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第7話 sideキャロラインの回想

 ひらひらと綺麗な光を纏った伝書蝶が、私の元へと飛んでくる。

「相変わらず綺麗な伝書蝶だわ。ずいぶん遅かったわね、って、まあ内容が内容だから簡単に判断できないでしょうね。断られる…ってわかっていた、え、……明日、クリスティアン様の御屋敷で、認知する?まさか、本当に??」

 いきなり結婚式当日に自称息子が現れて認知させる、なんて無謀な計画だったとずっと後悔していた。チャーリーのことが心配で、毎日迎えに行こうとする心を必死で留まらせていた。今行っても状況は変わらない。息子にこの国での立場を与えたかった。そうしないと、我が子はあの男に、いや、あの男の婚約者に奪われてしまう。

「絶対にさせないわ。チャーリーは私の子供よ……」


 酷い難産だった。2日苦しんだ末に産み落とした赤ん坊には、獣のような耳がはえていた。立ち会った母は取り乱しながらも、直ぐに出産に立ち会った侍女や産婆に忘却魔法をかけた。そして屋敷の離れに私たち親子を隠したのだ。

 ただでさえ未婚のまま出産するという醜聞が付きまとっていたのに、生まれた子には獣の耳がはえていたのだ。私の子爵令嬢としての立場はすでに無いに等しい状況の中、私はそれでも息子を愛しく思っていた。あの男の子供だから……


「君は俺の番だから、必ず迎えに来る。時間はかかってしまうけど、待っていて欲しい」

 一晩を共にした男は、真っすぐに私を見てこう言った。

「つ、がい?番ってなに?」

「唯一無二の存在だ。俺にとって君は全てだ。今は連れて行けないけど、状況を必ず改善させて、それから迎えに来る。待っていてくれるか?」

 昨日会ったばかりの男の言葉がすとんと胸に響いた。そうか、私はこの人の番なのだと。昨日クリスティアン様に失望して、勢いのままこの男と関係を持ってしまったけれど、私はこの人の唯一無二の存在なのだと。傷ついた心を慰撫する言葉をくれたこの男を、その時は待っていたいと思ってしまったのだ。

 私は男の薄紫の瞳を見て微笑んだ。短い銀髪の髪から獣のような耳がはえている様に一瞬見えたが、次の瞬間にはなかったので気のせいだったようだ。

「少し時間はかかると思う。でも命に代えても迎えに来る。キャロライン、愛している」

 昨日会ったばかりの男と?そんな疑問はその瞬間に消えていた。私はそのまま男の胸に飛び込んで約束を口にしていた。

「待っているわ。迎えに来てくれるまで待ちます。アレン」

「これを持っていて欲しい」

 そっと渡された銀のペンダントには家紋が透かし彫りされた宝石がついていた。見たことのない家紋なので、タランターレ国の人ではないのだろう。

「これは狼ではないわね、何かしら?見たことないわ」

 家紋には動物が描かれていた。綺麗な姿だが、図鑑でも見たことがない。

「これはユキヒョウだよ。我が国の守り神なんだ」

「ユキヒョウ。綺麗な動物ね」

「そうかい、そう言ってもらえると嬉しいな」

 照れたように笑う顔が可愛く見えた。可愛いと思うのが可笑しいほど、逞しく引き締まった体にはしなやかな筋肉がついているので、もしかしたら騎士や傭兵なのかもしれない。

「あなたはどこの国の人なの?」

「すまない。今は詳しいことは言えないんだ。ただ、君をこの国で見つけることが出来た。これは運命だと思っている。君を裏切ることは絶対にない。だから信じて待っていて欲しい」

「わかったわ。何か事情が有るのね……」

 色々と聞きたい気持ちをグッと堪え、私はアレンと名乗る男を信じることにした。男は急いでいるようで、そのまま名残惜しそうに去っていった。

 まさかその後、妊娠が分かって父を激昂させ勘当されかけ、母に庇われて出産してみれば、生まれた子は獣人だと分かった時は、アレンのことを何度も氷魔法で凍らせたいと思った。何故こんな重要なことを言わずに、子供が産まれた今も連絡一つ寄越さないのかと……

「私の可愛い息子、あなたのお父様は今どこで何をしているのかしらね?」

 生まれた息子は、アレンに似た薄い紫の瞳に銀髪だった。ああ、本当にあなたは誰なの?

 子供に罪はないと、父は屋敷の別邸に住むことを渋々許してくれた。母は孫が獣人の子だということがバレないように気を配り、結果ほぼ別邸に籠ることになったが、それでも可愛い息子と二人でいつ迎えに来るか分からないアレンを待つのは幸せだった。あの日、あの鳥が来るまでは。


「あら、窓のところに見たことのない色の鳥がいるわ。チャーリー、見てごらん」

 私は二階の窓辺にとまっている鳥を見せようと窓を開けた。鳥は待っていたように窓から室内に入ってきた。

「まあ、なんて人懐っこい鳥なのかしら」

『黙れ、下等な人間が私を鳥と呼ぶなんて汚らわしい。早くこの手紙を受け取れ』

 私は我が耳を疑った。鳥が喋って、手紙を突きつけてきたのだ。

「鳥が喋った?」

『下等な人間が。理解せずともよい。黙ってこの手紙を読んで、その子をさっさと渡すのだ』

「え、この子を渡す?手紙を見せて……。【下等な人間ごときが、アレン様の子供を産むなど、わたくしは認めぬ。子供は婚約者である第2王女のマレフィ-ヌが引き取り育てる。有難くこの提案を受け入れよ。】……婚約者?」

『わかったら今すぐにその子を』

 鳥が偉そうな態度でチャーリーに近づいてきたので、私は水魔法で防御壁を作り、鳥に向かって氷魔法で攻撃を加えた。鳥は勢いで窓の外へ飛び出した。

「鳥、マレフィ-ヌとやらに伝えなさい!この子は絶対に渡さない、二度と来ないで!今度来たら丸焼きにして食べてやるから!!」

 鳥は暴言を吐きながら飛び去っていった。

 アレンに婚約者?その事実だけでもおかしくなりそうなのに、更にこの子を取り上げるですって⁈混乱と怒りで鳥を追い出してしまったが、冷静になれば焦燥感に駆られた。

「この子は私の子よ。絶対に渡さない。でも、このままではこの子の立場はないも同じ…」

 どうしたらいいかと思っていた頃に、あの新聞の記事を見たのだ。久しぶりに思い出したクリスティアン様は、偶然ではあるが息子の色と似ていることに気がついた。時期的にもギリギリ言い訳が出来る。

「ああ、どうにでもなれだわ」

 今の状況を打開する方法がない。認知してもらえる可能性はほぼ無いだろう。それでも、今何かしなくては、この子は奪われ、信じて待っていた男は他の女と結婚するのだろう。

「それだけは嫌よ。この子は私の生きる意味なの」

 母子で支え合いながら過ごしてきたのだ。例えあの男が直接奪いに来たって、渡す気はなかった。


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