エピローグ
作者の華麗です
とうとうキヨ子おばあちゃんの物語もエピローグを迎えました。
ソフィアとして過ごした異世界での冒険、そして元の世界への帰還。
キヨ子おばあちゃんの心温まる生き方と彼女が残したものとは?
最後までほっこり&しんみりする展開を是非読んでください。
気楽に読んでもらえたら嬉しいです。
(懐かしい匂いがするねぇ。ここは、私の家かい?)
長い夢でも見ているみたいだった。
キヨ子が目を覚ますと、そこは畳の部屋、馴染みのある部屋のはずなのだが。
(家具が、ない? 私の箪笥とか、机とか、そういうのが、何も)
間取りを見るに、間違いなくキヨ子の家だ。
しかし家具の一切がなく、また、遊びに来ていたはずの孫たちの姿もない。
不思議に思いながらも、帰ってきたことに安堵したキヨ子は、一人縁側に座り込んだ。
数十年間、愛する人と過ごした縁側には、数えきれないほどの思い出が残る。
座るだけで蘇る、思い出の海に浸れてしまう。
目を閉じ座っているだけで、あの人が隣にいるような、そんな。
「キヨ子」
懐かしい声を、キヨ子は耳にした。
閉じていた目を開けると、隣に誰かが座っている。
いや、誰かではない。十年前、いなくなってしまったあの人が、隣にいるではないか。
「お爺さん……いやだね、私ったら、やっぱりそういうことなんだね」
「ああ、そうだな。でも、まだ、もうちょっとだけ早いらしい」
「早いって……何がさ。私はもう、お爺さんがいない世界は、もう嫌だよ」
「しかし、キヨ子を待っている人たちがいるんだ。キヨ子の性格は、俺がよく知っている。君は、困っている人を助けないような、そんな人ではなかっただろう? 大丈夫、俺はいつまでも、ずっとキヨ子を待っているから。誰にでもすぐ手を差し伸べてしまう、そんな素敵なキヨ子のことを、待っているから」
夢幻でもいい、もう離れたくない。
キヨ子は泣きながら隣にいる人の手を、強く握りしめる。
ずっとずっと、この手の感触を、もう一度だけでいいから、味わいたかったのだから。
「あれ? 父さん、誰かいるよ?」
ふいに、誰かの声が聞こえてきた。
気づけば縁側で眠っていたのか、太陽の位置が随分と移動している。
「すいません、どなたか存じませんが、この家は取り壊しになるのですが」
一目見て分かる。
語り掛けてきたのは、キヨ子の六番目の息子だった。
そして息子の背後に隠れているのは、孫の一人だ。
けれども、キヨ子の記憶にある孫よりも、背丈が随分と大きい。
八歳くらいだったはずなのに、中学生くらいに見える。
「取り壊し……」
「はい。家主である母が三年前に亡くなりましてね。家具や他の物は全て引き払ったのですが、家の解体には時間を要してしまって。ちなみになのですが、お嬢さんはこの家に御用でもおありでしたか?」
三年前に、亡くなった。
三年前と言えば、ちょうどキヨ子がソフィアの体で目覚めた頃だ。
改めて自分の手足や髪を見る。若い手足、間違いのないソフィアの体。
「そうか……私、亡くなったんだね」
先ほど夢で見た愛する人の言葉を、キヨ子は思い出す。
困っている人を、助けないようなキヨ子ではない。
「あ、どこへ? この家は取り壊しになるので、中は危ないですよ」
「大丈夫、ちょっと忘れ物を回収するだけさ」
「忘れ物?」
家具は無くなってしまったけど、この家にはキヨ子だけの秘密が、ひとつだけあった。
仏間の引き出し、そこの裏に張り付けておいた写真を剥がし、キヨ子は手にする。
「え、そんなところに写真があったのですか」
「ああ、そうさ。写真ってのは出しておくと、日に焼けちまうからね」
「そうですけど……どうしてそこに写真があるって、知っていたのですか?」
不思議がる我が子を見て、キヨ子は口端を下げる。
可愛い息子、愛する孫、本当ならもっと側にいてやりたかった。
「頑張るんだよ」
だけどもう、この世界にキヨ子の居場所は存在しないから。
最後にもう一度だけ微笑むと、キヨ子は部屋にあった姿見の前に立った。
「鏡? どうしてそんなところに……というか、さっきの言葉って、まさか母さん」
不思議がる息子へと別れを告げると、鏡から言葉が聞こえてきた。
――戻るのか?
「ええ、どうやら、そっちの世界の子供たちには、まだまだ私が必要みたいだからね」
――わかった。
「あ、でも、一個だけお願いだよ。この写真だけは、持って行ってもいいかい?」
――大丈夫だ。
「ありがとう……アンタ、意外と優しいのね」
会話を終えると、キヨ子の体は再度光に包まれる。
またあの世界で、ソフィア・ラ・マーガレットとして生きる為に。
(おや? これは一体、どういうことだい?)
だが、元の世界に戻ると、キヨ子の体は椅子に縛り付けられていた。
両手を背もたれに、両足は椅子の脚にしっかりと縛られている。
口は布で塞がれ、喋ることもままならない。
けれども視界だけは保たれている、一体全体、何が起こったのか。
「……お嬢さま、お目覚めになりましたか」
声を掛けてきたのは、侍女長の少女だった。
疲れ切った顔、目の周りの黒ずんだクマに、こけた頬。
一体どれだけの日々を、この子は寝ずに過ごしてきたのか。
「お尋ねします、今のお嬢さまは、ソフィア様でしょうか?」
その問いかけひとつで、キヨ子は理解した。
軽く鼻で息を吐いたあと、キヨ子は静かに首を横に振る。
「キヨ子様で、宜しいのでしょうか?」
コクリと頷くと、少女は恐る恐る、口を閉じていた布を外してくれた。
「……なるほどね、私があの世界に戻ると、ソフィアが出てくるのかい」
「キヨ子様、お帰りを、お待ちしておりました」
「そんな顔して、ほら、おいで、泣きたかったんだろ?」
「はい……失礼します」
侍女長の少女は、キヨ子にしがみつくと、強く、とても強く抱きしめた。
「怖かったかい?」
「はい」
「すまなかったね。でももう大丈夫、私はもうあの世界に戻ることはないからさ」
「そうして下さい。ずっと、キヨ子様のままでいて下さい」
「そうするさね……この世界には、まだまだ私が必要みたいだからさ」
どれだけの悪行を、この短時間でこなしたのか。
しかし、結婚式を終えた直後は、まだ暖かい春の陽気だったはずなのに。
窓辺から見える景色は、どう見ても、冬へと季節が変わってしまっていた。
聖女ソフィアが、キヨ子が復活した。
その話は即座に王城にいるハロルドの耳へと入ることとなった。
瞬く間に迎えが到着すると、キヨ子の身柄は即座に王子の執務室へと運ばれることに。
「ふむ、佇まいからして違う、今のソフィアは、キヨ子で間違いないのだな?」
「そうだね。済まなかったよ、迷惑をかけちまったみたいだね」
「本当ですよ。急に元のソフィア様に戻ったのですから、怖くてしょうがありませんでした」
すっかりハロルドの隣がお似合いになったリリアは、それでも椅子から立ち上がり、キヨ子に抱き着いてきた。
「良かった……この感じ、私が好きなキヨ子さんです」
「一体この短時間に何があったのか、聞くのが怖いねぇ」
「短時間ではない、約半年、それはそれは語るに恐ろしい出来事だった」
「……なら、聞かない方が良さそうだね」
椅子に縛られていたのだから、それ相応のことなのだろう。
「だけど、もう元には戻らないから。安心していいからね」
「そうなのか?」
「そうさね、もう、向こうの世界でやることは何もないよ。今の私は、こっちの世界で生きないといけないみたいだからさ。これからも宜しく頼むよ。ああ、ただ、大臣とかそういうのは御免だよ? 偉そうにするのは私の性に合わないからさ」
言うと、キヨ子は側に立つ侍女長の背中を、ポンと叩いた。
「私は、この子みたいなメイドになりたいんだからさ」
本来、彼女の功績を考えれば、メイドなどあり得ないところなのだが。万が一、悪役令嬢である処刑場のソフィアに戻ってしまったらと考えたハロルドとリリアは、ならばと、王族専用のメイドとして仕えさせることを、キヨ子へと提案した。
キヨ子はそれを快く受け入れ、王城に仕えるメイドとして、毎日を生きることとなった。
ただし、それはメイドの皮を被った聖女であり、リリアを始めとした数多の人が、彼女を頼ることとなるのだが……それはまた、別のお話ということになるのであろう。
皆に愛され、誰よりも皆を愛した聖女ソフィアだが。
彼女は晩年まで、独身であることを知られてる。
しかし、彼女は愛を知らない訳ではない。
たった一枚の姿絵を見ては、微笑む姿を、何人もの人が見ていたのだから。
おわり。
エピローグを読んでくれてありがとうございます! (❀ᴗ͈ˬᴗ͈)"
キヨ子おばあちゃんの物語、いかがだったでしょうか?
異世界でも、元の世界でも、キヨ子おばあちゃんの優しさと強さがみんなを笑顔にしてくれましたね。
聖女ソフィアとして、たくさんの人を幸せにしたキヨ子おばあちゃんの人生、書いていて私も心が温まりました。
それでは、また~ ˙︶˙)ノ"