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①おばあちゃん転生する

こんばんは、作者の華麗(かれん)です。


この作品では、主人公である、85歳、農家のおばあちゃん・キヨ子が、突然悪役令嬢ソフィアに転生しちゃう、ちょっと変わった転生ファンタジーとなっています。


おばあちゃんのクスッと笑える日常や心温まる場面を目指して書きました。スローペースで進む物語ですが、気軽に楽しんでもらえたら嬉しいです!



それは、いつも通りの変哲の無い朝のはずだった。

 枕元に置いておいたはずの目覚まし時計を、泳ぐような手つきで探すも見つからず。

 おかしなこともあるもんだと、身体を起こし周囲を確認し、老婆は目をぱちくりさせた。

 老婆の名をキヨ子、という。

 農家を営んでいた我が家、けれどもキヨ子が目覚めたのは、いつもの我が家ではなかった。

 頭上にゆらゆらと揺れる薄いベールの天蓋、やたら大きい枕がなぜか三つも重なっている。

 腰に良くなさそうなやたらと沈むベッドからやれやれと体を起こすと、窓辺から見えるはどこまでも続く田園風景だ。耕すとしたら、畑何枚分に相当するのだろうか。

 はて? と、首をかしげるキヨ子だったが、改めて自分の置かれている状況を確認する。

(ここは一体どこかしらねぇ? 遊びに来ていた孫たちの姿も無いし、賑やかな声も聞こえてこない。野菜や土の匂いが一切しないし、それに絨毯とか、まるでどこかのお城みたいだねぇ。……そうか、これは夢ね。随分と現実的過ぎて、歳甲斐もなく驚いちゃったよ)

 体内時計では、間違いなく朝の五時なのだ。

 早く起きないとと、キヨ子は自分の頬を思いっきり抓った。

「痛い! ……おや、おかしいね」

 何度抓っても夢から覚めない。

それどころか、この激痛は間違いのない現実の痛みだ。

 キヨ子はラノベや漫画を愛読しない、生粋のご老人だ。

 最近の趣味はゲートボールに生け花と、細かい文字からは離れた生活を送っている。

 故に、自分が置かれた状況を理解できずにいる。

一体ここはどこなのかと。

(まぁ、生きてはいるみたいだし、ボケた訳でもなさそうだし。とりあえずは大丈夫かねぇ)

 キヨ子はポジティブな人間だった。

パワハラやセクハラといった言葉の存在しない時代を生き抜いてきたキヨ子に、ネガティブキャンペーンは存在しない。

いつ、どこで、誰が相手であっても平静を貫く。何事にも動じない鋼のメンタルを、キヨ子は長い年月を掛けて会得していたのだ。

 そんなポジティブの塊であるキヨ子は、窓辺の丸椅子に座り込むと、それがいつもの行動であるかのように、田園風景を眺めることにした。

視界に飛び込むのは田園風景だけではない、眼下に広がるは手入れのされた庭園、薔薇の生垣に左右対称に造られた植栽、入るだけでお金を取られそうな綺麗な造園を眺めては、一人感嘆の息を漏らす。

 そんな折、木製のデザインに凝った扉を叩く音が聞こえてきた。

 キヨ子は黙ったままそちらへと顔を向けると、扉が開き、すまし顔の少女が入ってきた。

 全体が黒いワンピースに、白いフリルが付いた大きなエプロン姿。

「失礼します」

 お人形のような少女を目の当たりにして、キヨ子は言葉を失った。

 とても礼儀正しい、正しすぎる。

 相当な教育を受けた子なのだろうとキヨ子は思うのと同時に、やんちゃ極まりない孫たちを思い出し、これは礼節の教育もアリなんじゃないかと、キヨ子は教育プランを頭の中で計算し始めていた。

「お嬢様、御召替えのお時間にございます」

 とても綺麗な言葉使いに感動したキヨ子は、無言のまま拍手をした。

 このまま家庭教師になって頂けないだろうか? それは流石に失礼か。 

 そんなことを考えていたキヨ子だが、目の前の少女は訝し気に表情を歪める。

「お嬢様、御召替えのお時間にございますよ?」

 メイド服姿の少女は、キヨ子を前にして再度同じ言葉を発した。

 この部屋にはキヨ子しかおらず、お嬢様と呼ばれるような人物はどこにも見当たらない。

「……あの、お嬢様って、なんだい?」

「貴女様のことでございます。ソフィア・ラ・マーガレット様」

 ソフィア・ラ・マーガレット。

 耳に慣れない言葉を聞いたキヨ子は、真っ先に洋菓子を思いついた。

 いや、そんな名前のお菓子は存在しないのだが。

「どうしたのですか? また新しいおふざけでも思いついたのでしょうか?」 

「新しいおふざけ……いやぁ、私は松重キヨ子という名なのですが」

「マツヂゲ? わかりました、とりあえず御召替えを済ませてから、お付き合い致しますね」

「いや、あのね? 私は松重キヨ子であって、そんなお菓子みたいな名前じゃないんだけど」

 少女とキヨ子が押し問答している間にも、続々と少女と同じ服装の女性たちが部屋へと入ってきた。中には少女と呼ぶには少々年季の入った女性の姿も見られたが、一律に壁際へと並ぶと、姿勢を正して、キヨ子の方をじぃーっと見つめてくる。

(なんだい、気味が悪いね)

 さすがのキヨ子も、壁際に並ぶ女性たちに対して不穏なものを感じる。

 けれど、キヨ子の目にはもうひとつ、別のものが飛び込んできていた。

 それはマネキンのような人を模った木製の人形に着せられた、煌びやかなドレスだった。

 全体が水色で染められていて、スカート部分には庭園と同じバラの刺繡が施されている。

 胸元は開き、大事な胸を隠すには少々心もとない編み込まれたリボンが彩られていた。

「なんだいそれは、誰が着るんだい?」

「お嬢様以外に、こちらに袖を通せる方はおりません」

「私が着るのかい? 馬鹿いっちゃいけないよ、なんで私がそんなの着なくちゃいけないのさ。大体そんなの着たら、腹だけが大きいカボチャの人形みたいになっちまうじゃないか」

 ドレスを着こんだ自分を思い描いてしまったのだろう。

 ずんぐりむっくりなしわくちゃ顔の老婆が、煌びやかなドレスを身にまとう。

 しかし腹の部分は細く、くびれに耐えきれずにドレスが裂けてしまった。

 そんな妄想を思い描いてしまったからか、キヨ子は一人腹を抱えながら笑い始めてしまい、それはしばらく止むことはなかった。ひーひーいいながら笑った後、周囲にいる女性たちが誰一人として笑っていないことに気付き、キヨ子は恥ずかし気にコホンと咳をした後、近くにいる少女へと聞いた。

「それにしても、このドッキリはいつまで続くんだい?」

「ドッキリ?」

「ドッキリなんだろう? こんな婆を捕まえて、お嬢様呼ばわりして、びっくりしている様子を動画にでもして放送するつもりなんだろう? さすがの私でも分かるよ。そこら辺にカメラでも仕込んであるのかい? もう充分楽しんだから、そろそろ解放してはくれないかね?」

 しかし、少女たちは困惑するばかりで、いつまでたってもドッキリだと宣言してくれない。

 昔ながらにドッキリ大成功の看板を期待したキヨ子だが、それすらもない。

「あー……なにかい? もしかして、本当に私がお嬢さまだと思っているのかい?」

「はい。公爵家が長女、ソフィア・ラ・マーガレット様としか、我々には見えませんが」

「公爵家? 公爵って、あの貴族のかい? 馬鹿言うんじゃないよ、そんな訳ないだろうに」

 問えば問う程、少女の表情は不穏なものに変わる。

「あの……誠に申し訳ございませんが、お医者様をお呼びしても宜しいでしょうか?」

「医者? 医者なんて不要だよ。齢八十五、足も腰も痛いけど、元気だけが取り柄なんだ」

「齢八十五? ……おい、姿見を持て。ソフィア様にご確認させろ」

 命令口調になった少女の言葉に従い、壁に並んでいた女性たちが一斉に動き出し、大きな鏡を持ってキヨ子の前へと置いた。

「どうぞ、ご自分の目で、ご確認なさって下さい」

 少女が深く頭を下げる中、キヨ子は大きな姿見鏡に映る自分に驚きを隠せずにいた。

「なんだいこれは、映像機能でも付いてるのかい?」

「エイゾウ……? おかしなことを言わないで下さい。これは鏡です、いま映っているのはソフィア様ご本人様に他なりません」

 キヨ子には録画か何かをした映像にしか見えなかった。なぜなら鏡に映るキヨ子の姿は、髪が白く染まりはしたものの、間違いのない過去の自分の姿だったのだから。

 頬に張りがあり、目じりにシワのひとつもない。

 潤いを帯びた唇に、触れると天使の輪のような光沢が浮かび上がる肌。

 長い髪は色こそ違えど、艶もありキューティクルに富んで滑らかに波打つ。

「な、なんだい、これは」

「なんだいも何も、普段通りのお美しいお姿でございます。お嬢様、早く御召替えをなさって下さい。弟君であらせられる、アルフレッド様もお待ちになっていらしているのです。これ以上お時間を掛けるようでしたら、侍女長である私の首が飛びます。なにとぞ、御召替えのほど、宜しくお願いいたします」

 少女が床に頭をつけて伏せると、他の女性たちも一斉に伏せた。

 ここまで来て、どうやらこれがドッキリではないことにキヨ子も気づく。

 さらに言えば、鏡の中に映る自分も、これまた本当の自分であることに気付いたのだろう。

 数回頬に触れ、指に吸い付くもっちり肌を堪能した後、キヨ子は「はぁ」と嘆息を付いた。

「わかったよ、このドレスを着ればいいんだろ?」

「ありがとうございます。もしお気に召さないようでしたら、いつも通りに破棄いたしますので、その際はお申しつけ下さいませ」

「破棄? こんな綺麗なドレスをかい?」

「え? ……あ、はい、いつもでしたら、気に入らなければ破棄を」

 キヨ子は戦後を生きてきた人間だ。あれも無い、これも無いで生きてきたキヨ子にとって、気に入らなければ破棄をする、などという選択肢はどこにも存在しなかった。

 だがしかし、目の前にいる少女が嘘を付いているとは思えない。

 おそらくキヨ子の中で、何かを理解したのだろう。

 そして理解したキヨ子は、再度少女へと質問をした。

「ちょっと聞きたいんだけどね。もしかして昨日までの私は、服を一日で捨てたり、食べ物を粗末にするような人間だったのかね?」

 少女はビクッと一瞬だけ目を見開いた後、静かな声で「はい」と返事をした。 

 どうやらキヨ子になる前の鏡に映る少女は、相当な我儘娘だったらしい。

 こんなに可愛い顔をしているのにと、キヨ子は自分自身を見て嘆いた。

「まぁいいさ、こんなドレス一人じゃ着れないよ。お嬢さん方、手伝ってくれるかい?」

「あ、はい! ではさっそく失礼いたします。おい、お前たち、ソフィア様のお手を持て!」

 てきぱきとした指示にて、キヨ子は何人もの女性の手にかかり着替えを終えていく。

 キヨ子の息子や娘、孫たちの着替えはしてきたけれども、キヨ子は着替えを誰かにさせたことは生涯で一度も無かった。

まさか人の手、しかもこんな何人もの手を借りて着替えをする人生があるとは、夢にも思わなかったのだ。

こそばゆくもあり、歯がゆくもあり、恥ずかしくもある着替えを終えると。

 そこに立つはまさに物語の御姫様とも呼べる、見目麗しいドレス姿のキヨ子であった。

 着替えを終えたキヨ子は、雪のように白い髪を整えて貰う間、袖口を自分の指で揺れた。

「あらまぁ……随分と高級そうな着心地だねぇ。こんなの結婚式の白無垢以来だよ」

「と、いいますと、本日はこの御召し物で問題ない、ということでしょうか?」

「当然さね、私なんかにこんな良いもの、本当にありがとうねぇ」

 肌ざわりからしてシルク、着た感触としては申し分ない、いや、一級品とまで言える着心地の良さに包まれたキヨ子は、素直に感想を吐露した。

「ありがとうございます! 良かった、良かったぁ」

 キヨ子の感想を耳にしたであろう壁に立つ女性の一人が、急に泣きながら感謝を述べた。

「どうしたんだい?」

「あああ、すいません、あまりのことに感極まってしまいました。非礼をお詫びいたします」

「いやいや、別に構わないさ。でも、どうして急にありがとうなんだい?」

「そ、それは……誠に申し訳ございません。此度の御召し物は、私が選択したものでございました。ソフィア様が、その……破棄なさる度に、私たちは鞭打ちの刑に処されておりましたので、それで……」

 鞭打ち、それがどれほどの痛みか、味わったことの無いキヨ子には分からない。

 分からないが、怯えきり涙する少女を見れば、それがどれほど辛いものなのかは分かる。

「怖かったね、許しておくれよ」

 キヨ子は、涙する少女を抱きしめ、背中をとんとんと叩いた。

 泣いている娘や孫にしているのと同じように、優しさで包み込んだのだ。

 いつも通りのことをした、けれども周囲はソフィアの行動に動揺を隠せずにいる。

「ソ、ソフィア様が許しを乞うた……?」

「まるで別人みたいね……本物のソフィア様かしら?」

「もしかして、これまでのソフィア様とは違う人……?」

 壁際に並んだ女性たちは、キヨ子が少女をハグしたことで様々な憶測を並びたてる。

「静粛にしなさい! 余計なことを口にする者には罰を与えますよ!」

 しかし、侍女長である少女の声により、壁際の女性たちは一斉に口をつぐんだ。

 統制が取れている、まるで軍隊みたいだねと、キヨ子は声に出さずに思った。

「どうした騒々しい、まだ姉様の御召替えは終わらないのか?」

 突如、閉めてある扉越しに、男性の声が聞こえてきた。

 声質からして若い、それに部屋主であるソフィアのことを姉様と呼んでいる。

 先ほど侍女長の少女が言っていた、弟君、と呼ばれている人だろうか。

「アルフレッド様、ただいま御召替えが終わったところでございます」

「そうか、ならば失礼するよ」

 壁沿いにいた女性の一人が扉を開けると、そこには声質通りの若い男性の姿があった。

 全体的に波打つ髪、けれどもその色は茶色く、後ろで一本に縛ってある。

 細身のベストにシャツ、腰を帯で締めた服装は、社交ダンスの男役の姿によく似ていた。

「おお、ソフィア姉様、本日も見目麗しゅうございます。それで、本日の破棄分はどちらに?」

「破棄分なんてないよ。こんな良いもの、捨てるなんてありゃしないよ」

 アルフレッドは一瞬空見した。

 だが、一回咳をした後、すぐに我を取り戻した。

「そ、そうでしたか。さすがは姉様、本日はやはり、入っている気合が違いますね」

「気合が違う? なんだいそれは」

「本日の夜会にて、憎きリリアを追放するのですよね? 潰された面子を回復するには追放だけでは物足りないものかと思いますが、姉様が見せる雄姿に、マーガレット派の貴族たちも期待に胸を膨らませております。弟という立場でございます故、僕は何もすることが出来ませんが、僕は姉様の味方であることを永久にお誓いいたしますので、どうかご安心下さい」

 リリアという聞きなれない名前、潰されたらしい面子。

そしてどうやら追放するらしい事実。

 キヨ子にはアルフレッドが何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。

 理解出来なかったからこそ、逆にこれはチャンスなのではと思った。

 アルフレッドに聞けば、今のキヨ子の現状が分かるのではないか、と。

「アルフレッドと言ったかね」

「はい、姉様」

「夜会には、まだ時間があるのだろう? ちょっとそこら辺、細かく教えて貰えないかね」


①話を読んでくれてありがとうございます。

(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)"


次回はアルフレッドや夜会の話が出てきます。


②話も乞うご期待!評価してもらえると嬉しいです。気軽にしてくださいね。


それでは②話で〜*˙︶˙*)ノ"



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