぽー)でも、寝ないとたまには気分が落ち込んでしまう。

 淋しくて、悲しくてなんだか泣きそうになる日もある。


 泣いたら翌朝、みんなが心配するから泣かない。セバスチャンは本当に私をよく見てくれている。

 ちょっと目元を見るだけですぐ気づくんだから。みんなは心配しすぎだ。

 ふと、セバスチャンの心配顔が思い出されてふっと笑ってしまう。目がうるうるして、なんだか子犬みたいに見えるのだ。


 時計に目をやると、もうとっくに零時を回っていた。

 私、あのあとまた寝ちゃったんだっけ。

 だから私を寝かせてルドルフさんは帰っちゃったのかな。


 この上着……。


 私はまた彼の腕を枕にしたのだろうか。それで、離さなかったのかな。

 なんだかちょっと顔が熱くなる。


 まだ零時過ぎか。私はもそもそとベッドに戻った。

 とりあえずまた寝ないと。まだまだ日の出は遠いから。


 硬くない枕に頭を沈める。寝れないとわかっていて、寝ようとするのは憂鬱(ゆううつ)だ。ルドルフさんの腕で寝たときはあんなに幸せだったのに。


 ……。


 零時を回って、シンデレラは一人になりましたとさ。そんなモノローグが心の中に浮かんで来てふふっと笑った。

 私はシンデレラじゃない。自分から枕を捕まえに行くのだ!

 明日になったら、また王宮に行こうと決めて瞼を閉じた。



 ◇



「今日、王宮へ行ってもいいですか?」


 朝、何やら忙しくしている公爵様を見つけてそう聞く。


「ん? 構わない。もうすぐ行くがついていくか」

「はいっ」


 それを聞いていそいそと準備しようとするとふと、公爵様の手が止まった。


「待て、もしかしてリンバリーに会いたいのか?」

「え、そそそそそんなんじゃ」

「?」

「ちょっと騎士様方の見学をしようかと」

「そうか。それならいい。リンバリーは第一騎士団を連れて魔物討伐へ行った」

「へ!?」


 公爵様の顔をみる。そんなこと知らない。


「なんでも王都の郊外に新種の魔物が出没したとか。それで急遽出撃した、今朝の話だ」

「それは……」

「私にも伝書が来て、さっき知った。王宮はしばらく慌ただしいだろう」

「そんなことが」

「通常通り訓練する隊もあるから、見学は大丈夫だろう。迷惑だけは掛けないように」


 公爵様はセバスチャンを呼ぶと言い含めるように言った。


「くれぐれもフルナをよく見ててくれ。変なところへ行かせないように」

「はっ。必ず」


 私がぼんやりとそれを見ていたら、いつの間にか馬車に乗せられた。

 初めて、王宮へ行くのにワクワクしなかった。

 新種の魔物って、なんだろう。

 ルドルフさんは大丈夫なのかな。



 私はぼんやりとベンチに座ってただグラウンドを見ていた。


別嬪(べっぴん)さんのお嬢ちゃん、また来てくれたのー?」

「こんにちは。今日は団長いないですよ」

「あ……こんにちは」


 かけられた声に見上げたら、この前の二人組の騎士だった。私に敬語を使っていないのをみて、セバスチャンが注意したそうだ。袖を引っ張って止める。

 彼らは私が公爵令嬢なのを知らない。私も別に気にしない。どっちでもいいけど、私はそのほうが楽だなと思った。


 少しだけおしゃべりして、彼らは訓練に戻っていった。私は黙ってそれらを見つめていた。セバスチャンが時々話しかけてきて、その時だけ私は答えた。


 もう太陽も、真上に登ろうとしていたときだった。


「伝令!! 伝令!! 王都郊外東部にて発生した新種魔物が突破、第一騎士団が壊滅しました!現在、対応できる部隊がおらず魔物は王都へ進行中です!今すぐ増援を!」


 駆け込んで来た伝令兵が空間を切り裂くような大声でそう叫ぶ。


「「!?」」


「新種魔物は金属を溶かすそうです!!第一から第五騎士団所属は今すぐ訓練用木剣と皮装備に整えて集合してください!!第六以降の団と近衛隊は王宮にて待機!!!!繰り返します!……」


 ドドドドドッと大地が鳴る。


 今までの和やかな空気が一変し、まるで知らないところみたいだ。

 私はただ震えてセバスチャンにしがみついていた。

 前世では。前世ではこのような雰囲気を肌で感じることはなかった。


 第一騎士団が壊滅……? あの王国最強と名高い第一騎士団が?

 私は震えながらセバスチャンを見あげた。セバスチャンはいつになく低い声でつぶやいた。


「大丈夫です。どんな状況になってもお嬢様は守られる存在です。わたくしめも、命に変えてお嬢様を守ります。お嬢様は守られていますから」

「……」


 セバスチャンは私を見ていなかった。どこか遠い目をしていた。


 そういえば、公爵夫人は私を産んだ少しあと、ちょっとした事故にあって亡くなったと聞いた。セバスチャンは夫人の旧家から付いてきた執事だった。


「わたくしめが、目を光らせて守っていますから」


 セバスチャンはきゅっと私を抱きしめた。


 私の顔と雰囲気は母似だそうだ。姿絵をみて驚いたことを覚えている。

 そうか。だからセバスチャンはこんなに過保護なのか。


 私は、自分の身が怖いんじゃなくてただ戦況が心配なのだと言おうとしていたけれど、そんな様子のセバスチャンを見て口を閉じた。



 ◇



 あんな事になったから、私とセバスチャンは早々に帰宅した。午後は予定通りダンスのレッスンをしようとしたのだが、何度も何度も躓くので先生が苦笑して、セバスチャンは昼寝にしましょうといった。


 寝れるわけないのに。


 私は寝返りを打った。

 ルドルフさんは強い。それは間違いない。訓練場で見た打ち合いは本当に圧巻だったし。それに、ルドルフさんにはなんだか強者のオーラがある。それこそうちの剣道部の大将の千倍はある。嘘、千は盛った。


 でも。


 第一騎士団だって強い。この王国の第一騎士団といえば、泣く子も黙る……いや、もっと泣いちゃう激強部隊として有名なのだ。

 それが、壊滅?


 私は何度も寝返りを打ってはため息をついた。



 朝、公爵様を見かけるやいなや私は問いかけた。


「戦況はっ。どうなりましたか、魔物は倒せましたか?」

「ああ、そう心配するほどじゃない。まだ交戦中と聞いたが戦局は安定しているそうだ」

「そうですか……」

「順調に撃破していると。安心しなさい」


 順調、安心……。そんな言葉を聞いても私の心は晴れない。だって私は……私は?


「リンバリー様が心配なのです」


 そういった自分の声を聞いて私は目を丸くした。私は戦況じゃなくて、ただルドルフさんを……。

 私の言葉を聞いて公爵様もちょっと意外な様子だった。


「リンバリーか。奴は強い。戦場に絶対はないがもっと信じてやれ」

「うう、はい」

「随分と懐いたんだな」

「っそんなんじゃ」


 公爵様の目線が珍しく生暖かい。え、いつでも氷点下なのにあたたかいだと!?

 い、異常気象だ。

 私がそんなことを思っていると、呆れた色に変わっていつもに戻った。くっ。


 そこまで考えて、私は公爵様から元気を貰ったことに気がついた。

 うん、心配ばかりしていても仕方がないよね。できることは信じることくらいだ。


 私は目を閉じて、そっとルドルフさんの無事を祈った。




 この夜も私は一人で寝ていた。

 長い事、不眠にはもう慣れていた気になってた。ずっと寝れずにいればいずれ体の限界が来て、気絶するだけ。そう思っていたけれど。

 ルドルフさんの腕で、安眠することを一度覚えてしまうと、こんなのはもう味気ない。

 あのちょうどいい硬さと厚みの筋肉が恋しい。


 あの最高の枕(ルドルフさんの腕)で寝たい!!


 寝返りをうった。でも、本当にそれだけだろうか。

 私はルドルフさんをただの枕として見ているのだろうか?

 頭の中で、ルドルフさんから腕だけをぷちっと抜くことを少しだけ思い浮かべてしまった。うっと口を押さえる。


 あり得なくはない。


 彼は騎士である。そして多分今だって戦場にいる。もしかしたら腕がちぎれることだってあるかもしれない。

 新種の魔物がどんなものなのか、みんな気を使って詳しいことは言わないし私も無理に聞かなかった。


 頭の中の悪魔が、血まみれの腕を私に差し出す。


『はい、寝心地のいい念願の枕だよ』


 ぎゅるると、胃酸が喉のあたりまでせり出てくる。

 嫌だ。いやだいやだいやだ。

 それではいけない。私は……。


『ひょっとして一目惚れとか?』


 チャラい方の騎士の言葉を思い出した。

 一目惚れ、かどうかはわからないけれど。


 私にとってルドルフさんはいつの間にか特別な存在になっていた。彼がいないと寂しい。彼が危険かもしれないと心がきゅっとなる。私は彼が好き、なのかな。


 顔がじわりじわりと熱を持つ。


 好き、なのかもしれない。

 なんだか激情がこみ上げてきて、それを逃がすために足をバタバタさせた。



 ◇



「フルナ、朗報だ。騎士団が魔物を全滅させた。リンバリーは大活躍だそうだ」

「!!」


 とうとう長引いた魔物退治が完了したらしい 。その朗報に私は飛び上がって喜んだ。

 頭の中で喜びの舞を踊る。


 詳しく聞けば、新種魔物は粘液状の怪物で、金属を溶かしてしまう靄を噴霧するというのが最大の特徴だと。

 第一騎士団が壊滅したというのは、剣や鎧がことごとく溶かされてしまって戦闘を継続するのが難しい状況になったから、そう言われたらしい。その能力が厄介なだけで殺傷力は高くないのだそうだ。

 今回は負傷者こそ多いが、重体や死傷者はいないと聞いて私は心からため息をついた。


 他の殺傷力の高い魔物が同時に湧かなくてよかったと難しい顔をした公爵様の言葉を聞いて、私は想像してみてゾッとした。


「リンバリーは来月、陛下から直々に表彰されるそうだ」


 何でもたまたま木剣を持ち合わせていたお陰で、金属を溶かされてもずっと一人で応戦してたそうだ。

 その木剣ってもしかして……。


「そうだ、フルナ。来月といえばお前もそろそろデビュタントじゃないか」


 私が思いに耽っていると、ふと公爵様がそんな事を言う。


「デビュタントの前に婚約者を整えて、パートナーにしようと思ったのだが……」

「お父様でいいのでは」


 おっほん。ここで断りを入れておこう。私は決してこいつをパパと呼びたいわけじゃない。断じてそういうわけじゃないのだが面と向かって公爵様と呼ぶわけにもいかず小さい頃の習慣から仕方なくそう呼んでるだけで(早口)。


「ああ、私はそういう場だと忙しいから、お前を連れ回す事になって疲れるかもしれない」

「!?」


 私の頭の中で、公爵様ツンデレパパ説が再び顔をもたげようとする。瞬間、なぜか鋭い目で見られた気がした。勘がいい。


「まぁいずれはするんだ。速いことに越したことはないだろう」


 やっぱり違うか……ツンデレパパなら、娘を結婚させたがらないはずだっっ。

 でも婿入りなら他家に嫁がせるのとは違うし、うーん。


「執務室にある程度、釣書を選別してある。今日見に来るか?」

「えっ」


 それは私にとってちょっと急で、突然思考が止まる。

 今までの私ならそこで頷いていただろう。公爵様は当主で、私は令嬢で、ウォレスト公爵家は盤石だから気にしなくてもいいとはいえ結婚には多少政略的な意味もあったりする。

 でも、私はなんとなくただ従うだけじゃなくても許される気がした。

 むしろ私の意見を尊重したがっていると。


「いえ、私には、その。好きな人が……」

「そうか。誰が好きなんだ?」


 あっ。そういえば、ルドルフさんって結婚してたっけ。どうしよう、考えていなかった。騎士団長で、あんなにイケオジで、考えれば考えるほど結婚してない訳が無い。


「あ、相手と合意が取れたらまた相談します!自分で頑張りたいので!!」

「そうか」


 いつになく柔らかい声を聞いて顔をあげた。


「頑張れ。応援している」


 一瞬、息が止まる。


「が、頑張りますよぉ。駄目だったら慰めてください」

「そうか、わかった」


 私と同じラベンダーの瞳は静かに私をみていた。公爵様ってこんな不器用な人だったっけと思った。

 ちょっと時間を置いて、駄目だったと泣きついて、いっぱい慰めて貰おっと。

 もっと強請り倒したら、腕枕もしてもらえるのかな。


「お嬢様にも、もう慕う方がいらっしゃるなんて。うう、わたくしめも陰ながら応援しておりますぞ」


 後ろでセバスチャンが泣いている。

 もう。大げさだな。



 ◇



 ちょうど新しく作った中で一番気に入ったドレスに袖を通し、私は王宮へ向かう準備をする。


 ルドルフさんにいつまでも心を囚われていては次の恋が出来ないから決別にいくのだ。彼に自分から会いに行くのはこれで最後にしよう。


 大丈夫、私はこんなにも美少女なのだから。誰か他の硬くて厚くて丁度いい筋肉枕を見つけるさ。うーん居るかなあ……まあ、いっか。


 私はなんたって超能天気(うるとらひゃっほい)人間(ぴーぽー)なのだから。


 今日も気楽に行こう。




 やってきた。

 晴れやかなる青空の下、私はめいいっぱい空気を吸い込んでグラウンドを見渡す。


「リンバリーさまぁあああっ」


 私は前に見学に来た時に、そうしていた令嬢たちに習ってそう叫んでみた。


 彼女たちはめいめい着飾って、お菓子を持ってきたりして自分の推し?好きな騎士の名を叫ぶ。応援というのだそうだ。

 彼女達は勇敢だ。

 私は叫ぶまで五分ぐらい心の準備が必要だった。なかなかに勇気が要る。


 どうやらもじもじしてた間に休憩に入ったらしくて、グラウンドの騎士が一斉にこっちを向いた。

 顔が熱い。


「!」


 焦げ茶色の髪を靡かせながらこっちに走ってくる人がいる。

 今日はひとつ結びなんだ。かっこいい。


「会いに来てくれたのですか?」

「は、はい。あの、応援というやつをしに来ました」

「えっ」


 ルドルフさんの顔が半分照れくさそうに、半分嬉しそうに綻ぶ。


「これ、どうぞ」


 公爵邸の調理長のトムさんに泣きついて一緒に作ったシュークリームを押し付ける。


「手作りのお菓子です。一人分しか入っていないので、騎士様方には配らないでくださいね」

「もちろんです。ありがとうございます」


 彼が渋い声で笑う。私もつられて笑った。


「そうでした。木の剣、ありがとうございました。この度の手柄はほぼ貴方のお陰のようなものです。本当は貴方に褒賞を貰って欲しいくらい」

「全然。リンバリー様だから上手く振るえるのですよ。私の剣は弱っちいので」


 おっと。口が滑って変なことを言ってしまった。口を押さえる。


「剣も習っているのですか。さすが公爵家です」


 どうごまかすか、私は首をふった。


「昔、自分で木の剣を作って振り回して遊んでいただけです」

「それは尚たくましい」


 少しの間、ちょっとしたことを話して笑い合った。


「では、自分はもう戻りますね」


 忙しいのだろう。ルドルフさんはすぐに話を切り上げてそういった。


「はい」


 私の目が名残り惜しさをばらしたのだろうか。彼はまたいつでも来てくださいと言い添えて背中を向けた。

 私は頷く代わりに彼に向かって手を振った。


 ばいばい。



「よぉ。何泣いてんだ?」


 一人でしんみりしていると聞き覚えのある声がした。

 チャラい方だ。今日は一人みたいで、珍しいなと思った。


「なんだか胸がいっぱいになってしまって」


 彼ならここ以外に接点もないだろうと思ったのかもしれない。素直な言葉が口をでる。

 そういえば、今日はセバスチャンが用事でいない。代わりに影?というものが付いてるそうだ。


「ああ、この間の魔物襲来か? ありゃ確かに変則的だったけど、別に強くともなんともなかったぜ。ちょろいもんよ」


 彼がシュパパンと魔物を倒すジェスチャーをする。


「そういえば、お前は団長が好きなんだな」

「う」

「団長も中々人気だぜ? そりゃアーレイのほうが人気が高いけど、団長も負けてちゃいない。なんぜあの面であの地位で独身と来たらそうなるのかもしれないけど……」

「え゛っ!?」

「ん、知らなかったのか? 応援競争バチバチだぞ。どうだ、俺に乗り換えないか?」


 独身、だと?


「今ならファン一号になれる。お勧めだ。友達に勧めてくれてもいいぞ」


 話が何も入ってこない。確かに私は誰かに聞いたわけじゃなくて……え、独身!?


 その後彼とどう別れたか、覚えていない。

 とにかく、私はずっとベンチに座って待っていた。

 訓練が終わったら、一刻でも早くルドルフさんに会いたい。




 私はベンチに座って、太陽が東から西へと移りゆくのをずっと待っていた。いや、途中でちょっと寝てたかもしれない。


 空がだんだん茜色(あかねいろ)に染まっていく。


 コーンと鐘の音が響いた。今日の王宮の業務終了の合図だ。

 しばらく待つと、着替えた騎士たちがわらわらと帰ってゆく。


「リンバリー様」


 焦げ茶色の髪を垂らした背中に声をかける。彼は振り返って──。


「!」


 アンバー色の瞳は夕焼けの色と溶け合って透明のようだった。


「リンバリー様っ」


 いける。私は言える!!


「好き、です」


「は」


 ルドルフさんは固まっていた。でも大丈夫。

 私は私の言いたいことを言うだけだ。

 今更言わなかったことになんてしない。

 恥が何度も私を飲み込もうとするたび、声が途切れかかるのを懸命に繋いだ。



「私と、結婚、してくれませんか」



 やった。私は言い切った。顔から火を噴きそう。私は頬に両手を当てて冷やした。


「えっと……それは駄目だ」

「うっ」


 そうか。そうかそうか。草加(そうか)せんべい食べたい……。じゃなくて。


「だって婚約者がいるの──」

「ああ、やはりリンバリー様には婚約者がいるのですね」


 ただ振られただけだったら、もっと頑張ろうと思ったけれどそれは仕方がない。

 思わずしゅんと頭が下がる。


「じゃなくて、貴方に婚約者がいるのかと」

「え!?」


 顔を上げた。


「公爵家を訪問した日、貴方が寝てしまったあとに、大量の宝石やドレスが送られてきたのは婚約者様からなのだと」


 あっ。木材はすぐ貰ったけど、宝石やドレスは加工が必要だから後になるって言ってたっけ。その時に……。


「違います!! それは私が全然そういうものを買わないので、あの木刀の木材を頼んだ時に申し訳なくなってまとめて頼んだもので……じゃなくて、えっと」


 ちゃんと届くように、はっきり言葉にする。


「私には婚約者がいません!公爵は、私の意思を尊重してくれるそうです。私はあなたと結婚がしたい!!」


「っ」


「私と結婚してくれませんか?」


「えっと、貴方はまだ若い。自分とは年の差が……」


「それは理由になりません!」


「だが……」


 ふふ。この人がこんなにも困っているところを初めて見た。


 なんだか緊張の糸が切れていまい、どっと眠気が押し寄せる。


「すみません…たいりょくが……急に………」

「大丈夫ですか!」


 彼が私を抱きとめた。うん。完璧な硬さ、厚み。これはこの世に二つとない私のための枕だ。

 絶対に逃がすものか。


 私は彼の腕をきつく抱きしめる。

 陥落(かんらく)するまで、何度だって来るから。


 だから今日は、おやすみなさい。



 久しぶりにいい夢が見れそうです。



ここまでフルナのお話にお付き合いいただき、ありがとうございました!

ちょっとくすっと笑えるものを目指したので、笑顔になっていただけたら嬉しいです。

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