ーー第9章 「無垢なる祈りは誰が為に」ーー
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……そうして、三人は……魔物の領域で、過ごしていく
……それは、穏やかな日々だった
……しかし、世界は何も変わっていない
……ある時……セレネにとっては、
もはや聞き慣れてしまった……叫び声が響き渡るーー
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シーア「……っ!
……このっ、叫び声……は……」
クロハ「……っ
……魔、物っ……」
セレネ「…………」
セレネ「……また、なのですね……」
セレネ「…………
……魔物の暴走……」
シーア「…………?
…………暴、走…………?」
セレネ「……はい」
セレネ「……魔物がおかしくなることを……
私は、暴走と……そう、呼んでいます」
クロハ「…………!
……おかしく、なる……」
クロハ「……ぼう、そう……」
セレネ「…………」
セレネ「…………
……私たちに……」
セレネ「……できることは、ありません……」
クロハ「…………っ」
セレネ「……だから……
気にしないように……しましょう……」
シーア「……っ……
……セレネさん……」
シーア「……そう、ですね……」
クロハ「……っ……!」
シーア「……?
……クロ、ハ……?」
クロハ「……魔物、が……
……泣い……てる……」
セレネ「……クロハ……?」
クロハ「…………っ」
クロハ「…………なきゃ…………」
シーア「…………っ!
……まさかっーー」
クロハ「ーー行かなきゃっっ……!」
シーア「……っ!?
クロハっっ!」
セレネ「…………っ!
……クロハっ!」
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……クロハは、行ってしまった
置いていかれた、シーアとセレネはーー
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シーア「…………っ
…………どう、してっ…………」
シーア「……なんでっ……
…………クロ、ハっ…………」
セレネ「……シーア……」
シーア「……っ
……なんで、あなたはっ……」
シーア「…………
……そんな、ことが……できる……の……?」
セレネ「…………っ」
セレネ「…………
……行き、ましょうっ……」
シーア「…………!
……セレネ、さんっ……?」
セレネ「……っ……
……私たちも、行きましょう……!」
シーア「…………っ
…………でもっ…………」
シーア「…………こわ、いっ…………」
セレネ「…………っ!」
セレネ「…………
…………シーア…………」
シーア「……っ……」
セレネ「…………
…………シーア」
シーア「……セレネ、さんっ……」
セレネ「…………
…………大丈夫」
シーア「……っ!」
セレネ「……私が、います」
シーア「……っ……!
……セレネ、さん……が……」
セレネ「……はい」
セレネ「…………
……それに、クロハを……」
セレネ「……大切な、妹を……」
シーア「…………!」
セレネ「……また、独りには……
出来ない……です、よね……?」
シーア「…………っ…………!」
セレネ「…………」
シーア「…………
…………は、いっ…………」
シーア「…………っ!
……それ、だけはーー」
シーア「ーーダメっ……なんですっ……!」
セレネ「…………!
……なら、一緒に……行きましょう」
シーア「………………
…………はいっ…………!」
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……クロハを追う二人
その道中、セレネは気付くーー
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セレネ「(…………!)」
セレネ「(…………っ…………
……そうか、クロハ……)」
セレネ「(……あなたにも……
聞こえて……いたん、だね……)」
セレネ「(…………
……この……)」
セレネ「(……暴走した、魔物の……
……想いが……叫び、が……)」
セレネ「(……っ……)」
セレネ「(…………
……泣いてる……か……)」
セレネ「(……私も……そう、思うよ……)」
セレネ「(……苦しんで、泣いている……ような……
あの……消えたくない、っていう……叫びは……)」
セレネ「(……そんな風に、感じられる……よね……)」
セレネ「(…………っ)」
セレネ「(……でも……
今の……私たちには……)」
セレネ「(…………
……いや……)」
セレネ「(……っ
……今の、私にはっ……)」
セレネ「(……何も……できないん、だよ……)」
セレネ「(…………)」
セレネ「(……クロハ……ごめん、ね……)」
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……そして、二人は……叫び声のもとへ辿り着く
……その先には、暴走する魔物に近づく……クロハの姿がーー
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シーア「…………っ!?」
シーア「……クロハっっ」
セレネ「……クロハーー」
シーア「ーー近づかないでっ!」
セレネ「……!
……シーア……?」
シーア「……っ……
……もし……あなたがっ……」
シーア「…………っ
……お願い、だから……
危ないことは……しないでっ……」
セレネ「…………
……シーア……」
セレネ「……気持ちはわかります……
でも、クロハは大丈夫……ですよ」
シーア「…………っ!」
セレネ「…………
……あなたたちは、魔物に襲われません」
シーア「…………!」
セレネ「……ここで過ごしている時も、襲われなかった……」
セレネ「……だから、大丈夫」
シーア「……っ……」
シーア「…………
……そう、ですね……」
シーア「……セレネさんの……言うとおり、です……」
セレネ「…………
……落ち着きましたか……?」
シーア「……っ……
…………はい…………」
シーア「……すみません……
ありがとう、ございます……」
セレネ「……いいのですよ」
シーア「…………
…………っ」
シーア「……いつも……こうなる……」
セレネ「…………!」
シーア「…………
……今、私にできる……のはっ……」
シーア「……見ている……こと、だけ……」
セレネ「…………っ…………!」
シーア「……っ……
……いつもっ……こうなる、のですね……」
セレネ「……………………」
セレネ「…………
……大丈夫ですよ、シーア」
シーア「…………っ!」
セレネ「……あの子を……クロハを、信じて……」
セレネ「……っ……
…………見守り、ましょう…………」
シーア「……!
……見守、る……」
セレネ「…………
……そうです」
セレネ「……何があっても、私たちが一緒にいること……」
セレネ「……それが……
クロハの力に、なっていると……信じて」
シーア「……っ……!
……クロハ……の……」
シーア「…………
……分かり、ました……」
シーア「……どのみち……私には……」
シーア「……いつも、それしか……
……出来ない……です、から……」
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……苦しそうなシーアの姿を見て、セレネはーー
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セレネ「…………」
セレネ「(……シーア……
あなたは、本当に……)」
セレネ「(……本当に、今の私に……似てるね)」
セレネ「(…………
……見ていることしか、できない……)」
セレネ「(……自分の弱さを……
……自分、自身を……嫌ってる……)」
セレネ「(…………
……だから……)」
セレネ「(……だからこそ……
自分の無力さを、嘆いている……あなたに……)」
セレネ「(……何かしてあげたいと、思っちゃうんだ)」
セレネ「(…………
……でも……)」
セレネ「(……今の、私に……)」
セレネ「(……っ……
……あなたと、同じで……)」
セレネ「(……自分の無力さを嘆いている……私に……)」
セレネ「(…………)」
セレネ「(……何が……できる、のかな……?)」
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……そして、二人が見守る中……
クロハは、暴走する魔物に……語りかけるーー
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クロハ「…………」
クロハ「……あなたは……
どうして……そんなに……」
クロハ「……苦しそう、なのっ……?」
クロハ「……っ……」
クロハ「……消えたくない、って……」
クロハ「……いつも、言ってる……よね」
クロハ「…………
……わたしが、いくら話しかけても……」
クロハ「……あなたたちは……応えて、くれない」
クロハ「……けれど……」
クロハ「…………っ
けれど、その言葉だけはっ……」
クロハ「……その、想いだけは……
いつも……わたしに、伝えてくる」
クロハ「…………っ…………」
クロハ「……分かってるっ……
あなたたちには……それしか、ないんだよね」
クロハ「……わたしのこと、なんて……」
クロハ「……わたしの答え……なんて……
あなたたちは、気にして……ない……」
クロハ「……ただ……
やりたいように……やっている、だけ……」
クロハ「…………
……まるで、わたしたちが……」
クロハ「……息を吐いて、吸うように……」
クロハ「……生きるために、必要だから……
やっているだけ、なのかも……しれない……」
クロハ「…………っ」
クロハ「……それで……いいよっ」
クロハ「……結局、わたしには……
あなたたちの気持ちは……分からない、んだから……」
クロハ「…………
…………でも…………」
クロハ「……でも、ねっ……
……わたしには……あなたたちが……」
クロハ「……苦しそうに、見えるのっ……」
クロハ「……………………」
クロハ「…………
……だから……」
クロハ「……わたしも、やりたいように……やるね」
クロハ「……あなたたちの、ためじゃなく……
……わたしの……ために……」
クロハ「…………
……わたしが、納得するため……だけに……」
クロハ「…………」
クロハ「……わたしの言葉を、想いを……
……あなたに……伝えるねーー」
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……クロハが伝える、想いとはーー
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クロハ「ーー安心して」
クロハ「……大丈夫だから、安心して」
クロハ「……あなたは、消えない
わたしが……あなたを覚えてる」
クロハ「……ただ、消えたくないと……
願い続けてる……あなたのことを……」
クロハ「…………
……今、わたしの目に映る……あなたを……」
クロハ「……わたしが、忘れないから」
クロハ「……あなたは、消えない……
わたしの中に……在り続けるの」
クロハ「……だから……」
クロハ「……だから、どうか……安心して」
クロハ「……誰かを傷つける、ことなんて……
……誰かの傷に……なることなんて……」
クロハ「……しなくて、いいんだよ」
クロハ「…………
……そんなことしなくても……」
クロハ「……あなたには、わたしがいるから」
クロハ「……わたしが、あなたを……憶えてる」
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……クロハは想いを伝える
しかし、その想いは……届かなかった
……暴走した魔物は、境界を越えて……
人間たちのいるところへ、向かっていく
……三人は、その姿を……
見ていることしか、できなかったーー
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クロハ「……っ……!」
クロハ「…………また…………
……届かな、かった……」
クロハ「…………っ!
……分かってた……」
クロハ「…………
……分かってる、けど……」
クロハ「……けどっ……!」
シーア「…………」
セレネ「…………っ…………!」
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……クロハの言葉を聞いた、セレネは驚くーー
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セレネ「(……また……って……)」
セレネ「(…………っ
……もし、かして……)」
セレネ「(……クロハ……あなたは……
……今までも、ずっと……)」
セレネ「(……ずっと諦めずに、繰り返して……きたの……?)」
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……セレネが驚く中、クロハの瞳には……涙がーー
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クロハ「……っ……
…………ぅ…………」
シーア「…………っ!
……クロハっっ!」
クロハ「……っ……!」
クロハ「……おねえ……ちゃんっ……」
シーア「……クロハっ……」
クロハ「…………っ
……だめ……だった、よっ……」
シーア「…………うん」
クロハ「……また……
だめ……だったっ……」
シーア「……っ……!」
シーア「…………」
シーア「……大丈夫
……クロハは……凄いっ……!」
クロハ「…………っ!」
シーア「……本当に、凄い……」
シーア「…………
……クロハなら……いつか……」
シーア「……いつか、必ず……
……あなたの想いを……届けられるよ」
クロハ「……っ……!」
クロハ「……ぅ……
…………ちゃんっ…………」
シーア「……うん」
クロハ「……おね、え……ちゃんっ……」
シーア「…………うん」
クロハ「……ぅ……ぇ……
……うぇぇぇっっっ……ん…………」
シーア「……よしよし」
シーア「……よく、頑張ったね
……クロハは凄いよっ……!」
クロハ「……うぇぇぇっっっん
おね、え……ちゃ……ぅ……ぅぅっ……」
シーア「……いつも……凄い……」
シーア「…………
……私なんかよりも……」
シーア「……ずっと……ね」
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……セレネは見守っていた
……暖かな、姉妹の時間を……
……見守っていたからこそ、セレネには届いた
……シーアが呟いた、言葉がーー
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セレネ「…………!」
セレネ「(……シーア……)」
セレネ「(…………
……そんなこと、ないよ)」
セレネ「(……クロハが……失敗しても……
思い通りに、いかなくても……)」
セレネ「(……彼女で、在り続けられるのは……
……思うままに、生きられる……のは……)」
セレネ「(……多分……あなたが、いるから)」
セレネ「(…………)」
セレネ「(……あなたたちの……
……あなたたち、二人の在り方は……)」
セレネ「(……………………)」
セレネ「(……あの……
旧い、世界での……私たちを……)」
セレネ「(……女神様と、お母さん……そして、私……)」
セレネ「(……あの頃を……思い出させて、くれる……
私の希望……かも、しれない……)」
セレネ「(…………)」
セレネ「(……やっぱり……私、は……)」
セレネ「(…………
……あの頃にっ……)」
セレネ「(……っ……)」
セレネ「(……あの時、が……
みんなで過ごす、時間がっ……)」
セレネ「(……幸せ、だったんだっーー)」




