順番
俺たちは夜の山道を登っていた。懐中電灯の光が足元の石段を照らす。
「あと五分くらいかな」
先頭を歩く大輔が振り返って言った。その後ろに修平と達也が続き、俺が最後尾だ。四人で肝試しをすることになったのは、達也の思いつきだった。
「あの神社、まじでやばいらしいよ。順番通りに行かないと呪われるって」
居酒屋でそう聞かされたとき、俺は馬鹿馬鹿しいと思った。でも断る理由もなく、こうして参加することになった。
神社の鳥居が見えてきた。
木製の古い鳥居だった。月明かりで輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。周囲に街灯はない。参道は暗闇に続いていて、本殿がどこにあるのかも見えなかった。
「ルール確認な」
大輔が俺たちを集めた。
「一人ずつ、順番に鳥居をくぐって参道を行く。本殿まで行って、お賽銭箱の前で手を三回叩く。それで戻ってくる。次の奴は前の奴が戻ってきてから行く。順番は絶対守る。以上」
「順番抜かしたらどうなるの」
修平が聞いた。
「知らん。でもやばいらしい」
「曖昧だな」
「まあ、守っときゃいいんだよ」
達也が軽い口調で言った。
「じゃあ俺が一番目ね。大輔が二番、修平が三番、恒一が最後」
俺は頷いた。
達也が懐中電灯を持って鳥居の前に立った。
「じゃ、行ってくる」
彼は鳥居をくぐった。懐中電灯の光が参道を照らしながら奥へ進んでいく。やがて光は小さくなり、闇に溶けて見えなくなった。
俺たちは鳥居の手前で待った。
時間が過ぎた。誰も喋らなかった。虫の声だけが聞こえる。
「遅くね」
大輔が呟いた。
「どのくらい経った」
「十五分くらい」
修平が腕時計を見た。
「往復で十五分は長いな」
「迷ってんじゃね」
「参道まっすぐだろ」
二人の会話を聞きながら、俺は鳥居の向こうを見ていた。何も見えない。懐中電灯の光も戻ってこない。
「もう少し待とうぜ」
大輔が言った。
さらに十分が過ぎた。
「やっぱおかしい」
修平が言った。
「俺、行ってみる」
「待てよ、順番守らないと」
「でも達也戻ってこないじゃん」
「それでも順番は守れよ。大輔が次だろ」
俺が口を挟んだ。
「そうだな。じゃあ俺が行く」
大輔が懐中電灯を取り出して鳥居の前に立った。
「達也見つけたら一緒に戻る」
彼は鳥居をくぐった。懐中電灯の光が闇の中を進んでいく。さっきと同じように光は遠ざかり、やがて見えなくなった。
俺と修平は黙って待った。
風が吹いた。木々が揺れる音がした。
「寒いな」
修平が言った。
「ああ」
俺は答えた。
時間が過ぎた。大輔も戻ってこなかった。
「なんだよこれ」
修平の声に苛立ちが混じっていた。
「どうする」
「わかんねえ」
俺は鳥居を見た。古い木材の表面に苔が生えている。柱の上部には細かい彫刻があったが、暗くて判別できなかった。
「俺が行く」
修平が言った。
「順番通りだな」
「そうだよ。三番目は俺だ」
彼は懐中電灯を持って鳥居の前に立った。振り返って俺を見た。
「恒一、ここで待ってろ。俺が二人見つけてくる」
「わかった」
修平は鳥居をくぐった。懐中電灯の光が参道を照らす。彼の後ろ姿が闇に溶けていった。
一人になった。
虫の声が大きく聞こえた。風が頬を撫でる。俺は腕時計を見た。時刻は午前一時を回っていた。
待った。
十分。
二十分。
三十分。
誰も戻ってこなかった。
俺は鳥居の前に立った。参道の先は真っ暗だ。三人とも、あの暗闇の中にいる。
懐中電灯を取り出した。スイッチを入れると白い光が参道を照らした。石畳が続いている。両脇には木が生い茂っていた。
背後を振り返った。
山道が続いている。下りていけば車を停めた場所に戻れる。そこから街まで三十分だ。
もう一度、参道を見た。
誰もいない。
俺は鳥居の前に立ったまま動けなかった。
時間が過ぎた。
風が止んだ。虫の声も止んだ。
静かだった。
不意に気配を感じて振り返った。
誰もいなかった。
山道には何もない。木々の影があるだけだ。
もう一度、参道を見た。
変わらない。暗闇が続いている。
俺は腕時計を見た。午前二時になっていた。一時間が経過していた。
携帯電話を取り出した。圏外だった。ここに来る前からずっと圏外だ。
電話を仕舞った。
三人は戻ってこない。
選択肢は二つだった。このまま待つか、鳥居をくぐるか。
俺は四番目だ。順番を守るなら、俺の番が来たら行かなければならない。
でも三人が戻っていない。順番は成立しているのか。
風が吹いた。冷たい風だった。
俺は懐中電灯を持ったまま鳥居の前に立っていた。
背後を振り返った。
誰もいない。
山道を下りていけば帰れる。
でも三人を置いていくのか。
俺は参道を見た。
行くしかない。
四番目は俺だ。
順番通りだ。
俺は鳥居をくぐった。
一歩、また一歩と参道を進んだ。懐中電灯が石畳を照らす。両脇の木々が影を落としている。
後ろを振り返った。
鳥居が見えた。月明かりで輪郭がぼんやりしている。
前を向いて歩き続けた。
参道は真っ直ぐ続いていた。本殿が見えてきた。古い木造の建物だ。屋根は傾き、壁には穴が開いている。
本殿の前に立った。
お賽銭箱があった。
俺は手を三回叩いた。
音が闇に響いた。
終わった。
戻ろう。
振り返って参道を見た。
鳥居が遠くに見える。
歩き始めた。
足音だけが聞こえる。
参道を戻った。懐中電灯の光が石畳を照らす。
鳥居が近づいてきた。
あと少しだ。
鳥居をくぐった。
山道に出た。
誰もいなかった。
三人はどこにもいない。
俺は立ち尽くした。
どうすればいい。
背後から声がした。
「次、行っていいよ」
振り返った。
鳥居の向こう側、参道の入口に人影が見えた。
一人、二人、三人。
いや、もっといる。
列ができている。
暗くて顔は見えない。でも人の形をした影が並んでいる。
一番前の影が動いた。鳥居をくぐってこちら側に来た。
俺の横を通り過ぎて、山道を下りていく。
次の影が鳥居をくぐった。同じように山道を下りていく。
三番目の影が来る。
俺は動けなかった。
影は俺を見なかった。ただ山道を下りていく。
次々と影が鳥居をくぐる。
列は途切れない。
何人いるのかわからない。
俺は鳥居を見た。
参道の向こうに、まだ列が続いている。
ずっと続いている。
順番通りに。
一人ずつ。
風が吹いた。
俺は山道を下りようとした。
足が動かなかった。
影が横を通り過ぎる。
また次の影が来る。
列は終わらない。
俺は立ち尽くしていた。
懐中電灯の光が、足元の石を照らしていた。




