SS 王女殿下は、護衛騎士を逃がさない
キースとシェリル王女の始まりの物語です。
「キース、急ですまないが、第一王女シェリル殿下の護衛騎士を、一か月ほどしてくれないか?」
午後の休憩が終わり、訓練場へ向かっている途中、上司であるクリフォード卿に突然呼び止められ、いきなり王女殿下の護衛騎士を命じられた。
「どうして私が指名されるのですか?私はまだ新人だと思うのですが……」
僕が魔法学園を卒業して、すぐに配属されたのは近衛騎士団第五部隊だった。第五部隊は少し特殊で、ほとんどの者が闇属性や光属性、もしくは隠密に優れた魔法使いで構成されていた。表向きは近衛騎士団所属だが、その主な仕事は隣接する国の諜報活動や、国内外で不穏な動きをする貴族の監視活動だ。
僕はまだ勤めて日が浅い新人だ。いきなり一か月とはいえ、王女殿下の護衛騎士に指名されるなんて、不自然過ぎる。
「ああ、それはそうだが、君以外、もう適任者がいなくてね……」
クリフォード卿は、困った様に頭を掻いた。王女殿下の護衛騎士をしていたのは、王女が幼いころから護衛騎士として仕えていた、近衛騎士団第一部隊所属の中堅の騎士だったそうだ。
その騎士は、3日前に木から落ちて足を骨折したらしい。勿論治癒魔法で、完治したそうだが、王女殿下が一か月は療養するように、護衛騎士に命じたらしい。
「王族の護衛騎士は、平民出身者は起用できない規則でね。ある程度身分があり、信頼のおける立場の者。現在重要な役目を担っていない者で、自由がきく人間となると、かなり人選が難しい。その点で言えば、君はアドキンズ侯爵家の子息で、新人のため重要な役目にはまだ就いていない。魔法学園での成績は極めて優秀、妹がいるので、年下の女性の扱いも上手いときている。実は、護衛騎士として派遣するのは、君で5人目だ。皆、半日も持たずに解任されている……」
「解任ですか……」
3日で4人を解任したと聞くと、果たして自分で大丈夫なのかと、不安になる。
「ああ、解任された騎士は現場にすぐに復帰しているよ。あくまで王女の護衛騎士を解任されただけだ。勿論、君が解任されることになっても、責任は問わない。出来れば護衛騎士の打診は、君で最後にしたい」
第一王女シェリル殿下は、国王陛下の初めての子供で、女の子だったため、国王陛下は溺愛して育てたそうだ。両陛下の愛情を惜しみなく受けた王女殿下は、現在14歳。残念ながら、その第一王女殿下は、陰でわがまま王女と言われているらしい。
「分かりました。期待に応えられるかは、少々不安ですが、善処させていただきます」
上司から直接頼まれて、断れる新人騎士はいないだろう。早々に解任5人目になるだろうなと予想しながら、僕は第一王女が住まう建物へと向かった。
「お前が、護衛騎士なの?随分若いわね……」
王女が待つ部屋へ案内され、開口一言言われた言葉に、思わず苦笑いしそうになった。若いと言っても、確か僕は王女殿下の4歳年上のはずだ。
表情筋を叱咤激励して平静を装い、僕は王女へ騎士の礼をした。
「キース・アドキンズと申します。一か月ではありますが、誠心誠意お仕えいたします」
「そう、あなたは……、いえ、そうね。よろしくお願いするわ」
王女殿下は一瞬不安そうに瞳を揺らしたが、何事もなかったようにそう言って、プイっとそっぽを向いてしまった。その仕草は、僕の10歳年下の妹が、意に沿わないことを我慢している時にする行動とよく似ていた。
僕が思わず小さく笑ってしまったのが、隣にいた王女殿下に聞こえてしまい、その後半日ほど無視されたが、それでもその日は解任を言い渡されることはなかった。
「おはようございます。王女殿下、本日もよろしくお願いいたします」
「おは、よう…、昨日侍女から聞いたのだけど、あなた、白の魔法使いのクリスティアンと友達なの?」
まさか王女殿下の口から、親友、いや悪友の名前が出るとは思わなかった。もしかしてこの王女殿下も、例に漏れず、美しいクリスにご執心なのだろうか?
「はい、魔法学園で同級でした。今も友人として親交はあります。……どうかされましたか?」
王女殿下は、それを聞いて苦虫を噛み潰したような顔をした。さすがにこの顔は、ご執心ではなさそうだが、クリスに何かされたのか??
「あの者は苦手よ。父様が私を甘やかしていると、面と向かって言ったわ。父様は笑っていたけど、不敬だわ」
クリスなら言いそうだなと思いながら、確かに不敬だと思ったので、王女殿下に同意しておいた。陰でわがまま王女と言われている自覚はあるようで、それを気にしながらも皆の前では凛とした態度をとっているのは、流石王族だと感心した。
前任の臨時護衛騎士は、4人とも王女殿下の我儘を聞き入れながら、陰で我儘だと言っていたようだ。王女殿下の侍女は優秀な者が多く、その情報を理由に解任となっていたようだ。
「全員、ですか……?」
「中には王女である私を妻に望む、馬鹿な者もいたわ。速攻解任したわよ」
なるほど、それで3日で4人か……。初めに不安そうにしていたのは、僕も前の騎士と同じではないかと、疑われていたということか……
14歳の王女殿下には、まだ婚約者はいなかったはずだ。5カ国には天界樹があるため、表立った争いはご法度だ。争いが起これば、天界樹の加護は消えてしまうと伝えられているからだ。それでも、現実としてガレア帝国が、他の4カ国を属国のように扱っているのだが……
王女殿下の縁組となると、国内外の高位貴族か王族になるが、王女殿下の年齢に釣り合う他国の王族は少ないことから、国内の貴族に降嫁される可能性が高い。護衛騎士に抜擢されるということは、それなりに高位貴族の令息だったのだろう。
「それは、馬鹿なことをしましたね……」
それから数日は、平穏に護衛業務に当たっていた。事件が起こったのは、さらに数日たった頃だった。
「も、申し訳ございません。どうか、お許しください!」
若いメイドが、王女殿下の足元に跪いて、額を地面に擦りつけるように伏せていた。側には王女殿下が大切にしていたオルゴールが壊れた状態で落ちていた。どうやら掃除中に、誤ってオルゴールを落としてしまったようだ。修復魔法で直ればいいが……
パンっと乾いた音がして、僕は思考を中断した。王女殿下が若いメイドを平手で叩いたようだ。メイドはそれでも平伏したまま動かなかった。叩いた王女も、衝動的にそうしてしまったのか、自分の行動に驚いて固まってしまっている。綺麗なサファイヤ色の瞳には、薄っすらと涙の膜が張っている。僕はそっとオルゴールを持ち上げた。
「王女殿下、これは私が責任を持って直しますので、このメイドは私に免じて、咎めないで下さいませんか?」
王女殿下は、僕の声にハッとしたように顔を上げ、壊れたオルゴールを見つめた後、そのまま無言で奥の寝室へ入っていった。流石に寝室には、護衛でも気軽に立ち入ることは許されない。侍女にその場を任せて、僕はオルゴールを持って、修繕魔法が得意な悪友の元へ向かった。
「キースがここに来るのは珍しいな。どうしたんだい?」
魔法研究所の執務室で、書類に囲まれていたクリスが、顔を上げて僕を見た。書類や書籍が乱雑に置かれた部屋は、とても仕事をする場所には見えなかった。
「いきなりですまないが、これを直して欲しい」
「壊れたオルゴール?ああ、これくらいなら、すぐに直せるよ」
クリスはさっと魔法陣を描き、その中心に壊れたオルゴールを置いた。魔法陣は淡く光り、光が収まるとオルゴールは綺麗に直っていた。
「ありがとう、助かったよ。持つべきものは、白の魔法使いをしている優秀な友だね。またこの借りは返すから、じゃあね」
僕はオルゴールを抱えて、王女殿下の部屋へ向かった。きっとあの不器用で真っすぐな王女殿下は、今一人で泣いている気がしたのだ。
侍女に王女殿下の面会を求めて、王女殿下の部屋の前で待っていると、少し目の赤い王女殿下が少しだけ扉を開いてこちらを見た。僕はそっと直ったオルゴールを差し出した。
「直ったの……あんなに壊れていたのに……」
「はい、あなたの苦手な白の魔法使いに頼みました」
「そう、では、彼にもお礼を言わないと……、キースも、ありがとう」
オルゴールは、王妃の母親の形見だったそうで、王女殿下は祖母のオルゴールをとても大切にしていた。
その後王女殿下は、オルゴールを壊してしまったメイドの責任は不問にすると言い、叩いたことを謝罪していた。王族が簡単に謝罪することは好ましくないが、行き過ぎた行為だったと気にしているのなら、誤った方がいいと言えば、王女殿下は素直に行動した。
その後も、何かと我儘を言っていた王女殿下だったが、その度に僕は根気よく王女殿下に、王族としての行動を求めた。
「キースは、本当にうるさいわ。でも、言っていることは正しいから、解任はしないけど」
少し頬を膨らませて、悔しそうにこちらを見る王女殿下は、離れて過ごす妹のオーレリアに似て、とても可愛らしかった。きっと成長すれば美しい女性になるのだろう。僕は少しだけ寂しく思いながら、言わなければならない言葉を言った。
「解任されなくてよかったです。ですが、残念ながら、今日で私の任期は終わります。明日からは、護衛騎士のオリバー卿が復帰されます」
「もう、一か月も経つの?オリバーが復帰した後も、キースもそのまま護衛騎士でいていいのよ。いえ、これは命令よ、いなさい」
オリバー卿は、風で飛ばされた王女殿下の帽子を取りに木に登って落ちたそうだ。オリバー卿が風魔法で帽子を取ろうとしたところを、王女殿下に木に登って取って欲しいと言われたためだった。運悪く鳥が飛んできて、攻撃されて落ちたそうだ。
この件も、王女殿下の我儘だと噂になっていたが、真相は少し違った。
木には鳥の巣があった。鳥の雛がいることに気づいた王女殿下が、魔法では巣が壊れてしまうと心配して、オリバー卿に頼んだのだ。結果、親鳥に攻撃され、オリバー卿は木から落下してしまったのだ。
「王女殿下、それはご容赦ください。私はまだまだ未熟です。本来なら、王女殿下の護衛騎士に抜擢されることはありませんでした。これは期間限定だからこその措置なのです。無謀な命令はしないで下さい」
「……いなくなってしまうのは、いやよ」
「短い間でしたが、王女殿下のお側をお守り出来て光栄でした。これからも健やかにお過ごしください」
僕は騎士の礼をして、そのまま王女殿下の元を去った。王女殿下の護衛はそれなりに楽しかった。だけど、僕には立派な近衛騎士になるという目標がある。王女殿下の護衛騎士になるのなら、それは実力で抜擢されないと、自分自身が納得できない。
それから一か月後、妹のオーレリアの8歳の誕生日を祝うため、両親は妹と一緒に領地から王都にある屋敷へと移動してきていた。リアの誕生日を僕も含めて、家族で祝うためだった。
「キース、陛下から呼び出しがあったよ。私とキースで来るようにと書いてある。心当たりは?」
近衛騎士団に所属していても、直接国王陛下に関わることは少ない。そんな国王陛下から、父だけでなく僕まで呼び出されるなんて、理由は思いつかなかった。
「心当たりは、ないですね。国王陛下に関わるような重要な役目は、新人の僕にはありませんし……」
父と二人首を傾げながらも、指定された時間に国王陛下の執務室へ向かった。丁度今日は仕事が休みの日だ。それも確認した上での呼び出しのようだ。
「よく来た。マーカス、久しぶりだな。領地にばかりおらず、王都にいれば会う機会も多いと思うが、そなたは白の魔法使いを引退してからは、王宮からも遠退いているからな」
僕は緊張しながら執務室に入ったが、父に陛下が気安く話しかけてきたので、少しだけ驚いた。
「申し訳ございません。今は領地と魔力暴走を起こす娘のことで、懸かりっきりになっております。白の魔法使いは、優秀なクリスティアンがおりますので、私は安心して領地に籠っていられます」
「そうか、まだ娘は不安定な体調なのだな。早く原因が特定できれば、安心なのだが……」
「お気遣いいただきありがとうございます。それで、陛下直々に息子と私をお呼びになるとは、いかがされましたか?」
「キース・アドキンズ、そなたには婚約者がいないと報告を聞いたが、事実確認をしておきたい。婚約者はいないな?」
いきなり婚約者の話が出て、意図が分からず、僕と父は顔を見合わせた。
「はい、おりません」
陛下は、僕の返答に満足そうに頷いた。
「そうか。ところでキースよ。最近第一王女の護衛騎士をしていたそうだな」
まさか王女殿下の我儘に苦言を呈していたことが、陛下の元へ報告がいって、気分を害されたのか?僕は緊張しながら「はい」と返事をした。
「あの子は、少し我儘なところがあるだろう?婚約者を選ぼうとするたびに、嫌だと癇癪を起すので、14歳まで婚約者を決められなかった。このままでは婚約は叶わない。そこで、本人が気に入る者を選ばせようと、一計を案じたのだ」
話の先が見えたような気がして、僕はごくりと唾を飲み込んだ。僕の前任者は皆、若い高位貴族だったらしい。3日で4人が解任され、中には王女殿下を妻にという者もいたと、王女殿下本人から聞いていた。
臨時護衛騎士、ではなく、あれは一種のお見合いだった。だから新人の僕に、王族の護衛騎士なんていう重要な任務がまわって来たのか。そう思ったらストンと腑に落ちた。
「キースよ。王女のことをどう思った?遠慮は無用だ。本心を聞かせてくれ」
「どう、と言われましても、護衛としてお仕えしていましたので。護衛騎士として接した感想ですが、王女殿下はご自身の意志に真っすぐで、王女としての矜持を感じました。まだ幼さもございますが、私が言ったことに対して、納得がいけば、聞き入れる柔軟な部分もあり、立派な王女殿下です」
「ふむ、それでは女性としてはどうだ?」
一瞬陛下が何を言っているか分からず、隣に立っている父を見てしまった。父は無言で国王陛下を見ていて、何を考えているかは残念ながら分からなかった。
「女性としては、考えたことはございませんので、何とも申し上げられません」
「ほう、うちの可愛いシェリルは、キースの目には魅力的に映らなかったか……?」
「あ、いえ、そうではなく、護衛騎士として、そのように考えるのは不適切ですから」
隣にいる父から、小さく笑う声が聞こえた。どうやらこのやり取りを楽しんでいるようだ。
「マーカス、そなたの息子は、真面目なのだな」
「誉め言葉として、伺っておきましょう」
父は胡散臭い微笑みを浮かべて、僕と陛下を見た。父が僕を真面目だと思っていないことは、自覚している。魔法学園でも、クリスと共に問題を起こし、何度か魔法学園長から苦情を言われているはずだ。
「……単刀直入に言おう。キース、第一王女と婚約する気はあるか。そなたにシェリルを、降嫁させようと考えている」
「それは……」
「シェリルは、そなたがいいのだそうだ。シェリルが15歳になれば正式に婚約を結び、18歳になれば降嫁させるつもりだ。ただ、強制はしないで欲しいと、シェリルからは頼まれた。どうだ、娶る気はあるか?」
「今すぐ、返答を求められるのであれば、申し訳ございません、分かりません。王女殿下をそのように考えたことがありませんので……」
今すぐ、返答できる自信がない。空気を読むのなら、喜んで拝命するべきなのだろう。貴族なのだから、政略結婚だと割り切ればいい。
だが、あの王女殿下に果たしてそれが通じるだろうか?そんなことをすれば、癇癪を起して、ぷくっと頬を膨らませて、一生口をきいてくれない可能性もあるだろう。
「そうか、即答で断ることはしないのだな?で、あれば、婚約の内定でどうだ?王女が15歳になるまで、そなたの正式な返答は待つことにする。あの子もどの道、他の子息には興味も示さないのだから、期限まで前向きに考えてくれ。父親としては、良い返事を待っているが、強制はしないと誓おう」
隣で父が「狸おやじ」と、僕にしか聞こえない声で呟いたので、内心焦りながら陛下に返事をした。
「陛下のご寛大な心に感謝いたします」
結局、その後に起こった悲劇のせいで、僕は王女殿下に正式な返答もしないままガレア帝国へ向かうことになる。まさか王女殿下が、音信不通の僕を、7年も待っていてくれるなんて、その時の僕は考えもしなかった。
「キース、ぼんやりとしてどうしたの?」
結婚を祝う人々から、祝福の花びらを浴びながら、ゆっくりと馬車は進んで行く。
今日、晴れてアドキンズ侯爵夫人になったシェリルの美しい金髪にも、沢山の花びらがついていて、まるで花の妖精の様に綺麗だ。
「ああ、シェリが僕を待っていてくれて本当に良かったと、心から思っていたんだ」
「とても長かったわ。でも信じて待っていて良かったと、私も今思っていたの」
「愛している、シェリ。ずっと僕の側にいて」
「ええ、あなたもずっと側にいて。二度といなくならないでね」
僕は、少しだけ不満を表すようにぷくっと膨らんだシェリの頬に、そっと口づけを落とした。
「ああ、約束だ。君に黙っていなくなったりしない」
口づけを見た沿道の人々の歓声が一層大きくなり、シェリは恥ずかしそうに頬を染めた。僕は幸せなこの瞬間を確かめるように、可愛い妻をそっと抱き寄せた。
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
白の魔法使いシリーズ、次は魔法学園編です。しばらくお待ちいただけると幸いです。
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